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| 2015年04月05日(日) ■ |
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| ピンク三昧・山梨 |
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事前の天気予報では、奈良に続いてまた雨か、と落ち込んでいたが、 夫婦で行くバスツアー「甲斐善光寺御開帳と甲州三大桜」は、 曇天であったが甲斐(山梨)で、傘を広げることはなかった。 恵林寺・慈雲寺・甲斐善光寺・武田神社と予定された桜の名所は、 前日の雨と風で心配されたが散ることなく「見頃」であったが、 桜だけで言えば、規模は違えど、私たちの周りでも鑑賞は出来る。 わざわざ、バスツアーで行かなくても・・と思いがちであるが、 バスが山梨県に入った途端、車窓から見える景色が「ピンク一色」。 この景色は「静岡県」では、あまりお目にかかれない。 薄いピンクは、ソメイヨシノを始めとした「桜」、 それにアクセントを付けたのが、もう少し色が濃いピンクの「桃」、 道中、目の中には必ず「ピンク」があり、その色の豊富さに驚いた。 今回のバスツアーをワンフレーズで表現するなら、 間違いなく「ピンク三昧・山梨」。 7月〜9月のイメージがある「もも狩り」の主役、桃の木は、 桜に負けじと、この時期、精いっぱいのピンク色で輝いていたから、 桜の「ピンク」と桃の「ピンク」の競演、と言ってもいい。 いや、観光客をもてなす宴、と言う意味では「饗宴」かも知れない。 緊張しがちな年度始めの最初の週末、今回もまた自然に癒された。 「自然」って、本当に素晴らしいな、と心から思ったツアーである。
P.S. 「善光寺」に行くにしては、ゆっくりした日程だな、と思っていたら、 「信州善光寺(長野県)」ではなく「甲斐善光寺(山梨県)」だった。 もう少しで、恥をかくところだったなぁ、ほっ。
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| 2015年04月04日(土) ■ |
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| ローマはあなたの街、あなたが街のイメージを創った |
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映画「NINE」(ロブ・マーシャル監督)から。 フェデリコフェリーニ監督の自伝的映画 『8 1/2』(はっかにぶんのいち)のリメイクでミュージカル版、 そう説明されても、実はよくわからない作品だった。 ずっと意味不明だったタイトルの「NINE」は、 ラストで「仮題NINE」というシーンを観て、 タイトルも脚本も決まっていない映画タイトルだとわかる。 舞台はイタリア。数々のヒット作を飛ばしてきた、 主人公のグイド・コンティニ監督9作目の映画ということなのだろう。 ラストで「アンソニー・ミンゲラに捧ぐ」という字幕が気になる。 アンソニー・ミンゲラ氏は、ネットで調べてみると イギリスの映画監督・脚本家・映画プロデューサーとある。 これまたどういう意味なのか、判らずに終わった。 (数少ない脚本も書く映画監督、という意味だろうか?) さて、今回の気になる一言は、単純にストーリーの中から。 自信をなくした、主人公の映画監督を励ます言葉。 「ローマはあなたの街、あなたが街のイメージを創った。 あなたの映画がね」 この発想は、まちづくりの手法としても使えるな、とメモ。 具体的な将来的なイメージ、映像があればあるほど、 住民は、その街のイメージに向かって努力していく。 震災で被害を受けた東北地方で大切なのは、将来の東北は、 こんな街になるんだ、という復興後のイメージ。 近未来的な将来都市像を、文字ではなく映像として提示する、 それこそ、イタリアという国、ローマという都市のイメージを 全世界に向けて、映画を通して情報発信すると同じように、 近未来の日本という国、東北という地方のイメージを、 世界に向けて、情報発信して欲しい、と願う。 飛躍し過ぎだろうか?(汗)
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| 2015年04月03日(金) ■ |
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| 背伸びをした仕事と向かい合うための、栄養源だ。 |
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静岡県内の著名人が書く、静岡新聞夕刊のコラム「窓辺」に 前・国土交通省沼津河川国道事務所長の野坂周子さんが載っていた。 「伊豆マラソン」と題し、私も一緒に走ったコースを、 本当に短いフレーズながら、わかりやすく纏めていて感心させられた。 天は彼女に二物どころかも多くの才能を与えたようだ。 さて、コラムの後半「走る」ことについて、こう記している。 「戦後の厳しい時代を生き抜いた母には、『走る』なんて、 なんでそんな無駄なエネルギーの使い方をするのかと問われる。 確かに、この走るエネルギーをもっと建設的な事象に使えばと思う。 ただ、これは私のぜいたく。 背伸びをした仕事と向かい合うための、栄養源だ。 これからも、きっと走り続ける。」 この部分だけ読んでも、うんうんと頷き、思わずメモをした。 以前「なぜ走るのか?」と問われたとき、 「もっと強い自分に出会うために走り続ける。」と答えたが、 緊張感の続く仕事をこなしてきた彼女が表現してくれた 「背伸びをした仕事と向かい合うための、栄養源」も素敵だなと思う。 走ることは「エネルギーを使うのではなく、蓄える手段」という感覚、 走り始めて7ケ月だけど、少しずつわかってきた。 「これからも、きっと走り続ける。」と言い切った彼女は、 4月1日付けで異動してしまったが、この気持ちは私たちに残された。 「これからも、きっと走り続ける。」・・いい言葉だなぁ。
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| 2015年04月02日(木) ■ |
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| 「貸切」・・そりゃぁ、ないでしょ(怒) |
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それは、平成26年度の年度末、3月31日の出来事。 多くの人たちがSNSにアップする「三島大社」の夜桜に惹かれ、 また家族からの「大社の夜桜見にいかない?」のメールに誘われ、 やや肌寒い天気の中、歩いて出かけた。 勿論、週末の雨で散る前に・・という桜の花見だけでなく、 夕食は「○○○○」でワインでも飲みながら・・という お楽しみ付きの誘いであったから、いろいろ期待して足を運んだ。 ところが・・なんと「貸切パーティのためクローズ」のメッセージ。 季節的にも、大社の夜桜見物に訪れた人たちを受入れる施設・・ と思っていたら、どうやら私の勘違いだったようだ。 夜桜見物のあと、ちょっと気取って、温かい珈琲でも・・ と考えていた人たちは、私たちだけではなかったようで、 多くの人がその看板を見つけ中を覗きながら、不平不満をこぼしていた。 簡単に言うと「『貸切』・・そりゃぁ、ないでしょ(怒)」 民間施設の営業だから、口を挟むことはないのかもしれないが、 静岡県東部の花見の名所として知られる「三島大社」の目の前で 営業しているのだから、本当に期間が限られた数日だけは、 「貸切」という貸し出し方法を考慮して欲しかった。 「貸切」をすることで、まとまった収入はあるのかもしれないが、 それと引き換えに、楽しみに訪れた多くのお客を失った気がする。 「大変申し訳ございませんが」のフレーズに、 「本当に申し訳ないよ」「本当にそう思ってるの?」と呟き、 「ご迷惑をお掛け致しますが、宜しくお願い致します」のフレーズに、 「本当に迷惑な話だよ」「よろしくお願いされないぞ」と言い返す、 若い人たちやおばさま方の反応のほうが面白かった。 「施設まるごとの貸切」って、私はあまり好きじゃない。 「本日貸切」の表示は怒るけど「只今満席」の表示だったら諦める。 そんなもんなんだよなぁ、人間の感覚って。(笑)
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| 2015年04月01日(水) ■ |
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| ぶち男前っちゅうわけやないけど・・ |
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映画「カーテンコール」(佐々部清監督)から。 せっかくの映画作品なのに、山口県の方言が気になってしまった。 昭和30年代から40年代の下関の映画館で活躍していた 幕間芸人・安川修平のことを知ってその調査を始めるところから、 スタートするが、藤村志保さん扮する当時の従業員が、 「どんな方でしたか?」の問いに、 「ぶち男前っちゅうわけやないけど・・」と答えた。 私の大学時代に、山口県出身の友達がいて、 山口県の言葉には、英語の「原級・比較級・最上級」が存在し、 「ぶち・こち・かち」と言うんだ、と自慢していたのを思い出した。 「ちょっと、すごく、ものすごく」くらいの感覚で、 ぶち広い、こち広い、かち広い・・と使うらしい。(当時の記憶ですが) そこで作品中、取材の会話で「ぶち男前・・」を耳にした時、 懐かしさと、やっぱり本当だったんだという確信が持てて、 他のメモした台詞より、インパクトがあり輝いてしまった。 本来なら、この作品を思い出すには、なんといっても 「星よりひそかに 雨よりやさしく」なんだろうけれど・・。 下関が舞台らしく「在日朝鮮人」などの差別問題も含めて、 映画の最盛期、そして衰退期がわかる作品でもあった。 シネコンとは違う昔の映画館・・なんとなくだけど覚えているなぁ。
P.S. 大河ドラマ「花燃ゆ」の舞台は、山口県・萩だけど、 こんな台詞は耳にしないなぁ。地域が違うのかな?
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| 2015年03月31日(火) ■ |
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| 「はとかで」は、川柳では「もったいない」 |
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先日、川柳に詳しい人に、そのコツを訊いた。 その中で、なるほど・・と思ったのが、 5・7・5の最初の5は、単なる単語の説明になってしまう 「〜は」「〜と」「〜か」「〜で」はなるべく使わない方がいい、 というアドバイス。 もちろん「禁止」でもないし「ご法度」でもないけれど、 少ない文字数の中で、膨らみをもたせるには、 その一文字がもったいない、そんな感じなのだと思う。 だからこそ「『はとかで』」は、川柳では『もったいない』」を、 残そうと考えたが、いかかだろうか? 私が今までに作った「川柳」(もどき)を振り返ると、 なんと「は・と・か・で」が多いことか、自分でも呆れてしまった。 その世界では、常識的なコツも、独学ではわからないから、 一度、その道の達人に教えを乞うのも一考かもしれないな、と思う。 このコツを知っただけでも、私の「川柳」は、 ちょっとばかり「素人っぽさ」がなくなった気がする。 勿論、次の作品が、楽しみである。(汗)
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| 2015年03月30日(月) ■ |
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| 人間が接ぎ木しないと増えていけません |
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書籍「旧暦で楽しむ日本の四季」(二十四節気と七十二候) (別冊宝島編集部編・宝島社刊・319頁)から。 四季では「春」二十四節気では「春分」、七十二候では「十一候」 (四節気「春分」の次候)にあたる、「桜始開」(さくらはじめてひらく)、 意味は「桜の花が咲き始める」。(2015年は3/26〜3/30) 全国で、どれだけの人がこの時、この色を待ち望み、 その風景を写真に撮り、周りの人に見せたくなるのだろうか。(笑) 桜の木の下は、デジカメ、スマホを上に向けた日本人で溢れている、 これもまた、日本の歳時記と言えそうだ。(実は、外国人もだが・・) 日本中、桜の話題でいっぱいの中、メモした話題をひとつ紹介したい。 「桜の多くはソメイヨシノです」と言いつつ 「その絶対多数のソメイヨシノですが、実は極めて繁殖能力が低いため、 人間が接ぎ木しないと増えていけません」と纏めている。 「ソメイヨシノ好きの人間と、その人間がいないと生きていけない ソメイヨシノの関係は面白いですね」とも・・。 それこそ日本人が長い歴史の中で培ってきた「日本文化」であろう。 人間がソメイヨシノを育て、育てられたソメイヨシノが、 自然を愛する人間を育て、疲れた人間を癒す役割を果たしている。 この事実知ってから「花見」をすると、また格別に愛おしくなるのは、 不思議な感覚であるが、是非、見るだけでなく、桜に触れて欲しい。 また新しい「花見」の楽しみ方が増えた気がするから・・。
P.S. 桜の開花は「稲作りを始める目安」とされていて、 桜の花の下で行われる宴会(花見)は「秋の実りの予祝行事」らしい。
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