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| 2015年05月21日(木) ■ |
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| その頑固さを、大事にしなさい。 |
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書籍「火山のふもとで」(松家仁之著・新潮社刊・377頁)から。 淡々と過ぎていく物語の展開に、なぜか癒された。 作品全体に流れているリズムというものなのか、 作者独特の文体なのか、丁寧に、そして詳細に描かれている表現に、 毎日、読み続けることが楽しみになったことを最初に記しておきたい。 設計事務所の仕事ぶりと、ある図書館のコンペ参加という条件が重なり、 いつも以上にメモは溢れた。 設計事務所の所長である高齢の先生が、若い主人公に諭すシーン、 最初は、同じ事務所に務めている男性の人物評価かと思ったが違った。 「彼はシャッターを下ろしてしまうんだね。 そうやって自分を傷つけずにうまくやり過ごすための防衛策かもしれない。 しかしね、それではかえって傷を負う結果になるんだよ。 そういうことをくり返しているうちに、自分が何をやりたいのか、 やりたくないのか、だんだんわからなくなってくる」と、 仕事に対する姿勢を教えたかと思えば、 「理不尽なものに押し切られることもあるだろう。 相手のある仕事だからね。ただ、最後に押し切られるにしても、 自分の考えは言葉を尽くして伝えるべきなんだよ。 そうでないと、自分の考える建築がどこにもなかったことになってしまう。 自分自身ですら、たどれなくなってしまう」と言い、 「きみはやさしそうな顔をして、意外と頑固だからね。 その頑固さを、大事にしなさい。」と生き方をアドバイスする。 それはまさに、読者である私への、大切なアドバイスともとれた。 あと数年で停年なのに、こんなに頑固で良かったのかな、と振り返ることが 最近の悩みだったのに、この台詞で救われた気がする。 今更、変えられないものなぁ、この頑固さは。(笑)
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| 2015年05月20日(水) ■ |
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| 「チェス」と「将棋」の違いが「日米の文化」の違い |
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映画「太平洋の奇跡 フォックスと呼ばれた男」 (平山秀幸監督)から。 太平洋戦争、サイパン島での史実に基づいた物語、 そう理解しながら鑑賞すると、また違った視点が生まれてくる。 アメリカ軍の指揮官にとっては「武士道、自決」が理解できず、 どうして命を賭けて向かってくるのか、わからない。 そんな時、日本の文化を理解しているアメリカ兵が口を開く。 「自尊心の問題です。長い間に育まれた考え方です」と前置きをして、 一個の小さな木片を出し、説明を始める。 「これは将棋の駒です。敵と味方を見分けるのは、駒の向きだけです。 チェスと違い、大佐の駒がとられても、敵はその駒を捕虜にしません。 方向を変えて、大佐に対して利用できます、味方として。 日本人は主君への忠誠に重きを置きます。 捕虜となれば、新しい支配者に同様の忠誠を・・示さなければなりません。 捕虜になれば、天皇を裏切ることになる。 そうなるくらいなら、彼らは死を選ぶのです」 これは「武士道、自決」をわかりやすく説明しているな、とメモをした。 「チェス」と「将棋」の違いが「日米の文化」の違いとなっている。 なるほどなぁ・・日本人らしいゲームだな、将棋は。
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| 2015年05月19日(火) ■ |
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| 日本をひっくり返すんぞ、お前なしで出来るか |
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NHK大河ドラマ「花燃ゆ」から。 2回ほど見逃したけれど、ほぼ毎回視聴しているし、 メモも溜まっているのだが、なかなかタイミングが合わず、 紹介出来ずにいるのが現状だよ、という報告も含めて、 「最近、大河ネタが少ないですね」というメールの回答としたい。 勝手に和親条約を結んだ幕府に対して、破約攘夷を求めて、 長州の若者たちが決起するシーン。 高杉晋作は、行動に慎重な態度を示す、久坂玄瑞に対して、 「おまえも参加しろ」と何度となく誘い、ケンカ寸前の状態。 しつこい高杉に、久坂が「なぜ、俺を誘う?」と詰め寄る。 その時、2人が顔を近づけたかと思った瞬間、高杉が口を開く。 「日本をひっくり返すんぞ、お前なしで出来るか」 いつも顔を合わせれば、口喧嘩ばかりしている相手に、 こんな台詞を言われて、動かない男もいないだろう。 久しぶりに、心を揺さぶられるフレーズだったと思う。 「どうか、お前の力を貸して欲しい」と言うよりも、 「お前がいなければ、これは成功しないんだ」のほうが、 男気に訴えているに違いない。 女性はどうだろうか、と考えたけれど、同じ人間だから、 「貴女なしでは、成功しないのよ」と言われれば、 きっと、その想いが伝わって、動くのではないだろうか。 結局、人間って「心意気」が大切なんだろうな。
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| 2015年05月18日(月) ■ |
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| このまま聞いても、俺の心が乱れてる |
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映画「ダンシング・チャップリン」(周防正行監督)から。 映画の前半部分は「第一幕 アプローチ」 通常の映画では「メイキング」と称される部分。 後半部分が、作品としての「第二幕 バレエ」 映画だと言うのに「第一幕」と「第二幕」の幕間に しっかり「5分」の休憩時間があるところが面白い。 まぁ、周防監督が奥さんである草刈民代さんのバレエシーンを 劇場で開催される公演記録としてではなく、 映画作品として残そうとしたところが斬新と言えば斬新。 振付師(ローラン・プティ)に映画の構想を語り、 意気投合して、一気に進めようとした監督に、 振付師は「私にとっては、映画化する意味がない。 そんなやり方では、やりたくない」とピシャリ。 このままでは、話が一向に進まないと判断した監督は、 通訳の人に、小さな声で耳打ちをした。 「ちょっと作戦立てるほうがいいかもしれない。 このまま聞いても、俺の心が乱れてる」と。 冷静さを失って交渉することの難しさを教えてくれた。 メイキングとはいえ、このシーンはインパクトがあった。 映画作品としての評価は分かれるところだろうが、 新しい試みとしては、面白かったのではないだろうか。
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| 2015年05月17日(日) ■ |
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| 大人のスポーツテストは「現状維持」が目標 |
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私の中では、すでに恒例となった「大人のスポーツテスト」、 晴天の中、日焼けをし汗をかきながらも、楽しく参加できた。 測定種目は、私たちの中学生時代と同じ5種目。 「50m走・走り幅跳び・ソフトボール投げ・懸垂・ そして、持久走1500m。(女性は1000m)」 NPO団体のわが町体育協会が、企画運営をしてくれている。 正式名称は「清水町体力自慢テスト」らしいが、 年齢を重ねて感じることは、昨年より良い記録なんて望まない。 目標は、昨年と同じ記録を出すこと、そう現状維持。 それだけ、1年という年月は長く「徐々に」というよりも、 「加速的に」体力は落ちてくるのが実感できる年齢になった。 結果的に、昨年より良い成績ならば、自分の中でニンマリしながら、 この1年間の「スポーツ通信簿」を受け取ることになるし、 悪ければ、もう少し身体を動かそう、と自己反省をして、 生活習慣を見直すきっかけにすればいいと思う。 今更、人前で恥ずかしい・・なんて気持ちを捨てることができれば、 年長行事の中で、意外と楽しみなイベントになるに違いない。 今となっては笑い話だけど「2年前、みんなの前で『懸垂1回』が、 私の継続の理由になっているのだから。(汗) 今日を思い出すフレーズとして、 「大人のスポーツテストは『現状維持』が目標」を残したい。
P.S. と言いつつ、気になるだろう私の記録、4書目で前年の記録更新。 たぶん減量して身体が軽くなったのが、好成績に繋がりました。 今日だけは、自分への御褒美として、ビール飲もうっと。 (と何かと理由をつけて、飲んでばかりです。最近。(笑))
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| 2015年05月16日(土) ■ |
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| この商品は20歳以上の方の飲料を想定して開発しました。 |
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早朝の雨があがったので「軽いジョギング」のつもりで走りだしたが、 予想どおり、大量の汗をかいた。(汗) その時、感じたのは、昨晩、あれほど飲んだにもかかわらず、 「ビールが飲みた〜い」だった。 夕方に自動車の運転をすることになっていたので、 渇いた私の喉が湿ればいいことを理由に、最近、味に慣れた 「ノンアルコールビールでもいいや」、と思い直したが、 近くにコンビニやスーパー、酒屋でもない限り、 売っている場所が思いつかなかった。 甘味料タップリのジュースは飲みたくなかったし、 ノンアルコールで、カロリーゼロ、糖質ゼロ、プリン体ゼロなど、 身体にいいはずの炭酸飲料(ビールテイスト清涼飲料)が、 街中の自動販売機に売っていたら、売り上げは伸びるだろうなぁ、と 独り言を呟いていた。(汗) 結局、自動販売機を何台も横目で眺め、一番近いコンビニまで歩いたが、 缶の記載を読んでみると、こう書かれている。 「この商品は20歳以上の方の飲料を想定して開発しました。」 教育上の問題なのか、販売メーカーやパッケージの問題なのか、 私にはよく判らないけれど、清涼飲料として売らない理由が知りたい。 コンビニでは、中学生が「ノンアルコールビール」を レジに持ってきたら、売らないのだろうか? レストランでは、子どもが「ノンアルコールビール」を注文したら、 テーブルに出さないのだろうか? 「ジュース」と同じ値段なら「ノンアルコールビール」が飲みたい、 わがままな56歳・男性の疑問である、誰か教えて。
P.S. こんなことを言いながらも、気付いたら、 ジュースでは買わない「ピーナッツ」などをツマミに買っていた。 私の母は、ノンアルコールだと言っても、酔っぱらうからよしなさい、 と言うし・・扱い方が曖昧だよなぁ、私が知らないだけかも・・。
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| 2015年05月15日(金) ■ |
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| 見る方の精神が混乱しているからに過ぎない。 |
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映画「渇き。」(中島哲也監督)から。 鑑賞後、評価が分かれる作品だろうなぁ、と思った。 ストーリーはともかく、画面の激しい揺れや、溢れる流血シーン、 この表現方法が「渇き。」には、必要だったということだろう。 私は、意図や流れの整理が付かず、頭が混乱してしまったが、 作品冒頭に流れる台詞とテロップが、そのヒントになるだろうか。 「愛してる・・」「ぶっ殺す」と意味深な台詞と、 「ある時代が混乱して見えるのは、 見る方の精神が混乱しているからに過ぎない。Jean Cocteau」 と書かれた文字から、ジャン・コクトーの言葉とわかる。 彼は、フランスの芸術家。詩人、小説家、劇作家、評論家、 画家、映画監督、脚本家として多くの活動を行ったらしい。 そのフレーズが冒頭に流れた意味は、けっこう大きい。 「混乱」というより「狂う」という表現が相応しい作品であるが、 2015年、話題の中心になりそうな「吉田松陰」も、 自らを「狂愚」と名乗ったことで有名だから、 それくらいの想いと行動がないと、常識は打ち破れない、 ということだろうか。 なかなか理解するのに難しい作品であるが、裏を返せば、 常識を超えた見方が出来れば、素晴らしい作品、と言える。
P.S. ちなみにタイトルの「渇き。」は、作品の中で使われた 「ヤクにハマると喉が渇くだろ?」というフレーズがヒントなのか。 最後の句読点「。」も、気になるところ。う〜ん・・(汗)
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