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しもさんの「気になる一言」
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2013年12月07日(土)
目で知る「しるべ」を「目標」と言います

「働く女性の会(ATG)」の12月例会だった。
講師は「ドリームマップ普及協会理事・高野亜紀子さん」
「夢」実現へ一歩踏み出す「ドリームマップ」を作成するセミナー。
若い頃から「自己啓発」関連の本は読み漁ったし、セミナーにも参加した、
「現実の自分」と「なりたい自分の姿」のギャップを、
「行動」によって埋めていく大切さも、知っているつもり。
だからこそ、今回はどんな「手法」で、夢を形にしていくのだろうか、
そんなへそ曲がりの視点で参加した。(汗)
セミナー参加のコツは、そのプログラムを信じて「洗脳」されること。
(変な意味の「洗脳」ではありません、あしからず)
今回も「夢中」で参加したおかげて、新しい発見が出来た気がする。
夢をイメージ化することは、文字より画像の方がはるかにインパクトがあった。
それも、最初から夢を意識した「画像」を準備するよりも、
当日、机に並べられた、ジャンルもバラバラな雑誌をパラパラめくって、
何だかわからないけれど、おっ、これいいなぁ、と感じた画像を切り取り、
眺めているだけで、自分の「夢」が、はっきりとイメージ出来たのだから。
「目で知る『しるべ』を『目標』と言います」という説明こそ、
今回のセミナーを思い出すに相応しいフレーズとして、記録に残したい。
また、懇親会で披露された参加者全員の「ドリームマップ」、
女性陣は、ファッション雑誌から切り取ったのか、スタイル抜群、
または、幸せそうな雰囲気の女性のシルエット画像が、必ず貼られている。
男の私には、理解し難い「しるべ」であった。(笑)
これも今回の、大きな発見(気付き)の一つであった気がする。



2013年12月06日(金)
秀長は、秀吉のナビゲーター・ブレーキ役

講師「小和田哲男」氏。(静岡大学名誉教授・文学博士)
演題「いま、戦国武将から何を学ぶべきか」から。
自己紹介を兼ねて、大河ドラマ時代考証の話から、
「なぜ負けた大名ばかりやってんだ」と笑われた話まで、
大河ドラマファンとしては、申し分ない掴みだった。(笑)
多くメモから私が選んだのは、
「秀吉の晩年は、めでたしめでたしではない」
秀吉は弟の秀長が死んでからおかしくなった、という話から、
「秀長は、秀吉のナビゲーター・ブレーキ役、
彼がいなくなってから暴走した」とまとめてくれた。
秀長は、秀吉の信頼厚くその片腕として辣腕を揮い、
豊臣政権において内外の政務および軍事の両面で活躍を見せ、
天下統一に貢献した、とされており、
「補佐役(鷂2)が、いかに必要で大切か」を教えてくれた。
「黒田長政(黒田官兵衛の息子)の釈迦の間の異見会」などにも触れ、
来年の大河ドラマ「黒田官兵衛」に寄せる期待が大きくなった。

P.S.
三島駅までの送迎機会を得て、車の中は私のプライベート質疑応答。
とても気さくな、偉い先生でした。(汗)



2013年12月05日(木)
日本人は「過去」「未来」を無視しがちである

書籍「理想の図書館とは何か」(知の公共性をめぐって)
(根本彰著・ミネルヴァ書房・208頁)から。
公立図書館のあり方は、人それぞれ考え方が違い、
ここに紹介されている役割も、一長一短としか言えない。
佐賀県武雄市のような、今までの常識を根底から覆すような
公立図書館が現れ、今、変革のど真ん中と言えそうだ。
そんな中、私が選んだのは「個人のみならず、
古いものをどんどん捨て、短期的な効率性を求める
知識情報管理を行う方向に一層向かっている」という視点。
言い換えれば「日本人が『今』に著しく、関心を集中し、
それが『過去』の結果生じたこと、あるいはそれが
次の『未来』へ繋がることを無視しがちである」という視点だ。
図書館が教育委員会の管理下に置かれているのは、
「その時々の政策判断や社会状況に左右されずに、
残さなければならない文化遺産が存在し、その管理を担っている」
と理由を述べ「司書はそのための専門職」と位置付けた。
「日本人は『過去』『未来』を無視しがちである」を
気になる一言に残しておこうっと。



2013年12月04日(水)
「自分には厳しく、他人(ひと)には甘い」生き方

先月、職場の後輩たちと、年に一度のゴルフに行ってきた時のこと。
移動中の車内で、(珍しく(汗))生き方の話になった。
「他人(ひと)には厳しく、自分に甘い」人が多い中、
自分には出来ないけれど
「自分に厳しく、他人にも厳しい」生き方がカッコいい、と
思っていたら、後輩の一人が
「自分にも甘く、他人にも甘い」生き方がいいね、と主張した。
本人が「自分にも甘い」と意識しているならば、
それもありだな、と妙に納得してしまった。
たった一回の人生、自分にも他人にもプレッシャーを与えるよりも、
「まったくしょうがねぇな」と呟きながら、その尻拭いをする。
そんな生き方も面白いかもなぁ、と感じる年頃になった。
ただ、私が目指しているのは、またまだ思うようにいかないが、
「自分には厳しく、他人には甘い」生き方。
自分に厳しくしていると、つい他人にもそれを求めてしまい、
あっ、他人には甘くていいんだ、とあとで反省することが多いし、
「自分に厳しい」と言いながらも「自分に甘くなる」こともしばしば。
だけど・・やっぱり、この生き方がいいなと思う。
「自分には厳しく、他人(ひと)には甘い」生き方の人が増えたら、
きっと素敵な社会が実現するだろうなぁ。



2013年12月03日(火)
もっとおまえと一緒に走りたいよ

映画「LOVE まさお君が行く!」(大谷健太郎監督)から。
作品前半部分、あまりにストーリーが単調だったし、
主演の香取信吾さんも、役を演じている感じがなくて、
「犬」が主役でなければ、とっくに中止していた気がする。
しかし、私も「犬好き」で、躾が出来ていなくても、
イタズラばかりしても、本気に怒れない部分は共感できた。
そんな「まさお」(犬)と主人公の芸人との関係は、
「あっ、私も同じ台詞を言ったことがある」と思えるほど、
自分と愛犬「ジェイク」(一昨年18歳で他界)との関係に
似ていて、メモを取るのも忘れるくらいだった。
初めは「犬なんかに話してもムダか」と呟き、
困った時「今は、お前しかいないんだわ、力を貸してくれ」
「まさお、悪い。今日だけは一緒にいてくれ」と独り言。
死ぬ直前「俺、何もしてやれなかった」と嘆き、
「もっとおまえと一緒に走りたいよ」と同じ台詞を口にして、
涙が止まらなかったことが思い出された。
「俺、おまえに会えたこと、ちゃんとお礼、言えてねぇし。
ありがとな まさお」・・これまた、同じことを思っている。
犬が主役の映画、これからも見続けるんだろうなぁ。
同じようなパターンでも。(汗)

P.S.
今日は、愛犬ジェイクの誕生日&命日。
もう2年も経ったのか・・また2年しか経っていないのか。
生きていれば20年目。成人式なんだなぁ。



2013年12月02日(月)
「グッバイ、また会わん」と「グッバイ、また会いましょう」

NHK大河ドラマ「八重の桜」から。
12月に入って、あと数回を残した第48回のタイトルは
「グッバイ、また会わん」。
新島襄が病に倒れ亡くなる直前、妻・八重に残した台詞として
このフレーズがでるんだろうな、とメモ帳片手に観ていたら、
なんと「グッバイ、また会いましょう」。
「えっ?」と私はメモ帳を見直して、疑問に思った。
今までずっと観てきて感じていた二人の夫婦関係を考えても、
「グッバイ、また会いましょう」の方が相応しいし、
台詞をそのままタイトルに使えばいいのに・・と感じた。
たった三文字だけど、この違和感は何とも言えなかったから。
「襄、私を妻にしてくれて、ありがとう」
「八重さん、狼狽してはいけません」
「背中を押してくれたのが、新島先生でした」
「あの人は、ここにも種を蒔いていた」など、
今回の「気になる一言候補」はたくさんあったけれど、
やっぱり、タイトルが気になってしまった。
わざわざ「会いましょう」から「会わん」に変更した理由、
誰か、わかる人がいたら教えて欲しい。



2013年12月01日(日)
責難は成事にあらず。

書籍「十二国記(華胥の幽夢)」の中の(華胥の夢)、
小野不由美著・講談社X文庫刊・365頁)から。
王が国を良くしようと努力するが、なかなかうまくいかない。
その国の住民生活は困窮を極め、それに呼応するように、
王を非難する人が増えるのは、世の常である。
そんな物語の中、ひとつのフレーズが浮かび上がってくる。
「責難は成事にあらず」
意味は「人を責め、非難することは何かを成すことではない」
「非難するは容易い、けれど、それは何かを正すことではない」
そんな解釈として使われている。
「それは違う、ということは容易いけれど、
でも何をすれば違わないか、それを言ってあげることができない」
「そちらじゃない、こちらだと言ってあげて、初めて、
正すことになるんじゃない?」という言葉は、私の心に響いた。
「それができないのだから、私には非難する資格などありません」
「ただ責めるだけで、正しい道を教えてあげられないのなら、
それは何も生まれない。正すことは、何かを成すことだけど、
非難することは何かを成すことじゃない」
それを短い言葉にすると「責難は成事にあらず」となる。
ついつい、他人のしていることに不平不満を言いたくなるが、
この言葉を思い出して、慎もうっと。