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| 2012年10月13日(土) ■ |
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| 力を借りるのは敗北じゃない、仲間がいるってことだ |
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映画「かぞくはじめました」(ブレッグ・バーランティ監督)から。 まぁ、ラブコメディお決まりのパターンに落ち着き、 「男女の友情は成り立たない」ことを証明する映画となった気がする。 その中で、ストーリーとは直接関係ないが、友人夫婦が事故で死んでしまい、 突然、孤児となった1歳の子育てのために、自分の夢を諦めかけた時、 何でもかんでも自分だけで解決しようとして、焦り悲しむ主人公(女)をみて、 もう一人の主人公(男)が、声を掛ける。 「力を借りるのは敗北じゃない、仲間がいるってことだ」 そして、貯めておいたお金を差し出すシーン。カッコよかったなぁ。 私は、この考え方が好きだ。 誰にも内緒で、歯を食いしばって頑張ることを否定しているわけではないが、 せっかく知り合った仲間だから、悩みを打ち明けたり、相談するのもOK。 嬉しさを表現できないためか「贈与じゃなくて、投資して」と答えるが、 男の気持ちに甘えて、飛びついてキスするくらいでいいのに。(笑) 仲間を頼るってことは「自分に足りない能力を貸して・・」って発想でいい。 頼れる仲間がいないことの方が問題なのだから。
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| 2012年10月12日(金) ■ |
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| ツレ、会社、辞めちゃえば? |
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映画「ツレがうつになりまして。」(佐々部清監督)から。 私としては「うつ病」を理解する、というよりも、 まわりの人の接し方がとても参考になった気がする。 特に、うつ病になった主人公が発する台詞、 「その食欲、羨ましいよ」「うつ病なんかになってごめんね」 「申し訳ない・・」「どう頑張ればいいんだよ」等は、 私のメモがそのまま、こんな台詞は要注意、となるのだから。 しかし、私が今回気になったのは、妻が夫を「ツレ」と呼ぶことへの違和感。 「ツレ」とは、もちろん「つれあい」(連れ合い)のことであり、 辞書によれば「行動を共にすること。また、その人」 「配偶者。また、夫婦の片方が他方のことを他人にいう言い方」とある。 他人に紹介する時「私のつれあいです」などと使うとばかり思っていたので、 「どうした、ツレ?」「ツレ、会社、辞めちゃえば?」 「ツレは、ここにいていいんだよ」「私の隣にツレがいてくれてよかった」 「ツレ、割れないであることに価値があるんだよ」と、連呼されると 物語より、その単語の使い方が気になってしまった。(汗) タイトルの「ツレがうつになりまして。」は、一番最後の「。」が気になるが、 あとに「・・仕事を下さい」という台詞が続いたので、OKとしたい。 私は、妻に「ツレ」って呼ばれたら、正直、嫌だなあ。
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| 2012年10月11日(木) ■ |
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| 絵本は、表紙が1ページ目ですから |
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ここ数日、わが町の図書館の「蔵書点検」を手伝っている。 初日に比べて「バーコード読み取り」も慣れてきて、 同じ方向、同じ位置に貼られていると、一連の動作で一気に片付き、 誰も見ていないのに「ドヤ顔」になっている自分がいる。 ところが、絵本のコーナーになったら、この要領が使えない。(汗) バーコード貼付の位置が、背表紙の右側だったり、左側だったり、 本によって、バラバラで扱いにくい。(作業効率が悪すぎる) こんないい加減な、バーコードの貼り方をするなんて、 蔵書点検をしたことがない人が貼ったに違いない、と考えていたら、 どうやら違ったらしい。 その答えが「絵本は裏表紙に貼るって決まってるんです」。 その他の本なら、蔵書点検の作業効率を優先に考えて 「右側の背表紙寄りの上部分」と統一ルールを決めて、 「バーコード」の貼付位置を一定の場所に決めることは出来ると思うが、 絵本の場合、右開き、左開きに関係なく、裏表紙に貼るらしい。 どうして絵本だけはルールが決まっているの?という私の問いに、 「絵本は、表紙が1ページ目ですから」というスタッフの説明があり、 これまた、今日もなるほどなぁ、とメモをした。 読み聞かせの場合も、表紙を子どもたちに見せてからスタートするし、 そんな表紙に「バーコード」が貼ってあったら、幻滅だもの。 たかが「蔵書点検」、されど「蔵書点検」・・奥が深い作業である。(笑)
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| 2012年10月10日(水) ■ |
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| こういう資料で国民を騙しちゃいけない!! |
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私にとって、6月・10月の歳時記となっている 日大国際関係学部の市民公開講座。(三島駅北口校舎にて) 下期のテーマは「日本はどこへ行くのか」 (上期のテーマは「伊豆再発見」だったけれど・・) エネルギー問題あり、税制改革あり、環境政策あり、と 話題も豊富で、楽しみにしている公開講座であるが、 会場に入った途端、いつもと違う年代層と性別に違和感を覚えた。 妙に、何か一言言いたげな高齢の男性が多い気がしたからだ。 案の定、講師の丁寧な説明の後、質疑応答で噛みついた。 質問なら許せるけど、講師が用意した資料を題材に、 「こういう資料で国民を騙しちゃいけない!!」 「年寄りの金をあてにするような政治はやめてもらいたい」 「こんなことを説明する必要はない」・・と自己主張を始めた。 その発言に、会場からは賛同するような拍手まで。(笑) 今までにこんなことはなかったので驚いたが、約1時間半、 詳細に説明してくれた講師に対して失礼だと私は憤慨した。 場をわきまえない発言は、若者ではなく高齢者ではないか、とさえ。 ここはあなたの不平不満をぶつける場所ではありませんよ、 聞き捨てならないなら、そっと会場をあとにすればいいのに、 これ見よがしに質問と称して、講師を困らせる発言に呆れてしまった。 近くにいた人が、制止してあげればいいのになぁ「失礼だよ」と。
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| 2012年10月09日(火) ■ |
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| 事前に1〜2冊、抜いておくんですよ |
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わが町の図書館で、定期的に行なわれる「蔵書点検」の手伝いをした。 現場主義の私が、主管課長でありながら作業を知らないでは、と考え、 足手まといにならぬよう気をつけながらの「バーコード読み取り」である。 本に貼られたバーコードを読むだけの単純作業と思ったら、 意外や意外、本を引き出して読むので、指とか腕に力が入った。 特に、書架にぎゅっと詰め込まれた列を処理するのは、時間がかかる。 読み終えてから、同じように窮屈に戻すのだから骨が折れる。 そんな効率の悪い作業を書架のせいにして嘆いていたら、 スタッフの一人が、こうアドバイスをしてくれた。 「(課長)、事前に1〜2冊、抜いておくんですよ」と。 やや緩い間隔になったところで作業すれば、指も腕も疲れず、 作業もスムーズに進みますよ、そんな意味のアドバイスと理解した。 確かに、その後は読み取り作業は順調に進み、ペースも上がった。 迷惑がかからないようにと、与えられた条件で指示どおりに動いた私、 そこには、なんの工夫もなかった。 それに比べ、スタッフの機転の利いた発想には驚いたが、なぜか嬉しい。 仕事に不便さを感じたら、不平不満を言う前に、工夫しなくちゃなぁ。
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| 2012年10月08日(月) ■ |
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| お前の国づくりは、盗賊が盗みをするのと同じや |
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NHK大河ドラマ「平清盛」も、そろそろ佳境に入ってきた。 清盛の家来(私は親友と位置づけているが・・)「兎丸」は、 以前は、現場の声に耳を傾けていたはずの清盛に苦言を呈す。 お前のやっていることは、自らの利を追求しているだけだ、と。 その想いが「お前の国づくりは、盗賊が盗みをするのと同じや」の 台詞となって爆発した感じがしたのは、私だけではないだろう。 兎丸が、かつて父を平氏に殺された盗賊の息子だからこそ、 この台詞の意味は重たかった。 しかし、そんな忠告にも耳を貸さず、最後にはその大事な友を失う。 命懸けで朝鮮出兵に反対した「千利休」を、自分の短気で自害させた あの「豊臣秀吉」と同じではないか。(歴史的には後だけど・・) そして、あとになって自分の愚かさに気付き、嘆き悲しむのも 世の常のようだ。しかし、忠告を聞き入れなかったその後は、 どちらも滅亡の道をたどったことを記しておきたい。 この視点は今の世も同じはず。国レベルから小さな市町村レベルまで、 現場の声にどれだけ耳を傾けられるかが、トップの器と言えそうだ。 道に外れた場合、忠告してくれるブレーンがいるかどうか、 それで、人物評価するのも、案外面白いかもしれないな。
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| 2012年10月07日(日) ■ |
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| たった2日の旅だったが、町が小さく違って見えた |
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北海道旅行、たった2泊3日でしたが・・同じことを感じたので。 映画「スタンド・バイ・ミー」(ロブ・ライナー監督)から。 それぞれ心に傷を持った12歳の4人の少年たちが好奇心から、 30キロほど離れた場所へ線路づたいに「死体探し」の旅に出る、 そんなひと夏の冒険を描いているのだが、その友情が眩しかった。 大人になって思い出すと、本当にくだらないことなのだが、 12歳という若さが、家族・兄弟・両親の接し方に悩んだかと思えば、 線路の鉄橋では、機関車に惹かれそうになったり大騒ぎ。 (なぜか、停まる気配がない機関車にも驚いたが(笑)) 野営では、コヨーテの鳴き声を「女の叫び声みたいだ」と感じ、 川では「タマをヒルに吸われたんだぞ」とふざけ合う。 全てが無邪気でありながら、そんな他愛ない経験を積み重ねることが、 彼らの成長に繋がっていったことを、のちに作家になった1人が 振り返りながら、こう記す。 「たった2日の旅だったが、町が小さく違って見えた」 自分たちの住む町を飛び出し、旅と呼ぶには短い1泊2日の冒険だが、 彼らにとっては、大切な友情を育むひと夏の出来事だったに違いない。 それを確かめるように、作家は最後にこう記した。 「あの12歳の時のような友達はもう出来ない、もう二度と」 そういえば、私も12歳の夏は、他の年齢の夏より記憶が鮮明である。 なぜだろう、今となっては不思議なことなのだが。
P.S. 原題の「Stand By Me」、今の自分を支えてくれた、あの頃の親友たち。 そんな意味に訳せばいいのだろうか? 「そばにいて」の直訳では、あまり意味が通じないからなぁ。
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