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しもさんの「気になる一言」
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2014年10月26日(日)
根拠なんてないけど「私、晴れ男なんです」

今週末の土日は、恒例の「秋のみどりまつり」だった。
イベントに欠かせないものはなに?と訊かれたら、
私は迷わず「晴れ男・晴れ女」と言い切る。(笑)
屋外のイベントでは、企画や予算より大切なことで、
天候が「晴れ」というだけで、来場者も運営スタッフも、
笑顔になることは、現場主義の私が一番知っている。
今回も、あとわずかで「しもちゃん、さすが晴れ男だね」と
誉められるはずだったのに、最後の最後で、雨。(汗)
自分で言うのも変だけれど、これって「運」だけじゃない、
「根拠なんてないけど『私、晴れ男なんです』」と言える、
超天然プラス思考こそが、天を味方につけるコツである。
何日も前から、天気予報とニラメッコするより、
「自称・晴れ男(晴れ女)」をスタッフに入れることの方が大事、
そんなことを言っても、誰も信じてもらえないだろうけれど、
来年こそ、2日間、天気にしてみせるぞ、と真剣に思う。
以前「俺、ジャンケン強いんです」と言い切る男に憧れた。
そんな感覚なんだけど、わかるかなぁ。

P.S.
2004年11月27日(土) の一言に、こんなフレーズが・・。
私「いい男」じゃないけど「晴れ男」なんです



2014年10月25日(土)
私、美智子さんと同じ歳

母、80歳の誕生日(傘寿)だった。
42歳で突然夫(私の父)と死に別れてから、ずっと女手一つで、
私と妹を育ててくれたから、もちろん感謝の気持ちは忘れていない。
今朝は、私が朝早くから「みどりまつり」というイベントで
「おめでとう」を言いそびれたから、帰宅後、家族で外食に出た。
選んだお店は、私たち家族のお気に入り「ごはん食堂・桐家」さん、
いつもなら私が早く食べ終わり、じっと待っているのだが、
今回は、話し好きの母の80年の歴史に耳を傾けていたら、
ほとんど同時に食べ終わった。
「桐家」は、家族四人が歩いていくには程よい距離にあるので、
その行き帰り、息子、嫁、孫が、それぞれ母の話し相手になって歩く。
他の2人は、どんな話をしたのか知らないが、私の場合は、
「お父さんには早く死なれたけど、こうしてみんなで食事に行けて、
私は幸せだねぇ〜」だった。
娘(私の妹)も近くに嫁ぎ、今日もご主人と一緒に、母の80歳のお祝いに
サプライズ・ボードを持って駆けつけてくれた。
同居する家族も減っている中、こうしてみんなで楽しい時間が持てる。
「私は、それだけでも幸せだね」、横を歩く私に何度も告げた。
特に歳を重ねてから「感謝」という言葉を、よく口にする気がする。
「私、美智子さんと同じ歳」が口癖の母だけど、
「お母さん、美智子さんって、友達のように言うけど、
もしかしたら、皇后陛下のこと?」と突っ込みを入れる私がいる。(笑)
まだまだ元気な80歳、来週は妹の家族と私たちの家族と一緒に、
神戸に旅行する。どんな思い出が出来るのか、これまた楽しみである。



2014年10月24日(金)
夫婦ゲンカで、夫が勝ってはいけない。

書籍「夫婦のルール」
(三浦朱門・曽野綾子著・講談社刊・235頁)から。
この夫婦のあり方、接し方に関する考え方は、
実は私も妻も大好きで、同じ本を2人で読むことによって、
「ほら、三浦・曽野夫婦も言ってたじゃない・・」となり、
大きなケンカにならず、おさまってしまう効用がある。
以前読んだ、書籍「夫婦口論」(同著)で感じた、
この夫婦ならではの感覚が、今回もメモの対象となった。
特に、見出しとなっていたこのフレーズ、
「夫婦ゲンカで、夫が勝ってはいけない」は笑えた。
ただ笑えたけれど、男性陣としては、なるほどなぁ、
わかっているけどその場になるとなぁ、が本音だろう。(笑)
夫婦歴60年の2人からのメッセージだけに、
その短いフレーズに含まれる想いが、伝わってきた。
たとえ論理的に勝てると思っても、どう考えても
自分の方が正しいと感じても、この一言を思い出すべき。
それだけで、ちょっぴり冷静になり、
相手の言い分に耳を傾ける余裕ができるはずである。
「夫婦げんか」をするなってことではないし、
意見をぶつけあうな、ということでもない。
最終的には「夫が勝ってはいけない」ことを肝に銘じたい。



2014年10月23日(木)
いいんだよ、無理に話さなくても・・

映画「かかしの旅」(冨永憲治監督)から。
小さい時、ある事故で右足が不自由になったことから
学校では「かかし」と呼ばれ、苛められていた少年が家出をした。
しかし、行くあてもなく、コンクリートの階段に座り、
ぼ〜っとしていたら、どこからか3人の少年が寄ってきて、
知らないうちに、仲間として認めてくれて共同生活をする。
そのきっかけになったのは、最初の話しかけであった。
普通なら「名前は?」「家はどこ?」「どうしたの?」など、
警察尋問のように、質問の嵐に見舞われるのだが、
彼らは戸惑っている主人公に向けて、こう発した。
「いいんだよ、無理に話さなくても・・」
この一言は、人間不信に陥っていた主人公にとって、
とても救いになった言葉だと思う。
物語中盤「どうしてみんなが僕を受け入れてくれたのか、
はっきり聞いたわけじゃないけど、何となく判るような気がする。
みんな僕と同じなんだ」と振り返るシーンもある。
心を閉ざした人間にとっては、何よりも温かい言葉は、
「いいんだよ、無理に話さなくても・・」だったということ。
「どうして何も話してくれないんだ?」と問い詰めるのは禁止。
「北風と太陽」の話に似ているなぁ。



2014年10月22日(水)
ポロシャツを(ズボンの中に)入れられるようになりました

「ダイエット方法」というより、自分の経験談を少し記したい。
今回は、痩せてよかったと思える「ファッション」の話。
太っただけでなく、とくに「ビール腹」と称して、
丸く膨らんだお腹を隠すために、ポロシャツをどうするか、
そう、ズボンの中に入れずに、まん丸体型のシルエットを隠す。
しかし、お腹が凹むと、なぜかズボンの中に入れようと考える。
ベルトをしっかり見せ、ポッコリしたお腹じゃないぞ、と
我ながらクダラナイと思いながらも、自慢げに。(笑)
この感覚は、もう随分忘れていたように思う。
これって、ビール腹で悩んだ人しかわからないことだけど、
けっこう大きな自信につながる。
だから「痩せていいことあった?」と訊かれると、私はすかさず
「ポロシャツを(ズボンの中に)入れられるようになりました」と
答えるようにしている。(汗)
例えが適切かは判らないけれど、私の嬉しさは伝わるかな、
そんな気持ちで、受け答えをしているのが現実である。
痩せることは目的ではなく、痩せてどんな気分を味わいたい、
という動機の方が、モチベーションが高くその行動に繋がるから、
自分が描く、理想のイメージを鮮明に持ち続けたい。
そして、その楽しさこそ、続けるコツでもある気がしてならない。



2014年10月21日(火)
仕事を長く続けていられるのは「忘れる」から

先日紹介した、東海林さだおさんのコメントから、もう1つ。
前回同様、雑誌「天然生活」のワンコーナー「会うこと、聞くこと」
「東海林さだお」さん、(漫画家・エッセイスト)」から。
長く続けるコツもあるけれど、こんな考え方をするといいよ、という
ややアドバイス的なメッセージとして受け取った。
「仕事を長く続けていられるのは『忘れる』から。
長年、連載していれば、ときに『もっといいオチ』を
締め切り後に思いついてしまうこともあります。
そんなときは、急いでその考えを断ち切っちゃう。
やり方は、頭のなかで、大きな声で『なし!』っていうだけ。
それで大丈夫。『なし!』『次!』ってね。」
私も、情報源を「映画、書籍、講演会、コンサート、美術館」から
「ラジオ、テレビ、新聞、インターネット」、はたまた
「飲み会や仕事での会話」や「家族や夫婦の会話」と幅広いので、
ウェブ日記に「気になる一言」をアッブした後、
こっちのメモ、フレーズの方が良かったなぁ、と思うこともしばしば。
そんな時、私は「今回は縁がなかったな」と思うことにしている。
題材は、選ぶのが大変なくらい私の周りに溢れているのだから、
一度「忘れる」という作業をする。
それでもどうしても気になったら、今回のように「別の作品」として
改めて、仕上げればいい。
いつでも「一話、読み切り」、これが私のモットーかな。(笑)



2014年10月20日(月)
人間がいなくなればいい

映画「家路」(久保田直監督)から。
東日本大震災後の福島県を舞台に、今までそこに暮らした
人たちの叫びのようなものが伝わってきた。
故郷をなくす、という感覚は、どんなものなのか、
正直、私には理解できない。
空しさや切なさ、またその原因となった原発事故を恨む感情は、
無い方が不思議なくらいだ、という感覚くらいだ。
事故により何もかも無くした人が、将来を悲観して自殺を図る。
その気持ちを汲んで「放射能の土、(東京へ)捨てってくっぺ」と
トラック一杯の土を積んで、東京へ向かうシーンは心が痛んだ。
今回選んだのは、松山ケンイチ扮する主役・総一と、同級生が
中学校時代の授業を振り返って、会話するシーン。
「社会の授業でさ『自然を守るためには、どうしたらいい?』って
問題出されたの覚えてる?」という質問に対して、
みんながいろいろ答えたにもかかわらず、主人公の総一は、
「人間がいなくなればいい」と答えたらしい。
原発事故でなくなってしまった自然の原風景を懐かしみながら、
「本当になっちゃったな」と苦笑いするシーンは印象に残った。
自分たちで考えたにも関わらず、自分たちでコントロールできない
「原発」というものが暴走したために、自然を守れなかった。
確かに、人間がいなくなれば、自然は守れるかもなぁ。