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しもさんの「気になる一言」
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2011年03月24日(木)
衣食足らずとも、礼節を知る

最近、この震災を体験して発見した、日本人の定義かもしれない。
今までのお馴染みは「衣食足りて、礼節を知る」。
辞書を引くと(「管子」牧民の「倉廩(そうりん)実(み)ちて則ち礼節を知り、
衣食足りて則ち栄辱(えいじょく)を知る」から)
人は、物質的に不自由がなくなって、
初めて礼儀に心を向ける余裕ができてくる。衣食足りて栄辱を知る。
しかし、衣食が足りなくとも、配給の水や食料を、暴動が起きることもなく
長い列を待ち続けている、東北の避難者の姿を見ると、
日本人は、物質的に不自由でも、礼儀に心を向ける行動が出来ることを
証明したことにならないだろうか。
言い換えれば、中国数千年の歴史を超えた、瞬間とも言える。
地震や原発の災害に同情をしながらも、
日本人の「礼節」に対する行動に、驚いた国々は、多いに違いない。
だから、私たちは「日本人」としての「誇り」を大切にしたい。
これは、事業仕分けで、効果が薄いと判断されがちな、教育の分野である。
教育の成果は、時間がかかるけれど、こんな非常事態になってこそ、
その成果は発揮されることを、実感しただろう。
中国は「衣食足りて、礼節を知る」、
しかし、日本は「衣食足らずとも、礼節を知る」。
どうだ、参ったか!



2011年03月23日(水)
OKY

職場の後輩に教わった「OKY」。
さて、どんな言葉の略語か、わかるだろうか。
「KY」が「空気読めない」の略だから、
「OKY」は「おい、空気読めよ、かな?」と答えたら、
当然、間違いだった。(汗)
正解は「おまえ、来て、やってみろ」
言葉としては、けっこうきついな、と思いながらも、
思わず、吹き出してしまった。
机上で仕事している人には、最前線のことはわからない。
これは、現場最前線の状況を知らない人たちが指揮をしたから
第二次世界大戦も負けたんだ、という論理に近い。
東電の計画停電なども始め「では、これで」と提示される条件に、
驚かされることが多い世の中であるが、
そんな時は、胸の中で、この「「OKY」を口にしてみたい。
それだけで、私は、意外と単純に、スッキリする。(汗)
ただこればかりは、実際、口にしても意味がない。
「おまえたちには、この条件では絶対できっこない」
という自信で、こう呟かせるのだから。

PS.菅総理へ。悪天候だから、被災地視察中止ではなく、
悪天候だからこそ、被災者や最前線で働く人に声をかけて下さい。



2011年03月22日(火)
こだまでしょうか。 いいえ、枝野です。

こんな時期に、不謹慎だとは思いますが、毎日、毎回、
今回の東日本大震災の評論家になってしまっている自分に対して、
ちょっと反省を込めて、私らしい「気になる一言」を選んでみた。
何十年後に、そういえば、こんなことがあったなぁ、と
記憶を呼び戻す「メモリーペグ」(記憶の鍵)として、読者にご紹介。
題材は、もう国民のほとんどが覚えてしまったCMの1つ。
金子みすゞさんの詩なんだけど、以下・・そのパロディ。
「大丈夫?」っていうと、「大丈夫」っていう。
「漏れてない?」っていうと、「漏れてない」っていう。
「安全?」っていうと、「安全」っていう。
そうして、あとでこわくなって、
「でも本当はちょっと漏れてる?」っていうと、
「ちょっと漏れてる」っていう。
こだまでしょうか。 いいえ、枝野です。(以上)
誰が作ったのか知らないけれど、なんとなく川柳のセンスがあるし、
ちょっと政府を皮肉って、福島第1原発の事故を表現している。
お願いだから、菅総理の名前が出てこないのは?って、訊かないでね。



2011年03月21日(月)
テレビをつけっぱなしにしない

今、私が実践していることの1つ。
それが「テレビをつけっぱなしにしない」。
勿論、情報を収集することは大切なことだけれど、
必要以上に、被災地の映像をみていると、辛くなって、悲しくなって
自分の心に負荷がかかっていることを感じたから、消してみた。
そう言えば、先日「ACジャパン(旧公共広告機構)」のCM大量放送に
視聴者から抗議が殺到したらしい。
「こころづかい」「思いやり」のないAC広告、とまで批判された。
いい話も、何度も耳にすると、イライラするのが人間だから、
抗議するくらいなら、みなければいいのに・・と素直に思う。
被災地の状況に目を背けるという意味ではなく、
その被災状況や悲報の数々が、私たちの潜在能力に記憶され、
自分がその状況に置かれていると脳が感じてしまい、
精神的な疲れで、体調を崩してしまうこともあり得るからだ。
全国の人たちが、テレビをつけっぱなしにすることは、
「節電対策」にはならないだろうし・・。
時には、テレビを消し、今、自分が生かされている意味を考えてみる。
そして、自分の役割に気付いたら、何か実践してみるといい。
テレビなんて、観ている暇がなくなるから。



2011年03月20日(日)
金出せ!知恵出せ!力出せ!元気出せ!

松山千春さんが、震災後にラジオで語った台詞らしい。
「金がある奴は金を出そう。知恵がある奴は知恵を出そう。
力がある奴は力を出そう。
『自分は何にも出せないよ・・』っていう奴は元気出せ」
最後の「元気だせ」が、私のアンテナに引っ掛かった。
講演会などで、よく耳にするフレーズは、
「知恵がある人は『知恵』を出し、知恵がない人は『金』をだせ、
そして、両方ともない人は『汗』を出せ」で、
みんなどれかを出して、まちづくりに参加しよう、となる。
しかし、今回は、その上をいって
「何にもない人は『元気』を出せ」というのが新鮮であった。
被災者を応援するべき私たちの「元気」がなくなっては、
日本全体が沈没してしまう、そう感じていたから、メモをした。
東電の計画停電などで、その「元気」さえも、失われつつある。
今回の被災者が「復旧」から「復興」へ移ろうとする時、
そのお手伝いをするのは、間違いなく私たちなのだから、
「自粛」ばかりせずに、応援団が「元気」になるイベントも
開催しなくては・・と思う、今日この頃である。



2011年03月19日(土)
3月にはありえないこの寒さは、原子炉を冷やすため

今日もまた、ネットの日記で見つけた、仙台の被災者からのメール。
「3月にはありえないこの寒さは、原子炉を冷やすため。
見えない大きな力が働いている。大丈夫」
このフレーズを何度も何度も読み直し、涙が溢れた。
ガソリンや灯油がなかなか届かず、さぞかし辛いだろうな、と
自分もストーブを消したり、節電をしてきたものの、
さすがに、この寒さは、ありえないな・・と実感していた。
だからこそ、現地の被災者から、
こんな視点で「寒さ」に耐えていると知って、心に響いた。
自分たちの被害よりも、原発のことを気にかけているなんて、
想像もしていなかったから驚かされた。
こんな想いをしているのは、原発事故が原因、と
不平不満を口にしても、誰にも非難されないほど、
辛い生活をしているはずなのに。(やばっ、また涙腺が緩んだ)
一刻も早く、原子炉が冷えて、彼らに温かい陽射しを感じて欲しい。

PS.
東電社長、こんな人のためにも「謝罪会見」して下さい。



2011年03月18日(金)
こんな時だから・・こんな時だけど・・・

東日本大震災の被害をテレビで目にして、
多くの方が、それぞれの活動を始めた。
ある方の日記に、
「こんな時だから中止します、その決断も否定しません。
でも、こんな時だけど、やっぱりやります。
その決断も歓迎します。」 とあった。
どちらが正しくて、どちらが間違っている、ということではない。
大切なのは、今回の災害を黙ってみていられず、
何か自分に出来ることはないか、と悩んで悩んで、
出した結論の上の行動かどうかの、判断であろう。
私が出来ることは、その熱い想いを支援してあげること。
中止したい、という想いの人には、中止の連絡を手伝ってあげる。
やっぱりやりたい、という人には、施設を開放してあげる。
何でもかんでも、1つの方向に決めてしまうのは簡単だけど、
それでは、公平ではない・・そんな気がしている。
被災者に悪いから・・は、私たちの勝手な思い上がりかもしれない。
もっと大きな視点で、この問題を捉えて、
今、自分に出来ることを、確実にこなしていくこと。
この苦境を、国民全体で乗り越えた時、
日本という国は、ひとまわり大きくなっていく予感がする。