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| 2012年06月14日(木) ■ |
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| 自分のわかっていることでも、人に説明するのって難しい |
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映画「はやぶさ HAYABUSA」(堤幸彦監督)から。 小惑星探査機「はやぶさ」の話題でも、 捉え方の違いで、こんな展開になるのか・・とワクワクした。 映画「はやぶさ 遥かなる帰還」(瀧本智行監督)と、 主人公などをはじめ焦点の当て方が違うが、どちらも楽しかった。 今回の一言は、主人公、竹内結子さん演じる水沢が、 子どもたち相手に「(宇宙に関する、何でも)相談員」として、 専門用語いっぱいの長〜い台詞を、勢いよく話した後の台詞。 やや自己嫌悪に陥りながら「あの〜、自分のわかっていることでも、 他人(ひと)に説明するのって難しいんですね」と。 それに応えて、上司の西田敏行さんがそっとアドバイス。 「自分でわかっているつもりで話しているだけなんだって事に 気付かされるんだよね」 このシーンがあって、主人公は難しいことを簡単に説明しようと イラスト入りのホームページなどを考えつく。 「簡単なことを難しく説明するのが、大学教授」という視点と まったく逆の視点で物語が展開し、お陰でわかりやすかった。 「難しいことを簡単に説明する」テクニックは、意外と難しい。 子どもたちにもわかるように・・これは、宇宙関連の仕事でなくても、 どんな分野でも必要となることだから、是非、身につけたいと思う。
P.S それにしても、あの長〜い台詞、よく覚えたなぁ、さすが。
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| 2012年06月13日(水) ■ |
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| 同じテーマで違う先生(教授)の話を・・ |
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年2回、前期・後期と開催される「日大市民公開講座」、 今回の共通テーマは「伊豆再発見」の5回シリーズ。(今日で3回目) 日大国際関係学部長から、映画監督・原田真人さんまで 豊富な講師陣を楽しみに、毎週水曜日、仕事を終えてから 三島駅北口の新校舎まで、約40分を歩いて学生気分を味わっている。 講義は毎回1時間30分、メモしているとあっという間に過ぎてしまうが、 学生時代より真剣にメモしている自分が可笑しい。(汗) 講義内容からの気になる一言は、近いうちに紹介するが、 今回は、新しい発見をしたので、気になる一言。 今まで、講演の演題を確認して、以前に聴いたことがあるかないかで、 聴講の参加・不参加を決めていたのだが、それは間違いだと気付いた。 同じテーマ・同じ演題でも、講師によって、全然捉え方が違う。 視点も違えば、結論も違うから、まったく新しい話を耳にしたようだ。 この気付きってある意味では、私にとって大きな収穫である。 これからは意識して「同じテーマで違う先生(教授)の話を」聴いてみたい。 まぁ、自宅へ向かう帰り道、ちょっと一杯・・と寄り道も出来るし、 新しい平日の楽しみ方として、近隣市町に勉強に行くのも悪くないな。
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| 2012年06月12日(火) ■ |
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| やるだけのことはやった |
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映画「キャプテン劇場版」(出崎統監督)から。 野球大好き少年にとっては、テレビもマンガも野球ばかりだった。 「巨人の星」「ドカベン」「あぶさん」は特に有名だが、 今回の「キャプテン」や「侍ジャイアンツ」「野球狂の詩」 「ガッツ・ジュン(実写)」等、挙げたらきりがない。 (「タッチ」が野球マンガかどうかは、個人的には疑問が残るけど・・) 今回の「キャプテン」は他の野球マンガに比べて地味であるが、 なぜか、谷口・丸井・五十嵐などの選手名から、 ライバルの名門中学「青葉」の名も覚えていた自分が不思議だった。 「努力」の言葉そのものである、谷口キャプテンは、 他人の知らないところで、必死に努力を積み重ね、その満足感が 「やるだけのことはやった」というフレーズを生み出している。 だから結果は、勝とうが負けようが、関係ないという気持ち。 若い頃、結果より過程が大事と思ったが、 社会人になって、過程より結果が大切と思うようになった。 しかし、また年を重ねたためか「過程」を重要視している私。 「やるだけのことはやった」 なんだかわからないけれど、妙に心に響いたフレーズである。
P.S. 青葉野球部監督・森山周一郎さん、谷口の父・ハナ肇さん そして、谷口の母・麻生美代子さん(「サザエさん」のフネ役) 30年以上前のアニメに豪華な声優だなぁ・・と嬉しくなった。
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| 2012年06月11日(月) ■ |
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| 愛機「iMac」瀕死の状態・・(涙) |
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2003年6月21日から、私の部屋に住み続けているパソコン、 「IMac」(デスクトップ型)が、息絶え絶えの状態に陥っている。 2008年11月、ノートパソコンの「MacBook」に変えるまで 私の「気になる一言」を支え続けてくれた。 いつものように「映画」のDVDを観るために立ち上げたら、 「コンピュータを再起動する必要があります。 パワーボタンを数秒間押し続けるか、 リセットボタンを押してください」のメッセージが、 突然、Display画面に現れ、未だ、復旧の目処は立っていない。 以前「Sad Mac」と呼ばれる「泣いているMac」が画面に出た時、 涙が止まらなくなった、あの時の気持ちに似ている。 3年半前に、無線LANを備えたフットワークの軽い「MacBook」に 変えてからも、お気に入りの音楽を奏でたり、写真整理をしたり、 映画(DVD)のミニシアターとして、いつも私の傍にいた。 パソコンショップで、現状を告げ、可能性を訊ねたら 「たぶん・・ダメでしょうね」という回答があったが、 ずっと大切にしてきたパソコンだけに、まだ私は諦めていない。 この数日、睡眠不足になるのを覚悟で、いろいろな方策を練っている。 後悔したくないから、出来る限りのことはするつもり。 「それだけ使ったら、寿命ですよ」の台詞を信じたくないから。 だって、まだ「9年しか」使ってないもの・・
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| 2012年06月10日(日) ■ |
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| 東京電力福島第1原発事故を教訓に・・ |
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今の時点で「原発」の賛否を声高に表明するほど、 情報も勉強も不足しているので、コメントは控えるが、 言葉として意味が違うのでは?と思ったので、気になる一言。 Yahoo!のトピックスを眺めていたら、飛び込んできた 「大飯原発3、4号機『安全は確保』福井県専門委が報告書案」 気になって詳細を読み始めたら、 結論として「東京電力福島第1原発事故を教訓に、 想定すべきとされる地震、津波が襲っても、原子炉の安全を 確保するために必要な対策は確保されているものと評価できる」 私の認識では、福島第一原発の教訓は、地震・津波に限らず、 あらゆる事態(外国からの攻撃・小惑星等の衝突・人工衛星の落下・ 竜巻や雷などの異常気象)でも耐えられることが、安全の評価であり、 地震・津波以外で事故が起きたら、また「想定外」と言い訳をする。 それでは「教訓にした」と言えるのか、言葉として疑問である。 辞書によれば「教訓」とは、教えさとすこと。また、その内容・言葉。 (あれ?「教訓とは、ある経験から得た知識や知恵」じゃないのか(汗)) 福島原発の事故が、私たち日本人に何を教え、何を諭してくれたのか、 もう一度、考えてみる必要がありそうだ。 「安全だ」と言い切る人は、自分の家族を原発の近くに住まわせればいい。 そうすれば、反対派も少しは、理解を示すかも・・。(無理かな)
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| 2012年06月09日(土) ■ |
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| いいものに(たくさん)出会いたい |
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第151回泉のまちカレッジ、講師「木版画家・牧野宗則さん」 演題「自然の命の輝きと木版画の世界」(伝統のモダン)」から。 昨年「木版画展」を開催したいただいた時から、 わが町の芸術活動には欠かせない存在となった彼の話は、 小学校5年の頃、絵の魅力(役割・力)を知ることになった、 父親の病気から始まり、中学校時代の浮世絵版画との衝撃的な出会い、 そして高校時代、版画の魅力に取り憑かれ、夏・冬・春休みに、 毎回、京都まで足を運び、職人に可愛がられた話など、 普段は、ひとり黙々と作業を続ける芸術家の心のうちを、 ちょっぴり垣間見ることができて、あっと言う間の2時間であった。 いつものように、私のメモは溢れたが、今回の講演で気付いたことは、 彼の「行動の判断基準」とでも言うべき、生き方であった。 講演の後半、何度も口にした「いいものに(たくさん)出会いたい」。 表現こそ違うが「いい出会いのために、一所懸命生きている」 「自分の技量にあった、いいものを探したい」 「いい作品のためには、いいものに出会いたい」 職人にありがちな「飲む・打つ・買う」は一切せず、 道楽という道楽もせずに、絵を描き、木を彫り、和紙に刷る。 時には頭の中で「葛飾北斎」と会話をしながら・・・。 先日、54歳を迎えた私も、未熟ではあるけれど、 「いいものに(たくさん)出会いたい」という考え方を念頭に、 いい音楽、いい景色など「いいものとの出会い」に没頭してみたい。 悪いものが入ってくる隙もないくらいに・・。 お気に入りのものに囲まれて、いいものとの出会いを求める生き方、 何かに迷った時の「判断基準」も、きっとこれでいいはず。 最近、モヤモヤしていたものが、吹っ切れた講演会であった。(感謝)
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| 2012年06月08日(金) ■ |
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| 「肝っ玉」ってどうしたら大きくなるの? |
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久しぶりに、私の呟きである。定例議会中盤の一般質問2日目。 議員の一般質問に対して答弁する立ち場であり、 どんな質問でもどうぞ・・と言いたいところだが、 質問の通告を受けた時点で、もう心配事ばかりが頭をよぎる。 普段、偉そうに課員や家族にも、物事をプラス思考で・・と 口にしているにもかかわらず、不安は当日まで引きずって、 朝食には、胃が痛くなる始末。(笑) 終わってみれば、大したことなかったけれど、 やはり、自分の「肝っ玉の小ささ」に呆れるばかりだった。 「肝っ玉」は、本来は「きもだま」(肝玉/肝魂) 意味は「肝と魂。特に、物に動じない精神力。胆力。きもだましい」 類語では「心胆・胆力・勇気・度胸・根性・性根」 よく使われる「肝っ玉が大きい」とは「大胆な・豪胆な・肝っ玉の太い・ 胆の大きい・度胸のある・ハラの据わった・ (少々のことでは)動じない・どっしり構えた・太っ腹の・気が大きい」 逆に「肝っ玉が小さい 」とは「臆病な・小心な・気が小さい・胆の小さい・ 度胸のない・ハラの据わらない・びくびくする・ (些細なことで)くよくよする・ケツの穴が小さい」など。 まさしく、今の私は「肝っ玉が小さい」のであるが、 これって鍛えてどうにかなるものなら、努力してみようと思うが、 もしかしたら、持って生まれたもの?という疑問さえ浮かぶ。 だから、私の疑問を一言にしてみた。 「『肝っ玉』ってどうしたら大きくなるの?」 毎回、胃が痛くなったら困るから真剣に悩んでます、 誰か良いアドバイスを・・。(汗)
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