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しもさんの「気になる一言」
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2013年11月09日(土)
年齢だけで「大人」と「子ども」を区分していいのか

町制施行50周年の記念イベント「消防フェスタ」に足を運んだ。
一日消防長に、絵本作家の「宮西達也さん」、
一日消防署長に、同じく絵本作家の「真珠まりこさん」を迎え、
時折、冷たい風が吹いていたが、多くの町民で賑わっていた。
絵本作家のふたりの周りに集る、多くの大人たちをみていて、
ある図書関係者と意気投合した意見を思い出していた。
それが「児童書と一般書と分ける理由がわからない」。
全国ほとんどの図書館でみられる大きな区分は「児童書」と「一般書」。
これは必然のように、フロアを分けている図書館もあるが、
私は、以前から、ちょっと疑問だった。
大人にとっても、絵や写真の解説があったり、文字が大きかったり、
児童書の方が、分かりやすいものも多い気がするからだ。
けれど建物の案内で「児童・一般」で区分されていると、
私のような55歳の男性が、長時間、児童書の前にいるのは気が引けてしまう。
もちろん、おふたりの「絵本」を何冊も読みたくなったときも同じ。
逆に、好奇心旺盛の児童が、小説や外国語文学、料理本のレシピや
難しい歴史書を読んだっていいと思うのだが・・。
だから、今回は私の長年の疑問として
「年齢だけで『大人』と『子ども』を区分していいのか」を残そうと思う。
昔から、そう区分してきたから・・では、とうてい納得できないから、
誰か、私が「なるほど・・・」と思う理由を教えて欲しい。
世界の図書館事情はどうなっているのか、これも調べてみよ〜うっと。

P.S.
お世辞ではなく、ふたりとも「消防の制服」、似合ってましたよ。
敬礼しながら、お辞儀するのには笑ってしまいましたが・・。
煙体験や、消火器の使い方まで・・お疲れ様でした。(笑)



2013年11月08日(金)
緊張島倉千代子

夕食を済ませ、さて、映画「オブリビオン」でも観ようかな、と
パソコンを立ち上げ、その前にネットでニュースを確認しようと
yahooのトップ画面を表示した時、目に飛び込んできたのは、
トピックスでみつけた「島倉千代子さん死去」という訃報。
彼女の人生については、また多くの関係者が語るだろうから、
私と「島倉千代子」さんとの関係を記録に残したい。
と、いっても面識があるわけではないし、特筆すべき関係もない。
ただ、長年続けている、この日記を「島倉千代子」で検索したら、
なんと「7日」もヒットした。
芸能人の中で、こんなに登場する女性も少ないかもしれない。
そのほとんどが、人名としてではなく「緊張しまくり」の状態の時、
職場の先輩に教えていただいた「緊張島倉千代子」という駄洒落で
彼女のお名前を使わせていただいているケースがほとんどだった。
それだけ「緊張しまくり」の状態があったということだろうか。
特にファンと言うわけでもないのに、妙に淋しい気分になったのは、
そんな心の動きがあったからだと思う。
日記では何度も登場していただき、お世話になりました。
ご冥福をお祈りいたします。合掌。

P.S. (これまた大好きなフレーズ)
「困った、困った、こまどり姉妹。しまった、しまった、島倉千代子」



2013年11月07日(木)
風習ってのは、そういうもんじゃねぇか。

書籍「フィシュストーリー」(伊坂幸太郎著・新潮文庫刊・338頁)から。
「動物園のエンジン」「サクリファイス」「フィッシュストーリー」「ポテチ」
大好きな作家・伊坂幸太郎さんの中短篇集であるが、どの作品も面白く、
文字が鮮明な映像となって浮かぶところに、その凄さを感じるとともに、
何気ない台詞にも、ウィットが含まれていて、当然私のメモは増えた。
「フィッシュストーリー」「ポテチ」は、映画化されているので、
今回は「サクリファイス」から選んだ一言。
「サクリファイス」(sacrifice)とは「生け贄・犠牲」という意味だが、
そこには、その土地に長く守られている「風習」というテーマがあり、
こんなフレーズが私のアンテナに引っ掛かった。
「風習ってのは、そういうもんじゃねぇか。
何かを隠すために、それらしい理屈をこじつけるってわけだ。
恐怖とか、罪悪感とかよ。あとは欲望とかよ。そういうのだよ。
そういうものをごまかすために、風習とか言い伝えとかができるだろう」
確かに「昔からの風習」という言葉で全てを片付けてしまうことの裏には、
恐怖・罪悪感・欲望など、その土地で生きていくには困る(邪魔になる)事が、
存在している気さえしてきた。
もしかしたら、部落民といった差別なども、風習の1つかもしれない。
しかし、その風習を守ることで、その地域が一体となってまとまることも事実。
改めて、私の住む土地の「風習」に目を向けてみたい。



2013年11月06日(水)
人を通して本を知る・本を通して人を知る

今、巷でジワジワ広がりをみせている「ビブリオバトル」。
簡単に説明すれば「自分の好きな本を5分間で紹介し、
誰が紹介してくれた本が読みたくなったか」を投票で決める。
京都大学で始まったらしい「本の紹介コミュニケーションゲーム」。
紹介の仕方(プレゼンテーション)が、上手い・下手ではなく、
「自分がこの本を選んだ理由を、熱く語る」ところが面白い。
静岡県図書館大会で紹介されたかと思ったら、
すぐに地元紙でも「書評合戦じわり浸透」の見出しで掲載された。
気になる一言は、その「ビブリオバトル」のキャッチコピー。
「人を通して本を知る・本を通して人を知る」
あの人が推薦する本だから読んでみようかな、と思うもよし、
あの本を紹介してくれたあの人に興味が出てきた、でもよし。
そんな出会いが生まれるから、図書館活動は生涯学習の拠点、と
言い切れるのだろう。
へぇ〜、あの人ってあんな本も読むんだぁ、という驚きが、
また、人間味溢れた面を引き出してくれる。
「バトル」と言っても「競争」ではない。
「交流」を目的とした「おすすめ本の紹介」と思えばいい。
「とても興味深い本でした。是非、読んでみてください」
こんな紹介ができる本を選べばいいんだよなぁ。



2013年11月05日(火)
Tous cobayes? (みんな、モルモット?)

映画「世界が食べられなくなる日」(ジャン=ポール・ジョー監督)から。
「食の安全」とか「食育」など、食べ物に関する記事は、
毎日のように、新聞紙上を賑わせているが、どれだけ理解しているのか、
自分でもはっきりわからない。
「遺伝子組み換え作物」や「原発放射能を浴びた食べ物」は、
体によくないと、一般常識としては知っているが、
では何か行動しているか?と訊かれたら、答えは「ノー」なのである。
と言うことは・・冒頭に飛び込んできた強烈なメッセージ(フランス語)
「Tous cobayes?」 (みんな、モルモット?) に対して、
「イエス」と答えたことになるかもしれない。
「良いか、悪いか」「正しいか、正しくないか」「安全か、安全ではないか」
私たちの体を使って、長い食生活の期間を、科学者が実験している。
作品中、福島で農業を営んでいる高齢者も、やる気が出ないと本音を語った。
そして「なんかモルモット扱いされているような気がします」と呟く。
根本的な解決方法が見つからないので、いろいろな方法で実験してみて、
最適の手段を選んでいる感じがするから、我々を「モルモット」と例えた。
今回の作品は、反対派の一方的な主張であり、メッセージ性が強い。
だから、その点を考慮して鑑賞する必要がありそうだ。
しかし、このメッセージも参考にして、自分のしっかりとした意見を持ち、
それが明日からの行動へ繋がればいいな、と思う。



2013年11月04日(月)
3.11(悲愴)から11.3(歓喜)へ

注目のプロ野球日本シリーズ第7戦は、
「東北楽天ゴールデンイーグルス」の優勝で幕を閉じた。
楽天の勝因・巨人の敗因を、解説者のように、
つらつら書き連ねるつもりは毛頭ない。
どうしても勝ちたいと思う気持ちは、どちらが強かったか、
「田中投手の目力VS阿部捕手の目力」
記憶に残すために、そんなフレーズを残しておこうと思う。
今回の気になる一言は、単なる「偶然」では片付けられない、
運命的な数字に注目してみた。
東日本大震災が襲ったのは「3月11日」、
私たちは、ニューヨークの爆破テロ「9.11」と同じく、
衝撃的な日にちとして「3.11」と呼び、
誰もが「3.11」と口にすれば「東日本大震災」のことと理解する。
その「3.11」をひっくり返した「11.3」に、楽天が優勝した。
もちろん、今でも「3.11」の爪痕は残っているだろうが、
その悲愴感漂う数字が、歓喜の数字に変わった、と思う。
文字にすると「3.11から11.3へ」。
ちょっと注釈すれば「3.11(悲愴)から11.3(歓喜)へ」
これだけで、楽天が初優勝した日を思い出せることになる。
第7戦まで熱戦を繰り広げ、国民の気持ちが最高潮に達して、
決着した日本シリーズだった気がする。
これも「神の計らい」だろうか、素晴らしい筋書きであった。



2013年11月03日(日)
字面(じづら)では見えてなかったものが見えてきた

大岡信ことば館の企画展「聞くことはさわること?展」
オープニングセレモニーに、わが課のスタッフと足を運んだ。
館長が「詩の朗読現場に立ち会って感動した」と口を開き、
「記憶と現在〜展」を同時開催している、大築勇吏仁氏、
また先月、なんでも鑑定団の鑑定士としてお世話になった、
永井龍之介氏の挨拶が続いた。
特に「絵画が観るものになったのは印象派以降で、それまでは
絵画は読むものだった」という視点に興味を持った。
しかしそれ以上に強烈だったのは、地元の高校生の朗読の後、
詩人・大岡信氏の作品を、独特のトーンで朗読してくれた、
声優・斎賀みつきさんのコメントであった。
朗読後「声優でも、詩の朗読という仕事はあまりないんですよ」と
照れながらも、文字を音にする楽しさを味わっていたようだ。
「字面(じづら)では見えてなかったものが見えてきた」と感想を語り、
「詩って、意外となぞ解きかな?」と、詩全体を紐解いていく様子を
彼女なりの表現でまとめてくれた。
静まり返った会場で、彼女の朗読に引き込まれていく感覚は、
味わったことにないものである。
声優の朗読って、こんなにも心が震えるんだ、と知った体験。
「耳で楽しむ展覧会」・・その意味がわかった気がした。