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しもさんの「気になる一言」
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2011年07月23日(土)
「安心・保証・安全」と奴らが何度も言ったら、油断してはいけない

映画「ナイト&デイ」(ジェームズ・マンゴールド監督)から。
トム・クルーズとキャメロン・ディアス共演の
アクション・コメディは、鑑賞後、なぜかスッキリする。
(トム・ハンクスとメグ・ライアンの共演も好きだけど)
さて、気になる一言は「危険を察知するキーワード」として、
トム・クルーズがキャメロン・ディアスに何度も教え込む台詞。
「『安心・保証・安全』と奴らが何度も言ったら、油断してはいけない」
この「安心・保証・安全」という単語が、
物語の中でタイミングよく使われ、悉く「危険」な目に遭遇する。
そして、ラストシーンでも、観る人を裏切らない展開で満足した。
私は、物語全体に隠された「キーワード」探しが好きだから、
こういった作品は、大好きである。
冒頭で「『いつか』は危険な言葉だ。『永遠に実現しない』と同じ」と
定義しておきながら、忘れた頃のラストシーンで
「今日は何日?」「今日が『いつか』よ。夢が叶う日」と再定義したり、
粋な脚本は、メモ魔の私を喜ばせてくれた。

PS.
今回の気になる一言、今の日本に置き換えると、頷くことばかり。
福島第一の原発事故に際して、政府も東電も保安院も、
あまりに「安心・保証・安全」が飛び交っている気がして怖いなぁ。



2011年07月22日(金)
ごはん美味しかったし、お風呂はあったたかったし

映画「FLOWERS フラワーズ」(小泉徳宏監督)から。
日本を代表する女優たちが、それぞれの時代に沿って
それぞれ悩みながら、一所懸命生きている姿を演じている。
その中で、どの時代の誰の生き方が良かった、といえば、
私は、素直に「広末涼子さん」演じる佳に一票を投じたい。
自分がこの世に生を受けるために、母親が命を落とした。
それは、彼女の中で、いつまでも引きずっていくことなのだが、
いつの時からか、それを喜びに変える術を覚えた。
平凡ながらも幸せな生活をおくる妹の佳を、
ピアニストになる夢が破れ、彼氏にも振られ、妊娠が発覚し、
心が折れそうな「鈴木京香さん」演じる姉の奏が呟く。
「桂ちゃんは何をしても楽しそうだなぁ」と。
それを受けて、妹がニコニコ顔で、素直に返す。
「楽しいよ〜。ごはん美味しかったし、お風呂はあったたかったし」
妹は、こんなことにも、幸せを感じることができるのか、と
たぶん、驚いたに違いない。
布団に入り、むせび泣く姉を、大丈夫だよ、という気持ちを込めて
妹が、子守歌のようにさするシーン、思わず涙腺が緩んだ。
平凡とも思えることに「幸せ」を感じることは、
自分の生んだ子どもが小さい時に、母親なら誰でも体験しているはず。
「絵なんかすご〜く上手なんだよ、天才だと思う。
何でもないことでもね。この子がすると特別に見えるの、不思議だよね」
この時の気持ちを、いつまでも持ち続けられる女性が、増えて欲しい。
きっと、周りも幸せにする力がある、と思えたから。



2011年07月21日(木)
つまをまつ・るすになにする・うたうたう

絵本「サカサかぞくの『だんながなんだ』」
(宮西達也作・ほるぷ出版刊)から。
回文だけを使って、涙と笑いの感動のラブストーリーを展開。
けさのさけ・だんながなんだ・るすをする・
つまをまつ・るすになにする・うたうたう
読んでいると、不思議とリズムまで生まれるから、楽しい回文。
普段頼りのないダンナが、最後は、大活躍するのだが、
「しかし・いがい・きせき・わたしまけましたわ・すきキス」
う〜ん、ハッピィエンドで、めでたしめでたし。
回文だけで作るストーリーには、ちょっと興味あり。
一生に一度は、私も挑戦してみたい。
ところで、回文は日本だけのものではない。(発祥は中国かも・・)
「ヨーロッパではパリンドロームpalindromeという。
“Madam, I'm Adam”のように、言語表現のきわめて特殊なもので、
言語遊戯的な要素が強い」とウィキペディアには書いてある。
いつの時代も、言葉遊びの好きな人たちがいることが嬉しかった。
最近、私の言葉遊びは「はめ文字」に移っている。



2011年07月20日(水)
会場を出た途端「でもねぇ〜」(笑)

講演「出会いを活かせば道は開ける」
(中村文昭氏・(有)クロフネカンパニー社長)から。
我が職場の職員研修として開催された、講演会。
彼の話は、何度も聴いて、その度にメモしているが、
それでもまた、メモが溢れた、あっと言う間の2時間。
今後も機会あるごとに、その一端を紹介していくつもり。
さて、気になる一言は、講演のラストに彼が呟いた台詞。
「会場を出た途端『でもねぇ〜』(笑)」
先ほどまで「でもね・・」は、出来ない言い訳を口にする
(世の中の大半を占めている)「デモデモ星人」だから、
明日から(今から)「でも」は口にしない、と誓った人も、
会場を出た途端「でも」「やっぱり」「あの人だから」と会話し、
元の木阿弥に戻ってしまう人の多いことを指摘された。
私は、今回の講演で、彼が伝えたかったことの本心は、
実は、ここにあるのではないか、と考えている。
どんなにいい話を聴いても、その場で終わり。
メモをしたとしても、やはり、それでおしまい、が大多数。
研修成果は、そう簡単には出ないかもしれないけれど、
出来ない言い訳「でも思考」から、未来へ向かう「こそ思考」を
常に意識する職員が増えてくることを期待したい。
「出来ない理由の仲良しクラブ」は、解散しなくちゃなぁ。



2011年07月19日(火)
人間の個人差は非常に大きいので

講演「福島原発から見えてきた東海地震と浜岡原発」
(講師・広瀬隆氏・主催・ふじのくに浜岡原発を考える会)から。
「生命に関わっているので、真剣に聴いて下さい」
講師のこの一言で始まった。(汗)
そして映し出された画像が、日光東照宮の見猿・言わ猿・聞か猿。
タイトルは「日本の報道」(汗)
たぶん、日本の報道は大事なことは隠している、という例えだろうが、
ちょっと、無理があるな、と苦笑いした。
さて本題は、なるほど・・と思ったメッセージを冒頭だけ紹介。
実際は「人間の個人差は非常に大きいので、安全の基準値であれ、
(放射能値であれ)、ほとんど意味がない。数値は、ほとんど目安」
数値は、安全・危険を判断する意味で多用されるが、
確かに、どんな人間を想定した基準値なのか、定かではない。
年齢、体格、性別など、同じ日本人でも、個人差は大きいのに、
誰にでも適用する基準値って、あるのだろうか、
じっくり考えると、確かに不思議な数字である。
「福島の子どもをなぜ疎開させないんだ」という講師の叫びには、
妙に説得力があり、自分の認識の甘さを痛感した。
現実を伝えると、日本全土がパニックになるから、発表しない。
情報があるのに、その信憑性まで怪しいとなれば、
何を信じればいいのだろうか、ますます判らなくなってしまった。

PS.
見猿・言わ猿・聞か猿は、目・口・耳をふさぐ猿は幼年期の猿で、
子供のころは悪い事を見たり・言ったり・聞いたりしないで、
素直なままに育ちなさい。という教育論の意味が込められている。



2011年07月18日(月)
泣かない、なでしこ

今日は朝から、女子サッカーW杯、なでしこジャパン優勝の
話題で持ちきりだった。
たぶん、男子の時と同様に、国民の多くが「にわか評論家」と化し、
それぞれの解説が、個人のブログ中心に書き込まれると思う。
私としては、誰がどんな視点で、この優勝を解説するのか、興味深い。
私もいくつかフレーズとしてメモしたので、ご紹介。
「チームの特徴は、多様性」
今回のチームの特徴は、年齢も経験も、いろいろな意味でバラバラ。
同じような選手ばかりでは、ここまで出来なかっただろう、という解説。
これって、仕事でも言えるんだよなぁ、とメモをした。
「泣かない、なでしこ」
優勝してからの選手インタビュー、満面の笑顔で誰も泣いていない。
感動して泣きじゃくると思っていた私の方が、恥ずかしかった。
男子の方が、すぐ泣く・・という解説。これまた、納得。
喜びを、笑顔で表現する女子らしい。
「人生で初めてのレッドカードです」
試合終了間際の、岩清水さんのレッドカードに対して、本人の弁。
あそこで私が止めなければ・・という想いが伝わって胸が熱くなった。
こんなことをメモしながら、ネットで調べていたら、
「ビジョナデシコ」(美女撫子、英 Sweet William)とぶつかった。(汗)
別名ヒゲナデシコ、アメリカナデシコとも呼ばれ、
ナデシコが日本だけの花でないことを思い出し、ひとりで苦笑い。
久しぶりに、日本が喜びに沸いた1日となった。

PS.
私が「撫子」で思い出すのは、さだまさしさんの歌「追伸」の出だし、
「撫子の花が咲きました、芙蓉の花は枯れたけど・・」
そして、最後に「私、髪を切りました」と続く歌詞。
澤さんが、髪の毛を切ったら、このネタ、使おうっと、(笑)



2011年07月17日(日)
問題を起こすより、解決した方が楽しいのに

映画「ミツバチの羽音と地球の回転」(鎌仲ひとみ監督)から。
この映画、私は映画館でなく、自主上映の作品として、
図書館の視聴覚室で観ることになった。
山口県祝島とスウェーデンを舞台にした、ドキュメンタリー。
もちろんテーマは「持続可能なエネルギー」だけど、
タイトルが飛躍し過ぎて、なかなか判りにくい一面があり残念だ。
さて、気になる一言は、原発開発計画への反対運動をしている若者が
ぼそっと、淋しそうに呟いた台詞を記憶に残したい。
「問題を起こすより、解決した方が楽しいのに。
どうしてみんな、やらないんだ。僕はそれと戦っている」
ここに、彼の苦悩をみた気がしたからだ。
全国の多くの国民が、エネルギー問題を解決しよう考えているのに、
なぜか、スウェーデンのように国を挙げて・・の動きにならない。
そのもどかしさで、次第に疲れが溜まっている様子が窺えた。
旅費から食事まで、全てボランティアで生活が苦しくなるに違いない。
自分たちが、抗議行動に参加できないのであれば、
全国で、私たちの代わりに、必死で抗議している行為に対して、
活動費などという名目で支援していくのも、
私たちが出来る支援のひとつかもしれない、と思いながら会場を後にした。