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| 2012年06月02日(土) ■ |
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| 映画レビュー500作品、達成ですね |
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映画ファンの方から、メールが届いていた。 それが「映画レビュー500作品、達成ですね」 そう言えば、昨年同じようなメールを戴いたなぁ、と探したら、 「2011年11月06日(日) 映画レビュー400作品、達成ですね」 という「気になる一言」を書いていた。(汗) ほんの7ヶ月の間に、100作品を観たってこと?と、 自分でも苦笑いしながら、数え直したら確かに観ていた。 私の場合、映画を観ながらメモをして、(映画館の場合は暗闇で) そのメモ帳から、走り書きの汚い字をパソコンに打ち直して、 数あるフレーズからインパクトのあるフレーズを選ぶ。 映画だけは「気になる一言」を、そのまま続けて書き終え、 さらに「映画.com」というサイトの「作品レビュー」コーナーに アップして・・やっと1作品が終わる。 本来なら「気になる一言」にそのまま紹介したいのだが、 日記が映画だらけになるので、最近では、タイミングを見つけて 少しずつ紹介することにしているのだが・・。 最近では「一言に選ばなかったメモを教えてください」という 嬉しいような恥ずかしいような、そんなメールまで届くようになった。 私の場合、楽しかった、面白かった、怖かった、眠かった・・という 観たあとの感想ではないので、作品紹介にもならない。(笑) さらに、500作品観たからって、俳優に詳しいわけでもない。 ただ、インパクトのあるフレーズを覚えているだけなのに、 意外とストーリーを覚えていて、自分でも驚くことがある。 普段は、物忘れがひどくなったというのに・・・。 さて「映画レビュー600作品、達成ですね」のメールは、 いつ届くことになるだろうか、今度こそ、ぼちぼち観ます。(汗)
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| 2012年06月01日(金) ■ |
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| 営業は、何の取り柄もありませんという代名詞 |
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地元新聞朝刊の連載小説 「55歳からのハローライフ」(村上龍著)から。 タイトルに惹かれ読み始めたら、毎朝の楽しみとなった。(笑) 第3話の主人公が、早期退職をした後、再就職先を探すのだが、 なかなか思うように見つからない苦悩が描かれている。 そんな一場面の原文、実はもう少し長い。 「営業って資格もないし、客観的というか、 数値で評価されないだろう。 これがフォークリフトや大型二種の免許があれば ちょっと違うんだ。税理士や薬剤師なんかは当然求人は多い。 でも営業っていうのは、何の取り柄もありませんという 代名詞みたいなものなんだよ。愕然としたよ」 この会話をじっくり読んで感じたことは、 公務員も同じじゃないか、という不安であった。 「公務員は、何の取り柄もありませんという代名詞」 そう読み替えたって、なんの不自然さも感じないところが、 私のアンテナに引っかかり、メモした理由である。 今更、就職に直結する資格をとろう、という意欲はないが、 なにか、取り柄(取るべきところ・用うべき点)となるものを 探しておこうと思う。 公務員30年以上勤めましたって「誇り」にしたいんだけどなぁ。
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| 2012年05月31日(木) ■ |
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| ヒットを打たれるくらいならフォアボールでいいや |
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メジャーリーグ復帰の松井秀喜選手、2点本塁打で、 昨日の「気になる一言」を奪われたが、同日に達成した 巨人・杉内投手の「ノーヒットノーラン」達成秘話は凄い。 9回ツーアウトまで「26人連続アウト」でいながら、 27人目がカウント2-3になったところで、 気持ちを切り替えた彼の決断力は、今までの投手にはなかったもの。 「ヒットを打たれるくらいならフォアボールでいいや」 この発想は、野球好きの私にもなかった視点である。 彼の技術では、真ん中に投げて「ストライク」をとるのは簡単、 だけど、その球を狙われてヒットでもされれば、今まで重ねてきた アウトの延長上である「完全試合」(27人連続アウト)どころか、 「ノーヒットノーラン」さえ消える。 だから、この選手には「フォアボールでもいいや」と考えたという。 そんな簡単に、大記録を諦められるものなのだろうか。 文字にすると、その凄さが伝わらないかもしれないが、 今までなら、同じチームの選手やベンチも、大記録を前に 予想以上のプレッシャーを与えないようしながら達成させたのに、 彼は、そんなことも気にせず、あっさり言い切った。 「ヒットもフォアボールもないことは分かっていたので、 『こんなチャンスはもうないな』と思って狙っていきました。 ああいう時は意識しないといけないと思います」。 このコメントを読み、ただ一言「かっこいいなぁ」の言葉しか 私の脳裏には浮かばなかった。是非、今度は「完全試合」を。
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| 2012年05月30日(水) ■ |
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| 苦しい経験は必ず糧になる。 |
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メジャーリーグに昇格したその日に、2点本塁打を放ち 我ら「松井秀喜ファン」を大喜びさせてくれた。 今回のメッセージは、まだホームランを打つ前の、 いや、メジャー昇格(レイズ)が報道されたばかりのスポーツ新聞朝刊。 担当者が、松井選手のコメントも含めて、こう書いていた。 「苦しい経験は必ず糧になる。『このあと、いいプレーができれば (これまでが)いい期間だったということになるんじゃないですか』と 穏やかな表情で話した」 私がこの記事をメモした数時間後に「いいプレー」が飛び出した。 松井はやると思っていた…ヤ軍時代の恩師「言った通りだろ」 昔から大舞台に強かった…星稜・山下名誉監督「松井らしいな」 再出発の一撃…松井「忘れられない?そうなるのかもしれない」 その他にも賞賛の文字が、インターネット上に溢れた。 守備をしない「DH」ではないところが、私を喜ばせたのだが、 今シーズン、彼は本当に苦しい経験をしたと思う。 それを「糧とする」精神力の強さに、ますます好きになった。 「糧」とは、精神・生活の活力の源泉。豊かにし、また力づけるもの。 なるほどなぁ。
P.S. 同日ノーヒットノーラン達成の巨人・杉内投手、ごめんなさい。 近いうちに、必ず話題にしますから。(汗)
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| 2012年05月29日(火) ■ |
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| 愛好者というより、無法者。 |
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地元新聞の夕刊に掲載されていた見出しである。 「富士山でスキー、スノボ」「県警など対応苦慮」 「禁止なのに愛好者続々」 これって「愛好者というより、無法者。」 そんな思いで、記事を読んだ。 ダメだって言っているのに、楽しいから、を理由に ルールを守らず、危険を冒すなら、勝手にやってくれ、 その代わり、助けもしないから。 どうして、こういう強いメッセージが発せられないのか、 彼らは取り締まる法律を作っても、また抜け道を考え、 屁理屈をつけてくるに違いないのだから。 冬山の登山禁止は、先日の「金冠日食」でも 忠告を無視して、遭難した外国人がいたが、 私の周りには、意識して迷惑をかけたのだから、 もっとしっかり処罰して欲しい、という声が多かった。 知らなかったならまだしも、これだけ呼びかけて それでもルール無視するならば、名前や顔写真を出す、 それくらいのことはしてもいいだろう。 これは「2度としてはいけないことではない、 1度だってしてはいけないこと」である。
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| 2012年05月28日(月) ■ |
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| 好きな映画、小さな恋のメロディ・ローマの休日・ベンハー |
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映画「世界の中心で、愛を叫ぶ」(行定勲監督)から。 映画の中に、映画作品名が出てくると、無性に気になる。 特に「交換日記」ならぬ「交換テープ」を始めた 主人公2人の自己紹介で、このフレーズは出てきた。 気になる一言は、長澤まさみさん演ずる「亜紀」の映画選。 (男性は、ごめん、メモしなかった。(汗)) 「好きな映画は・・」と呟いた後、 「小さな恋のメロディ・ローマの休日・ベンハー」と続けた。 (この年齢で、この作品?という違和感はあったが・・) 人物を特徴付ける役割として、どんな映画が好みかは、 大きなウェイトをしめていると思う。 そしてまた、好奇心旺盛の私は、その作品を思い出したり、 観直したくなってしまう。 あの映画のあのシーンが好きで・・なんて台詞があると、 もう我慢できなくなり、レンタルショップに走っている。
PS. 作品中の台詞は「キスしようとした?」「ダメなの?」 「あのね、朔。」・・と、亜紀が諭すように呟いた。 「キスっていうのは、夢を語ったりしながらするものなのよ」 う〜ん、なるほどなぁ。
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| 2012年05月27日(日) ■ |
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| 障害者が社会のために出来ること |
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今となっては不思議、としか言えないが、 この週末、視覚障害者が私に何かを訴えていた。 土曜日の午後、第276回泉のまち音楽会で、 元ベルリン国立歌劇場の専属バスソリスト「斎求」さんは 舞台中央まで、司会者に手を引かれながらも、歌い出すと、 その深みのある歌声で私たちに勇気を与えてくれた。 その日の夜、鑑賞した映画のDVDは、偶然だろうか、 木村拓哉さん主演の映画「武士の一分」。 彼は毒見の役で、赤貝の毒にあたり、失明してしまう。 しかし、ある目的のために武道の稽古に励み、 殺意や気配を研ぎ澄ましながら、その目的を果たす作品。 そして、日曜日の午後、楽しみにしていた 盲目のバイオリニスト「穴澤雄介」さんのコンサートが 富士宮市の猪之頭公園の近くのカフェ「ローズマリー」で開催され、 彼の明るさと優しさに包まれて、癒された。 「障害者は、社会からいろいろ手を差し伸べてもらっている。 しかし、私たち障害者が社会のために出来ることはないか」 そう自問自答して、被災地の復興に向けたチャリティコンサートを 続けているように見えた。 「障害者」は支援を受ける側ではない、出来る環境で出来ることを 社会にお礼をしていく、そんな姿勢が感じられ、胸が熱くなった。 こんな彼らが活動しやすい場所の提供こそ、我々、行政の役目かな、 そんなことを思いながら、帰路についた。 まちづくりの大きなヒントを与えてもらった気がしてならない。
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