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| 2011年12月08日(木) ■ |
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| 便利さは、美の一番の敵 |
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アメリカの日本文学研究者、文芸評論家である、 ドナルド・ローレンス・キーン(Donald Lawrence Keene )の言葉。 彼は、日本文化を欧米へ紹介して数多くの業績を残したとされる。 そんな彼の台詞、と私のメモには残されていた。 「便利さは、美の一番の敵」 う〜ん、確かに・・と思って、書き留めたに違いない。 言い換えれば「便利」の対極に存在するのが「美」とも言える。 便利で美しいものもあるけれど、それは「グッドデザイン」であり、 やはり「美」とはちょっと違った感覚のようだ。 日本人が「美」に対して、あまり関心がなくなった証拠に、 女性の「○美」という名前が減った気もする。 もうそろそろ「便利さ」の追求に、終止符を打ちたい。 さもなければ「美」と呼ばれるモノがなくなってしまうから。 「美」を残すためには、少しばかり「不便」でもいいじゃないか。
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| 2011年12月07日(水) ■ |
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| ステーキがあるのに、ハンバーグを食うか? |
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映画「恋におぼれて」(グリフィン・ダン監督)から。 彼女に、彼氏が浮気したと勘違いさせる方法は、 いくつもあるもんだなぁ、と楽しみながらメモをした。 大道芸のサルに口紅を塗って、キスさせる方法、 子どもに香水入りの水鉄砲で洋服にかける方法、 彼の部屋に、女性の下着をわざと見つけやすいように 隠しておいて気付かせる・・など。(笑) どれも、彼が勘違いだよ、と言っても、納得しない。 これは、永遠のテーマだから仕方ないな。 しかし、フランス人の彼が彼女を説得したフレーズ。 「ステーキがあるのに、ハンバーグを食うか?」 こんな言葉で、彼女の怒りは治まってしまった。 でも言われて悪い気がしないよなぁ、この台詞。 剥きになって「浮気なんてしてないよ」と 口調を荒げるよりも、この言い訳のほうがいいな。 しかし・・このフレーズを女性が知ったら、 「こう言えば許してもらえると思って・・・」と またまた火に油を注ぐことになる。 今回ばかりは、女性が読まないことを願います。
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| 2011年12月06日(火) ■ |
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| 「設計の目的」より「何に役に立つか」だ |
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映画「アポロ13」(ロン・ハワード監督)から。 台詞をメモをしながら鑑賞するのは初めてだが、 この作品を観るのは何度目だろうか、と振り返った。 その度に、気になる台詞が違うあたりに、私はなぜか惹かれる。 今回は、絶体絶命のトラブルを解決するためには、 どのような視点で望むべきか、と気付かせてもらった。 「月着陸船(LEM)は月着陸用に設計した、方向転換のためでは・・」 と専門家が言いかけたところ、一喝して黙らせたシーン。 「だが、残念ながら(トラブルにより)月着陸は流れた。 (大切なことは)「設計の目的」より『何に役に立つか』だ」と。 なるほど・・と、頷きながら、メモをした。 同じようなことが、船内の二酸化炭素量が増えたシーンでもある。 「司令船のフィルターは形が四角、LEMは円形。 丸い穴を、四角い栓で塞ぐ手段を考えるんだ。 みな考えてくれ、LEMにあるこの材料を使って」と。 そして、想像もできないような材料で二酸化炭素のフィルターを作り、 遭遇した危機を脱することに成功する。 これも「何のために作ったか」よりも「何の役に立つか」という、 発想の転換をNASAに働くスタッフに求めた場面である。 この視点こそ、私たちの仕事や生活に役立つ考え方ではないか。 本来の目的以外の利用方法を考えることは、頭の体操にも繋がるだろう。 早速、身の回り品で、違う使い道を試してみてはいかが?
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| 2011年12月05日(月) ■ |
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| 眠りは、悲しみを中断する |
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何かの本に掲載されていたのかもしれない。 情報源が不明で、申し訳ないが、 メモ整理をしていたら、浮かび上がったフレーズ。 「眠りは、悲しみを中断する」 誰にだって、悲しくて悲しくて、涙が溢れることもある。 辛くて寝付かれないだろう・・と思っていたが、 泣き疲れた後は、知らない間に、眠ってしまう。 読者には、そんな経験はないだろうか。 河島英五さんの「酒と泪と男と女」の一節、 「泣いて、泣いて、ひとり泣いて、 泣いて、泣き疲れて眠るまで泣いて」をふっと思い出させる フレーズとなった。 そしてまたその「眠り」が、疲れを取ることにも繋がる。 「眠りは、悲しみを中断する」ばかりか、 体力の回復にも力を発揮することを知っている。 言い換えれば「悲しくなったら、眠る」。 これを、胸に刻んでおきたい。
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| 2011年12月04日(日) ■ |
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| 犬や猫を飼ったことのない人には、わからないものね |
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18歳間近の愛犬、ダックスフントのジェイクが他界して、 今日は、小春日和の晴天の中、火葬をすることになった。 しかし今日は、県下一斉の「地域防災訓練」の日。 昨日から真剣に迷ったが、やはり愛犬の火葬を選択し、 地域防災訓練は、代理をお願いして、無事終えた連絡を受けた。 公務より、ペットの火葬を優先するなんて・・という批判も覚悟で 選択した一日であったが、私は後悔していない。 娘も、犬・猫を飼っている職場の先輩に相談して駆けつけたようだ。 こればかりは、たかがペットが死んだくらいで・・と思うか、 永年飼うと、家族の一員だものね、と言う意見に別れる。 私も娘も、理解してもらえそうな人に、事情を伝える、という ちょっと、ずるいかもしけないけれど、同じ手段をとったようだ。(笑) それを、フレーズにすると、 「犬や猫を飼ったことのない人には、わからないものね」。 もちろん、胸を張って、自分達が正しいとも思ってもいない。 けれど、私たちは「身内に不幸があって」という言葉を使いたいくらい 犬や猫を愛していたという気持ちだけは、間違いない。 今日の気持ちを大切にして、動物やと鳥、熱帯魚など、 可愛がっていたペットがが死んだから休ませて欲しい、という願いは、 出来るすぎり叶えてやりたい、そんなことを思った一日である。
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| 2011年12月03日(土) ■ |
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| もう一度、おまえに腕枕をして、寝たかったよ |
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覚悟はしていたが、とうとうこの日を迎えてしまった。 このところ、点滴だけの生活が続き、体重は激減したが、 それでも、私のそばで寝る吐息に、彼の「生きる力」を感じていた。 しかし、愛犬・ジェイクは、18歳の誕生日を迎える直前に他界、 早朝、妻に抱かれたままの状態で、人間と同じように、 死ぬ間際、一度、息を大きく吸ったかと思ったら、 そのまま動かなくなってしまった。 私が「公務員パパの生活コラム150」の原稿を書き始めた年、 彼は、我が家にやってきた、そう17年前の春のこと。 当時の日記には、新しい家族「ジェイク」が何度も登場している。 思えば、それからほぼ毎日、私は彼のそばで日記を書いている。 また我が家の家族それぞれが、彼との関わりの中で、思い出を作り、 今晩は、思い思いの夜を迎えている。私はそれでいいと思う。 自分の人生の中の18年間に、彼の存在があることは間違いないのだから。 冷たく、そして硬くなっているジェイクを眺めていたら、 涙が溢れ、やはりこの言葉しか浮かばなかった。 「ずっとそばにいてくれてありがとう。絶対に忘れないからな」 そして「もう一度、おまえに腕枕をして、寝たかったよ」
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| 2011年12月02日(金) ■ |
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| 「チャレンジ」と「トライ」の違い |
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2011年11月14日(月) 「チャレンジ」と「ギャンブル」の違いについて 気になる一言で採り上げた。 数日後、読者の1人から、投げ掛けがあったのでご紹介。 「『チャレンジ』と『トライ』の違いって、どう思われます?」 う〜ん「チャレンジ」と「ギャンブル」の違いより、難しい。(笑) 「再チャレンジ」とは言うけど「再トライ」とは言わず、 「リトライ」と言うけど「リチャレンジ」とは言わない。 「チャレンジ精神」とは言うけど「トライ精神」とは言わない。 この辺りに、違いのヒントが隠されている気がするのだが・・。 彼は、チャレンジを、こう定義している。 (1)チャレンジは目標よりもかなり上にあること (2)チャレンジは達成ではなく成功であること (3)チャレンジの成功には驚きがある 私が考えた違いは、本人の気持ちの持ち方の差。 試行錯誤のつもりで「失敗も経験」程度の心持ちは「トライ」、 それと比較して「失敗することは考えていない」のが「チャレンジ」。 答えになったかどうか自信がないので、また「リトライ」してみます。(汗)
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