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しもさんの「気になる一言」
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2014年10月05日(日)
クレイジーな人生に乾杯。

台風18号接近(自宅待機)で落ち着かないが、「10月5日」と言えば、
アップルの創業者、スティーブ・ジョブズの命日。
私にとってはもちろん「マック教」の教祖でもある。
2011年10月5日他界した彼は「当時56歳」、今の私と同じ年齢。
あれから3年、そんなわけで今回は、映画「スティーブ・ジョブス」
(ジョシュア・マイケル・スターン監督)から。
実話とはいえ、ちょっと彼の伝記として考えると、
時期尚早だったな、が私の第一印象。
彼の波乱万丈の人生を127分では語りつくせない部分が多く、
マック教の信者としては、消化不良で観終わった。
鑑賞中のメモは多かったが、その中で私が選んだのは、
「クレイジーな人生に乾杯」で始まる、このくだり。
「はみ出し者、反逆者、問題児、場違いだと感じる人、
彼らは規則を嫌い、現状をよしとしない。
彼らの言葉を引用する人も、反対する人、賞賛する人、
けなす人もいるが、無視は出来ない。
彼らは物事を変え、人類を進歩させる。
クレイジーに見えるが、天才だと思う。
世界を変えられると、本気で思う人間が、世界を変えるのだから」
「2012年9月、アップルは株式時価総額が、世界一になった」
この事実から「クレイジーが世界を変えた」と言い切れる。
そういう意味で「クレイジーな人生に乾杯」。



2014年10月04日(土)
お目に留めていただき、ありがとうございます

第16回・伊豆高原クラフトの森フェスティバル(伊東市)に、
週末のドライブを兼ねて、妻と足を運んだ。
昨年は、私のゴルフで行けなかったが、
この時期の「歳時記」となりつつあるイベントである。
今年は138店が出店、レベルの高い作品に財布の紐が緩み、
妻は陶器、私は革製品に手を出してしまう。(笑)
もちろん作品レベルの高さは言うまでもなく、来場者もけっこう
目利きの人が多い気がしたのは、考え過ぎたろうか。
そんな雰囲気の中、制作者(作家)と交わした会話の中で、
私が選んだのは、出展者の中でも会場の一番奥に位置し、
急須のみを作っているという方の台詞。
「お目に留めていただき、ありがとうございます」
数あるクラフトの中で、自分の作品に興味を持ってもらい、
そのことだけでも嬉しく感謝したい、という気持ちが伝わってきた。
このイベントは、来場者がクラフト作品を眺めて癒されている、
という感覚があるためか、謙虚な対応に温かい気持ちになった。
「目に入る」「目に付く」「目に留まる」「目に触れる」など、
存在に気付く表現はたくさんあるけれど、
丹精込めて作った、愛着ある作品だからこそ、
まずは「売れる」より「関心をもってもらう」
「素通り」より「足を留めてもらう」ことが嬉しいようだ。
どんなイベントでも、同じことなんだな、きっと。

P.S.
明日は、地元の町民体育大会をはじめ、イベント目白押し。
来週は何も予定がないのに、うまくいかないものだなぁ。



2014年10月03日(金)
しもさんは、私にとって、親戚のおに〜さん、笑。

時々、老若男女、私が今まで出会った人間にとって、
自分は果たしてどんな存在なんだろう?と考えるときがある。
誰かの役に立っているだろうか、そんなことが気にかかる。
そんな時、バースディメールを送った年下の女性から、
「こんな存在です」というメールが届いた。
「しもさんは、私にとって、親戚のおに〜さん、笑。
人生の道標を、その時その時に教えてくださり。
文章の書き方も! これからも、よろしくお願いします☆」
う〜ん、いい表現だな、とメモをしたのは言うまでもない。
この「親戚のおにいさん」って存在は、
「普段の生活から、べったり接しているわけでもなく、
お互いの位置関係を保ちつつも、気になることがあると、
相手のことを考え、遠慮なく『叱咤激励』する存在」、
そんなイメージが私にはある。(違っていたらごめん・・)
実際には、そんな素敵な「親戚のおに〜さん」って、
なかなかいないけど、だからこそ、このメールが嬉しかった。
私より年下の女性限定で「親戚のおに〜さん」希望の方、
いつでも受け付けます。(汗)
ただ、他の世代の人たちからは、どういう存在なんだろう、
それも気になるなぁ。

P.S.
でもよかった。「親戚のおばさんみたいな存在」じゃなくて。



2014年10月02日(木)
「赤とんぼVSカチューシャ」「カチューシャ = 赤とんぼ」

映画「ジョパンニの島」(西久保瑞穂監督)から。
「北方四島における実話をもとに、ソ連軍の進駐によって
引き起こされる色丹島民たちの過酷な運命を描いた作品」、
には違いないが、私の胸が熱くなったシーンは、
戦争とは無関係な両国(日本とロシア)の子供たちの様子。
最初は、自分たちの学校の教室を明け渡して、
対抗的だった日本の子どもたちは「自国の歌」(赤とんぼ)を
隣の教室のロシア兵の子どもたちに聞こえるように大声で歌う。
ロシア兵の子どもたちも、負けじと「カチューシャ」を歌う。
それを繰り返しているうちに、お互いの国の歌を覚えてしまう。
ついには、敵対している国の歌を、大声で歌うシーン。
全体の物語には直接関係ないことなのかもしれないが、
私がこの作品を思い出すには、このフレーズで充分である。
「赤とんぼVS カチューシャ」「カチューシャ = 赤とんぼ」
相手国の言語で覚えてしまう、子供たちの頭の柔らかさに、
戦争は、大人たちのエゴが引き起こした事件であり、
被害者は、何も知らない子どもたちだと悟った作品である。

P.S.
ラストシーン「銀河鉄道の夜ってどんなお話?」の問いに、
「死んだ人はみんな天に昇って、夜空の星になる。
星は、無数に限りなく、明るく降るように光り、
その光に照らされて、僕たちは今、こうして生きている。
そういうお話なんだ」と答えた主人公のひとり、純平。
う〜ん、わかりやすい。



2014年10月01日(水)
どうしたら、やめられるの?

久しぶりに私の呟き。
周りの人は「どうしたら続けられるの?」と悩むのに、
私は「どうしたら、やめられるの?」と悩む。
「持続力」は、人生を楽しむためには、とても大切だし、
続けることで、必ず僅かながら「成果」が残る。
もちろん、続けることで必ず「成功する」とは限らないし、
「夢が実現する」とも言えないけれど、何かが残る。
たぶん多くの人は、短期間に成果を求めるあまりに、
「成果」が出る前に、やめてしまうのではないかと思う。
例えば「ダイエット」。夜型から朝型に生活習慣を変え、
肉食中心から野菜食中心に食事を変え、運動量を増やすなど、
いろいろ続けてみて、効果が出るのは「1年後」だった時、
それを信じて続けることが出来るかどうか。
その「持続力」こそ、成果を手にする方法なのに、
6ケ月くらいで諦めてしまうから、成果が手に入らない。
だから「このダイエット法」は私には合わない、と切り捨てる。
結局は、どんなダイエット法を試してみても、ダメに違いない。
これだ・・と感じたら、周りに何といわれても続けてみる。
その結果は、必ず付いてくる、と信じて。
さらにこの「持続力」、全てのものに対応できるから、
そのコツさえ身につけてしまったら、いろいろ挑戦するといい。
きっと「多くの成果」を手に入れるはずだから。



2014年09月30日(火)
科学の力で人間でも何でも小さく出来る

映画「ミクロの決死圏」(リチャード・フライシャー監督)から。
1966年のアメリカ映画、50年近く前の作品であり、
突っ込みどころ満載の作品であるが、なぜか面白かった。
そもそもタイトルも「ミクロ決死隊」と勘違いしていたくらい。
今、CGを駆使して製作したら、理科の教材になるのでは?と
考えたほど、発想は画期的だった。
その前提となるのは「科学の力で人間でも何でも小さく出来る」
また、ある程度の時間が経つと、元の大きさに戻るという視点。
昔のアニメ、メルモちゃんよりすごいな、と1人で苦笑いした。
「哲学者が言うように、人間は宇宙の中心だ」
「血は赤くないね」「赤いのは赤血球だけだよ、それも動脈だけ、
あとは海水に似た血しょうだ」
「生命の川だな、全長10マイルもある」
「(心臓を)止めるのは簡単か?」「動かすのに比べれば」
「心臓の音、1年に4,000万発も撃つ、すごい大砲だよ。
それが生命を支えているんだ」
こんな会話や台詞が飛び交い、私にはインパクトがあった。
癌や脳溢血・内臓悪化などで死ぬ人が多い今の時代だからこそ、
体の中の仕組みを知る機会になるのではないだろうか。
是非、リメイクを期待する作品の1つである。



2014年09月29日(月)
訳もなく涙が出る曲「あの鐘を鳴らすのはあなた」

先日、静岡市清水区で開催された「サンライズコンサート」。
静岡県下を代表する、高校の吹奏楽部が一堂に会しての演奏会、
若い力を感じる、とても素敵な企画であった。
中でも、わが町唯一の高校、沼津商業高校吹奏楽部の演奏は、
何度耳にしても飽きることがなく、そのたびに元気をもらえる、
私にとって、貴重なエネルギー源なのであるが、
最近、私の体に異変が起きていることに気付いた。(汗)
演奏終盤、定番ソング(「情熱大陸」)「風になりたい」を聴き、
アンコール曲の定番(笑)「あの鐘を鳴らすのはあなた」を
一緒に口ずさみながら楽しんでいると、なぜか「じわ〜」と
涙が溢れてきてしまう。勿論、今回も・・。
たぶん、関係者以外では、最多で演奏を耳にしていると思うが、
「泣くような悲しい曲でもない」はずなのに、涙が出る。
かといって「楽しくてたまらない」といった曲でもない。
どうして?と訊かれても、答えは見つからない。
たぶんこの演奏を聴くと「どこかのスイッチが入る」のだろう。
「訳もなく涙が出る曲」、読者には、そんな経験はないだろうか。
この理由が知りたくて、毎回、演奏会に足を運んでしまう。
春の「沼商フレッシュ・コンサート」の後も、
冬の「定期演奏会」の後も、もちろん、その他イベントの後も。
「なぜか涙が止まらない」と同じようなことを書いている。
しかし・・未だ理由が掴めず、不思議な曲だよなぁ。