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しもさんの「気になる一言」
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2011年01月01日(土)
「愛と感謝」を身体の中の「水」に伝える

大晦日から新年元日の過ごし方を、ちょっぴり変えてみた。
大晦日の夕陽に向かって1年の無事に感謝をし手を合わせ、
2010年に他界した人を偲び、その想いを手帳に書き込んだ。
また「ゆく年くる年」を観ながら、静寂と荘厳な雰囲気に包まれ、
なぜか心が落ちつくのを実感し、新年を迎えても、
新年独特の特別番組を観ることなく、ひとり静かな時間を持てた。
年末に鑑賞した、ドキュメンタリー映画「WATER」に影響され、
自分の身体の中の「水」に、クラッシック音楽を聴かせたり、
朝風呂にじっくり浸かり、体中を丁寧に揉みほぐし、筋肉に感謝。
さらに「昨年の手帳」から「今年の手帳」へ、スケジュールを移し、
私が一番大切にしている「記念日リスト」を更新しながら、
一人ひとりの顔と名前を思い浮かべてみたりしている。
どれもが、私にとって心地よい感覚であることを考えると、
「『愛と感謝』を身体の中の『水』に伝える」ことが出来て、
「大満足の2011年スタート」である気がしてならない。
今年は、身体の中の「水」をキレイにすること、を心掛け、
愚痴・不平・不満を極力減らしていこう思う。
私の身体の中の「水」が、美しい形の「結晶」であって欲しいから。



2010年12月31日(金)
2010年「今年の熟語」・・「課長昇格」に決定

3年前から、毎年恒例の世相を表す「漢字1字」に対抗して、
プライベートながら、1年を表す「熟語」を考えている。
手帳を開きながら、書き出した2010年・月別の熟語は
1月・屋上露天風呂 (浜名湖を眺めながら、震えながらの露天風呂、寒かったぁ)
2月・義母他界 (この日の朝、追突事故にあったり、忘れられない22日)
3月・ZERO CROWN (修理をあきらめ、何台目かのクラウンに乗り換えた)
4月・課長昇格 (生涯学習課を任された。責任の重さ・言葉の重さを感じた)
5月・桑田事件 (全国ニュースとなって、危機管理能力のなさを実感・・)
6月・京大打合せ (コンサートの打合せに、電話ではなく「京都」まで・・)
7月・CATV (地デジ対応に会わせて、CATVに変えた。ネット環境も激変)
8月・京大交響楽団 (若い人たちのパワーと謙虚さに、元気をもらった)
9月・議会デビュー (これを経験しないと、一人前の課長ではないのかも・・)
10月・清水誠 (同級生の北大教授を招いての講演会。念願の夢が叶った)
11月・横浜ジャズライブ (娘に誘われて、妻と3人で。新しい世界を体験)
12月・5夜連続 (年末の連続忘年会。延べ60人くらいと「乾杯」(笑))

■選考委員長(私自身)の弁
「課長昇格」を2010年の熟語にしようと思う。
今年は例年以上に、親しい人が亡くなり、悲しみの多い1年であったが、
なぜか、昨年まで無理だろうと思っていたことが、実現した年でもあった。
それというのも「課長」という役職が、
私に「責任」と「権限」を与えた結果だろうと判断している。
「やりたいことがあるなら、偉くなれ」という親友の言葉が、
やっと理解できた1年だったとも言える。だから・・素直に
「課長昇格」を選んでみた。公務員人生、転機となる1年かもしれないな。

PS.
一年間、ご愛読、ありがとうございました。来年も、ありがとうございます。



2010年12月30日(木)
真っ黒になった手帳は、今年も私の生きた証し

年の初めに、生活テーマを「脱テレビ」と決め、
1年を通して、それにこだわる生活を続けてきた。
続けて観たのは、NHK大河ドラマ「龍馬伝」のみだったが、
職場や飲み会での話題という意味では、あまり
「あのテレビ(番組)を見た、見ない」で不自由を感じた記憶はない。
さらに、生き方(メンタル)のテーマ「諦めない」は、
何事にも意外としつこく食い下がって、
予想以上に、手に入れたものも多かった気がする1年だった。
一度、反対されたくらいでは「諦めず」、交渉して得たもの。
また、学びたい、と始めたけれど、うまくいかないことも、
「諦めず」続けたことで、やっと手にしたものなども含め、
1年を振り返ると、多くの成果と自信を手に入れた気がする。
これも「時間の調整力」というか「段取り力」が増したからだろう。
忙しい中、今年も昨年に引き続き、感性を高める活動が出来た。
講演会(17回)・コンサート(23回)・美術館(14回)・映画鑑賞(72作品)
(読書は除く・2010年12月30日現在)
一言で言えば「真っ黒になった手帳は、今年も私の生きた証し」
明日は大晦日、お約束どおり、夕陽に向かって1年の無事を感謝し、
他界した人を偲びながら、2010年を代表する「熟語」を、決めたい。
どんな「熟語」になるか、本人が一番楽しみである。



2010年12月29日(水)
この作品は、年度なのか、年なのか

久しぶりに、私の呟きである。
とりあえず、書籍「1Q84(BOOK3)」を読み終えた。
気になる一言は、そのうち登場させるが、
読後の感想は、どうも、スッキリしない。(笑)
話の内容も、完結したような、しないような・・
なんだか、モヤモヤが残った感じがするが、
その原因は、たぶんタイトルにある気がしている。
「1Q84(BOOK1)〈4月〜6月〉」
「1Q84(BOOK2)〈7月〜9月〉」
「1Q84(BOOK3)〈10月〜12月〉」
1984年から端を発した作品なので、続編の〈1月〜3月〉は、
1985年になってしまうではないか。(汗)
我々は、どうしても年度を意識する癖がついているから、
「1Q84」が年度なら、続編はある気がするし、
年なら、続編はない・・そう予想している。
だから、私の疑問を気になる一言にしてみた。
「この作品は、年度なのか、年なのか」
そう言えば、新年早々
「平成22年度賀詞交歓会」ではなく「平成23年賀詞交歓会」
「平成22年度成人式」ではなく「平成23年成人式」、
来年3月議会も「平成22年度第4回定例議会」ではなく
「平成23年第1回定例議会」。
この使い分けが出来るようになったら、社会人として一人前だな。
あっ、もしかしたら、予想に反して・・
「1Q84(BOOK0)〈1月〜3月〉」かもしれない。
私たちも、宴会の前に飲んでることを「0次会」なんて言うから。



2010年12月28日(火)
お会計して〜

深夜にマッサージチェアーにかかっていたら、
お笑い芸人「バナナマン」の日村さんが
おかま風の口調で、何度も口にしていた
「お会計して〜」が耳について離れなくなってしまった。
「ねぇ、ちょっと・・この人、お会計して〜」等、
なんでもいいから邪魔になったり、自分に不利になったら、
即座に「お会計して〜」と使うらしい。
来年、流行るかどうかは別としても、
「おあいそして」とか「チェックして」よりも、
短くて、インパクトがあるフレーズには違いない。
あとは、どんな場面でこの「お会計して〜」を使うかであろう。
予想外の場面でタイミングよく使えたら、ウケるに違いないが、
外したら(すべったら)、大変なことになる。
「そんなのかんけいねぇ」「ゲッツ」「欧米か」「がちょ〜ん」等
お笑いから流行った言葉も数多い。(ごめん、古くて・・)
27日から大晦日まで、5夜連続の「忘年会」に挑戦しているが、(笑)
何回、この台詞を耳にするだろうか、数えてみたい。

PS.
気になる一言の、更新(配信)が翌日になったら、
飲み過ぎたな、楽しんだな・・とご理解ください。



2010年12月27日(月)
あんたとなら、親戚になってもいい

酔っ払いの戯言だから、軽く流せばいいけれど、
面白すぎて、ついメモに残してしまった。
何か、たぶん政治の話で盛り上がっていたら、
隣で飲んでいた酔っ払いのおじさんが寄ってきて、
フラフラになりながらも、こう口にした。
「いいこと言うねぇ、あんた。
あんたとなら、親戚になってもいい」
「いや、遠慮しておきます」と咄嗟に答えたけれど、
その例えが妙に、笑いのツボに入ってしまった。
彼の考える「親戚」という定義が知りたかったが、
あまりに酔っていたので、訊く機会を逃してしまった。
今まで、ビールやお酒を注がれる度に、
「すみませんねぇ、親戚でもないのに・・」と
軽やかに口にしていた先輩に、訊いてみようかなぁ。
「親戚」って関係、最近、妙に気になっている。



2010年12月26日(日)
大石内蔵助、もっと先を読んでよ

映画「最後の忠臣蔵」(杉田成道監督)から。
夫婦ペア割引で、一緒に鑑賞した妻は、帰り道で
「大石内蔵助、もっと先を読んでよ」と怒っていた。(笑)
その原因は、大石内蔵助が、
討ち入りの事実を後世に伝えるため生かされた、
寺坂吉右衛門(佐藤浩市)には
「生きて生きて、生き抜くのだ」と命令し、
「これがそちの大事な役目だ」と送り出したにもかかわらず、
自分の隠し子を守るために、密かに討ち入り前夜に逃亡させた
瀬尾孫左衛門(役所広司)には、
「生きて生きて、生き抜くのだ」と命じなかったことに、
納得がいかない様子だった。
目的を果たした武士(孫左衛門)が「武士道」と称して
割腹自殺するのは本人の勝手だが、
赤子から育てられ、全てにおいて頼りにし、恋心まで抱いていたていた
孫左衛門がいなくなったことをのちに知った時の、
姫の悲しみは、計り知れない・・と言うことだろう。
「私が嫁いだから・・」と結婚を後悔するシーンは、私でも想像できる。
だからこそ、大石内蔵助の隠し子を16年間育てた孫左衛門に
「生きて生きて、生き抜くのだ」と命じて欲しかったようだ。
最後の悲しい結末に、横で泣いているのかと思ったら、
その原因となった「もっと先を読まなかった、大石内蔵助」に
憤りを感じていた妻が可愛かった。