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| 2014年03月15日(土) ■ |
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| もらってあげてくれませんか? |
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以前紹介した書籍「日本人の知らない日本語4」(蛇蔵&海野凪子著・ メディアファクトリー刊・143頁)(番外編・外国編)から。 日本語上級学生でも、混乱する言葉がある、と書かれていたので、 興味津々でページを捲ったら「もらってあげてくれませんか?」。 私たちでもなかなか使い分けが出来ない、尊敬語と謙譲語なども 理解している外国人にとっては、かえってわかりにくいかも。 だって「もらってあげてくれませんか?」って、 「もらうの?・あげるの?・くれるの?」と迷うらしい。 そう言われてみれば、そうだよなぁ。(笑) どういう時に使うか、私なりに想像してみたら、 あんまり欲しくない人からのプレゼントを遠慮したりした時、 その人の親しい人から、こっそり渡されてこう言われる。 「これAさんから・・・。もらってあげてくれませんか?」 たしかに、こんなフレーズを何気なく使っている。 あれ、本当はどう表現すればいいんだうか、と考えたら、 「納めてください」が浮かんだけれど、どうもニュアンスが違う。 やっぱり「もらってあげてくれませんか?」かな・・(汗)
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| 2014年03月14日(金) ■ |
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| 大概の女は、旦那さまのほんの一部しかみていないのよ |
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映画「お茶漬の味」(小津安二郎監督)から 今まで観た「小津作品」の中では、最高傑作、 メモをしながら、そう感じたことを、まずはご報告。 冒頭(修善寺の旅館)とラスト(自宅)にセットされている 女性同士の雑談シーンが印象的だった。 特に、夫が海外単身赴任しているのを羨ましがり、 「うちの旦那さまもどっか行っちゃわないかなぁ、遠いとこ」 と言う何気ない台詞が、最後になって「なるほど・・」となる。 今まで食べ方さえ気に入らなかった「お茶漬」を、 深夜に夫婦2人で食べて、はじめて夫の気持ちに気付くシーン。 翌日、夫が海外へ旅立ち、いつものように女性同士の会話。 しかし、もう夫を小馬鹿にしたような表現はなかった。 「でも男って複雑ね。女なんて家にいる旦那さましか知らないんだもの。 家にいる旦那さまなんて、甲羅干してる亀の子みたいなもんよ。 あれで外へ出りゃ、結構、兎と駆けっこしたり、浦島太郎乗せたりすんのよ。 大概の女は、旦那さまのほんの一部しかみていないのよ」 家でのっそりしている様をみて、夫を亀に例えたうえ、その亀も、 よく考えれば「昔話」の中でも意外と頑張っていることに気付いた。 この妻の気付きは、夫婦にとってとても大切なことだと思う。 「男の人って、頼もしさっていうのかしら。それが一番大事なの」 この台詞って、なかなか言えないから輝くんだなぁ、きっと。
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| 2014年03月13日(木) ■ |
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| 「必要なものを買いなさい」と「大切に使いなさい」 |
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書籍「稲盛和夫 最後の闘い」(JAL再生にかけた経営人生) (大西康之著・日本経済新聞出版社刊・224頁)から。 上層部の意識改革は、JAL再生の大きなファクターであったが、 破綻を経験した社員の「金」に対する考え方が変わったことも、 見過ごすことができないと思う。 親方日の丸的な「大雑把な中期計画しか持たなかった会社が、 部門別で日ごとの収支を管理するようになり、 『自分は今日、会社の利益に貢献したのか、 それとも赤字を作ってしまったのか』が一目で分かるようになった」 このシステムを長々と説明する気はないが、 「『予算』という言葉には『消化する』という官僚的な思考が潜む」 のフレーズに、ちょっとギクッとしたのは言うまでもない。 しかし、もっとわかりやすい説明を見つけた。 子どもに5,000円渡す時、何と言うか、そんな例えだった。 「必要なものを買いなさい」と言って渡すと、いろいろなものを買い、 「必要だったから買った」と言い訳をする。 しかし「大切に使いなさい」と言って渡すと、買うものを吟味し、 無駄にならないように節約する。 この例えを読んで、仕事にも生活にも、使える発想だな、と思った。 「必要なものを買いなさい」と「大切に使いなさい」 この違いは、大きいなぁ。
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| 2014年03月12日(水) ■ |
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| 3月11日だけ『電気』を停めてみてはどうか |
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昨日「3.11 東日本大震災」を風化させないために・・と、 全国でさまざまな関連イベントが開催され、 地震発生時の14時46分には、多くの国民が「黙祷」をした。 阪神淡路大震災の時のことは、忘れてしまったかのように。(汗) ぬくぬくとした家屋の中で、新聞・テレビ・インターネットを通して あの時、何をしていたかな?と振り返る程度で「風化」はとまらない。 当時、もちろん地震の揺れの大きさに驚いたが、 東京で働いていた娘の「安否確認」と、 突然決まった「計画停電」が印象に残っている。 「生死」はもとより「帰宅難民」になっていないだろうかという不安は、 「私はだいじょうぶ」という娘からのメールが届くまで続いた。 それからしばらくして、東電から「計画停電」のお知らせ。 社会教育・社会体育といった「公共施設」をたくさん抱える中、 当日にならなければわからない状況が毎日のように続き、 それでも、施設の位置でグループを確認しながら、なんとか乗り切った。 その後「節電」「省エネルギー」という言葉が氾濫し、 「緑のカーテン」と称してゴーヤを育てたりもした。 それが今では、震災前と変わらない生活に戻った気がする。 あの時の気持ちを忘れないように・・と国全体で取り組むのなら、 突拍子のない提案かもしれないが 「3月11日だけ『電気』を停めてみてはどうか」と思う。 私は昨日、寒さの中、手袋なしに歩いてみたら、 1時間で手の感覚がなくなってきて、痛い感じすらした。 こういう体験をすることでも、被災者のことを考える機会となる。 私はたぶん、毎年、寒い中を歩き続けることで、思い出したい。 「風化させない」ってこういうことじゃないのかな。
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| 2014年03月11日(火) ■ |
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| 海水に、下水やガソリンが混じって凄い臭いで・・ |
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映画「遺体 明日への十日間」(君塚良一監督)から。 3.11(東日本大震災)を題材にした映画をこれまでも何本か観てきたが、 私は、この作品の取り上げ方が一番納得できた気がする。 当時の津波映像が使われるのは、あまりにもリアル過ぎて、 被災者のフラッシュバックを考えると賛成できないし、 かといって、お涙頂戴的に、妙に「絆」を強調する作品は、 映画とわかっていても、リアル感が感じられない。 今回の作品は、今までマスコミなどがスポットを当てなかった 「遺体安置所」という場の設定と、徹底取材にも基づいた、 五感をフル活用した台詞などが、私を驚かせた。 マスコミは、津波映像に代表されるように、 視覚を中心に「3.11」の悲惨さを伝えようとするが、 視聴者にはなかなか伝わってこないのが現実。 だからこそ、津波現場から戻った人の台詞は、重たかった。 「海水に、下水やガソリンが混じって凄い臭いで・・」という嗅覚や、 (遺体に向かって)「寒くないですか?」と話しかけるシーンや、 「暖かいお茶、ありませんか?」と触覚を通して寒さを伝えるシーン、 さらには、日蓮宗のお上人さんが、悲しみや辛さからかお経に詰まり、 お経独特のリズムが崩れるといった、聴覚で表現した悲惨さが、 視覚からもたらされる映像以上に伝わってきた。 東北の人たちは、当時のことを多く語らないけれど、 「海水に、下水やガソリンが混じって凄い臭いで・・」の台詞で、 頷く人たちも多いのではないだろうか。 実は、この表現された臭い、1つひとつは想像できるのだが、 混じった臭いが、なかなか頭の中で想像つかないのは、 私が視覚ばかりに頼っていたからに他ならない。 視覚以外に訴えた「3.11関連作品」、図書館で探してみようと。
P.S. 番組冒頭に「2016 いわて国体」と書かれた「のぼり旗」を発見。 そうか、あと2年後は「いわて国体」なんだな。
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| 2014年03月10日(月) ■ |
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| 毎回観てますよ、軍師・官兵衛 |
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「しもさん好みのはずなのに・・」と前置きして、 「今年はNHK大河ドラマの話題が少ないですね」とメールが届いた。 そう言えば、貴重なメルマガの読者や、mixi、facebookのお友達を始め、 ネットで繋がっていない人にも、似たようなことを訊かれた。 しかし、その答えは「毎回観てますよ、軍師・官兵衛」。 たしかに、もう10話を数えたのに「気になる一言」に登場したのは、 1月当初の3回だけ。(笑) 「あれ、今年は観ていないのかな?」と思われても仕方がないが、 それだけ、他の話題が多すぎたってことなのかもしれない。 竹中直人さんが演ずる、秀吉ではないが「心配御無用」、 ちゃんとメモもしてあるので、そのうち顔を出すだろう。 (あっ・・「心配御無用」ではなく「心配に感謝」だったね。(汗)) 実は、まだ物語序盤ということもあり、主人公「官兵衛」の台詞より、 「竹中半兵衛」や「家臣」の発言のほうが心に強く残っている。 まだまだ「喜怒哀楽」に振り回されて、感情的に動いてる若き官兵衛がいる。 私が期待している「策士・軍師」としての官兵衛は、これから。 どんな策略で、世の流れを変え、時代を動かしていったのか、 そして出家して「如水」となってたからの官兵衛に関心がある。 「水のように生きよう」とした彼から、いろいろなことを学びたい。
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| 2014年03月09日(日) ■ |
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| 品がないな、インターネット「バカ発言」の見出し |
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最近、インターネットのニュース見出しに不信感を抱いている。 今朝、起きてすぐ見つけた見出しは「松山英樹に『バカ』発言波紋」。 記事をじっくり読んだら、男子ゴルフの松山が13番でパットを外した際に、 軽くグリーンを叩いて無意識に傷つけていたことに対し 「なぜマツヤマはグリーンにクレーターを残したままなのか。 そのためにレフェリーが損傷を修復しなければならなかった。バカだ」と ツイートしたものらしい。(「バカ」という訳が正しいとも思えないが) ツィッターは、呟きなのだから、そんな話題にするほどのことでもない。 マスコミが面白おかしく「今大会で話題を呼んでいる」と書き、 私たちのような読者に読ませようとしている気がしてならない。 続いて、11時頃には「松山英樹『バカ』発言で和解」の見出し。 そして、詳細に記された事の成り行きを読み直すと、 問題とした発言も「バカ」から「愚か者だ」と訳が変わっていた。 「バカ発言」という単語が、どれだけインパクトが強いのか知っていて、 見出しを付けているとしたら、それは「イジメ」や「差別」に関して、 あまりにも「無神経」な対応とは言えないだろうか。 小市民の私たちでさえ「言葉の暴力」として認識し、 「バカ」という単語の使い方に敏感になっているというのに・・。 だから今回は、私の雑感を残そうと思う。 「品がないな、インターネット『バカ発言』の見出し」。 それにしても、ゴルフ・サッカー・ベースボールなど、海外で活躍している 日本人選手に向けた他国の人たちの発言にまで、私たちが敏感すぎると、 頑張っている彼らが仲間はずれにされてしまうのではないかと心配になる。 少なくとも「訳す人」は、それなりの心構えで・・お願いします。
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