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| 2014年12月20日(土) ■ |
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| 「刺激しあう」関係っていいな |
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2014年11月の上旬、筑波大学の学生から依頼を受けた、 「ICTの活用による中年者を対象とした 身体活動促進プログラムの開発」に関する調査は 毎日「歩数計」を付けて歩き、 その歩数をFacebookに報告するというだけの調査かと思っていたら、 私の予想以上に、楽しい試みとなった。 たまたま同じグループに分けられた人たちで繰り広げられる お互いの「いいね」や、励ましのコメントは、 健康のために少しでも多く歩こう、と思う私のモチベーションを、 ずっと下げないまま、楽しく調査終了を迎えることが出来た。 それまで、一度も面識のなかった人たちが、 同じ目的のためとはいえ、こうも刺激し合えるものか、と 驚くとともに、その効果は絶大だな、と再認識させられた。 さらに調査期間が終えてからも、誰彼とはなく、自主的に、 これからも続けたいという声が上がり、2カ月ほど前までは、 存在すら知らなかった、全国に散らばっている人たちが、 今では、一番コミュニケーションをとる仲間になった。 一方的に「指示・命令・アドバイス」をするのではなく、 双方向で「刺激しあう」ことは、ひとりではできないこと。 だからこそ「刺激しあう」関係は、楽しいのかもしれない。 来年も「刺激しあう」仲間たちと、歩きつづけたいと思う。
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| 2014年12月19日(金) ■ |
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| ゴルフは「心の人間ドック」 |
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質問攻めにあった11月議会も無事終わり(汗)、夕方からの職場忘年会を前に、 久しぶりの休暇をとって、後輩たちと近場のゴルフ場へ出かけた。 最近は、ゴルフ場でも健康のために、乗用カートに乗らず、 歩く癖をつけているが、私にとって「ゴルフ」は、実は健康のためではなく、 どれだけ自分をコントロールできるか、トラブルに冷静に対処できるかなど、 精神的な面の「人間ドック」と位置付けて、楽しんでいる。 ところが「体の人間ドック」は努力次第で改善できるが、 心の成長を測るバロメーターと位置付けたゴルフは、全然改善されていない。 いやむしろ、どんどん悪化の道を進んでいる気がしてならない。(汗) 本来、スポーツでもなんでも、お金と時間をかければ、 ある程度は上達して、自己満足に浸れるのであるが、ゴルフだけは、 たとえお金と時間を使っても、なかなか上達しないスポーツなので、 どれだけ心(精神)が成長したかを試す場として、活用している。 といいつつ、今回もまたまた私の心は大きく乱れ、同伴者のスコアや、 自分の球の行方が気になって、心は冷静になれず、安定しなかった。 う〜ん、ゴルフを始めた頃が、一番うまかった気がするなぁ。 巧くなりたい、という欲がなくなったんだろうな、たぶん。 改めて「ゴルフは『心の人間ドック』」を記しておこうっと。
P.S. さて一休みして、本日のメインイベント、課の忘年会に繰り出すとするかな。 酒の肴には困らない、珍プレーならいっぱいあったから。(笑)
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| 2014年12月18日(木) ■ |
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| 水平線で船が消えるのを見たことある? |
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映画「メッセージ そして、愛が残る」(ジル・ブルドス監督)から。 うまく表現できないが、似たような作品が、ふっと思い浮かんだ。 映画「Sweet Rain 死神の精度」では、 「死に値する生き方をしたか、を判断するだけ」と言い切る「死神」、 映画「アジャストメント」では「決められた運命を逸脱しないよう 世の中を監視している『調整員』」などが登場する。 今回は「メッセンジャー」、死と向き合える時間を与える役目らしい。 死・生き方について、いろいろな役割があるものだなぁ、と感心した。 さて、今回の気になる一言は「死」についての説明である。 「水平線で船が消えるのを見たことある? 船の姿は、目に見えないけれど、存在しないわけじゃない。 『死』もそれに似ている。 水平線の船のように、見えないだけでちゃんと存在してる」 「死」は肉体としては確かになくなるけれど、 「精神」「心」は、思い出として、残された人の心に存在する。 そんなことを言いたかったのかもしれない。 妙に納得してしまった例え話であり、わかりやすかったなぁ。
P.S. 昨日の朝、前町長が他界したという訃報が、突然のように届いた。 体調が悪いことは耳にしていたが、まさか亡くなるとは・・(涙) 私が係長や主幹の職で、町内を飛び回っていた頃の社長なので、 よく叱られもしたし、可愛がっていただいた。 お通夜も告別式にも参列し、まずは生前のお礼を言い、 お疲れ様でした、と声を掛けたいと思う。(合掌)
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| 2014年12月17日(水) ■ |
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| 日本人って、記録を残したがるよね |
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先日、久しぶりに会った知人と飲んでいて、意気投合した。 もしかしたら、自分たちだけかもしれないが、 「日本人って、記録を残したがるよね」の話題で盛り上がった。 その典型は私だな、と頭をかきながらも、 全国あちこちで開催されている、市民マラソンなども、 ブームを通り越して、日本人に定着しているのは、 たぶん、記録好きの日本人にとって、どんなタイムでも、 記録が残り、前回と比べたりして楽しめるからではないか、 そんな経験者談義となった。 逆に考えると、せっかく高い参加料を支払うのに、 制限時間より遅かったから、を理由に打ち切られるのは、 「記録なしも記録」と割り切れる人以外は、リピーターとならない。 だから、警察の交通規制がなく、制限時間が緩やかな大会が好まれる、 という視点は、大会開催のヒントとなる気がする。 そう考えると、市民対象のスポーツって記録が残ることが大切だな。 そういえば、毎日の歩数、体重、読んだ本のページ数など、 スポーツ以外にも、何でも記録したがるものなぁ、私の場合。(汗)
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| 2014年12月16日(火) ■ |
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| 一言で喧嘩できるらしい「ぬぅ」 |
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この言葉にピンときた人は、沖縄県人だな。(汗) 沖縄の方言なのだろうが「ぬぅ」は、 一言で喧嘩できる、あまり使ってはいけない言葉のようだ。 何人かの沖縄出身の人に確認したけど、 ほとんどの人が、そうそう・・と言うので間違いはなさそう。 静岡県人の私には信じられないけれど、 「バカ」「間抜け」「阿呆」、そんな類いの言葉だと理解したら、 それまた、ちょっとニュアンスが違うらしい。 そう考えると「ぬぅ」・・に匹敵する日本語は見つからない。 「ぬぅ」と口にすれば、それだけで「喧嘩」ごしに変わるなんて、 不思議な単語である。 ネットで調べたら「あまり、丁寧な聞き返し方ではありません」、 とあったので「なんだと?」とか「なにぃ?」のような、 相手の話、行為に対して、イチャモンをつける言葉なんだろう。 文字にすると迫力ないけれど、きっと、火花散らしながら、 語気を荒げて「ぬぅ」と言うんだろうなぁ。 「言葉は力だ」って言い続けたてきた甲斐があったかな。 逆に、これを言えば一言で、仲良くなれる言葉はないのかな?
P.S.久しぶりに・・「言葉は力だ」 一つの言葉で喧嘩して 一つの言葉で仲直り 一つの言葉でおじぎして 一つの言葉で泣かされた 一つの言葉はそれぞれに 一つの心を持っている
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| 2014年12月15日(月) ■ |
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| 献体がなければ医者は育たない。 |
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最近、看護師さんの知り合いが増えたから、ではありませんが、 映画「眉山」(犬童一心監督)から。 観ようと思った動機が、物語の主人公である母役と娘役が、 宮本信子さんと松嶋菜々子さんだったので、不純ではあったが、 観終わると、さだまさしさんの原作らしい「爽やかさ」が残った。 特に、末期がんに冒された母、龍子さんが 献体支援組織「夢草会」に登録をしていたことが印象的である。 インターネットによると「献体」とは「医学および歯学の発展のため、 また、力量の高い医師・歯科医師を社会へ送りだすために、 死後に自分の肉体(遺体)を解剖学の実習用教材となる事を約し、 遺族が故人の意思に沿って医学部・歯学部の解剖学教室などに 提供することである」 いくら医療技術が進もうと、医師が扱うのは「生身の人間」であり、 それは、どれくらい多くの解剖(手術)を経験してきたかにより、 医師として自信がついてくるものではないか、と思う。 家族(遺族)としては遺体が長い期間戻らず、ヤキモキするだろうが、 「献体がなければ医者は育たない。お母さんはそういう深いところで 医学を理解しているんじゃないですか」という台詞が示す通り、 死んでも、社会の役に立とうとする献身的な心構えがあるからこそ 生きている時も、悪いものは悪い、ダメなものはダメと、 誰彼とはなく、叱ることが出来るのだろう、と羨ましくもあった。 「生き様」だけでなく「死に様」をも考えさせられた作品として、 私の今後の生き方の参考にしたい。
P.S 親子(母娘)をテーマにした映画で「また親子丼か」という台詞、 意味もなく可笑しくなりメモしてしまったが、考え過ぎだろうか?
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| 2014年12月14日(日) ■ |
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| 豊かな時間、持ってますか。 |
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衆議院議員選挙当日、若い職員は選挙事務だというのに、 私は、楽しみにしていた「都留文科大学合唱団定期演奏会」を 時間の都合で諦めた替わりに、昨日、知人からチケットをいただいた 「トヨタコミュニティコンサートin沼津」へ足を運んだ。 演目は「プッチーニ作曲・オペラ『トスカ』全3幕」 (イタリア語上演・日本語字幕付き) 3時間に及ぶ公演の様子を、いくら文字で表現しても、 たぶん会場の雰囲気は伝わらないので、いつものように省略。(汗) 私が感心したのは、主催者の1つ、トヨタの社会貢献である。 「音楽を通じて地域文化の振興に貢献すること」を目的に、 1981年(昭和56年)のスタート以来、33年間、日本全国で開催し、 これまでの公演回数は約1500回を数えていること。 それは、まさしく私が地方公務員として奉職した年と重なった。 「トヨタだから出来るんだ」という人もいるだろうが、 33年間という年月の長さは、簡単に続けられることではない。 「クラシックコンサートを通じて心に残るひとときをお届けしたい」 そんな活動を紹介するパンフレットに書かれていたフレーズが 「豊かな時間、持ってますか。」 本格的な「オペラ」を身近な地元で鑑賞する機会が得られ、 帰宅途中に感じた寒風も気にならず、約40分の道のりを歩いて帰った。 私でも知っているような、名アリアの数々を思い出しながら、 「豊かな時間」が持てたことを喜びたい。 体を健康にする「スポーツ・運動」と、心を健康にする「文化芸術」、 この2つのバランスが大切だということを、最近実感している。 これからも、余裕がなくなったているなと感じたら、 「豊かな時間、持ってますか。」と自問自答したい。
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