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| 2011年10月27日(木) ■ |
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| 人間の最大の欠点の一つは「分をわきまえないこと」だよ |
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映画「陽気なギャングが地球を回す」(前田哲監督)から。 大好きな作家・伊坂幸太郎さん原作を映画化したコメディ。 当然、原作も読んで、沢山メモしてあるけれど、 映画と書籍と比較して、共通したフレーズを選んでみた。 「人間の最大の欠点の一つは『分をわきまえないこと』だよ」 そのあと「動物はそんなことがないからね」と続くシーン。 それ以外は、驚くほど共通した台詞が少なかった。 だからこそ、原作者の伊坂さんが作品を通じて伝えたかったことは、 これかな?と思ってみたりして・・。 実は、小説の方は、もう少し続く。 「動物は強者に従うけど、人間は強そうな人に従うだけなんだ。 絶対的な強さなんて分からないからね。」と。 意外と、人間と動物の違いが表現されている気がした。 (まぁ、人間も動物なんですが・・(汗)) いつから、人間はこんなになってしまったのか?という疑問が、 表現を変えて、何度も投げ掛けられている。 映画に書き出された「犬に噛みつかれても犬を噛むな」の文字、 この感覚が、私は大好きである。
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| 2011年10月26日(水) ■ |
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| 一男去って次男、三男 |
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何の時の話だったのか、もう忘れたが、 苦労してやっと解決したというのに、また違う難題が。 そんな時、この台詞を使ったら面白いのにね、と 先輩から教えてもらった台詞。 こんなことは、理屈なんていらない。 言葉遊びとして、覚えておけばいいのだから。 「一難(いちなん)去ってまた一難」とは、 一つの災難が過ぎてほっとする間もなく、また次の災難が起きること。 これでは、苦労が積み重なってきて、だんだん苦しくなるが、 なぜか「一男(一難)去って次男、三男」のフレーズは、 その難題を、笑いで吹き飛ばしてしまう勢いが感じられる。 「一男」を(いちなん)と読み、まちがっても「かずお」と読まないこと。 また「一男」ではなく「長男」でしょ、と指摘しないこと。 これだけ気をつけておけば、おやじギャグとしては使えるフレーズ。 さて、いつ使おうかなぁ。
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| 2011年10月25日(火) ■ |
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| あっ、わかってる、わかってる、しっかりおやり。幸せにな |
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映画「秋刀魚の味」(小津安二郎監督)から。 今更、私がわざわざ書かなくても・・と思うくらい、 驚くほどの人たちが、この作品の感想をネット上に書いている。 そしてまた、全編を通して、一度も登場しないのに、 タイトルが「秋刀魚の味」だから、その推測も多くの人が・・。(笑) 一度、「秋刀魚の味」で検索して欲しい、本当にビックリするから。 さて、私は私の方法で・・とメモした台詞を振り返って眺めていたら、 ひとつ気付いたことがある。 1回の台詞が非常に短く、NGを出すような長い台詞は無いに等しい。 それが、ひとつのリズムとなって、画面の切り替えに繋がっている。 日常生活の家族の会話って、こんなもんだよなぁ、と感じた。 最近、1人の台詞が長くて、走り書きでメモをするのに苦労するが、 この作品は、そんなことは1度もなかった。 だから今回の「気になる一言」は、あえて長い台詞を選んでみた。 岩下志麻さん扮する娘が、結婚式を前に、父親役の笠智衆さんに、 お決まりの挨拶をするシーン。 「おとうさん・・」と口にした途端、その後の彼女の台詞を遮って 「あっ、わかってる、わかってる、しっかりおやり。幸せにな」。 これが、娘を嫁にやる父親の気持ちであり、 「長い間、お世話になりました」というフレーズは耳にしたくない、 父親の本音が伝わってきた。 ニュースになるようなことは何も起こらない、 どこにでもある日常生活なのに、こんな温かい胸を打つ作品になるのは 「魔法」を使っているとしか、言いようがない。 そう「オズの魔法使い」ではなく「小津は魔法使い」です。
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| 2011年10月24日(月) ■ |
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| 長寿のお祝いは数え年が基本 |
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誕生日が、1934年(昭和9年)10月20日の皇后美智子様。 なんと、私の母の誕生日と5日しか違わない。 しかし、先日、私の失敗談として書いた年齢の数え方は、 今の日本では間違っていないということなのだろうか。 マスコミは、先日、皇后陛下の今年の誕生日を、大々的に報道し、 テレビ・新聞・ネットとも「喜寿」の大きな見出しがついている。 しかし、私が調べたところ「長寿のお祝いは数え年が基本」。 言い換えれば「昨年が、喜寿ではなかったのか?」という疑問が残った。 そんな単純なことを日本のマスコミが間違えないだろう、という考えと もし間違いなら、誰かが指摘するだろう、という仮定が前提である。 ちなみに、天皇陛下は昨年の12月23日。 やはり今年と同じように「喜寿」の見出しが、溢れている。 いつから「長寿のお祝いは満年齢が基本」となったのだろう。 「還暦」だけは、満60歳(数え年で61歳)で正しいと思うけれど、 誰か、私に正しい考え方を教えて欲しい。
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| 2011年10月23日(日) ■ |
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| 最終戦代打逆転サヨナラ満塁首位打者当確ホームラン |
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今年のジャイアンツ戦、BSでのテレビ野球観戦が多かったが 昨晩も、貴重な一発をしっかり目に焼き付けた。 「最終戦代打逆転サヨナラ満塁首位打者当確ホームラン」 同僚の内海投手に最多勝をプレゼントし、 長野自身も首位打者をほぼ確実にした値千金の一打であった。 これ以上の一打はないだろうと記憶を遡ったが、 答えは私の日記、2004年09月28日(火)で見つけてしまった。 「代打・逆転・サヨナラ・満塁・優勝決定ホームラン」 2001年オリックス対近鉄(大阪ドーム) 9回裏3点リードで投手大久保、ランナー満塁、代打は北川。 このホームランで、近鉄はリーグ優勝をした、とある。 だから、この一打に次ぐ貴重な一発、と記しておきたい。 残念なことは、相手チームながら、ずっと応援し続けている 横浜ベイスターズ・ショート石川(清水町出身)の失策から このチャンスが生まれてしまったこと。 喜んでいいのか、悲しんでいいのか、複雑な気持ちである。
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| 2011年10月22日(土) ■ |
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| ヤコブ牧師 郵便ですよ〜 |
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映画「ヤコブへの手紙」(クラウス・ハロ監督)から。 フィンランド映画らしい、静かな作品の中にも、 人間そのものにスポットを当てた作品として評価したい。 恩赦を受けて12年ぶりに刑務所を出所した女性が、 ヤコブ牧師と一緒に過ごす間に、少しずつ心を開いていく物語。 盲目の牧師宛に、毎日のように悩み相談や、 お祈りを依頼する手紙が届き、それにひとつずつ丁寧に返事を出す。 なぜか「手紙」の持つ意味に、心が震えるのを覚えた。 しかし、世界中から寄せられる、その手紙を 一番楽しみにしていたのは、ヤコブ牧師、本人であった。 手紙を受け取ることで、自分の存在価値を見いだし、 自分の使命のように生きがいを感じていた、とも言えそうだ。 郵便配達人の自転車の音にさえ、ワクワク感を感じ、 遠くから聞こえる「ヤコブ牧師 郵便ですよ〜」の掛け声に、 高齢で盲目である彼の生気がみなぎるのが、わかった。 今の時代の「携帯メールの着信音」に等しい気がする。 自分宛に、手紙・メールが届くのは、いつの世も嬉しいもの。 だからって、そう頻繁に届くはずがないのに、 一日に何度もメールを確認する人たちの気持ちが理解できた。 物語内の「ヤコブ牧師 郵便ですよ〜」って掛け声は、 「ユー・ガット・メール」と呟くメール着信音と同じだな、きっと。
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| 2011年10月21日(金) ■ |
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| 親の「喜寿」を祝えるのは、子どもの「喜び」 |
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あと数日で、母が喜寿(77歳)を迎える。 当初の計画では、妹家族も含め伊豆の温泉に1泊、と予約もしたが、 愛犬・ダックスフントのジェイク(18歳)の体調が心配で・・を理由に、 急遽、食事会に変更した。 還暦(60歳)も、古稀(70歳)も「まだまだ元気だから」と 敢えてお祝いをしなかったが、今回は2人の孫も参加し、 人数は少ないながらも、楽しい宴となった。 「喜寿」とは「喜」の字の草体が「七十七」に見えるところから、 つけられた名称であり、もちろん、長寿を祝うお祝いであるが、 視点を変えると、親の長寿を喜ぶのは「子ども」であるのかもしれない。 自分の親が、苦労を重ねながらも、77歳まで生きたことを「喜ぶ」。 「親の『喜寿』を祝えるのは、子どもの『喜び』」を残したい。 2人の孫にプレゼントをもらい、満面の笑顔で写真に写る母の姿を見て そんなことを感じた「母の喜寿」である。 帰宅後「喜寿」について調べたら、数え年77歳のこと。 えっ?、昨年「喜寿」だったと知り、ちょっぴり焦った。(汗) まぁ、10月25日で満77歳だから、許してもらおうっと。
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