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しもさんの「気になる一言」
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2011年05月12日(木)
日本のトイレは、お尻を洗うのか?

映画「トイレット」(荻上直子監督)から。
実際は、私の読みが甘いのだろうけれど・・(汗)
どうして「トイレット」というタイトルなのか、
また、監督は何を伝えたかったのか、わからなかった。
作品中には、トイレに関する会話は少ない。
「トイレには、それぞれの国の文化が反映されているんだ」
「日本に行ったマドンナがこう言った。
日本の温かい便座が懐かしい」
「ただのトイレじゃない、日本の偉大なテクノロジーだ」
「つまり、日本のトイレは、お尻を洗うのか?」
「1度洗うと、誰もが病み付きになる」・・・
日本の洋式トイレの快適さは、私も愛用者として実感している。
(特に、痔の人には、効果があるらしい・・(笑))
だからこそ、これをどう作品として、料理するのか、
大変、楽しみだったが、結局、私の場合、消化不良で終えた。
なぜ、母は亡くなる直前に、祖母を日本から呼び寄せたのか、
それがわかれば、もう少し、理解できたのかもしれないな。



2011年05月11日(水)
羆(ひぐま)の晩酌

北海道料理の店「中むら」で見つけた、赤ワインである。
横には「富良野ツバイゲルトレーベ」の文字。
なんと言っても、ネーミングに惹かれた。
「羆(ひぐま)の晩酌」
こんなインパクトのあるフレーズは、
そう簡単には、忘れることが出来ないだろう。
まず、想像ができない、羆の晩酌。(笑)
誰が、どんな目的で命名したのか、その方が気になる。
それも「赤ワインで晩酌」とは、お洒落というべきなのか。
そう言えば、飲み屋でも、面白メニューを探しメモする癖、
町を歩いていても、面白看板、面白標語に反応してしまう癖、
ますますエスカレートしている気がする。
みんなは不思議がるが、日記のネタには困らない。
けれど、メモが多過ぎて、1つに選ぶことに困ってしまう。
「羆(ひぐま)の晩酌」・・メモしたのは、もう随分前のこと。
やっと「気になる一言」に登場です。(笑)



2011年05月10日(火)
戦争を知らない子どもが66歳になりました

「今年って、戦後、何年?」と訊かれて、
すぐ、答えることが出来なかったけれど、
このフレーズを覚えてから、すっきり出来るようになった。
テレビ番組のキャッチコピーだったと思う。
「戦争を知らない子どもが66歳になりました」
実は、私たちの青春時代に「戦争を知らない子どもたち」という
フォークソングが流行った。
不思議なことに、今でも歌える。(汗)
当時は「戦争を知らない子どもたち」は、少なかったのに、
今では、66歳以下の国民が「戦争を知らない」。
いや、終戦から66年なのだから、戦争の記憶が残っている国民は、
もっともっと少なくなっている。
この事実を、私たち、国民はどう考え、どう教わり、
どう伝えていくかが、これからの大きな課題と言えそうだ。
目先のことにとらわれず、100年先の日本を考えられる人物が、
今の世の中には、必要なんだろうなぁ。



2011年05月09日(月)
「アタッシェケース」と「パーティション」

タイトルを読んで、すぐさま
「アタッシュケース」と「パーテーション」の間違い、と
決めつけないで欲しい。
何十年も、私も間違えて覚えていた「カタカナ」言葉である。
「アタッシェケース」は、テレビのショッピング番組。
アタッシェ(フランス語で大使館に派遣される専門職の人)が、
好んで使っていたことから、こう呼ばれていたらしい。
「パーティション」は、仕切りのこと。スペルは【partition】
確かに、英単語としては「パーテーション」はおかしい。
しかし「この部分を仕切るから、パーテーション持ってきて」等の
使い方をしているのも事実であり、念のため、
事務機屋さんのカタログで確認したら「パーティション」だった。
どちらも仕事上では、意味が通じるからいいよ、となるのだが、
語源をしっかり知った上で、使っているなら良いが、
最初から間違えて覚えるのは、ワケが違う。
こんな些細なことから、みなに伝えていきたいと思っている。
それが、私の役目のような気がしているから。



2011年05月08日(日)
「果物」は快癒に向かう人への激励にふさわしい

病院などに入院している人に対して、果物を持参する人を目にするが、
病院で出される食事もあって、なかなか食べられないだろうし、
お花と違って、部屋に飾って置くわけにもいかないのにどうして?
という疑問を、以前から抱いていた。
その疑問を解決してくれたのは、果物のイラスト付き「お見舞い袋」。
同封されていた説明書に、こう書かれていた。
「果物は、からだにやさしいというイメージがあるだけでなく、
『実がなる』ということが、
比喩的に『成果』や『達成』をあらわすため、
快癒に向かう人への激励にふさわしい贈り物とされてきました。
1日も早く元気になってください、の意味を込めたお見舞い袋です。」
恥ずかしい話、患者さんが、毎日出される病院食では物足りなく、
ちょっと甘味が欲しい時に、チョコレートなどのお菓子よりも、
水分も含んだ「果物」の方が最適なのかな?程度の認識だった私。(汗)
今度、お見舞いの機会があったら、花か果物を持っていこうっと。
お見舞い袋も、果物のイラスト付きを探して。



2011年05月07日(土)
「ふるさと納税」って、まだ有効だよね

最近では、イベントで義援金を募っても、
なかなか集まらないのが現状である。
思うように、被災地へ届けられないことへの不満と
義援金をやり過ぎで、自分の懐が淋しくなってきた、
というのが、多くの人たちの理由だろう。
では、どうすれば被災地の復興支援に役立つお金を
今後も、集める事が出来るだろうか、と考えていたところ、
ネットで囁かれている、あるヒントをみつけた。
それが「『ふるさと納税』って、まだ有効だよね」
私は、思わず「これだ・・」って、メモをした。
なぜ気がつかなかったんだろう、という思いさえする。
被災地の市町村に「ふるさと納税」をする、ってことは、
直接(例えば、大学時代の友人が住む福島県双葉町)にお金が届くし、
ふるさと納税した人には、税の控除があるので、一挙両得。
たしか「そのまちに、住んだことがある」などの条件もなく、
ふるさと納税者には、そのまちから復興状況が逐次届くと思われる。
これからは、個人レベルの「ふるさと納税」が主流となり、
義援金に変わる役割を果たしていくものと考えられる。
「善意」を「税額控除」につなげるなんて・・と言うべからず。
これからも、長期間の復興支援が予想される中、
「ふるさと納税」は、大きなキーワードとなる気がしている。
政府は「復興支援の『ふるさと納税』は無効です」と言うだろうか。



2011年05月06日(金)
巨人の小笠原選手は愛妻家である

昨日、2,000本安打を達成した、巨人の小笠原道大選手。
久しぶりの野球ネタで喜んでいたら、
ネットの見出しは「巨人の小笠原選手は恐妻家である」(笑)
原因は、ウィキペディアの「人物」の項目に
「恐妻家である」との記述があることらしい。(笑)
そこで「恐妻家」を調べてみた。
「恐妻」とは、夫が妻に対して頭の上がらないこと。
「恐妻家」とは、妻に頭の上がらない、妻を恐れる夫の事。
しかしもっと調べてみると、
「恐怖以外の理由(例えば純粋な愛情)によって
妻に尽くすタイプの夫も「恐妻家」と呼ばれるケースがある。
また、愛妻家の男性が卑下や照れ隠しの意図で
自らを恐妻家と呼ぶ場合も日本では多い」という説明を発見。
と言うことは「恐妻家」イコール「愛妻家」とも言えそうだ。
数億の年収を夫人に一括管理されているだけで
「恐妻家」の表現をされているが、結果を残した彼にとっては
どちらでもいいはず。
奥さんだけが真実を知っていると思うから。
せっかくの記録が、こんな話題で打ち消されるのが嫌だから
ファンの1人として、ネットに書き記したい。
「巨人の小笠原選手は愛妻家である」(私も?)