
|
 |
| 2013年10月05日(土) ■ |
 |
| 毎日、眺めていられるんですね、羨ましいですよ |
 |
今年もまた、イベントや記念行事で溢れる10月〜11月を迎えた。 秋シーズン、第一弾は、郷土の版画家「前田光一木版画展」。 今日から10月27日まで開催している作品展であるが、 画業50年を超えた熟練の技が、私たちを魅了してくれる。 初日、オープンに合わせて来場していただいた人が、 首からぶら下げていたネームプレートで今回の企画展スタッフと 確認したのだろうか、私に近づいてきて、こう呟いた。 「前田先生の版画って、癒されますよねぇ」「そうですね」 「毎日、眺めていられるんですね、羨ましいですよ」 そんな短い会話をしたあと、はっと気付いたことがある。 期間中、私たち課のスタッフは、職場に出勤するだけで、 毎日毎日、この作品を眺めることができ、 自然と癒される環境で働くことができるんだ、と。 遠路はるばる、この企画展のために来場してくれた方との 何気ない会話で「小さな幸せ」を実感することとなった。 この日を迎えるまで、いろいろ試行錯誤を繰り返しながら、 先生と一緒になって作り上げてきた企画展だけに、 この展示期間中、私たちに「癒しの空間」がプレゼントされたと思う。 そしてまた、忙しくて自分の「心」が落ち着かなくなったら、 前田さんの版画作品とじっと対峙して、自分を見つめ直す時間としたい。
|
| 2013年10月04日(金) ■ |
 |
| 人生・仕事の成果=考え方×熱意×能力 |
 |
書籍「JAL再生(高利益企業への転換) (引頭真実編著・日本経済新聞出版社刊・265頁)から。 一度破綻した「JAL」に対して、京セラの稲盛会長が再生に取り組み、 見事にその役割を果たし、今の「JAL」がV字型の勢いで再建された。 多くの実績を残してきた稲盛氏は、「JAL再生のポイントは、 組織のあり方ではなく、一人ひとりの意識改革」と断言し 「意識改革の基本的な方針」を示している。 ・「受動(パッシブ)」から「主動(アクティブ)」へ ・「傍観者」から「主演者」へ ・「誰かがやるだろう」から「自分がやる」へ とかく守りに入りたがる私たちにも参考になるな、とメモをした。 その稲盛氏が常に念頭に置いている「成功方程式」が 「人生・仕事の成果=考え方×熱意×能力」。 この方程式から、私が読み取れることは、二つ。 まずは、足し算ではなく、掛け算だということ。 どれかがゼロだと、全てゼロになってしまうということであろう。 また、実際の計算では関係ないが、その順番は大切だと言える。 しっかりした「考え方」の上に「熱意」「能力」があるべきで、 仕事をしていく上で「能力」は最優先されることではない。 そんなことを、この数式から感じ取ることが出来る。 学校でいえば、子どもたちは「点数」だけ取れば良いのではなく、 まずは「勉強する」という意味をしっかり理解したうえで、 「授業」に取り組むと、手にする成果が増えると言える。 私も小さい頃、「点数」をとることばかり考えていたから、 この数式をもっと早く知りたかったなぁ。(汗)
|
| 2013年10月03日(木) ■ |
 |
| 沼津で人気の「中央亭千楽」 |
 |
先日、沼津市出身の落語家「三遊亭橘也(きつや)・秋の寄席」に足を運んだ。 春秋2回の地元寄席も、もう7回を数えている。 応援に駆けつけてくれたのは、公私ともにお世話になっている(らしい) 「三遊亭道楽師匠」と「三遊亭全楽師匠」。 二人とも、さすが「真打」の実力、落語独特の話術だけでなく、 声を発していない「間」の部分でも、思いっきり笑わせてくれた。 道楽師匠の「イ・・・エ〜ス」と全楽師匠の「植木屋さん・・」は、 もう耳から離れなくなってしまったくらい。(笑) また、地方都市の寄席に合わせてくれたのか、沼津名物や食べ物屋などを 頻繁に取り入れてくれた「マクラ」も、親近感を覚えた理由である。 特に、全楽師匠の「中央亭の餃子」のネタは大爆笑だったし、 次回は「千楽のカツハヤシ」でも食べてもらおうか、 そんな話題にもなるくらい、地元でも有名なお店の話は楽しかった。 そんなわけで、自分が落語家だったらどんな名前にするか、考えてみた。 私も沼津市西浦江梨の生まれだから、地元で人気の「中央亭千楽」。 (「北口亭千楽」でもいいんだけど・・) いつかこの名前で「大喜利」の座布団運び、やりたいなぁ。 (すみません、時々飛びたす地元ネタで・・)
P.S. 「三遊亭橘也」にご関心のある方、後援会への入会をお薦めします。
|
| 2013年10月02日(水) ■ |
 |
| 歴史は文化を象り、文化は食を育て、国民性を作る |
 |
講師「角田哲康」氏 (日本大学国際関係学部教授) 演題「異文化の共存と葛藤(スペイン文化の成り立ち」)から。 先生の話の中で、何度か登場したフレーズ。 「歴史は文化を象り(かたどり)、文化は食を育て、国民性を作る」 「スペインの文化を学ぶことは、 ヨーロッパ文化の源を知ることであり、 現代までのヨーロッパ文化の流れを理解すること」という説明が、 頭の中に、すっきりと入ってきた。 その中で「ローマ時代から豚は家畜化され、生ハムが作られ、 美食家の食材として、そして兵士たちの保存食としても用いられてきた」 そんな表向きの理由とは別に「キリスト教徒は、豚を使って、 イスラム教徒とユダヤ教徒を見つけようとした」という解説とともに、 スペインに「生ハム」という食文化が育ったことを知った。 さらに、サッカー・フラメンコ・トマト祭りに代表される、 「情熱の国・スペイン」という国民性を作りだしているのも、 今回の五輪招致で負け「もう立候補しない宣言」したにもかかわらず、 「また挑戦する」(かもしれない)国民性と言えそうだ。 世の中が不景気なので、外へは飲みにいかないのかと思ったら、 「3軒飲みに行っていたのを2軒にするとか、 3日飲みに行っていたのを2日にする程度」という国民性らしい。 ますます、スペインという国が好きになった。(笑)
|
| 2013年10月01日(火) ■ |
 |
| いい子じゃなくて、いい親になろうね |
 |
映画「いのちのまつり 地球が教室」(草場一壽監督)から。 「いのち」というものにスポットを当てた作品は、 これまでに何作も鑑賞してきたし、これからも観続けるであろう。 ただ、視点や伝える手法が違うだけで、大切にしよう、という メッセージには変わらない。 今回も、多くのメモを残したが、 私が選んだのは「5時間目 生物の授業」の一部。 「学校教育は、回答がわかっている問題を出している。 それを教えることによって、立派な社会人になろうとしている。 そうじゃない、いろんな問題がおこってきた時にね、 どうするかという想像力、それが必要なんだ」と年老いた先生は呟く。 「中学三年は、義務教育の最後でしょ? だから、中学三年生には 人間の脳のことを教える。「今から、心のことを教えるよ。 人間の心はどのようにして成長していくのか、覚えておいて」と。 それは「道徳の時間ではなく、生物の時間」だと言い切った。 なるほど・・と私は唸った。 そして「子どもたちには『いい親になろうね』と教える」という。 「いい子を育てるんじゃなくて、いい親を育てていく」視点は、 今の私たちが忘れていたことかもしれない。 「いい子じゃなくて、いい親になろうね」って、素敵なフレーズだな。
|
| 2013年09月30日(月) ■ |
 |
| 生産者グループを、消費者グループが応援する |
 |
過日開催された、私たちの「ご飯」イベント「未来(あした)なに食べる?」から。 映画「世界が食べられなくなる日」と併せた開催されたトークショー。 テーマは「壊れゆく日本の食卓(遺伝子組み換え食品の現実) ファシリテーターは「生活クラブ・スピリッツ(株)白井和宏さん」と 「八ヶ岳空水ビオファーム主宰・岡本よりたかさん」。 「遺伝子組み換え作物の危険性」をはじめ、世界や日本の現状など、 ふたりの会話や聴講者との質疑応答から、多くのことを学んだ。 しかし、それは単なる知識であり、ここで得た情報をもとに、 これからの私たちの行動が試されている。 トークの最後は「試されているのは、日本の民主主義。 変える方法はある、変えるのはあなた達」のメッセージでまとめた。 だからといって、私は「関係機関への抗議行動」までは考えていない。 時間がかかるかもしれないが、 有機農法や自然栽培をしている生産者はグループを作っていただき、 消費者は、価格が少しくらい高くてもそのグループから購入する。 フレーズにすると「生産者グループを、消費者グループが応援する」。 これが、今の私にできる行動だなぁ。 「食」に対してますます関心が深まったトークショーだった。感謝。
|
| 2013年09月29日(日) ■ |
 |
| 一番切ないことは、別れを言えずに終わることだ |
 |
映画「ライフ・オブ・パイ トラと漂流した227日」(アン・リー監督)から。 一匹のベンガルトラとともに救命ボートで漂流し、生還した少年パイ。 トラの名は「リチャード・パーカー」と言う。 小さい頃から父親に「トラは遊び友達じゃない、猛獣だぞ」と言い聞かされた。 「動物にも心がある、目をみれば分かるよ」と言い返せば、 「動物は人間とは違う。それを忘れると殺されるぞ、あのトラは友達じゃない。 お前は、トラの目に映る自分の心をみただけだ」ときつく叱られた。 しかし200日を超える長い漂流は、彼とトラとの関係を密にさせる。 「パーカーなしでは僕は死んでいた。 彼への恐怖が緊張感を生み、エサの確保が生きがいとなった」と語るように、 本当に、苦悩をともにしたものだけしかわからない関係になっていた。 そう思っていたのに、パーカーは、振り返りもせず、森へ消えていった。 「生きる力を与えてくれたどう猛で恐ろしい相棒、それが最後の姿だった。 子供のように泣いた。生還して感極まったからじゃない。 リチャード・パーカーがあっけなく去っていったからだ。悲しすぎた。 父のいうとおり、パーカーは私を友とは思っていなかった。 苦難を共にしたのに、振り返らなかった」と大粒の涙が流れた。 最後に、主人公・パイはこう呟く。「私は多くを失った。 家族、動物園、インド、恋人、結局、生きることは手放すことだ。 一番切ないことは、別れを言えずに終わることだ。 相棒は、トラだったが、こう言いたい。『終わった、生き残れたな』、 君は命の恩人だ、愛してるよ、パーカー」 私にとっては、とても切ない映画だった気がする。
|
|