
|
 |
| 2012年06月28日(木) ■ |
 |
| 俺は他人から、情けや施しを受ける身の上になったのか |
 |
映画「武士の一分(いちぶん)」(山田洋次監督)から。 毒見役で、赤貝の毒にあたり、失明してしまう主人公、 木村拓哉さんが演じた下級武士、三村新之丞の言葉。 不安とイライラが募り、周りに当たり散らす。 さっきまで夢をみていて、景色や姿がはっきりしたのに、 目が覚めた途端、目の前が真っ暗で何も見えないことを 現実として、しっかり受け入れられない様子が伝わってきた。 そして、独りごとのように呟く。 「俺は他人から、情けや施しを受ける身の上になったのか」 それは、武士にとってとても恥ずかしいことであり、 そこまでして生きようとしている自分が許せないのだろう。 「他人から、情けや施しを受ける」ことが、不名誉な時代、 今で言えば「生活保護」を受給することと同じかな。(汗) 「生活保護」を受ける権利を声高々に主張するのは、 やはり何かの間違いではないだろうか。 ところで、タイトルにも使われている「一分」。 意味は「その人の面目。人間としての名誉、 一人の分際。一身の面目、または職責」 これだけは譲れないという「誇り」みたいなものかな。
P.S. キムタクって、時代劇向きの顔じゃないな、 パイロットとか、そういう役の方が似合っている。(笑)
|
| 2012年06月27日(水) ■ |
 |
| 日本の「伊豆」ではなく、世界の「IZU」 |
 |
先月30日から通い始めた、三島駅北口の日大国際関係学部の校舎、 週1回水曜日の夜は「日大市民公開講座」(全5回)。 統一テーマを「伊豆再発見」とし、多様なジャンルの話を耳にし、 本日5回目の講師、映画監督「原田眞人」氏で、幕を閉じた。 講演内容は、また後日詳しく採り上げるが、 日本の「伊豆」ではなく、世界の「IZU」という視点で仕事をする、 その姿勢は、これからの自分の仕事でも見習いたいと思う。 梅雨の季節にもかかわらず、一度も欠席せずに参加できたのは、 54歳を過ぎても、なぜか「もっと学びたい」という学習意欲と、 「続ける」ことの大切さを知っているからだろうか。 水曜日アフターファイブの習慣となった、学生気分で「学ぶこと」、 これをどう続けていくか、出来れば、新しい学び先を見つけたい。 そう言えば、講義内容だけでなく、運営方法のノウハウもメモをした。 いつの日か、学ぶ立ち場から学ぶ人をサポートする立ち場となり、 世界を意識した「生涯学習」を展開してみたい、と思う。 (アルコールが入って、ちょっと話が大きくなりましたが・・(汗))
|
| 2012年06月26日(火) ■ |
 |
| 信西、なんとかせい!! |
 |
NHK大河ドラマ「平清盛」から。 阿部サダヲさん扮する「信西」の政治改革は、 気持ちがいいほど順調に進み、彼の冷静さと行動力に、 清盛だけでなく、視聴者の私でさえ、感心させられた。 そんな時に限って、彼の足を引っぱる人たちが現れるのも世の常か。 後白河上皇から過剰な寵愛を受けている側近・藤原信頼は、 後白河上皇を通じて近衛大将の位をねだるが、信西は強く反対。 その反対を押し切って、怒鳴り声が彼に向かって飛ぶ。 「信西、なんとかせい!!」 あ〜あ、言っちゃったよ、その台詞、とメモをした。 物語の中では何気ない一言かもしれないけれど、 「なんとかせい!!」は、私にとって使いたくない台詞ナンバーワン。 無理を承知で言っている、私だって難しいことは知っている、 そんな思いが含まれているからこそ、耳にしたくない台詞である。 「なんとかした」後のことは、どうお考えですか?、と 聞き返してやればいいのに、と内心思ったりして・・。(汗) その結末が、来週待っている。 「信西になんとかさせようとした」後白河上皇の行く末は? そして「信西」を失う「平清盛」の気持ちは? そんな見方で楽しめば、低視聴率なんて気にならないし、関係ない。 「NHK、なんとかせい!!」なんて、言わないからね。(笑)
P.S. 私も、この台詞、何気なく使っているかもしれない、 気をつけなくちゃいけないなぁ。
|
| 2012年06月25日(月) ■ |
 |
| 男とはなにか?祖国って何なのか? |
 |
映画「あなたを忘れない」(花堂純次監督)から。 韓国と日本の違いは、知識としては増えた。 しかし、根底に流れる「何か」がわからなかった。 韓国の男には徴兵制度があり、精神的に強くなることは ゴルフやサッカーなどのスポーツでも立証済みだが、 どうして、徴兵制度が良いのかは、うまく説明が出来ずにいた。 しかし、この映画でその答えが、ハッキリした気がする。 冒頭「神聖な国防の義務だぞ、バカにするなよ」と友達同士の会話、 「父さんの言うとおり、早めに済ませてよかった」 「韓国の男は、皆そうして成長するんだ。お前も大人になったな」 という親子の会話があり、へぇ〜と思いメモをした。 物語後半「(我々韓国の男は)2年か、2年半、軍隊に入る」 「それが何だよ」と日本人の若者が怒鳴る。 「それは自由のない場所だ。できれば思い出したくない事ばかりだ。 しかし考える時間だけは、たっぷりあった。男とはなにか? 祖国って何なのか、戦争と平和の意味、自分の将来についても」 これだ、と思った。日本の若者は、考える時間が少ない。 いや、作ろうとしない、という表現が正しいのかもしれない。 人生の早い時期に「じっくり考える時間」を作った人との違いは、 その後の生き方に大きな差が出てくる気がしたから。 「韓流ブーム」もただの流行ではなく、そうした時間を持った人間が 自信を持って生きているから、魅力的なんだな、きっと。
|
| 2012年06月24日(日) ■ |
 |
| お〜、へぇ〜、そんなにするんだぁ |
 |
小山町制100周年記念(小山町総合文化会館開館20周年記念) 「出張!なんでも鑑定団in小山町」の公開収録に足を運んだ。 放送前だから、もちろん内容は書かない。 ただ、20分ほどの枠の為に、2時間ほど掛かったことだけは 記録として残しておこうと思う。 今までにも何度か、公開収録に立ち会ったことがあるが、 いつも「AD」のトークの上手さに、感心することが多い。 今回も「携帯電話」についての注意は、ただお願いだけではなく 一度、皆に携帯電話を出してもらって、その場で電源を切ってもらう。 「マナーモードでも、電波障害を起こすから、切ってください」 これで切らない人はいないだろう。(実は、それでも鳴ったが(汗)) (撮影OKだったので)「カメラ撮影の練習」もした。 一度、撮影させてみて、フラッシュが発光しないように助言する。 さらに、拍手をはじめとした「リアクションの練習」が私には受けた。 ADに続いて観客が練習する。(お〜)「お〜」(へぇ〜)「へぇ〜」 (そんなにするんだぁ)「そんなにするんだぁ」・・ 最後に、本人評価額と鑑定額が違った時のリアクションまで。 「笑った後に拍手、これは小山町バージョンですね」と笑いをとった。 出演者も、登場するなり「ただで見るのは楽じゃないですね」と一言。 彼らのおかげで、会場が和やかな雰囲気になったのは言うまでもない。 この雰囲気づくり、是非真似したいテクニックである。
|
| 2012年06月23日(土) ■ |
 |
| お母さんもお父さんと同じになった |
 |
反論は承知で、このフレーズを。(汗) 映画「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」 (錦織良成監督)から。 以前「仕事、楽しい? 楽しい、恥ずかしいくらいにな。」という 素敵な台詞を採り上げさせていただいたが、 今回の気になる一言は、ちょっとストーリーと関係ないが、 ドキッとした台詞なので、選んでみた。 仕事一筋で働いてきた父親に、娘役の本仮屋ユイカさんが投げつける 子どもの本音みたいなフレーズ。 「お母さんもお父さんと同じになった」 最近働き始めた母親は、自分の人生を楽しむかのように、 子どものことよりも、仕事中心になったという意味である。 何か大切な話をしていても、 「仕事があるからいかなきゃいけない」と途中で話が途切れる。 ゆったりとした時間でも過ごそうものなら、 「ぼやっとしていると、他人(ひと)に追い抜かれるよ」とハッパをかけ 極めつけは「話してる途中で時計を見る」 今まで、そんなことがなかった母親なのに、 働き出したら、仕事一筋で不満だった夫の行為と同じことをしている。 なんだ、偉そうなこと言ったって、大人ってみんな同じじゃないか、 そんな娘の叫びが聞こえてきそうで、辛かった。 働かなければ給料はもらえず、自分たちの生活を支えているのは、 働いている人たちだと気付いていながらも、 そのことによって少しずつ失っていった「親子・母娘」の関係に、 子どもたちは寂しい想いをしていることを知った。 働くということは、心に余裕がなくなってくる、ということなのか。 子どもの話をじっくり聴く親でありたい、と思う。
|
| 2012年06月22日(金) ■ |
 |
| 子育て支援は「親子が接する時間を長くすること」 |
 |
「子育て支援室長」を肩書きに仕事をしていた頃のメモが、 書類整理をしていたらみつかった。 子どもを持つ家庭が、保育所を必要とする数が増え、 それが、長時間保育につながっていることは明らか。 預かるのは、容易い。保育士を増やせばいいのだから。 (なかなか保育士が集まらない、という問題もあるが・・) しかし、それは根本的な問題解決になっていない。 親が、子どもに接する時間が短いから、 試行錯誤で覚えていくはずの子どもの育ちに必要な対応が、 できない気がする。 「長時間保育による親子関係の崩れ」が、一番心配である。 いつの世も、一番好きな人は「ママ」であるべきなのに、 いつも真剣に接してくれる「保育士の○○さん」となったら。 人として受け入れられ、愛されてると感じることによって、 子どもが子どもらしく育ち、また社会性が身につくはず。 本当の子育て支援は「親子が接する時間を長くすること」。 当時の私は、いつもそんなことを考えていたのかもしれない。
|
|