初日 最新 目次 MAIL HOME


しもさんの「気になる一言」
しもさん
MAIL
HOME

My追加

2013年03月23日(土)
段取りを 覚えた頃は 年度末

1年の総決算ともいえる、わが課の送別会だった。
他課とは違って、スタッフが複数の施設に勤務しているから、
普通の職員では考えられない、月曜日や土日が、
送別会や歓迎会、暑気払い、忘年会、新年会に当てられる。
しかし、どうして月曜日から・・なぜわざわざ休みの土曜日に・・
なんて、文句を言うスタッフは誰もいない。
みんなの中に「おたがいさま」の気持ちが根付いている、
私は、そう解釈している。
送別会のはじめに、毎年恒例ということで、私が代表して
退職する人、異動する人への感謝の気持ちを言葉にしたら、
思い出が蘇り、挨拶している自分の方が涙腺が緩んでしまい困った。
宴は盛り上がり、午前様近くに帰宅して「送別会」を振り返ったら、
私の挨拶で言い忘れた「川柳」が、突然頭に浮かんできた。(笑)
「段取りを 覚えた頃は 年度末」
やっと仕事の段取りがわかり、これから・・と思う頃、
年度末を迎え、人事異動で他課へ移り、新しい仕事に就く。
だから、1年はあっという間だった、という意味と、
せっかく覚えた段取りが役に立たない、という意味の川柳だが、
実は、そんなことはない。(と私は思っている)
一度覚えた段取りは、応用しながら、きっと役に立つに違いない。
「新年度 覚えた段取り 活用し」・・そうあって欲しい。
そんな挨拶をするつもりだったのに・・う〜ん、残念。
まだまだ、タイムリーな挨拶が出来ていないなぁ。
「挨拶を 覚えた頃は 年度末」「新年度 覚えた挨拶 活用し」



2013年03月22日(金)
「いいね」は「読んだよ」って印ですから

「いいね」って思わないのに「いいね」って押せない。
以前の「気になる一言」でそんなことを書いたら、
私もそう思ってました、というメールが複数届いた。
逆に、そんなこと気にすることじゃないですよ、という
メールも届き、その意味を再度確認したら、
「『いいね』は『読んだよ』って印ですから」。
同じようなことを、別の人にも言われた記憶がある。
「Facebook」は「mixi」みたいに、足跡が残らないから、
お友達に読んだよって知らせるんです、そんな答え。
そうか、だから「おはよう」の一言でも、
多くの「いいね」が押されているのか・・と関心した。
私はFacebook初心者だから、まだ納得できないけれど、
やっぱり「いいね」じゃないよなぁ、と思う。
「読んだよ」とか「足跡」の方が、理解できるし、
「読者」の反応をあまり意識しないで十年以上も書いているから、
私が、言うことでもないかな。
う〜ん、どう対応したらいいんだろう、まだ迷ってる。(汗)



2013年03月21日(木)
「製本教室」より「本の修理ボランティア養成講座」

十数年前と違い、カルチャー教室が街に溢れている時代、
行政が安い受講料で「講座・教室」を開設するのは、
民間企業・NPOの活動を圧迫するのではないだろうか、
最近、そんなことばかり考えている。(汗)
では、行政はどんな動きをすればいいのだろか、と
悩んでいたところ、
行政は「○○ボランティア養成講座」を開設し、
その育てた人材を活用する工夫をすればいい。
そんなことを耳にして、なるほどなぁ、と思った。
例えば、図書館で開催されることが多い、
「製本講座」や「手づくり絵本教室」なども、内容は同じでも
ちょっと視点を変えれば、男性参加が期待できる。
定年退職した男性が、図書館に入り浸って本を読んでいる話は、
全国的な動きなのだろう。
そういう高齢者の男性を巻き込むには、技術系の仕事。
本を分解して、またきれいに組み立てる。
それが、まちづくりに役に立ち、みんなに喜ばれるのだから、
是非、試してみたい。
これからは、高齢者の男性をどう巻き込むか、これに尽きる。
だから「製本教室」より「本の修理ボランティア養成講座」
来年度は「図書館長」も私の肩書きに加わりそうなので、
さっそく、試してみよ〜っと(笑)。



2013年03月20日(水)
まるでアザラシのようなナオミ

映画「痴人の愛(1967)」(増村保造監督)から。
谷崎潤一郎の同名小説ってこんな作品だったかなぁ、と
読んだ記憶はあるが、なかなか思い出せない。
単なるママゴトとしか思えない物語の展開に、
時代のズレを感じたが、1924年(約89年前)に書かれ、
1949年(約64年前)・1960年(約53年前)・1967年(約46年前)、
3回も映画化されたところを考えると、
その度に社会に対して、訴えるものがあったに違いない。
「ナオミ」という若い女性を自分の手で磨きあげ最後に結婚する、
日本版「プリティ・ウーマン」と言いたいところだが、
ほど遠い結末に、何か空しいものを感じて、苛立ちさえ覚えた。
しかし、じっくりメモしながら眺めると、意図して表現したのか、
制作者の遊びの部分なのか、思わず笑えるシーンがあった。
彼女の成長記録とでも言えそうな「ナオミ日記」は、
主人公のナレーションと、写真撮影当時のメモで表現するのだが、
水着姿のナオミの映像に被せたナレーションは
「ナオミ、ひと夏で泳ぎを覚えてしまう、実に美しくてたくましい。
まるでイルカのようだ」
しかし、映像に残された記録板に書かれたメモには、
「まるでアザラシのようなナオミ」と書かれていたからだ。
このギャップが何を意味するのか、私にはサッパリわからないけれど、
こんな発見は「メモ魔」としては、妙に嬉しいものとなった。
原作に書かれているわけないよなぁ、こんなシーン。



2013年03月19日(火)
ダブルスチールを行ってもいいというサイン

WBC(2013)も、あっけなく幕をとじたが、
ちょうど昼休みに、準決勝のプエルトルコ戦をテレビで観戦。
試合終盤のあのシーンを、ライブで観てしまった。(汗)
私なりのコメントは、翌日の新聞を読んでから・・と決めていたが、
ネットでは、やはり負けた真犯人探しをしている。
私が今回の重盗失敗の場面から学んだことは、
大事な場面の指示は曖昧にしてはいけない、ということであった。
山本監督、8回の走塁の指示は
「ダブルスチールを行ってもいいというサイン」だった、という。
「必ず重盗をしろ、しかしタイミングは任せる」という話もある。
その「サインの曖昧さ」を知って、やっばりなぁ・・と感じた。
トップは「待て」又は「実行」しか、指示を出してはいけない。
「行ってもいい」とか「行けそうなら行け」は、サインではない。
選手(部下)が求めているのは「YES」か「NO」かだけだから。
自分の判断で・・は、カッコいいけれど、失敗した時、
責任の所在が曖昧になることは、プロ野球の選手だけじゃない。
山本監督「サインを曖昧にした私の責任です」ってコメント、
私は期待しています。(汗)



2013年03月18日(月)
たしか、主人公は「八重」だよなぁ(汗)

最近のNHK大河ドラマ「八重の桜」を観ての感想。
確かに、時代が激しく動いている時であるが、
それにしても「八重」の出番が少なすぎるのでは?、と思う。
もう既に11回を数え、吉田松陰、佐久間象山が死んだ。
彼らが死んでなければ、日本の歴史はどうなってただろう、
そんなことを想像しながら、幕末の歴史を復習している。(汗)
「江」の時は、あまりにファミリードラマ風で途中で挫折した。
今回は、あまりに登場しなさ過ぎで、そろそろ飽きてきた。
正月早々、画面のキレイさに驚き、今年は必ず続けて観るよ、と
豪語した私の周りの女性陣は、興味が薄れてきたようだ。
仕方ないよなぁ、八重が出てこないもの。
そこで、気になる一言は、久しぶりに私の呟き。
「たしか、主人公は『八重』だよなぁ(汗)」
他の時代ならともかく、幕末の時代を題材に、女性を主人公として
1年間の大河ドラマを繋げていくには、難しいことがわかる。
これからが「八重」の出番だけど、その前に疲れてしまった。
土日にイベントが続く平成25年度(4月から)
大河ドラマの私の優先順位は、残念ながら低い。
今年は、大河ドラマから選んだ気になる一言、少ないかも・・。



2013年03月17日(日)
「主と朝寝がしてみたい」by石原裕次郎

映画「幕末太陽傳」(川島雄三監督)から。
落語好きには、もうたまらない作品である。
というよりも、この作品の脚本を書いた人たちが、
根っからの「(古典)落語」大好き人間に違いない。
フランキー堺さん扮する「居残り佐平次」をはじめ、
「品川心中」「三枚起請」「文七元結」「お見立て」・・
落語初心者の私でもわかる「名作」がずらりと挿入されている。
他にも「あれっ、これはあの作品かな?」と思うようなシーン満載、
大満足で観終えた。
気になる一言は「三枚起請」という落語で出てくる「都々逸」、
「三千世界の烏を殺し、主と朝寝がしてみたい」の一部。
(これを説明すると長くなるので、書かないが・・(笑))
この作者は、幕末に活躍した「高杉晋作」と言われている。
その「高杉晋作」を演じていたのが、若かりし「石原裕次郎」さん。
やはり、若い頃からオーラを放っていたのがわかる。
作品の中でも「それは俺が作ったもんだ、目の前でやられちゃ、
さすがに照れる」っていうお風呂のシーンが印象的だ。
だから「『主と朝寝がしてみたい』by石原裕次郎」
もうきっと忘れることがない都々逸となった。
今回ばかりは「落語の名作」を聴いてから、観ることをお薦めしたい。

P.S.
今日は沼津市出身の落語家、三遊亭橘也(二つ目)さんの独演会。
聴くたびに上手になっているな、と感じたのは私だけではなさそうだ。
「真打ち」(有名)になってから応援するのではなく、
「前座」「二つ目」など無名の時代から応援するのが、人づくりだもの。