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| 2014年07月12日(土) ■ |
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| カタカナの「ト」の字に「一」の引きようで |
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自分の名前に関係しているからか、以前から気になっていたフレーズ。 「カタカナの『ト』の字に『一』の引きようで 『上』になったり『下』になったり」・・・ 文字数からいうと「短歌」なんだけど、川柳のように、 ちょっとひねくっているところが好きある。 最初に耳にしたのは、落語の演目「目黒のさんま」だったかなぁ。 上手いことを言うなぁ、とメモしたのを覚えている。 だから「世の中は「中」がいい。「中」という字は口を書いて、 上下へ棒が抜けてます。だから上下へ口がきける」と解釈するのだろうが、 「一」の字は、心の置き場所、という言い方も出来る。 自分が、どこに「一」を置くかによって、その人の気持ちが表現される。 「ト」の字の上に「一」を引いたら「下」、下に「一」を引いたら「上」、 この正反対の結果が、私には面白くてメモをした。 本人は、上から目線のつもりでも、周りの者からは「下」の評価、 逆に、自分の心を下に置くと、周りの者からは「上」の評価が得られる。 「実るほど 頭(こうべ)を下げる 稲穂かな」 「下がるほど 人は見上げる 藤の花」 昔の人は、こんな表現が本当に上手く、いつも感心させられることばかり。 「上の人は下の気持ちがわからない」「下の人は上の気持ちがわからない」 そんな使い方だけは、したくないなぁ。
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| 2014年07月11日(金) ■ |
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| カードを読め、賭けをするな |
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映画「ラスベガスをぶっ飛ばせ」 (ロバート・ルケティック監督)から。 私には、その仕組みがどうもわからなかったけれど、 ラスベガスのカードゲームで儲けるには、 掛けてはいけないようだ、「カウントする」らしい。(汗) (本当に、最後まで理屈がわからなかった) 「カードを読め、賭けをするな」 ラスベガスへ行って「賭けをするな」ってフレーズが どうも気になって・・。 どうやら、ご法度を破った戦法らしい。 「負けは許す、失敗は許さん」この言葉が、裏付けている。 勝ちっぱなしもおかしいし、相手のカードによっては、 いくらカードを読んでも、負けてしまう。 だから「負けは許す」。 しかし、儲けるために組織で動いているのだから、 感情に左右された個人の「失敗は許さない」。 「ブラックジャック」の深さが、ちょっとわかってきた。
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| 2014年07月10日(木) ■ |
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| 「自分史」できました。 |
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ここ数日の間に、立て続けに同じセリフを耳にした。 それが「『自分史』ができました」 高齢の女性が、わざわざ職場まで届けてくれたので、 気になる一言に残そうと思う。 以前から「生きた証を形にして残しましょう」と言い続け、 「自分史の書き方」なども、アドバイスをした記憶が蘇った。 今回、ある女性は、出版という方法で「形」にし、 またある女性は、すべて手作りで印刷・製本するという方法で みごと「形」として残してくれた。 「未完成作品をたくさん持っているより、完成品をひとつでも もっている方が素敵ですよ」という話をしたことを思い出した。 嬉しかったのは、それを報告に来てくれたこと。 「先生が、後押しをしてくれたから・・」そんな台詞もいただいた。 アドバイスを実行するかしないかは、助言を受けた方の勝手だから、 私は、ただ見守るだけだったのになぁ。 いや今度は、作品を読んで、感想を伝える楽しみが出来た。 もっともっと「自分史」を書いてくれる人が増えるといいな。
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| 2014年07月09日(水) ■ |
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| 生3つ。からあげ、枝豆、串盛り、ああ、煮込みも。 |
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映画「ある夜のできごと」(鈴木聖史監督)から。 主人公が誰なのか、何を伝えたいのか、いろいろな意味で わからないことが多い作品だった。 男3人が故郷で集まっても、よほどのことがない限り、 平凡に、そして普通に、なんとなく時間が過ぎていく。 どこにでもある風景を切り取ったに過ぎない気がしてならない。 だからこそ、32歳の男3人の居酒屋の会話を、一言にした。 畳に座って、おしぼりをいじりながら、メニューを見る。 たぶん、メニューを見なくても、店が違ってもこの台詞だろう。 「生3つ。からあげ、枝豆、串盛り、ああ、煮込みも」 「このラインナップは外せないよね」 「玉子焼き、漬物の盛り合わせ。シーザーサラダ」 メモしながら、自分でも可笑しくなった。 私たちも、ほぼ同じパターンの会話をしているからだ。 55歳は歳を重ねた分、ビールのお代わり時に、 「もう一杯ビール」「俺は、焼酎に変える」「冷酒」と分かれ、 あとはマイペースで注文していくのであるが・・。 う〜ん、だからタイトルが「ある夜のできごと」なのかな。
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| 2014年07月08日(火) ■ |
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| 七夕前日の雨を、洗車雨(せんしゃう)と呼ぶ。 |
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京都・貴船神社のfacebookで知った「七夕」ネタ。 (「七夕」と「ネタ」って、なんだか形が似ているなぁ) 今年の「七夕前日」(7月6日)も、雨が降っていたが、 この記事を読んで、前日の雨も悪くないなぁ、と感じた。 「七夕前日の雨を、洗車雨(せんしゃう)と呼ぶ。 彦星が織姫を乗せる牛車を、 一年に一度の逢瀬に備えて洗っているのだ、という。 その激しい水しぶきが、貴船神社にも降り注いでいる」 私も、週末ドライブに行く前に「洗車」したいタイプ。 せっかく行くのだから・・という想いが先に立つから。 ただ車は洗車するのに、自分の服装はビショビショで、 出かける前に、もう一度、着替えることもしばしば。 私が気になっているのは、そんな男性(彦星)の気持ちが、 女性(織姫)に伝わっているだろうか、ということ。 ファッションだけでは語れない、男のこだわりの部分、 男って、意外なところに時間とお金をかけるんだよ。 ドライブ用に彼女の好きな曲を編集してテープに吹き込む、 なんて、今じゃ考えられないんだろうなぁ。きっと。
P.S. 「洗車雨」って、俳句の季語になっているだろうか。
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| 2014年07月07日(月) ■ |
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| 「サラダ記念日」に「俳句」の話題ですか? |
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「やっぱり、気がつきました?(笑)」って返信したけれど、 コアな読者がいるもんだなぁ、とひとりで苦笑いとなった。 夕食後は、NHK大河ドラマ「軍師 官兵衛」を観るだろうし、 今日は早目に「気になる一言」を書いちゃおうとPCを起動。 フレーズだけを「瞬間冷凍」した、ネタの倉庫を探ったら、 目についたのが、昨日の「俳句ネタ」。 毎回メモしたフレーズを整理しながら、言葉に肉を付けて、 なんとか、読んでもらえる程度の「一言」に仕上げるのだが、 実は、俵万智さんの有名な短歌 『「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日』 をモチーフにして、何か書こうと思ったけれど、思いつかないし、 私が作る「短歌」って、どうしても説明になってしまい、 自分が口にしても面白くない。だから敢えて(こっそり) 「俳句ネタ」にしてみたら、気付かれてしまった。(汗) 届いたメールが「『サラダ記念日』に『俳句』の話題ですか?」、 私のことだから、きっと「短歌ネタ」ではないかと期待したら、 フェイントをくらい笑っちゃいました・・と付け加えてあった。 そうか、それなら今日は「七夕ネタ」を予想してるんだろうな、と またまた、外そうと思う。(笑) だけど、そんな読み方をしてくれる読者がいることは、嬉しい。 「気になる一言」のネタを予想して、当たれば喜び、外れれば苦笑い。 私は、こういう読者に支えられて、20年も書いているんだなぁ。
P.S. (メールのお礼に「短歌」のつもりが「都々逸」になってしまいました) 「顔も名前も 知らないけれど 「メル友」という 友がいる」
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| 2014年07月06日(日) ■ |
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| 俳句は、引き算の、余白の文学です。 |
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ある新聞で見つけた「俳人・黛まどかさん」のインタビュー。 同じ俳人の鈴木真砂(まさじょ)さんが、 「俳句は、懸命に日々を生きる庶民の傍にいつもある」と 記したことも紹介し、俳句が身近な文学であることを伝えていた。 そして、私がメモしたコメント。 「俳句は、引き算の、余白の文学です。 今の日本は、利便性を追求し、経済優先ですが、 それが本当の豊かさだとは思いません。 日本の『引き算』の文化を世界に発信すべきだと思います。 儲かればいい、という発想が支配的ですが、 足し算で日本は取り戻せません」と。 う〜ん、なるほど・・俳句は、世界で一番短い文学だけど、 それは、削りに削って、その想いを17文字に込める、 その文字間・余白にも、雰囲気・情感が感じられる それを「引き算の文学」と表現したところが、素晴らしい。 その「俳句」に代表される日本の文化も「引き算」と例え、 今の日本に必要なのは、イケイケどんどんの「足し算」ではなく、 本当に必要なものを慎重に吟味して残し、 あったら便利だろうな、というものを削っていくこと。 そこに残ったものが、きっと明日の日本を支えてくれる。 そんなことを感じて、この記事を読み終えた。
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