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しもさんの「気になる一言」
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2011年12月01日(木)
ビン・缶の投棄てはやめましょう

ある公園で見つけた「看板」の注意書き。
「ビン・缶の投棄てはやめましょう」
実は、読み始めてすぐ「?」と首をひねった。
「ビン・缶のトウキてはやめましょう」
もちろん「投げ棄て」(なげすて)とも読めなくもないが、
「投棄て」は「とうきて」と読まれる可能性がある。
「投棄」は「不法投棄禁止」とか「海洋投棄」などと使用し、
「投棄て」という読み方は、ちょっと苦しい気がする。
時々、こんな看板を目にしては、メモするが、
しつこく注意してあげるほうがいいのかな、とも思う。
送り仮名や、変な英単語など、気になる看板は多い。
漢字の読み方も、文化なのだから、大切にしなくちゃなぁ。
誰かが・・という前に、きっと私の役目なんだろうな、
こういう「頑固じいさん」の役は。(汗)



2011年11月30日(水)
天使と悪魔の2つの顔を持て、司書とストリッパーだ

映画「男と女の不都合な真実」(ロバート・ルケティック監督)から。
放送禁止用語が飛び交い、ここまで言うの?と思うが、
なぜかストーリーにリズムがあって、飽きない。
メモも見直すのが恥ずかしいくらい、
それはそれは際どいフレーズで溢れたが、
恋愛ベタの主人公に、男性がアドバイスする台詞が気になったので
取り上げてみた。
女性に対して「天使と悪魔の2つの顔を持て」。
これはなんとなくわかる気がしたが、その例えが
「司書とストリッパーだ」。(これがわからない(笑))
悪魔=ストリッパー、これもわからなくもない。
ただ、天使=司書、の関係が理解できないで困った。
ナースとかなら、想像できるイメージだけど、
「司書」の人には申し訳ないが、天使と繋がらないからだ。
しかしもう一度、観直すと例えがわかった。
「司書」は、一方では男を冷たい態度であしらう顔、
「ストリッパー」は、男を挑発的に誘惑する顔。
う〜ん、なるほど・・面白い例えだな。

おまけのメモ(男をゲットする4ルール)
ルール1 男に説教しない(男は成長や変化や進歩が苦手)
ルール2 彼の話に笑う
ルール3 男は見た目に弱い(変身しよう)
ルール4 悩みを相談するな(聞いてない)



2011年11月29日(火)
蓋棺事定(がいかんじてい)

今年も1年を振り返ると、多くの知人が他界し、
お通夜・お葬式に足を運ぶ機会が増えた。
そんな機会を捉えて私が感じていたことを、四字熟語では
「蓋棺事定(がいかんじてい)」というらしい。
「蓋棺」は、棺にふたをすること。
意味は「生前の評価は当てにならない。一生が終わり棺のふたをして
初めてそのひとの真の値打ちが決まるということ。」
私が知り合った時は、あんなにいい人だったのに・・という人の最期、
逆に、悪い噂ばかり耳にしていたのに・・という人の最期など、
本当に、生前の他人の評価はあてにならないな、と思うことが多い。
社交性に富んだ人柄と思っていたら、お葬式には誰も来なかったり、
内気で無口の人柄だと思っていたら、溢れんばかりの人が訪れ、
多くの人が別れを惜しんでいたりする光景は、何度も目にしてきた。
人の一生って面白いものだなぁ、とつくづく感じる瞬間である。
「蓋棺事定(がいかんじてい)」
是非、覚えておきたい四字熟語である。



2011年11月28日(月)
「子どもは好き?」「あぁ好きだ」

映画「めぐり逢い」(レオ・マッケリー監督)から。
さすがに名作だけある。
メモした台詞は溢れ、どれも甲乙つけ難いほど、オシャレだった。
「母の教えなの、満月の晩は、男性の部屋に入るなって」
「思い出のない冬はつらいわ」
「シャンパンを・・ロゼはある?」等など。
その中で、敢えて選んだのが、
「子どもは好き?」「あぁ好きだ」という会話。
豪華客船のデッキで知り合った男女が恋をして、
愛を語りあい、各々の部屋に戻る別れ際に、こんな会話をする。
この作品を代表するようなフレーズではないのに、
なぜか、私のアンテナに引っ掛かったままだ。
2人は「画家」と「歌手」という職業であり、
「家族」という意味では「子ども」に縁遠いイメージなのに、
幸せの象徴のように「子どものいる家庭」を使うのか?
それとも「子どもを作る行為が好き?」という問い掛けなのか?
素敵な作品に深読みはしたくないが、それでも気になる。(汗)
シーンとしては、船上デッキから客室へ降りてくる階段でのキスシーン。
2人の顔は画面から外れ、首から下の映像なのに、なぜか美しかった。
直接的なシーンより、想像力をかき立てられた気がする。
これまた、映画の魅力なんだなぁ、きっと。



2011年11月27日(日)
来年の手帳、買いました?

本屋にも文房具屋にも、新しい年の手帳が並んでいる。
もう、そんな時期か・・と思わせるフレーズ
「来年の手帳、買いました?」問い合わせに、
つい、買いたくなってしまうが、今しばらく我慢している。
実は、古い手帳から新しい手帳への移し替えは、
私の年末の恒例行事として、既に「歳時記」となっているが、
この作業を始めると、何日もかかってしまうので、
昨年から第4回(11月)定例議会を終えてから・・と決めた。
1年の総決算をしながら、新しい年の計画とともに書き移す作業、
メモ魔の私にとっては、至福の時間かもしれない。
これだけは、誰にも邪魔されたくない。(汗)
今は、市販の手帳を「自分流」にアレンジして利用しているが、
いつの日か、製本技術を学んで、自分だけのオリジナル手帳を持つ、
これが私の夢のひとつである。
システム手帳ではなく、糸で綴じられた手帳を・・。



2011年11月26日(土)
刑務所の役割って、社会からの隔離じゃないの?

久しぶりに、私のボヤキである。
ネットの見出しに「ホリエモン獄中から漫画連載」を見つけ
ちょっと違和感を覚えた、というか、正直驚いた。
その違和感を文字にしたのが、
「刑務所の役割って、社会からの隔離じゃないの?」
記事によると、
「<ホリエモン>東大時代の青春を描く 獄中から異例のマンガ連載
堀江受刑者は長野刑務所に収監されているが、
編集担当者とマンガ家の本そういちさんが現地に赴いて打ち合わせし、
獄中からのマンガ連載をスタートさせる」とある。
そもそも、なぜホリエモンを投獄させたかと言えば、
「したことに見合った社会的制裁=身分の不自由を実感させる」
ではなかったのか。
その根底を守らなければ、何のための「監獄」なのか、わからない。
単なる経験、話題作りのための「監獄」ではないはずなのに、
彼を始め多くの若者が、社会を甘く見てしまう危険性を感じる。
ここは、出版社もマスコミも大人になって、静かに見守って欲しかった。
堀の中で、社会復帰に向けて、原作を書く、構想を練る、ことは、
彼の才能だから、大いに期待したいものだが、被害者がいるのだから
加害者の獄中生活は、慎ましやかであるべきだろう。
話題になれば何でもOK、お金になれば何でもやってしまう社会って、
非常に恐ろしいことのような気がする。
日本は、大丈夫だろうか?



2011年11月25日(金)
どういう選択をするかが、人生よ

映画「マディソン郡の橋」(クリント・イーストウッド監督)から。
切ない大人のラブストーリー、という人がいる。
どうみても、自分たちの不倫を正当化している、という人もいた。
なるほど・・いろいろな見方があるものだと、苦笑した。
ふたりが出会い、そして別れるまで、いくつかの選択があり、
そのたびに、彼と彼女は自分の判断で物語は流れていく。
後半、彼と駆け落ちをして、平凡な生活から逃げだそうとするが、
「やっぱり、正しくないことだわ」と断念、「誰に?」の問いに
「家族みんなに」と答え「街の噂に殺されるわ」という判断が
とても冷静だな、と驚いた。
そして「どういう選択をするかが、人生よ」と呟く。
そう、人生は選択の連続であり、誰のせいでもなく、
すべて自分で選択した結果、という想いが伝わってくる。
さらに「子どもたちが前進できるよう、母親は立ち止まって見守る。
子どもは、やがて巣立っていって、さていよいよ自分の人生を
歩もうとしても、歩き方を忘れてしまっている」というフレーズに、
50代女性の焦りが表現されていた気がする。
見るたびに、気になる一言が違う、面白い作品であった。