
|
 |
| 2014年06月07日(土) ■ |
 |
| 浅倉南さんの得点「9.75」 |
 |
映画「タッチ2 さよならの贈り物」(杉井ギサブロー監督)から。 う〜ん、どうしてもアニメなんだから、いいじゃん、それくらい、 という視点で観れない自分が、情けない。(汗) ファンタジーや未来志向の作品等だと、リアルな光景と比較しないから、 楽しめるのに、自分が通ってきた高校時代の話だと、つい力が入る。 それもスポーツの難しさ・厳しさも知っているので、始末が悪い。 「まともにキャッチボールもやったことない」とたっちゃんが、 高校からピッチャーを始めて、甲子園に行く設定も考えにくいし、 全然練習していない南ちゃんが、新体操の大会で優勝しちゃう設定も、 ついついストレスが残ってしまった。 だって、新体操でミスしてしまった南ちゃんの演技得点が「9.75」。 えっ、あのミスさえなければ「10.0」もあったのか、とまたまたメモ。 実現不可能な「魔球」とか「必殺技」なら、高得点も割り切れるのに、と 映画作品として楽しめない自分のちっちゃさを実感してしまう。 どうやらこれが、私が「タッチ」に感情移入ができない理由だな、きっと。
P.S. どうして、こんな話題かというと、本日、地元のサントムーン柿田川へ タッチの浅倉南ちゃん役の声優、日高のり子さんが来館。 (正確には、ラジオ番組のスペシャルゲストとして、特設スタジオへ来館) 日高さんと言えば「タッチ」の浅倉南ちゃんや、 「となりのトトロ」の草壁サツキちゃんなどが有名かな。 楽しみにしていたのに、私はその時間、突然の仕事で伊豆の国市へ。 あの南ちゃんの声で「しもさん、お仕事頑張ってね」って、 言われたかったのになぁ、あ〜残念。
|
| 2014年06月06日(金) ■ |
 |
| 日本人にとって、自然はただか? |
 |
日本大学国際関係学部・市民公開講座(平成26年度上期) 統一テーマ「富士山 世界遺産登録とその魅力」 講師「静岡大学 特任教授・名誉教授 増澤武弘氏」 演題「世界文化遺産を守る富士山の自然」から。 富士山を「世界自然遺産」にしようという頃から携わっている、 講師の話は、とても説得力があった。 「富士山世界文化遺産」の25の構成資産をみれば、 「富士山の自然」が支えていることが一目瞭然であり 「自然が文化を育てた」というフレーズが、とても輝いていた。 また、今、富士山頂に大きな変化が起きている話、 (永久凍土の減少・緑のカーテンをはじめ「緑」の増加など) 森林限界 (約2,500m) が、ぐっと上がっている話、 ブナ落葉広樹林の特徴と、青木ケ原の現状などの話など、 どれも、興味深い話で、あっという間の1時間半だった。 最後に、聴講している私たちに向かって、示されたフレーズ。 「日本人にとって、自然はただか?」のインパクトは強かった。 「この発想を変えないと・・自然が消滅してしまう」と呟いた、 彼の想いが、56歳の誕生日プレゼントとなった。
|
| 2014年06月05日(木) ■ |
 |
| まだ「ぼちぼち」って感じじゃないな。(笑) |
 |
「『ぼちぼち』の初日は、どんなでした?」というメールが届き、 ひとりで苦笑いした。 きっと、みんなには「ぼちぼち」と言いながら、 私のことだから、全速力で突っ走ったんだろうな、という推測が 可笑しかったからだ。 昨日は、午前中、庁舎内の会議を一本こなし、午後から静岡へ出張。 移動と昼食の時間を使って、誕生日お祝いメールへの返信。 午後の会議を夕方に終え、静岡の街を、あてもなくブラブラ。 三島駅へ到着後は、日大国際関係学部主催の市民公開講座を聴講、 「世界文化遺産を守る富士山の自然」について学んだ。 そのあと、ちょっと遅い夕飯として、北海道料理「中むら」で、 お気に入りの「十四代」を飲みながら、料理を味わった。 帰宅後、シャワーを浴び、いつものように「気になる一言」を書いて、 またまた、お祝いメールに返信。 そのまま、これまたお気に入りの映画「ユー・ガット・メール」を パソコンで流したまま、知らない間に寝ていた。(汗) 「お気に入り」に囲まれて過ごすと、心が落ち着くなぁ、 そんなことを実感した56歳の初日であった。 でも、こううして1日を振り返って書き出してみると、 まだ「ぼちぼち」って感じじゃないな。(笑)
|
| 2014年06月04日(水) ■ |
 |
| あとは、ぼちぼち・・ |
 |
「55歳の1年を人生のピークに」をキャッチフレーズに、 昨年の誕生日をスタートし、自分で言うのもおかしいが、 公私ともに、最高に充実した1年だったと振り返りたい。 仕事面では「町制施行50周年記念」を合言葉として、 一生に1度と思えるような体験を何度もしたし、 数多くのイベントを素晴らしい仲間とともに過ごせた。 家族は、一昨年ほどの旅行は出来なかったが、 妻・娘・母と何気ない会話をしながらの夕食は、 今までになく、私の癒しの場になっていた気がする。 そして、56歳直前「スマートフォン」デビューを果たし、 「柿田川」の魅力を、全国に向けて「お裾分け」を始めた。 何年かして、人生を振り返った時「人生のピークは55歳」と、 胸を張って言い切れるな、と思いながら55歳を終えた。 だからこそ「56歳」の誕生日を迎えた時、感じたのは、 「あとは、ぼちぼち・・」という感覚だった。 手を抜くとか、いい加減にやる、という意味ではなく、 焦らず、ゆっくりと進んでいく、そんな意味として捉え、 多くの成果を望まず、今まで知り合った人を大切にしながら、 私の周りに溢れている多くの話題から「気になる一言」を書き、 柿田川を楽しみながら、全国に向けて、この川の魅力を伝えていく、 それこそが「私の役割」だと信じて過ごす1年でありたい。
P.S. 「柿田川」に関する出前講座、講演、少しずつ受け付けます。(笑)
|
| 2014年06月03日(火) ■ |
 |
| 月に乗じて暁を待つ |
 |
書籍「十二国記(華胥の幽夢)」の中の(乗月)、 小野不由美著・講談社X文庫刊・365頁)から。 民の多くが、先の王の悪政から救ってくれた恵州侯・月渓を、 次期の王に就くのを望んでいるにもかかわらず、本人は、 自分を評価してくれた国王を殺したという罪に苛まれていた。 だから、いくらみんなが望まれても、私にはその資格がない、 次の王が、麒麟に選ばれるのを待ちましょう、の一点張りだ。 もちろん、彼の主張は、今までの慣例としては間違っていない。 しかし、そんな凝り固まった考えをするよりも、 自分が月となって、少しでも暗闇(苦しい生活)を照らし、 太陽が昇ってくるのを待ったらどうだ、と慶国の使者が諭すシーン。 「王が玉座にある朝を日陽の朝だとすれば、 王のいない朝は月陰の朝じゃないかな。月に乗じて暁を待つ」。 このフレーズは、十二国記ファンの中でも人気が高いようだ。 タイトルにもなっている「乗月」は「月に乗じて」の意味だろう。 私たちの生活でも、会長などの役員を決めたりするとき、 いやいや、私はそんな器じゃないから・・と謙遜する人がいるが、 そんな人には「月に乗じて暁を待つ」と一言。 意味を訊かれたら「あなたの言い分もわかるけど」と前置きをして 「皆さんの信頼が厚いので、新しい会長が決まるまでの 『つなぎ役』として、1年でもお願いできませんか」と依頼しよう。 「陽が落ち、深い闇が道を塞いでも、月が昇って照らしてくれる」 それだけでも民は道に迷うことはないのだから、是非、月の役割をと。
|
| 2014年06月02日(月) ■ |
 |
| 第1・第2は順位じゃない。役割が違う。 |
 |
映画「25年目の弦楽四重奏」(ヤーロン・ジルバーマン 監督)から。 弦楽四重奏は、弦楽器4本の合奏形態であるが、主に 第1バイオリン・第2バイオリン、ビオラ・チェロ。 この程度の知識で観始めたが、大きな勘違いに気付いた。 2本のバイオリンは、2人で同じ旋律を演奏し、 演奏技術の順位だと思ってたいたから・・。(汗) 作品中、第2バイオリン演奏者が、ある女性に言い放つ。 「第1・第2は順位じゃない。役割が違う」。 「どう違うの?」と彼女が訊ねる。「主旋律を弾いたり、 その下だったり。ソロ的な要素の第1バイオリンと、 水面下で豊かに流れるビオラやチェロを第2がつなぐ。 みんなをつなげるのが、僕の仕事だよ」と誇らしげに答える 第2バイオリニストが印象的だった。室内楽形態の中で、 ピアノ三重奏は三者の競い合う性格が強いのに対し、 弦楽四重奏は四者が協調して一つの響きを作る性格が強い。 だから、調和役ともいえる第2バイオリンの役割が大切、 「僕がいないと退屈な三重奏団だ」と言いながらも、 思いっきり「旋律」を弾く第1バイオリンへの想いもある、 その葛藤が、とてもうまく表現されていた作品である。 「第2バイオリンの演奏が、色彩、質感、リズムを与える」 「第1バイオリニストを引き立たせ、決して自分は前に出ない」 「たとえ第1が優秀でも、第2の質によってより際立つんだ」 そんなフレーズが印象に残った。 機会を見つけて「ベートーベン弦楽四重奏曲(作品131)」、 聴いてみようかなぁ。
|
| 2014年06月01日(日) ■ |
 |
| 誰かが勇気をもって動き出せば、後に続くものが出るはずよ |
 |
映画「探偵はBARにいる2 ススキノ大交差点」(橋本一監督)から。 ちょっとおふざけが多すぎて、メモは意外と少なかった。 だけど、このフレーズだけは2度登場したので、気になる一言。 「誰かが勇気をもって動き出せば、後に続くものが出るはずよ」 監督が言いたかったことはこれかな?と、メモをした。 「そんなに単純じゃねぇよ」と答えたものの、 「俺はこの街のプライベート・アイ、そう探偵だ」という自覚が 主人公の行動を駆り立てた気がする。 しかし、勇気を振り絞って行動したことに裏付けがないと、 ヒーロー気取りで「悪」と戦ったつもりが、 逆に「犯罪者」になることも、常に念頭に入れておきたい。 犯人は「悪役になりやすい政治家」ではなく「善人面した一般市民」、 この結果を私たちは、どう受け取ったらいいのだろうか。 作品中に、こんなフレーズがある。 「たしかに、世の中には自分の人生がつまんなくて、 顔も見せずに他人叩いて喜んでいる連中がたくさんいる。 本当は、自分が有名になりたいだけなんだ」 この心理があるかぎり、これからの犯人探しは難しくなるな、 そんなストーリーとは関係ないところで、メモが増えた。
|
|