
|
 |
| 2010年07月29日(木) ■ |
 |
| ビブラートするから「ビブラフォン」 |
 |
先日、地元のブラッスリー&ワインBAR「バッカスのへそ」で ディナーコンサートが開かれた。 演奏は、ビブラフォンの佐藤雄大さんと、 フルート・ピアノの中村有紀さん。 演奏するには、環境が悪かったかもしれないが、 2人は、一所懸命、私たちを楽しませてくれた。 楽器で注目は「ビブラフォン」。 「木琴ではなく、鉄琴かぁ」と呟いたら、 鉄琴の一種だけど、ちょっと違うらしい。(笑) 各音板の下に電動ファンを回転させて、 その下に共鳴管をつけることによって、 ビブラートのついた豊かな余韻が得られる。 演奏の休憩中に「電動ファン」を見せてもらったら、 たしかに、音が「ビブラート」して面白かった。 日本語にすると「体鳴楽器」というらしい。 是非、一度、耳にして欲しい、本当に楽しい音だから。
|
| 2010年07月28日(水) ■ |
 |
| 空気のような存在になれば、自由に写真が撮れる |
 |
映画「アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生」 (バーバラ・リーボヴィッツ監督)から。 アメリカの有名女性カメラマンを追ったドキュメント。 彼女が撮る「ミックジャガー」や 「ジョンレノン&オノヨーコ」は観る人を驚かせる。 どうして、この人だけには、こんな顔を見せるのか、 そんな疑問さえ浮かんでくるのだが・・。 その答えは、撮影された彼らが感じていることだった。 「アニーは、どこにもいたが、邪魔じゃなかった」 「彼女は、魂を撮りたがっていた。それが伝わってきた」 「彼女は来る日も来る日も、そばにいたが、 数日後、彼女の存在が消えているんだ」などいろいろ。 彼女も、振り返りながらこう呟いた。 「空気のような存在になれば、自由に写真が撮れる」と。 ただ、そんな関係になるまでの努力を口にはしない。 なるほど・・これは奥が深い。
|
| 2010年07月27日(火) ■ |
 |
| 「下山の注意」と「下山に注意」 |
 |
青年教室ヤングプラザの『富士登山講座』のひとコマ。 富士山頂からの下山道は『須走口・吉田口』 『御殿場口』『富士宮口』の3つがあります。 十分に注意して下山しましょう。(以後、省略)」 こう書かれたパンフレットをいただいた。 その見出しが「下山の注意」(汗) 当然、その上には「登山の注意」が書かれていた。 なにも不思議ではないが、私には気になった。 「よかったぁ、『下山に注意』でなくて・・」と 呟いたら、なぜか、大うけ。 「一字違いで、意味がこんなにも違う」とメモをした。 富士山に登れば「下山さんの名前ばかりですよ」と 笑われながらも、ひとりで微笑んでいた。 では、約3キロほどの直滑降が体験できる 有名な須走口の「砂走り(下山道)」は、私の道かぁ。 これが私の生きる道・・下山道。(笑)
|
| 2010年07月26日(月) ■ |
 |
| 私は、それは誤りだと思う。 |
 |
書籍「日本の名随筆『女心』」 (落合恵子編・作品社刊・248頁)から。 昨日、紹介した、佐藤愛子さんのエッセイ、 後半部分に共感したので、再度、登場させてみた。 選んだ一言は、作品、最後のフレーズである。 では、気になるその前の話の展開は? (やや省略した部分ありますが)昔の40代女性は、 大きなお尻で象徴される自信と貫禄に満ちていた。 その自信と貫禄は、舅姑に仕え、小姑と戦い、 子供を育て、夫に尽し、家事を司る中心人物として、 なくてはならぬ存在になったという、 その実績から得たものであったに違いない。 ちょっと前まで、女40代は、人生のクライマックス。 若い頃の苦労のモトをとる時代だったはず。 なぜ40代の女性は、その誇りを失ってしまったのだろうか? 理由はわからない。ただ一つ、わかっていることは、 この頃の40代は、年甲斐もなく、 人生の生き甲斐というものは「楽しくなければならない」 ものだと思いこんでいるらしいことである。 私は、それは誤りだと思う。 と、まとめている。(では、正解は?と訊きたくなるが) 「家事が、生き甲斐」と言い切れる女性は、魅力的だと思う。 「いってらっしゃい」と朝、見送られ、 「お帰りなさい」と夜迎えられることの嬉しさは、 父親として、夫として、息子として、 何度も、この「気になる一言」で紹介してきたはず。 家事を司ることって、とても大切なことなんだと思う。
|
| 2010年07月25日(日) ■ |
 |
| キョロキョロ30 ウロウロ40 |
 |
書籍「日本の名随筆『女心』」 (落合恵子編・作品社刊・248頁)から。 多くの方のエッセイが詰まっていたが、 佐藤愛子さんの作品が、私の心に残った。 気になる一言に選んだフレーズは、その要約とも言える。 女性の30代は、行動力に富み、 生活にハリを持って暮らしているということ。 それにひきかえ、40代はウロウロして姿勢が定まらない。 40代といえば、人生の前半から後半への移り変わりの時、 この年代になると大半の人は生活が落ち着き、 子供も成長し、日常生活が次第に整理され暇が出来、 それと同時に空しさのようなものを感じ始めるのだという。 何とかしなければいけないと思いつつ、 さて、何をどうすればよいのか、いざとなるとウロウロ。 うまいこと言うな・・と思わずメモをした。 耳が痛いだろうけれど、思い当たる人も多いに違いない。 さて、私の関心は、その後の50代、60代・・。 先日、紹介したラジオの(男女問わず)年代別占いでは 「余裕が素敵な50代」「人生の達人60代」だったはず。 違和感を感じるのか、感じないのか、その人の考え方次第。
|
| 2010年07月24日(土) ■ |
 |
| 管理できる量をはるかに超えるモノをもっているから |
 |
書籍「断捨離のすすめ」(川畑のぶこ著・同文館出版刊・157頁)から。 「ゴミ屋敷」と呼ばれる人たち、 いやもっと身近な「片付けられない症候群」と呼ばれる人たちは、 どうして、片付けられないのか、その理由を知りたかったが、 誰も、私が納得する明確な説明をしてくれる人がいなかった。 しかし、この本が答えを教えてくれた気がする。 片付けられないのは、彼ら彼女らが「だらしがないから」 「管理能力がないから」ではなく、 「管理できる量をはるかに超えるモノをもっているから」。 逆に「モノがなければ、散らかりようがない」ことも判った。 それは、職場の私の机の中でも、同じことが言えそうだ。 ボールペンから、交換した名刺まで、所狭しと並んでいる。 本人は「整理整頓」しているつもりなのだが、 どうもスッキリしない、というのが、私の実感である。 そうか、最初に「自分で管理できる量」を決める必要があるな。 これはいいことを知った、さっそく試してみたい。
|
| 2010年07月23日(金) ■ |
 |
| 「小さな恋のメロディ」と一緒にしないで |
 |
映画「スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー」 (ロイ・アンダーソン監督)から。 予告編で見つけた「北欧の小さな恋のメロディ」という 宣伝文句に誘われ観たものの、内容はがっかり。 主人公の男の子も女の子も、煙草は吸うわ、キスはするわ、 バイクを乗り回すなど、単なる「ませたガキ」の恋愛。 どうして、これが「小さな恋のメロディなんだ」と どこかにレビューする機会があれば、声高に叫びたい。 思い出したくもないけれど、一応、記録に留めるとしたら、 私の心の叫びである 「『小さな恋のメロディ』と一緒にしないで」を残したい。 思春期に観た映画は、その内容まで思い出として残るので、 簡単に「北欧の小さな恋のメロディ」と称した企画者に 説明をして欲しいくらい、私を失望させた。 1970年制作/スウェーデン映画だから・・程度の認識で、 そのキャッチコピーは使用して欲しくない。 「若い男女の純愛を描いた青春ドラマ」というだけで・・。 (私は、純愛とも認めたくないけれど(汗))
|
|