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2019年05月06日(月) セクシーサイコをエンタメとして消費する我々

「セクシーなサイコパス」を主人公にした映画やTVシリーズがもてはやされている裏にある偽善について指摘している、面白い記事でした(英語) 
The troubling obsession with the ‘sexy psychopath’


記事の概要:30人もの女性をレイプし殺害した連続殺人犯をザック・エフロンが演じる映画が公開された。実話を基にしているためセックスシンボルの俳優とカッコいい60-70年代の音楽を使用したこの映画のトレーラーに、「犯人の残虐性を賛美してる」と批判が出た
けれどハンサムなストーカーが主人公のTVシリーズ「YOU」や、アレクサンダー・スカルスガード演じるセクシーなDV加害者が登場するHBOのTVシリーズBig Little Liesなど、巷には「セクシーサイコ」が溢れる。カリスマ的な男たちによる暴力は商品化されている

これは暴力の被害に遭う女性の経験を描き、彼女たちの視点にもっと寄り添おうという動きでもあるかもしれない。その一方で、こうした作品はセクシーサイコ側の視点を描くことに力を注ぎ、むしろ彼らに狙われる女性側の内面にはさらっと触れるにとどまり、彼女たちの視点はないがしろにされることも多い

啓発目的というより、明らかにエンタメとして消費されている。犯罪学の専門家は、「これらの作品は実際の犯罪が起こった経緯や、犯罪者たちの実態を知るにはなんら役立たない」という。またこれらのドラマは美しい人々が美しい家で暮らし、美しい女性が犠牲になる「ライフスタイル・ポルノ」である。

これは「羊たちの沈黙」のレクター博士が残した遺産かもしれない。絶対的な捕食者でありながら、信じられないほど知的で、ニーチェを引用し食や建築について語るレクター博士にみんな魅了されまくった。でも現実における連続殺人鬼の多くは平凡で自分の犯行を饒舌に語ったりしない。

たとえば70年代のロンドンで、15人以上の男性を殺害したスコットランド人は冴えない容姿で被害者の多くはゲイだった。同じ連続殺人でも人々の関心は「美しい女性の犠牲者」や「ハンサムな加害者」にしか向かない。



…というような内容でした。
私自身も、評判のいいサイコものは見逃すまいとする程度に好きです。猟奇ものは人の関心を引き、そこに「美」や「セクシー」が乗っかるとより魅力が増す。「残虐性」と「美」や、「残虐性」と「純真」など、本来対立しているべきものが共存している、その矛盾とカオスに惹かれるんだと思います。

レクター博士のように紳士で、非凡で、俗っぽくない、超越してるがゆえに孤立した存在に憧れる気持ちもある。欧米人女性のヴァンパイア崇拝もこれだと思います。

私がこの記事を面白いと思ったのは、「ヒロインの方はぶっちゃけどーでもいい」ということを指摘してるからでした笑 これって日本の一部の少女漫画にもみられますよね。英語だと読んで字のごとくwet dreamという。ヒロインは無個性の方がいい。美人だけど目立たない、とか自分の魅力に気づいてない、自己主張のないヒロインだとよりいい。ヒロインに自分を投影して、「特別な存在(ヴァンパイアやセクシーサイコのような)が、どういうわけかたくさんの女性の中から自分を選んだ」がたまらない。ここまでくると、思いつくのは『トワイライト』シリーズ。あの作品の何が驚異的かって、こうしたヒロイン像を演じるにあたり完璧に条件を満たしているクリスティン・スチュワートを見つけてきたことです。まことに彼女はガラスの靴にぴったりはまる足の持ち主、唯一無二のシンデレラでした。あの孤独な陰のある感じ、クラスでは目立たないけど美人。中森明菜と綾波レイのハイブリット版って感じです(古いか)。

それはともかく、もう一つ私がこのBBCの記事に感心したのは、日本ではここまで踏み込んだ記事はあまり見かけない。たとえば日本には少女漫画にしろBLにしろTLにしろ乙女ゲーにしろ、この「セクシーサイコ」や「Sっけのあるイケメン」キャラ溢れまくってます。その一方でデートDVの実態や性的合意について啓蒙する動きもある。男性向けの女性キャラが画一的なように、今の若い子たちはこんなものに四方八方囲まれてるんじゃないかと心配になってきます(実際には、私がこちらで会う若い日本人女性の多くは、そういう文化に不満を言うほどの分別がありますけど)。
私は米国で5年以上暮らしている間に欧米社会に根を張る問題点にもいろいろ気づいたのですが、やはりこういう記事を読むと、ディープなところまで議論できる土壌があるんだなあと感心する。日本では、たとえばメイドカフェなんかが出てきた時、女性に「ご主人様」と言わせる文化から何を読み取れるかといった議論はなされなかった。BLというものもいつの間にか市民権を得て、寛大といえば確かにそうだけど、それが女性のどんな願望や欲望から生じたものか、LGBTと重なる部分とそうでない部分はどこか、などということはたいして大きく取り上げられてこなかった。もちろん、そこんとこを追及されると不都合・ばつが悪い人たちがいるからなわけですが。私自身も、BLについてメディアで堂々と語られると正直居心地が悪いクチです。でもcritical thinkingがちゃんとなされなかったために、いつのまにか浸透して「もう遅い」と言えるような状況もたくさん起こっている気がする。ミソジニーなんて、まさにその最たるものです。


記事の内容に戻ると、女性を食いものにする男性のセクシーサイコだけでなく、暴力や悲劇をエンタメとして消費するのは今に始まったことじゃない。GoTがこんなに人気なことからもそれはうかがえます。確かに、実話を基にした悲劇を描く時は、エンタメとして消費することに慎重になるべきだと思う。何十(百)年経てば現実に起きた出来事をエンタメとして消費することが許されるのかは一概には言えない。記事では、主人公がタランティーノエスクな悪童(Tarantinoesque romp)に変貌していく、とありました。実際どれほどタランティーノなノリかわかりませんが(監督は、「トレイラーが誤解を与えた」と語っている)。
漫画、映画、TVシリーズなどのフィクションの中にみられる暴力や犯罪、憎悪などをその成り行きも含め傍観して楽しむことは簡単にはやめられそうにない。エロ漫画やAVでも痴漢やレイプがテーマの作品がたくさんある。私はどちらかというと、これらはファンタジーであって、現実と混同してはいけないという議論を深めることの方が現実的だと思う。つまりこうした作品では、登場人物は「人間扱いされていない(自由意志を無視されて、都合のいい存在に成り下がっている)」。それはどういうことか、またどうして、視聴者は他者の人間扱いをやめてファンタジーに逃げ込みたくなるのか、ということを教える方が重要な気がする。


コメントもこちらから。私が旅の途中で撮っただいたいが欧米の風景写真が表示されます(地味に交換してます)



2019年04月23日(火) ゲイの男友達との間で起こる、ジェンダー観のすれ違い

久しぶりの日記です。今後はもっとこまめに短く書くようにしたい。
米国での生活も5年半、そろそろ帰りたいです。今はビザの切り替え時期で帰れないので、もう少しLAに留まらなくてはなりません。

こちらでやったことのひとつに、ゲイの友人を多く作ったことがあります。
ゲイの友人たちと接しているうちに、私はある種の幻滅も味わいました。それはゲイの男友達と私の間には、やはり男女間の摩擦があるという現実のためです。よく一緒にご飯を食べに行くのは5,6人なので統計的にはまったく信用できません。この5,6人の中にもまったくこの「男女間の摩擦」を感じさせない人もいるので、ココは声を大にして言いたいのですが、「ゲイの男性は皆こうだ」というステレオタイプな見方ではありません。

ゲイの男性の中には、ストレートの男性と同じように強いミソジニー(女性蔑視)傾向がある人もたくさんいます。女性を「(男を取り合う)ライバル」とみなし「同じ空気を吸うのも嫌」なんて言う極端な女嫌いのゲイ、もうこれは放っておきましょう笑 ミソジニーはたいてい「妄想だけ膨らませて実際には女性をよく知らない」人にその傾向がよくみられます。

私が男女間の摩擦といったのはこれほど極端なものではなく、普段は女性的な価値観に対し肯定的な男友達との間でも、この摩擦が起こるということです。
たとえばある友人は私に「女なんだからもっと髪伸ばしなさいよ。女は髪が長い方が絶対いいわよ」と言いました。この時私は「女なんだから」「男なんだから」ってのは久しぶりに聞いたな、と思いました。また違うゲイの男性は、「あの子はそこらの女より女らしくしてると思う」と友人のゲイの男性を誉めました。これは、「冷たく接する彼氏に耐えて、めげずによく尽くしている」という話の後に出た言葉でした。これを誉め言葉として言われたので、当然ながら私は「待て待て、冷たくされても好きな男に耐えて尽くす女が、いい女ってことなのか?」とモニョりました。またもう一人は、普段からすぐにカチンときてギャーギャー騒いでしまうヒステリックな自分の性格を、「あたしってホント、こういうとこ女なのよね」と言ってました。でも一番衝撃的だった発言は、サンフランシスコ時代の日本人のゲイ友から食らった、「女性はなんでセックスを断るの? おれだったら、夜道を歩いてて男に襲われたら、カッコいい人だったらア〜ンって(体をくねらせて)レイプされちゃうけどね」でした。

こういう思考がおかしいということに、「あたしは中身は女性」「女性とは話が合う」と言っているこのゲイの男友達は気づいてません。女性的な価値観を見下したり否定はしてないんだけど、彼らの女性観はだいぶ歪んでる。レッテル張りはいけないんですが、彼らの共通点を上げるとすると、年齢が皆30台後半〜40代。そして日本人だということ。若い世代や外国人のゲイの友人たちからは、こういう発言は聞かない(違う国籍、違う年代だとより遠慮が出るのかもしれませんが)。
なぜ彼らの女性観は歪んでるのか。おそらく、彼らは日本で受けたひと昔前の教育というか、育った環境で植え付けられた価値観が20年米国で暮らした今でも抜け落ちてないんです。三つ子の魂百まで。ゲイという自覚を持って生きていても、その根っこにはいまだにストレートの男性としてのジェンダー観や恋愛観が息づいてる
彼らの中には自虐的な人も多いです。「あたしなんて…」という意識そのものが、ヘテロ社会で植え付けられたゲイゆえの自己嫌悪。彼らの女性観も、時代遅れのストレートの男性主観で一方的に押し付けられた理想の女性像に基づいたもの。

私が幻滅を感じたのは、こっちも勝手にゲイの男性を理想化していたからだと思います。腐女子の妄想として、「ゲイの男性は女性を理解している」というのがあります。自分も偏見に苦しんできたから、「男だから」「女だから」って考えはやめよう、という人が多いはずだ……。

たとえば、社会を“男の絆”で占有する強固なロジック 「ホモソーシャル」の正体とは?という記事を書いた、自らゲイをカムアウトしてる前川直哉さんは、続編で「「社会を男で独占しよう」というホモソーシャルの中では、本来自分は排除される側なわけですが、僕は大学院生になるまでヘテロセクシュアル(異性愛者)のふりをしていたから、排除されることはなかった」(中略)「自分の踏まれている足より、自分が踏んでしまっている足のこと──と言うよりも踏んでることすら自覚していなかったわけですが、その「男性として得をしていること」自体について調べたいと思った」と書いてます。私も、同性愛者という自覚が芽生えることで、前川さんのようにストレートの男性主観から解き放される人が多いんじゃないか、と勝手に期待してしまっていたんですね。

前川さんは「ストレートの振りをすることで、男としての特権を手放したくなかった」と言ってますが、こういう発想から「ゲイだけど女性側にはつかない」人も大勢いるわけです。そもそもが女性より男性が好きだから、たとえ自分を見下すタイプのストレート男性でも許してしまう、という人もいるでしょう。こういう人はストレート女性にもたくさんいる。

同じストレートの女性でも私のように考える人もいれば、女性が置かれている環境や立場にまったく無関心な人たちも大勢いるわけで、ゲイであれストレートであれ女性であれ男性であれ、皆千差万別ということです。そういう意味じゃ、現実を知りこの種の幻滅を経験したのは貴重だったなと思います。

ゲイの知り合いには、絵に描いたようなビッチもいます。彼は笑っちゃうようなセクシーな恰好にきついメイクをして、セックスクラブに行ってストレートの男たちを喜ばせています。一度見に行ったら、跪く彼の前に男たちが行儀よく列を作ってました笑 彼のことを、共通の知り合いである米国人の女友達は「女をinsult(侮辱)してる」と言いました。長年女として生きてきたなら、そんな真似はしないだろう。なぜなら多くの女性はそういう対象として見られ、扱われることに、もういい加減ウンザリしてるからだーーこのウンザリという感覚が、彼にはわからない。それどころか彼の方はストレートの男性に混じって、傍から「うらやまーだわ」と眺めていた。
日本で育ったんであれなんであれ、私の目には歪んでいるように見えるジェンダー観や恋愛観を正だと受け止めて育った人が、そこに自分を落とし込みたいという気持ちでやっているわけだから、そりゃそうだって感じです。

アナルセックスにおける受けは女役で攻めは男役って発想はまるっと異性愛における関係のコピーです。それで殊更自分は「(普段セックスで受けだから)女なんだ」と主張する人もいる。でも普段は外見も振る舞いも、いわゆる「男らしい」けど受けだというゲイの友人もけっこういます。だからそこは結びつけなくてもいいんじゃないかと思う。私が知る限り彼らは「女らしい」んじゃなく、ただただドMです笑 ストレートの男性にも後ろを攻められたいMはいますが、別に普段から自分を女性的だとは思ってない人も多い。まあこのMというのも、自分は男なのに女のように扱われてる、ということが興奮の主要因なわけで、やっぱり女という立場に自分を落とし込んでいる行為という気がしないでもないですが。

ともかく、同性愛者だという自覚が芽生えたことで、従来のジェンダー観に基づく恋愛観や人間関係を脱却して生きている人もたくさんいるわけで、ゲイの男性を一括りにする気はまったくありませんが、ゲイの友人たちとの交流を経て、勝手に理想を押し付けて幻滅している自分に気づいた、という話でした。

最初に「こまめに短く書きたい」と言って、この長さ。次回こそ、短く、なるべく早めに更新します。



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2018年12月18日(火) 霜降り明星、M−1優勝、そしてわが身に降って湧いた霜降り明星景気

12月2日、最高の漫才コンビを決めるM−1で、霜降り明星が優勝!

急にどうした、という感じですが、実は一年半ほど前から霜降り明星のファンでした。ラジオも聴いておりこれこれこれのような絵も描いてましたが、まさかこの25歳と26歳の若者が本当に優勝するとわ。ファンながら、上位3組に入った時点で「夢かこれわっ」と暴れてました。

優勝が決まった瞬間は、こっちは朝3時くらいだったと思いますが、近所迷惑も構わず叫んでました。でもどうやらお隣は休暇でいなかったようでラッキーでした。

どんなきっかけで霜降り明星が好きになったのかはサッパリ覚えてません。間違いなく粗品から入っていますが……ある頃から、「なんて描きたい顔と身体だっ」と思っていました。二人ともに言えることですが、美と醜がバランスよく交じり合っている、この感じが一番いい。積極的に二人の情報をググるようになったのは一年くらい前から。ラジオを毎週聴くようになり、二人のなかよし具合がたまらんくなり、LAにいながら関西ローカル番組をも気合でフォローするまでに。


この二人、売れる要素しかないと思ってますが、そのうえで若者らしいピュアネスと、爐泙瓦海蹲瓩鮖ってる。真心っていうのは辞書によると「偽りや飾りのない心。真剣につくす心」らしい。

二人の純真をご覧ください


巡り合うべくして巡り合った二人。すでにいろんなメディアで取り上げられていますが、若干ADHD気味笑で生活に困難をきたすレベルのせいやは高校時代いじめに合っており、一方の粗品は別の学校で人気者でしたが、その頃お父さんを失くしている。そんな二人が後に「青春そのもの」と呼ぶことになるハイスクール漫才で出会い、「めちゃくちゃ仲良くなった」(粗品談) 周囲からはいじめられているせいやの資質を「欠点ではなく個性」と認め、「こんな天才はいない」と誰よりも最初に見抜いたそっしー。ここにも若者の真心を感じるのは私だけですか。粗品はピン芸人として頭角を現し吉本のオーディションに合格、同志社大学を中退し芸に専念したところ、あっという間に結果を出していきましたが、オールザッツ漫才では若干19歳で優勝。これがその時の動画。初々しい。


観客席には千鳥や銀シャリ、ダイアンなど今第一線で活躍する芸人たちがいますが、今回のM−1でファイナリストとしてしのぎを削ったギャロップ、武智、かまいたちなどが観客席で笑って見ているのが面白い。優勝決定後、笑い飯の哲夫にマイクを向けられて、「ぼく成人したらスーツを着て漫才がしたいんです」と言ってるのが未来を予言しており、ドラマの筋書きのようですね。ちなみに、ナイツと清水ミチコのラジオ情報ですが、粗品という秀逸な芸名は、子供の頃からM-1の舞台を夢みていたそっしーの「妄想のM-1グランプリで3連覇した伝説の漫才師の名前」らしいです。妄想のキャラが自分となって、本当に優勝したという。
ちなみに、この時すでに胸中にはせいやと組むというアイデアがあり、当時は近畿大学に進学し教師を目指していたせいやを2か月に一度ご飯に誘い、「一緒に組まないか」と口説いていたそう。オールザッツで粗品が優勝する姿をテレビで見ていたせいやは、「こんなすごいやつとこれから組むんか?」と動揺し自転車で山に向かったというせいやらしいよくわからん後日談も。

そんな二人はいかにも新世代で、プライベートで二人で遊んだり誕生日にはお互いにプレゼントを買いあったり。日常生活では失敗続きのせいやを飴と鞭を駆使して支えるしっかり者の粗品ですが、実は泣き虫で、たまにせいやの方が生来の明るさでコンビを引っ張っていくところもまた魅力的です。

と、霜降り明星の説明はこのぐらいにして、ここからは題名の通り、「わが身に降って湧いた霜降り明星景気」について。

2017年に引き続き、今年もM−1ファイナリスト3組をを描いてみました。ツィッターに投稿したところ、これまでに5万5千ライクいただき、アカウント取得後放置プレイして稼働してなかった@Hitowa_Inchiki、3日で2500人フォロワーが増える! これを霜降り(&M-1)景気と呼ばずしてなんと言いましょう笑 そしてフォロワーさんやリツィートしてくださった方の中には芸人やテレビマン、プロの漫画家さんやイラストレーターさんもおり、光栄でした。言わずもがな、一般のお笑いファンの方からのフォローも大変嬉しいです。

しかし何よりも、2018年通してみてもmaxで嬉しい出来事が一昨日起こりました。

な、な、なんと〜! (今風のブログっぽく改行多め)

霜降り明星のお二人が、私のイラストについてラジオでコメントくださいました。 図々しくメールしてよかった…。開始位置をセットしてます↓



2018年どころかここ5年ぐらいでも一番嬉しい出来事だったかもしれん笑 
そっしーはファンやリスナーにハッキリ意見するタイプなので、怒られるんじゃないかとドキドキでしたが(まあ彼に口癖の「ムカつきますね〜」言われるなら本望か)、とてもやさしいコメントでした。せいやくん、粗品くん、どうもありがとう。

霜降り明星、明るい未来しか見えませんが、今後も応援していきます。
この二人の若者の行く末に幸あれ!

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