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| 2012年09月20日(木) ■ |
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| 性別の曖昧な作家になりたいんです。 |
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書籍「私の中の男の子」 (山崎ナオコーラ著・講談社刊・193頁)から。 主人公の若手女流作家・雪村は、どこか憎めない 存在感があるな、そんな感想を持って、読み終えた。 偶然、私が図書館に行った時、新刊コーナーにあり、 何気なく手にとってしまった、という書籍であり、 正直、あまり期待せずに読み始めたのだが、 飄々とした行動や考え方が、妙に親近感を覚えた。 読後に残された多くのメモを読み直すと、 これかな、っと思えるフレーズにぶつかった。 「性別の曖昧な作家になりたいんです」 「私の作品の持ち味である『性別を越える陶酔感』を」 若い女性が書いたのに、 「男の人に『俺のための本だ』と思ってもらいたいんです」 そんなフレーズが気になった。 私はそこまで意識していないが、文章に性別なんて関係ない、 書いた人の性別が必要なのか、と思うことはあり、 彼女の言葉を借りれば、 「女の人に『私のための本よ』と思ってもらいたいんです」
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| 2012年09月19日(水) ■ |
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| 一身上の都合で「結婚」することになりました |
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私の親友が、同じ事務所で働いている若者から、告白されたという。 「一身上の都合で『結婚』することになりました」 だからといって、退職するわけではないらしい。 おいおい、使い方が違うんじゃないのか、と呆れながら、 私たち2人の格好の酒の肴になった。 「一身上」とは、その人自身の身の上や境遇などに関すること。 個人的な問題や事情。 労働者自らの意思で退職する場合、退職願には具体的事情を記入せず、 「一身上の都合により」退職したい旨を記載する時に使う。 退職届だけでなく、前の職場を辞めた理由について、 履歴書や職務経歴書に記入する事もある、との理解である。 そもそも「結婚」って人に言えない問題でもないし、 「結婚により家事に専念するため退職します」の代わりに 「一身上の都合により退職します」と使うのになぁ。 確かに、こんな言葉の使い方、誰も教えないものなぁ。
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| 2012年09月18日(火) ■ |
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| 社会に通用する人材を育成する場が学校です |
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映画「ザ・中学教師」(平山秀幸監督)から。 1992年製作、20年前の作品なのに、妙に親近感を覚え、 学校の先生って、こうあるべきなのかな、とメモをした。 「チャイムが鳴り終わる前に席に着く、基本だぞ」 「普段の自分は捨ててこい。学校は自分のうちとは違う」 「お前たちは制服という衣装を着て、生徒という役を演じ、 俺は、このスーツとネクタイという制服を着て、教師という役を演じる。 つまり学校というところは、それぞれが与えられた役割を きちんと演ずる演劇の舞台のようなところだ」 生徒と一線を引く先生の行動・言葉は、新鮮だった。 「学校とはどういう場所なのか」を共通理解しないまま、 先生はどうあるべきか、生徒はどうするべきか、を問うても、 問題解決にならない気がしていたので、答えは明確だった。 「日本は法治国家でしょ」と前置きをして 社会のルールを生徒に教えるのは、教師としての原則です。 社会に通用する人材を育成する場が学校です。 個人の自由意志で作られた私塾とは違う」と言い切る姿勢に 共感を覚えたとともに、今でも通じる考え方だとメモをした。 子どもたちのいたずらに「学校に喧嘩を売るってことは、 世の中に喧嘩を売るってことなんだぞ、わかるか?」と諭すシーン。 問題児を抱えている「中学教師」の皆さん、 今はこんな甘いもんじゃない、という批判をする前に、 一度、じっくり鑑賞することをお薦めしたい。
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| 2012年09月17日(月) ■ |
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| 妻の夕飯支度の音を聴きながら、気になる一言 |
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久しぶりに、私の独り言。 先週、議会が一段落し(まだ閉会したわけじゃないけど)、 ここ数日、連休らしい連休を妻と一緒に過ごした。 静岡の美術館へ行ったり、御殿場アートクラフト展へ行ったり、 敬老の祝いで、母を交えて食事をしたり・・ 私にしてみれば、仕事のことは一切忘れて、のんびりした時間。 そして極めつけは、こうして台所で、 彼女の夕食支度の音を聴きながら、気になる一言を書いている。 勿論、私はビールやワインを飲みながら、ほろ酔い気分で。(笑) 特に話題をきめるでもなく、思いついたことを会話しながら、 お気に入りのCDをBGMにして、ファッションの話から 中国の広範囲にわたる暴動の話まで、多種多様で面白い。 今までは「夕食ができるまで、2階で映画のDVDを観ているから、 出来たら声を掛けて」というパターンだったのだが、今回のように 「妻の夕飯支度の音を聴きながら、気になる一言」も悪くないな。 ただ、汗臭いとか、飲み過ぎ・・といった妻ならではの一言に、 いいじゃん、放っといてくれよ、という言い分はあるけれど、 まぁ、少しずついい匂いがしてくる台所で、PCを操作する、 これまた、熟年夫婦の休日の楽しみ方だなぁ、と思う。 やばい、夕飯前に飲み過ぎた・・もう眠たい。(汗)
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| 2012年09月16日(日) ■ |
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| 選挙は、Better Choise (選び挙げる) |
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民主党も自民党も、党首選が近いので、選挙の話題を1つ。 講師「ジャーナリスト(元静岡新聞社)原田誠治」氏の 講演「幸せになるための民主主義考-第2弾」から。 「ちゃんと立候補者を選んでますか?」と言いたげに、 ほとんどの人が「選んでいるのではなく、 投票所で字を書いているだけでしょ」と言い切った。 選挙公報をしっかり読み、政策を比較していますか? そう言われている気がした。 「若い人たちが、遊びで選挙をしている」という視点から、 「素人の政治家が多くなった」という関連性までは、 さすがに説明されなかったが、それぞれのフレーズは、 私の耳に残ったので、メモは増えた。 選挙は、たしかに「選ぶ」ことだけど、人間関係だけで選ぶのではなく、 他の候補者と比較することが大切。 だから「選挙は、Better Choise (選び挙げる)」ということ。 この比較級(Better)が大きな意味を持っている気がする。 そういう意味では「無投票」というのは「選挙」ではない、 比較しないのだから。 「政治が駆け引きではなく、取引になった」という言葉と 20歳から80歳までの60年間、選挙は約100回。(重なっても80回程) と数字を示したあと、力強く言い切った。 「政治を変えるチャンスは選挙しかありませんよ」 今の生活に不平・不満を口にし、政治に不安・不信を感じるのなら、 「選挙」を大事にしなければ・・そう思った。 「選挙教育」って、学校でも大人になっても教えてないけど、 一番大切なことかもしれないな。
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| 2012年09月15日(土) ■ |
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| お世話になった人に肉体をあげたいのです |
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書籍「日本人の知らない日本語2」 (蛇蔵&海野凪子著・メディアファクトリー刊・159頁)から。 さらっと読み終えて、笑えるメモを読み返したら、 読者に紹介したくなったので、少しお付き合いを。(汗) 「お世話になった人に肉体をあげたいのです」と言うので驚いたら、 「ニクタイではなく、ネクタイでした」という話。 玄関に出てきた娘さんに「お父さんはいますか?」を丁寧語で 「おじょうさんのおちちはございますか?」と訊ねた話。 「クリスマス、あいていますか」と訊かれ「相手いません」と返事、 相手は「空いていますか?」と訊ねたらしい。 生徒の一人が「先生をキライだと言ってました」と教えてくれて、 落ち込んでいたら、それは「キレイ」の間違いだ、と知って嬉しかった。 おでんの屋台で、コンニャクを頼んだつもりが 「コニャックください」と言い「置いてないんですよ」と言われた話。 まだまだいろいろあるけど、飲んだ時のネタにでも、お使い下さい。
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| 2012年09月14日(金) ■ |
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| 命を奪ったら死刑なのに、心を奪っても死刑にはならない |
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「夏の蝉の鳴き声」から「秋の虫の鳴き声」へ変わりつつあるので 映画「八日目の蝉」(成島出監督)から。 何年も何年もの長い間、地中で生活するのに比べ、 地上に出てから七日しか生きられない蝉に対して、 もし、八日目を生きる蝉がいたとしたら、 それは悲しいことなのか、素晴らしいことなのか。 角田光代さん原作「八日目の蝉」も同じことを問いかけている。 今回の一言は、親子の絆が育まれる大切な期間、 生まれてから4歳までの間、わが子を誘拐された母親の叫び。 体は戻ってきたが、心は奪われたままで、なついてくれない。 母親にとって、こんな辛いことはないのだろう。 「命を奪ったら死刑なのに、心を奪っても死刑にはならない」 こんな台詞が心に響いた。 しかし、どうしてあの時、あんなちっちゃな乳児を置いたまま ご主人と車で出かけたんだろう?、私の疑問も残ったままだ。 心配ではなかったのだろうか、その謎が解けない。
P.S. 実はこの気になる一言、恋愛でも使えそうだ。(笑) 「命を奪ったら死刑なのに、心を奪われても死刑にはならない、 君は罪深い」・・なんちゃって。
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