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| 2013年03月02日(土) ■ |
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| 友だちは選ばなあかんて、言うてきたやろ |
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映画「女の子ものがたり」(森岡利行監督)から。 人気漫画家・西原理恵子さんの人生って、 映画になりやすいのだろうか、もう何本も観た気がする。 主人公が作家(本作は漫画作家)であるということ、 さらに主人公が大人になり、書く(描く)という職業に就いた時、 ふと思い出すのは、幼い頃、友達と過ごした懐かしい思い出、 「なっちゃん 上手やなぁ」と誉めてくれた会話だったりする。 こんな設定に、名作「スタンド・バイ・ミー」とダブってしまった。 「日本版」というべきなのか、「少女版」というべきなのか、 評価の分かれるところであるが、男の子のように、 ちょっとした冒険ではないけれど、女の子らしい思い出とも言える。 さて、気になる一言は、主人公・なつみに言い聞かせる母親の台詞。 「友だちは選ばなあかんて、言うてきたやろ」 親があの子たちと仲良くしてはいけない、という友達こそ、 意外と本来の自分を理解してくれる相手だったりするから、 親の押し付けがましい「友達選び」に抵抗する子どもらしさが このフレーズには含まれているが、大人になって振り返ると、 自分の友達選びは間違いなかった、と再認識できる台詞とも言える。 現在の自分があるのは、あの頃の友達のお陰、 そんな主人公の隠れたメッセージまで「スタンド・バイ・ミー」同様。 今一度、2つの作品を比べてみると面白い。
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| 2013年03月01日(金) ■ |
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| 車輛の1番前は電源付き |
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先日、久しぶりの出張で乗った新幹線。 混んでいたので、どこでもいいやと慌てて座ったのは、 車輛の一番前の席だった。 目の前には、電源コンセントが付いていて、ちょっと驚いたが、 電車の中でもパソコンなどを使う人用なのかな、と思っていたら、 隣に座ったサラリーマン風の若い男性が、携帯電話の充電を始めた。 電源さえあれば、公共施設だろうと、喫茶店だろうと、 どこでも構わず充電する人たちがいることを耳にはしていたが、 もうマナー違反の行為ではなく、普通に認められている行為なんだと、 認識されたようなものだが、本当に必要なサービスなのだろうか。 確かに、あれば便利な電源コンセントではあるが、 ないからといって、新幹線に乗らない、という人はいないだろう。 わざわざ電源コンセントのある、便利な席に座っていて、 何もしないのは申し訳ないと感じるくらい居心地が悪かった。 冷たい視線を避けるため、寝たフリをしたのは言うまでもない。 世の中、節電に向かっていると思っていたのに違うらしい。 (えっ、知らなかったんですか?って、何人にも言われてしまった(笑))
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| 2013年02月28日(木) ■ |
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| 「連帯保証人」はどうしたのかな? |
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「生活苦から学生時代に借りた奨学金の返済国難」 そんな見出しを新聞紙上やネットでみかけて、 今の時代は大変だなぁ、と想う反面、 実際に、自分の学生時代も、娘の学生時代も、 「奨学金」のお世話になり、既に返済した私にとっては、 わからないことが1つある。 それを文字にすると「『連帯保証人』はどうしたのかな?」 どんな形にせよ、お金を借りるわけだから、 借りるときには、厳しい審査があったことを記憶している。 もちろん、親以外の「保証人」を頼んだことも忘れていない。 娘の奨学金を借りる時、当時、親だけでは申請できず、 妹の家族に「迷惑かけないから」とお願いして、 「印鑑証明」まで添付してもらい申し込んだ。 だから「連帯保証人に迷惑をかけられない」の一心で、 何よりも優先して、返済に力を入れた気がする。 返済すれば、他の人が借りられると思って・・。 だからこそ、今回の奨学金返済問題には、疑問が残る。 厳しいようだけど、そのための「連帯保証人」だと思う。 今は、契約方法が違うだろうか? う〜ん、わからない。
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| 2013年02月27日(水) ■ |
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| 恋愛にこそ、本物の悲劇があるんだよ |
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おまたせ水曜日。(笑) 映画「ガス燈」(ジョージ・キューカー監督)から。 1944年製作なのに飽きることなく、観終えた。 もちろん、最近の映画に比べれば、 トリックとも呼べないような謎解きであるが、 主演のイングリット・バーグマンを眺めるだけでも 満足してしまうほどの安定感がある映画と言える。 映画冒頭、こんな会話が交わされる。 「私の声は歌手に向かないと思うんです」 「恋してるんじゃないかね?」「えぇ」 「恋でこんなに変わるとは思いませんでした。 今は幸せすぎて、悲劇など理解できません」 「恋愛にこそ、本物の悲劇があるんだよ」 何気ない音楽の先生と彼女の会話だが、 物語が進むに連れて、意味を持つようになっていく。 結婚詐欺に引っ掛かる女性には、耳が痛い台詞かもしれない。 男が彼女に近づいてきた理由は、ある目的のためだったから。 「この家を自由に使うためかもしれません。 堂々と探し物ができるようにね」の台詞で説明がつく。 騙された女性は悲しみに涙するが、 「朝になれば、夜だったのが嘘のような気がしますよ」と 慰められるシーンは、現代と変わらない。 出演者が少ない分、ゆっくり鑑賞できる作品とも言えそうだ。
P.S. 好奇心旺盛のおばさんが時折つぶやく「おやまぁ」の会話が、 物語にどう関係しているのか、気になっている。
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| 2013年02月26日(火) ■ |
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| 何も予定がない週末くらい、私と遊んでよ |
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先日の気になる一言「それにしても乗らな過ぎですね」を書いた後、 自分が「車」だったら、どう感じるだろうか?と 湯船に浸かりながら、考えてみた時のこと。 私は、こんなことをしながら「問題解決」をすることがよくある。 「立場を変えてみる」ことは、とても大切な視点であり、 相手の気持ちを知るには、この方法がベストと経験から知っている。 さて話を戻す。自分が「私の愛車」だったら・・と考えたら、 浮かんできた台詞は「何も予定がない週末くらい、私と遊んでよ」。 大切にしてもらっているのは嬉しいようだが、 自分の役割は、快適に運転してもらって評価されたい、 そんな呟きが聴こえてきた。 自動車として存在している限り、運転して欲しい、 そして遠くまで快適に運んであげたい、と思うのだろうか。 そう言えば、最近、遠距離のドライブしてないものなぁ、と 反省しきりである。 私の「平日の徒歩通勤」を責めているのではなく、 「何も予定がない週末くらい、私と遊んでよ」というボヤキ。 そうか、このところ週末も、本を読んだり映画を観たりしてからなぁ。 たまには、自分の息抜きのためにも、彼女と遊ぼうっと。
P.S. すみません、勝手に愛車の性別が「女性」と決めつけてました。 これって奥さんの台詞かもよ、という突っ込みも受け付けません。(汗)
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| 2013年02月25日(月) ■ |
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| 人が殺人を犯すのは、ほかに選択肢がないからだ。 |
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書籍「ガリレオ8 禁断の魔術」 (東野圭吾著・文藝春秋刊・327頁)から。 「透視す(みとおす)・曲球(まがる)・念波う(おくる)・ 猛射つ(うつ)」の章に分かれた作品の中、 「透視す」から、このフレーズを選んだ。 最近、新聞紙上で「殺人」という単語を目にするたびに、 私には、人を殺す度胸なんてないな、と思っていたら、 「人が殺人を犯すのは、ほかに選択肢がないからだ。 度胸のあるなしは関係がない」の表現に出会った。 どうして殺人なんてするんだろう?という視点で考えたら、 「ほかに選択肢がないからだ」と気付いた。 他人からみたら、他にも選択肢があったろうに・・というのも、 本人にとっては、もうこれしかない、と追い詰められていた。 そう解釈すると、今まで理解できなかった事件が、 ちょっとだけ、そういうことか・・と思えた。 もちろん、そんな事件はあってはならないのだが・・。
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| 2013年02月24日(日) ■ |
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| 天下泰平とは、新しい息吹きを消すことだ |
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映画「天地明察」(滝田洋二郎監督)から。 久しぶりにスケールの大きい、そしてワクワクする映画だった。 20年以上の歳月をかけて、日本独自の太陰暦を作り上げていく様子、 そして、江戸時代前期の町民たち様子が活き活きと伝わってきた。 乱世の時代が終わり、まさしく「天下泰平」を楽しんでいるが、 その「天下泰平」にこそ、危機感を感じている表現が気に入った。 作品からメモした原文は、もう少し長い。 「天下泰平とは、戦う気概を忘れさせ、 ぬくぬくとした暮らしに埋もれ、羽ばたく意欲を奪うものでもある。 すなわち、新しい息吹きを消すことだ」 そして「このままでは、この大和は滅んでしまうのう」 平和は決して悪いことではないが、世の中の何かを変えようとか、 新しいことに対する挑戦などは、保守的な人たちによって消されてしまう。 これはいつの世でも同じことであろう。 「現状に満足した時点で成長は止まる」そんな言葉が頭に浮かんだ。 いろいろな場面で、その視点を持ち続け、若い人たちの新しい息吹きを 我々の世代が消さぬようにしなければ・・・。
P.S. 江戸が、こんなに算術・天文学が盛んだったなんて驚きだなぁ。 しかし、ここでも「会津藩」が大活躍。人材豊富な地だったに違いない。
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