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しもさんの「気になる一言」
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2013年04月28日(日)
自分にはこれがあるってのを何か欲しかったんです

町制施行50周年記念事業として開催している
「宮西達也絵本原画展」の関連イベントのひとつ。
「恐竜シリーズ」が人気の絵本作家「宮西達也」さんと
「もったいないばあさん」シリーズが人気の
「真珠まりこ」さん、おふたりの対談はとても面白かった。
(この豪華対談に250人ものファンが集まった・・)
わが課のスタッフが付けたネーミングは、なんと
「宮西ティラノ」と「もったいない まりこ」のワイワイトーク。
特に彼女が絵本作家になった話は興味深かった。
両親姉弟、家族全員お医者さんという(汗)家庭環境の中で、
自分は育ち、真珠という名の男性と幸せな結婚をした。
(「真珠」が本名と言うことにも驚いたが・・)
(たぶん私たちからみれば)何不自由ない暮らしにも、
彼女は満足しなかったのだろう。
「何もしなければ、私は『真珠さんの奥さん』で終るんだな」と感じ、
「自分にはこれがあるってのを何か欲しかったんです」と語った。
特に女性にとって結婚は大きな人生の転機であるけれど、
そのまま「○○さんの奥さん」という呼ばれ方で満足するのか、
私には私の人生がある、と何かを掴もうとするのか、
大きな違いがある気がして、メモを取った。
「○○と言えばあの人だよね」といえるような何かが欲しい、
これは男性でも同じことだなぁ。



2013年04月27日(土)
空もほほえむ、連休前半でしょう

GW突入で、気になるのはお天気。
テレビ・ラジオ・新聞等、マスコミ各社は、先週から
ほぼ同じような週間天気予報を発表していたが、
表現の仕方には多少の違いがあって、面白かった。
「GW前半は良い天気が続き、後半やや崩れるでしょう」
お天気マークを文字にすると、こんな感じだが、
あるテレビ局で「空もほほえむ、連休前半でしょう」と
私のアンテナに引っかかったフレーズが飛び出した。
朝起きたら、予想通りの「爽やかな快晴」の天候に、
もう一度「空もほほえむ」感じを実感した。
同じ「快晴」でも「雲ひとつない快晴」とか、
「透き通るような青空」などは、よく耳にするが、
「空もほほえむ快晴」は、手垢がついていないフレーズ。
多くの人たちが外に飛び出したくなるような快晴が続く、
そんな意味なのかもしれないな。
明日も朝から、コイノボリのイベントだから、
空もほほえんでくれるといいなぁ。
連休後半の天気予報、なにか面白い表現を期待したい。



2013年04月26日(金)
「新聞投稿」は、私らしい「社会に向けての提言手段」

「最近、新聞投稿はしないんですか?」
そんなことを訊かれることが多くなってきた。
昨年は「旅行先の地方紙」(北海道新聞・信濃毎日新聞)への
投稿を楽しんでいたし、結果的には1年で「4回」ほど掲載され、
本人は大満足の結果だったと思うけれど、
声を掛けてくれる人は、なぜか「地元・静岡新聞」への投稿を
楽しみにしているようだ。(笑)
そんな声を受けて、先日地元紙に投稿・本日掲載となった途端、
朝6時の「新聞見たよ」のメールから始まり、
驚くほど多くの人たちから、声を掛けられた。(メールも含む)
以前は、投稿してから掲載されるまでのタイムラグが気になり、
レスポンス(反応)の良い「ネット」の世界を優先したが、
最近では、このアナログ的な「新聞投稿」が、
私らしい「社会に向けての提言手段」と、認識している。
かれこれ73回を数えた「投稿掲載」であるが、
これからも、自分の生きてきた証としてだけでなく、
楽しみにしてくれているたちのためにも続けてきたいな、
そんなことを感じた一日となった。



2013年04月25日(木)
「おんぶ」に「抱っこ」に「肩車」

ある人と会話をしていて、リズムが忘れられず、
それいただき、とばかりメモしてしまった。
他人に何かを頼むときに、
「すみません、おんぶに抱っこで・・」と
決まり文句のように口にするけれど、
辞書によると「負んぶすれば抱っこ」は
「負ぶえば抱かりょう」と書かれており、
意味は「いい気になってつけ上がること」
負んぶしてやると、次には抱いてくれというように、
子どもが図にのることから、作られた諺。
類語としては「抱かされば負ぶさる」。
私が理解していた「殆どお任せ」という意味ではなく、
つけあがって甘えることだった。
それでは「殆どではなく全部お任せ」という意味で
使った「『おんぶ』に『抱っこ』に『肩車』」は、
つけあがり過ぎ、甘えるのもいい加減にしろ、と
怒られても仕方ないな、と頭を掻いた。(汗)



2013年04月24日(水)
「両親が僕たちをみたら何というか」「なんて言うの?」

映画「卒業(1967)」(マイク・ニコルズ監督)から。
小学校の音楽室から聞こえてきた「コンドルは飛んでいく」、
それから芋づる式に思い出されたのは
「サイモン&ガーファンクル」「サウンド・オブ・サイレンス」、
映画「卒業」となって、何十年かぶりに鑑賞した。
えっ、こんなシーンがあった?という驚きばかりで、
自分の記憶力のなさを痛感した作品となった。
超有名な「教会の入口に十字架で鍵をかけて、
ふたりでバスに乗って逃げるシーン」は、
なんと残り1分30秒で画面に登場したのだから。(汗)
そんな中で、私が選んだ気になる一言は、
主人公・ベンジャミンを演じる、ダスティン・ホフマンと、
母親くらい年の差が離れたロビンソン夫人を演じる
アン・バンクロフトの情事のあとの会話。
「両親が僕たちをみたら何というか・・」
「なんて言うの?」「わかりません」の一部分。
私たちも、情けない状態に陥ったときに、
「〜がみたら何というか」と嘆くことがあるか、
「なんて言うの?」と訊かれたら答えに困る。(笑)
この会話が妙に可笑しく、メモをした。
昔は、音楽で思い出す映画が多かったのになぁ。



2013年04月23日(火)
酒を飲むときは、明日の話をするもんだ

たぶん・・テレビ「空飛ぶ広報室」のワンシーン。
(記憶が定かでなく、すみません)
どこの職場でも「懇親会」と称した飲み会はある。
ただし、それが「不平・不満・愚痴」の吐き所では、
何も進歩がなく、憂さ晴らしに過ぎない。
「憂さ晴らし」とは、辞書によると
「辛さや苦しさを忘れるため、気をまぎらすこと」
そんな雰囲気を一掃する洒落たフレーズがないか、と
以前から考えていたが、何気なく観ていたテレビで、
このフレーズにぶつかった。
「酒を飲むときは、明日の話をするもんだ」
う〜ん、いい台詞だ、とメモした。
ブツブツ・グダグダ・ボソボソ・・吠えたって、
誰も気持ちよくお酒が飲めるわけじゃない。
それなら、上司(先輩)が部下(後輩)に向かって、
「いいか、昔から」と前置きをして、
「酒を飲むときは、明日の話をするって決まってんだ」と
江戸っ子調に言えたらかっこいいなぁ。
(私は活舌が悪いから、そお〜っと言うけれど(笑))



2013年04月22日(月)
「食べること」と「殺すこと」は同じじゃない

映画「ブタがいた教室」(前田哲監督)から。
クラスのみんなで育てたブタを、最後はどうするか、
「食べる」「食べない」で白熱するデイベートは、
このシーン以外では、仲良しなのだろうか?といらぬ心配をしながらも、
監督はこの作品で私たちに、そして実際に行なわれた先生は子どもたちに、
なにを伝えたかったのか・・と考えながら、最後まで観てしまった。
「食」をテーマにした作品は、何作も観ているが、
90分ほど淡々と映像だけが流れる映画「いのちの食べ方」同様、
その評価は、観る側の私たちに委ねられている気がした。
彼らの主張をメモしながら、自分だったら、彼らのどの意見に近いのか、
どんな台詞に、私のアンテナは引っ掛かったのか、考えてみた。
鑑賞後、乱雑に書きなぐったメモを整理すると、
「『食べること』と『殺すこと』は同じじゃない」という台詞が、
場面を変えて、2度書かれていたことに気付く。
これは単なる偶然ではなく、明らかに私の意見と近いということだろう。
「どう違うんですか?」と問いつめる女の子に「殺すのはただ命を奪うことで、
食べるのはその殺した動物の命を受け継ぐことなんだよ」と言い切る男の子。
だからこそ、給食なども好き嫌いで残してはいけない、と気付かせられれば、
「いのち」を扱う授業としては、もっとよかったのに、とも感じた。
そう言えば、この「ブタ」を飼うという体験で、子どもたちの意識が変わり、
魚嫌いの子どもが食べるようになった、とお父さんが話すシーンがある。
その教えは「魚の身がしまっているのは、頑張って生きていたからだ。
頑張って生きたことを無駄にするな」らしい。(なるほど・・)
作品としては、評価が分かれるだろうなぁ、きっと。