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しもさんの「気になる一言」
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2015年02月07日(土)
乾燥しちゃうかと思って

今晩の夕食が鍋だったから、というわけではないが、
昨年の忘年会での出来事を思い出した。
メインだった鍋料理をたいらげ、あとはお酒の勢いを借りて
話が盛り上がっていたところ、メンバーの1人が
私の目の前に置かれたガスコンロの上にある鍋に水を入れて、
弱火でコトコト・・時々、しゃもじを回転させている。
何をしているのかもわからず、「鍋も空だし、もったいないから
もう(ガスコンロ)消していいよ」と声を掛けたら、
なんと「乾燥しちゃうかと思って」の一言。
寒い季節、部屋の暖房をガンガンきかせているけど、
湿度調整器があるわけでもないから、空気は乾燥しっぱなし。
乾燥すると、喉が痛くなったり、風邪もひきやすくなる。
ホントに細い弱火でも、水蒸気を発生させている仕組みは、
私には発想できずに、新しい発見だった。
みんなが盛り上がっている中でも、冷静に状況を判断できる行動、
これって、嬉しい心遣いだな、と感じたシーンである。



2015年02月06日(金)
心はいつも一緒だ。パパより

映画「突然、みんなが恋しくて」
(ジェニファー・デボルデール監督)から。
この作品、きっと評価が分かれるな、と観終わった。
性別、年齢、未婚か既婚か、子どもが男か女か、
それによっても、まったく違ってくると思えたから・・。
男・50歳代・既婚・子どもが女の子だけ、の条件にあえば、
この主人公の気持ちが、手に取るようにわかる。
しかし、それ以外の場合、駄作と勘違いされるケースだろう。
死んでから発見された「投函してなかった、娘宛の手紙」には、
必ず書かれていたメッセージがある。
「(愛してるよ)、心はいつも一緒だ。パパより」。
自分の愛情を上手く娘に伝えられない、父親の気持ちが詰まっている。
「お前の前では、なかなかいい父親を演じられないけれど、
どこにいても、心はいつもお前のことを考えているよ」
そんな不器用な父親の気持ちが伝わってきた。
「父親が娘の元彼とつるむなんて!」と大声で怒鳴られても、
その気持ち、ちょっぴり理解できる。
また自分の葬式に、娘の元彼が勢揃いするシーンがあるが、
「娘が寂しくないようにと声を掛けた」ようだ。
まったく勝手な言い分だけれど、この行動もわからなくない。
父娘の物語だったから、映画「アルマゲドン」を思い出してしまった。



2015年02月05日(木)
若い頃の体型に戻りましたね

「食事コントロール」と「ウォーキング」などで、
10キロ減量達成、そんな話題を以前に書いた。
だからって「羨ましい」とか「頑張ったね」という言葉を
期待しているわけではない。
ただし、痩せたことは健康にいいはずなのに、
スリムになった私の姿を目にして発する一言が面白い。
「どうしたんですか?」(病気でもしたんですか?)から
「ちっちゃくなった」「しぼんだね」「品租に見える」等、
あまりいい表現がない。
いや、痩せた人に対して、誉めるフレーズが見つからないのか、
「あまりに痩せて声を掛けられなかった」という人まで。(笑)
逆に、体重が増えた時は、健康面ではよくないはずなのに、
「太ったねぇ」から「丸くなったね」「貫禄がついた」など、
意外と良いイメージを想像させる表現が思い浮かぶ。
本人にとっては、体が軽くなったし息切れもしない、
人間ドックの検査結果も、健康体の数値に近づいて、
大満足の「肉体改造」(笑)だからいいけれど、
減量したい、標準体重を目指したいと口にする人が多いのに、
他人に対するイメージは逆なんて、面白い。
一番嬉しかったメッセージは、昔の私を知っている人からの
「若い頃の体型に戻りましたね」かな。



2015年02月04日(水)
語尾をのばす大人は、ばかか優しいかのどちらかだ。

書籍「号泣する準備はできていた」(江國香織著・新潮社刊・252頁)から。
最近、また「江國香織さん」にハマっている。(マイブーム?(笑))
10年ほど前、この作品で「直木賞」を受賞したはずだから、
一度は、さらっと読んだ記憶が蘇ったが、久しぶりに読み返したら、
当時とはまた違った場所が私のアンテナに引っかかり、一気に読み終えた。
私たち年代の男女の気持ちが、恐ろしいくらいわかる気がする。
短編の小説というより、誰かの日記をネットで読んでいる感覚に陥る、
それくらい、今の私たちの感覚に近いと言えそうだ。
例えば、気のあった友達とお酒を飲むシーンがある。
「酒は飲むと辛いが、飲み終えると甘い余韻が残るのだった」とか
「三人は礼儀正しく冷やかしてくれる。どうしてー、とか、けちー、とか。
語尾をのばす大人は、ばかか優しいかのどちらかだ」など、
その絶妙な人間関係を、言葉にするのが本当に上手い。
さらに「おいしいお酒がないと、ごはんっておいしくないもの」とか
「『ビールって、つめたいのもおいしいけど、
少しぬるくなったのもおいしいと思わない?おそくに飲むときはとくに』と言う。
『東京の夜の空気に似た舌ざわりがする』」なんて表現は、もう頷くしかない。
何度か目にした「私は独身女のように自由で、既婚女のように孤独だ」
という表現、女性にはどう感じるんだろうか。



2015年02月03日(火)
包丁と鉄板、どちらが消耗品だと思います?

メモを整理していたら、ふっと目に触れたフレーズ。
情報源は、昨年、母の傘寿祝で訪れた「神戸旅行」の1コマ。
兄妹の2家族で考えた、サプライズ企画の一つは、
「目の前で『神戸牛』を焼いてもらい食する」だった。
上等な神戸牛を、鉄板の上で形の良い包丁を使い、
見事に切っていく料理人に向かって質問をした。
「さぞかし、高い包丁なんでしょうね」と。
その答えは意外にも、私の想像した答えと逆だった。
「包丁は、そんなにいいものは使っていませんよ」と言い、
「傷つけたら大変ですから・・」と付け加えてくれた。
その意味がわからず、肉の筋を切らないようにするためとか、
旨味を殺しちゃうとか、さもありがちな理由を挙げたら、
「包丁と鉄板、どちらが消耗品だと思います?」と質問された。
「簡単には取り換えが出来ない『鉄板』を傷つけないために、
あまり尖った切れの良い包丁は使わない」というのが、
その答えのようだった。
私たちの目の前に設置された長い鉄板は、代々大切にされ、
多くの良質の神戸牛を焼いた脂が染み込んでいるのかもしれない。
どちらが大切か、そしてそのために何をすべきか、
どちらかの質をわざと落とすことは、すごい判断である。
どちらも大切にすると、中途半端になっちゃうんだろうなぁ。



2015年02月02日(月)
私たちを銃殺して下さい。

フリージャーナリスト・後藤健二さんの著書「ルワンダの祈り」
そのタイトルを見て、思い出した映画があったのでご紹介。
映画「ルワンダの涙」(マイケル・ケイトン=ジョーンズ監督)から。
先日、映画「ホテル・ルワンダ」を観てから、私の心の中で
何か引っ掛かっていた「ルワンダ大虐殺」の真実を再確認して
あらためて、人間の醜さを感じることになってしまった。
印象に残ったシーンは「殺される」ことを覚悟したツチ族の1人が、
撤退することになった平和維持軍の大尉に願い出た台詞。
「撤退なさる前にお願いします。私たちを銃殺して下さい。
ナタで殺されたくない。銃なら一瞬だし、苦痛も少ないから」
この究極の選択を口にした彼らの気持ちを考えると、
映画と知りながらも、胸が締め付けられる思いがした。
同じ殺人でも「銃で一撃」と「ナタでメッタ切り」では違う。
親族・知人・友人が、目の前で殺されるのを観るだけでも、
ナタが凶器の方が、精神的な苦痛は計り知れない。
何度も何度も、会話の始めに使用される「You are OK?」は、
まともな精神力では耐えられない光景、場面に遭遇するから。
「大丈夫?」「気分は?」・・といろいろ訳されていたが、
観ている私たちにも、問いかけているような台詞だった。
原題となっている「Shooting Dogs」の意味を、
是非、この作品を鑑賞して、自分の目で確かめて欲しい。



2015年02月01日(日)
古典落語は「落ち」がわかっていてもウケます

地元清水町の「第6回地域交流センター寄席」から。
毎年、この季節の歳時記となっている、古典芸能鑑賞会、
演目は、誰でも知っているような古典落語4席だった。
「饅頭こわい」(三遊亭歌むい)「長屋の花見」(春風亭一之輔)
「たいこ腹」「(春風亭朝之助)「竹の水仙」(春風亭一之輔)
どの作品も、一度は耳にしたことがある落語であるのに、
やっぱり、噺家の話術より声を出して笑ってしまうから不思議だ。
そういえば「真打・春風亭一之輔師匠」が、前口上で言っていた、
「古典落語は『落ち』がわかっていてもウケます」が蘇った。
音楽で言えば「クラシック音楽」、映画で言えば「名作」(?)、
その他の分野でも「スタンダード」と称される作品は、
なぜか、何度耳にしても飽きがこなく、私たちを癒してくれる。
その理由はわからないけれど「王道」と呼ばれるものには、
私たちを引きつける、それなりの魅力があると思う。
若い頃は、ついつい新しいものにチャレンジしたくなるけれど、
歳を重ねると、この「スタンダード」に惹かれていく。
「古典落語」を耳にして、また「名人」の落語が聞きたくなった。
1月の振り返りは「笑ったこと」が少なかったのに、
2月は初日から、声を出して笑った。幸先がいいぞ、今月は。

P.S.一之輔師匠の前口上からもう1つ。
「声を出して笑ってください。決して鼻で笑わないように」
なるほど・・(笑)