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| 2013年12月28日(土) ■ |
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| 金子と私の関係は「凧」と「凧を揚げる人」 |
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書籍「僕の死に方」エンディングダイアリー500日 (金子哲雄著・小学館刊・205頁)から。 彼の死を多くの人たちが悲しんでから、どれくらい経っただろう。 また、同じような役割をする人たちが登場してきて、 何事もなかったことのように、世の中は進んでしまう。 だから、彼の生きざま・死にざまは、立派だったけれど、 敢えて、内容には触れないことにしようと思う。 私が選んだのは、彼の奥さんが書いた「あとがき」から、 二人の関係に触れたフレーズ。 金子と私の関係は「凧」と「凧を揚げる人」のようなものでした。 金子は凧です。放っておくと、どこまでも飛んで行ってしまう。 私の役目は、ただ糸を持っていること。 無理に上げる必要はありません。 勝手に風を読んで、どこまでも高く昇っていく。 私はただ、金子が安心して高く昇っていけるよう、 糸を離さないように持っているだけです。金子はよく言いました。 僕がへんなところへ行っちゃうようだったら、 その時だけ、クッと糸を引っ張ってくれる?」 そうか、そんな関係の夫婦もあるんだな、と妙に納得した。 また新しい夫婦の関係を教えていただいた気がする。 もう一度、妻と「夫婦の関係」について、話してみようっと。
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| 2013年12月27日(金) ■ |
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| 風に流される雲は現れては形を変え消えていく。 |
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映画「雲 息子への手紙」(マリオン・ヘンセル監督)から。 世界各国、さまざまな形の「雲」の映像をバックに 最愛の息子への手紙を、仏・英2大女優が朗読する。 (「カトリーヌ・ドヌーブ」「シャーロット・ランプリング」) ただそれだけなのだが、私の心の中には印象深く残った。 「雲」に魅せられた女性監督作品であるが、 私もこの作品を通して「雲」に魅せられてしまった。 毎日、何度となく空を見上げては、雲の変化を楽しんでいる。 「雲一つない晴天」が、なんとつまらないことか。(笑) 最近では、風景画を鑑賞しても、自然に「雲」を探す。 そんな私の心情を、数少ないメモから探すと、 「風に流される雲は現れては形を変え消えていく」。 短い言葉でいうと「飽きることのない自然」かな。 夜は「星座」、昼間は「雲の形」を覚えるだけで、 この世はもっと楽しくなる。 そういえば、最近ほろ酔い気分で見上げた「夜の雲」も神秘的だった。
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| 2013年12月26日(木) ■ |
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| 食べるものは、我慢できるけど、出すものは我慢できないからね |
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第165回泉のまちカレッジ(講演会)
講師「白井忠志」氏(伊豆どろんこの会・理事長)
演題「2011年3.11被災地に何が起こった? 2013年今日から私は何をするか?」から。 名前を見てすぐに気がついた、高校の同級生だと。(笑) 頑張ってるなぁ・・と講演前に挨拶を交わした。 東日本大震災の現場に、何度も足を運んだ彼しかわからない情報は、 これから確実にやってくると言われている、 東海地震や東南海地震の被災地となる私たちにとって、 とても参考にすべき貴重なメッセージが隠されている。 「何よりも困ったのは、トイレです」 「食べるものは、我慢できるけど、出すものは我慢できないからね」 人間でも動物でも、出すものは我慢できない。(汗) 普段食べ慣れないものを口にして、お腹を壊す人だっているはず。 震災時、もっとも必要となると思われるトイレが、 あまりクローズアップされていないな、彼の話を聴いてそう思った。 蒲団や毛布などの寒さ対策や、食料や水などの備蓄状況などは、 確実に整備されてきているが、簡易トイレは少ないのかも・・と ちょっぴり不安になった。 また、自衛隊が来るまでは、協力しあい頑張っていた住民が、 支援が到着した途端、怠惰になってしまった、という話は、 私たちにとっても笑えない話だな、とメモを取った。 最後に、彼が大きな声で口にしたのは、神様からのメッセージ。 「阪神淡路大震災・中越地震・東日本大震災などを通じて、 準備をしておけ、とあれほど言っただろう?」 そんな意味の言葉だった。 どんなことが起きて、どんな課題があるのか、 充分わかっているのに、何も準備をしていないままで被災したから、 私も救いようがないよ、そんな意味に解釈した。 厳しいけれど、そのとおりだよなぁ。(汗)
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| 2013年12月25日(水) ■ |
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| 単なる「定期演奏会」ではなく「クリスマスショー」 |
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「沼商吹奏楽部・第53回定期演奏会」に足を運んだ。 今年は、いろいろな場面でお世話になったし、 たまには関係者ではなく一観客として、じっくり聴きたいな、 そんな想いで席に着いたのだが、私の期待をはるかに上回った。 これはもう単なる「地元高校の吹奏楽部・定期演奏会」ではない、 来場者を心から楽しませてくれる「クリスマスショー」だった。 だから一言は「単なる『定期演奏会』ではなく『クリスマスショー』」。 あっと言う間の「3時間半」、最後は会場全体にペンライトが揺れた。 以前から「歌って踊れる吹奏楽部」として、私の評価は高かったのに、 さらに「演じる吹奏楽部」が加わり、笑いあり涙ありのステージは、 温かい気分にさせてくれる「クリスマスプレゼント」となった。 実は、オープニングの挨拶でサンタの帽子をかぶった校長先生が登場し、 「メリー・クリスマス!!」と大声で叫んだ時に、ドキモを抜かれた。 その校長先生が「ちょっと今日は詩人になってみました」と照れた時、 今日は何かが違う・・と私の中で、弾けたものがあったのも事実。 特に第2部の「沼商オリジナルステージ『ライオンキング』」は圧巻で、 演劇部や合唱部とコラボレーションでもしたのかと勘違いしたくらい、 吹奏楽部員の真剣さが伝わってきた。 沼商吹奏楽部・音楽監督の川口三郎さんは、いつも笑顔を絶やさない。 そんな彼が、パンフレットに寄せたメッセージこそ、 今日のステージを象徴している気がしたので、最後に残したい。 「幸せだ!と思った瞬間、全ての出来事が感謝に変わる」 誰かの言葉かもしれないけれど、今日は間違いなく彼の言葉だった。 来年も沼商吹奏楽部の「クリスマスショー」も楽しみにしたい。 もう私の手帳には、クリスマスの歳時記に入っているのだから・・。
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| 2013年12月24日(火) ■ |
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| お名前をフルネームでお願いします |
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毎年2月に受診する恒例の人間ドックを、年末に変えてみた。 (希望の日に、予約が取れなかっただけの話だけど・・) 忘年会シーズ真っ盛りに、なんと無謀な・・という、 意見に頷きながら、渋々の受診であったが、意外や意外、 この時期に人間ドックの検査をする人の多さに驚いた。 そう言えば、数年前のクリスマス・イブに、痔の手術をして、 その日の夕食(病院食)に、ケーキが添えられていたのを思い出した。 さて話は変わって、今回の人間ドックには、ある特徴があった。 それは「検査のたびに、自分の名前を口にする」ということ。 以前は「○○○○さんですね」「はい」という会話だったのに、 今回は「お名前をフルネームでお願いします」「○○○○です」 「はい、それでは検査を始めます」という会話になった。 最近、患者の取り違えミスが話題になったからかもしれないが、 問診から始まって、胃のバリウム検査まで、 10回くらいは、自分の名前を口にしたかもしれない。 面倒くさいということではなく、とても新鮮な出来事だった。(汗) 自分の名前って、他人に呼ばれることはあっても、 自己紹介や名刺交換以外に、日に何度も「○○○○です」と 自分の存在を確かめるかのように「音」にすることはない。 そうか、私は「○○○○」という名前なんだと、改めて、 自分の名前を自覚した機会となったことで、妙に照れてしまった。 1年の総決算としては、この時期の「人間ドック」も悪くないな。 肝臓の数値だけは、保証できないけれど・・(笑)。
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| 2013年12月23日(月) ■ |
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| 課長、仕事の時より真剣な顔してました・・ |
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ジオラマアーティスト・田村映二さんの作品展 「夢國旅日記」も残すところ、あと3日となった。 今日は、田村氏本人と、助手の方々の指導を受け、 かねてより体験してみたかった「シャドウボックス」に チャレンジすることとなった。 「シャドウボックス」とは、同じ絵を何枚か用意し、 カッターで部分的に切ったものを、 貼り合せたり、重ねたりすることによって 立体感や遠近感をつけて作る半立体的クラフトであるが、 やはり(笑)ハマってしまった。 細かい作業を2時間半、集中することの楽しさを知ったし、 苦労して出来上がった時の達成感ってこんなだったのか、と 小さい頃、細かいプラモデルを作り上げた時に感じた 何ともいえない充実感が戻ってきた気がする。 周りで私の作業を眺めていた、わが課のスタッフに、 出来上がった作品を見せて感想を訊いたら、 「課長、見たことのない怖い顔をしていましたよ」 「課長、仕事の時より真剣な顔してました・・」 感想は様々だったが、彼らが周りで観ていたのも忘れて、 本当にびっくりするくらい作業に没頭していたと言える。 「集中する」って、こういうことか、楽しかったなぁ。
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| 2013年12月22日(日) ■ |
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| 「もったいない」とは「命の大切さを伝える言葉」 |
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講師「真珠まりこ」さん(絵本作家) 演題「もったいないばあさんと考えよう、世界のこと」から。 今年の春に開催した、絵本作家・宮西達也さんの原画展で知り合い、 わが町が今年度「道徳教育」に力を入れていることを伝えながら、 「もったいない」をキーワードに、まりこさんの力を貸して欲しい、と 密かに、ラブコール(笑)を送り続け、先日、その願いが叶った。 地元小学校の1年生から6年生に向けて、さらに町民に向けて、 「もったいないばあさん」の読み聞かせから始まり、 世界の子どもたちの悲惨な現状を話しながら「もったいない」とは、 「ケチ」とは違うことを教えていただいた。 幾つかのメモから、今回私が選んだのは「もったいない」の定義。 「もったいない」とは「大事にしようね」ってことだし、 「命の大切さを伝える言葉」であることを、改めて知った気がする。 またそんな話を、小学校1年生が約50分間、真剣に耳を傾けていたことに対し、 私は驚いたとともに、ちょっぴり嬉しくなってしまった。 話を終えた後、子どもたちが「今日は給食を絶対に残さないよ」と、 先生に感想を残したと言う。(これまた嬉しいことじゃないか) 「ケチ」は執着だけど「もったいない」は愛情なんだよねぇ、まりこさん。
P.S. 「忘れないうちに言おうと思って・・」と続けた「和食」の話、 「生物の繋がりを知ることで、自分を知るきっかけになる」 この生物の多様性の話は、また機会をみつけて取りあげたいと思う。
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