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しもさんの「気になる一言」
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2011年08月27日(土)
河川敷には、トランペットだよね

今週1週間は、早朝の5時に起き、6時半のラジオ体操に備えた。
青少年健全育成会の事業であるが、担当課長としては
だまって寝ているわけにもいかず、毎回現場に顔を出すことに。
今週は、あいにく天候に恵まれず、屋根のある施設に場所を移して
実施することが多かったが、今日は曇り空ながら、
なんとか、狩野川河川敷(ふれあい広場)で、実施することが出来た。
(2回目は、開始3分前に突然雨が降り出し、
参加者、約250人が体育館へ移動というハプニング付き(汗))
ラジオ体操も無事終わり、片付けを終えてその場を去ろうとした時、
河川敷から、トランペットの音色が・・。
「こんな早朝から・・」と呟いた私の横で、知人が諭してくれた。
「河川敷には、トランペットだよね」
どこの河川敷にも、トランペットの練習がつきもの、とばかり。
そう言えば、同じような光景を全国各地で見たことことがある。
それも、練習する楽器がフルートやクラリネット、サックスではなく
なぜか「トランペット」(笑)
これって、なにか意味があるのだろうか、不思議だよなぁ。



2011年08月26日(金)
物(もの)は言いよう・気は持ちよう

あるコンサートで耳にしたフレーズ。
「よく、うちのおばあちゃんが言ってました。
物(もの)は言いよう・気は持ちようだって・・・」
これを何回も繰り返して使うと、ギャグになります。(笑)
ところで「物は言いよう」が気になった。
私が最初に浮かんだ「物は〜」は「考えよう」だったから。
そこで調べてみたら、2つとも意味があった、ホッ。
「物(もの)は言いよう」は
同じことでも言い方によって、よくも悪くも印象が変わる。
「物(もの)は考えよう」は
物事は考え方しだいで、よくも悪くも受け取ることができる。
なるほど・・とメモしたが、今度は「気は持ちよう」が気になった。
私の中では「気の持ちよう」であり、
「気は持ちよう」は、ちょっと違和感がある。
この使い分けは、まだ理解できていないし、ネットでもわからない。
誰か詳しい方、教えてください。



2011年08月25日(木)
丁寧は仕事の基本である

書籍「大人の流儀」(伊集院静著・講談社刊・189頁)から。
書店で見つけ、図書館にリクエストしようかな、と思いながらも、
なぜか、すぐに購入し、一気に読み切ってしまった。
この「大人の流儀」というタイトルや表紙に惹かれて読んだ人は、
ちょっと物足りないかもしれないが、あの夏目雅子さんを惚れさせた
彼の男っぽさは、充分に堪能できる内容ではないか、と思う。
相変わらず、私のメモは増えたが、一度、書き写し、
さらにパソコンに入力した読後メモを眺めていたら、
何度か登場する「丁寧」と「誠実」いう単語が、目についた。
「清潔、身綺麗は、丁寧につながる」「丁寧は仕事の基本である」
「丁寧は人間の誠実が、これをさせている」「誠実は生きる姿勢である」
「人に文章で何かを伝えたいなら『誠実と丁寧』が基本だ」・・
いつものように、気になって調べてみたら
「丁寧」とは、細かいところまで気を配ること。注意深く入念にすること。
言動が礼儀正しく、配慮が行き届いていること。また、そのさま。
彼が言いたかったことは、これか・・と頷いた。
「流儀」もいろいろ意味があるが「心構え」なのだろう。
「大人(特に男)の流儀(心構え)」とは、単なる器が大きいだけでなく、
「誠実・丁寧」を常に根底に置き、
行動ができる男こそ、その人間の魅力を倍加させる、
そんな意味に理解したがいかがなものか。



2011年08月24日(水)
女のいやらしさを出さないと・・女よ、女

映画「櫻の園 −さくらのその−」(中原俊監督)から。
おじさんだなぁ、と思いながらも、
やっぱり、若い女の子の一所懸命の姿はいい(汗)。
この中から、未来の大女優が生まれるんだろうなぁ、
そんな視点で観てしまった作品である。
菊川怜さん扮する坂田先生が、
「稽古のときは、デビル坂野って呼ばれてたんだから」と
ピチピチの女子高生に、演技するシーン。
もちろん演劇作品はロシアのチェーホフ原作「桜の園」。
「ここは本気に助けてって言っているわけじゃないの、
女のいやらしさを出さないと・・女よ、女」・・と叫ぶ。
これには笑った。
そうなんだよ、女はいやらしいんだ・・と頷いた訳じゃない。
でも、インパクトあった台詞を、物語に関係なく選んだ。
このフレーズだけで、この作品を思い出せそうだったから。
「舞台立つの、すごく興奮するよ」も台詞もいいな。
でもどうして、若い女の子の作品って「桜」「桃」ばかりなんだろう。
映画「フレフレ少女」の主人公は「櫻木高校の百山桃子」、
愛読書は「櫻文庫」。今回の主人公は「櫻華学園の結城桃」。
なんとなくわかるけど・・ここまでしなくても・・(笑)。



2011年08月23日(火)
掛け算ができない子が大学に入っている

ある大学教授の呟きである。(すみません、情報源はご勘弁を)
「掛け算ができない子が大学に入っている」
しかし、それは例えの1つであり、もっと驚くような
子どもたちが大学生になっている、ともいう。
大学に限らず、社会人だって同じことが言える。
「おまえ、大学出てきたんだろ?と叫びたくなる奴、
うちの会社にもいるよ」とは友達の嘆き。
極端なことを言うと「一般常識のない子どもたちが、
教育関連の大学に入り、教師となって子どもたちを教えている」
それは、日本の教育力の低下に繋がる由々しき問題だと、
酒を飲みながら、現役教師と語ったことを思い出してた。
では、その原因は・・となるのだが、大学の乱立により、
誰でも行けるようになったこと、と結論づけた。(汗)
大学試験が難しかった時代、勉強嫌いの学生は、
ほとんど高校を卒業後、就職をしたのだが、
今は、その選別が出来ず、勉強嫌いの子どもたちも、
親のすすめで「とりあえず」大学生になり、
4年間、何も考えず遊ぶ。そして「とりあえず」就職する。
(今は、就職難だけど・・)
日本の将来を考えた時、この部分を直さないと、
とんでもない社会になってしまう気がしてならない。
「履歴書は役に立たないな」と誰かが言っていたっけ。



2011年08月22日(月)
感動を支える人がいる。感動を拡げる人がいる。

たぶん・・サッポロビールのCMだった気がする。
これも、箱根駅伝のメモと一緒に書かれていたから(笑)。 
どうして、このフレーズに反応したのか、自分でもわからない。
ただ、自分の役割として考えていた「感動を支える」から、
「感動を拡げる」へ、意識が変わってきたからだろう。
「2番目、参謀、副○○、補佐」が得意だったはずの私が、
最近、妙に前に出る機会が増え、
気がつくと一番前で、旗を振っているケースが多い。
しかし、以前のように、トップ役を毛嫌いするすることもなく、
これまた、神が私に与えた役割として、素直に受け入れたい。
こう考えることにより、これまた楽しい人生が送れるに違いないから。
もちろん、これからも「支える役」は、続けていく。
しかし、時には「拡げる役」を演じ、社会のために役に立ちたい。
そんな気持ちの変化が、このフレーズを、このタイミングで輝かした。
「感動を支える人がいる。感動を拡げる人がいる」
人には、その年代で与えられた役割があるのかもしれないな。



2011年08月21日(日)
「上を向いて歩こう」は、本当に復興応援ソングなのか?

最近、妙に増えてきた、私の呟きである。(汗)
先週1週間で3回の「復興支援コンサート」に顔を出した。
どれも、歌や演奏を通して、被災地を元気にしたい、という
出演者の想いは伝わってきたが、不思議な共通点があった。
演奏曲目に「上を向いて歩こう」が入っているのである。
国民の誰もが知っている歌詞やリズムであることは承知だが、
その歌詞だって「応援する」ような歌詞とは言えない。
作詞をした永六輔さんの話を調べてみると、
60年安保闘争という大衆の運動が挫折していく様子をみて、
悲しいけれど、泣いてはいけない、と作ったという説と、
女優・中村メイコさんを作曲家・神津善行さんと恋争いをし、
ふられた時に作ったという説がある。
どちらにしても、復興支援に相応しい歌詞とは言えない気がした。
一度、じっくり歌詞を読み直して欲しい。
「君たちは孤独ではない、日本人みんなが応援している」と言いながら
「ひとりぽっちの夜」っておかしい気さえするのだが・・。
さらに「ひとりぽっち」は「これっぽっち」の「ぽっち」(点の意味)であり
けっして「ぼっち」ではないのに、みんな堂々と
「ひとりぼぉ〜ちの夜」と歌っているのも気になる。
たしかに、そんなことどうでもいいじゃないか、という気もあるが、
やっぱり、気になるものは気になる、と書いておかなくちゃ。
「上を向いて歩こう」は、本当に復興応援ソングなのか?・・と。
PS.
「ぽっち」については、2005年04月18日(月)の日記に掲載済みです。
関心のある方は、どうぞこちらへ。
http://www.enpitu.ne.jp/usr4/bin/day?id=40832&pg=20050418