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| 2010年07月08日(木) ■ |
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| 遺伝子が騒ぐ、サッカーW杯 |
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どうして、こんな単純なスポーツが、世界中で広まり、 寝る時間を惜しんで、夢中になるのだろうか、 そんな疑問を解決してくれたのが、メル友のブログ。 (抜粋で申し訳ない) 「国ごとのチーム、つまり、遺伝子が近い民族ごとのチーム。 人間に限らず、生物は恐らく、遺伝子を後世に残すことが目的であり、 ゆえに遺伝子に操られている。 自分に近い遺伝子が勝ち残ること。 それを応援する者が大勢居ることを、世界中の他人に見せ付けること。 つまり、いざって時は自分らは結束するんだと喧伝することで、 自分に勇気を、他人に怖れを抱かせること。 日本を徹夜で応援し、朝まで騒いで勝利を祝う若者たちや、 公平でなければならないメディアが、こぞって韓国の勝利を喜び、 負けを悲しみ、そして敗北した北朝鮮に同情した・・・・。」 血が騒ぐのと違うのか?と訊ねたら「血が騒ぐのは、本能の仕業。 遺伝子が騒ぐのは、遠い祖先の記憶。」と回答があった。 アジア勢敗退に伴い、サッカーW杯熱も冷めてきた感がある。 「自分に近い遺伝子が勝ち残らなかったから」 妙に説得力がある「遺伝子論」でなかろうか。 あとは、スペインとオランダの遺伝子の戦いとなる。 ヨーロッパ同士の遺伝子、アジアには関係なさそうだな。(笑)
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| 2010年07月07日(水) ■ |
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| 子が立つのは6 |
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昨日の「6歳の6月6日」ネタを調べてみたら、 古来、6歳の6月6日はお稽古事をはじめるとよい、という理由で 「楽器の日」「邦楽の日」「生け花の日」などの記念日になっている。 古典芸能の初舞台を踏むのは、6歳の6月6日と言われたらしい。 しかし、私が知りたいのは、その日にちの理由である。 さらにネットで調べると「6月5日か6日頃、梅雨入りの前で、 昔の田植えの開始期、二十四節気のうち「芒種」にあたる。 芒種とは、稲や麦など芒(のぎ)のある穀物、 すなわち稲を植え付ける季節を意味し、梅の実が黄ばみ始める頃。 要するに子どもの芽を出させるということ」という理由を発見。 うん、なかなかいい説明だとメモしていたが、 私を喜ばせたのは、なんと、縁起担ぎ・洒落とも言える説明だった。 「日本式に数を指で数えると、5までは指を曲げるけれども、 6になると逆に小指から指を立てる、そこから『子が立つのは6』」 この説明には参った。(笑) だから、6月6日は、こども自立の日。 う〜ん、5月5日より、面白い記念日になる気がしたのは私だけ?
PS. せっかくの7月7日「たなばた」だから、話題をひとつ。 織姫と彦星が恋人同士だと勘違いしている人が多いことに驚いた。 夫婦なのに。
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| 2010年07月06日(火) ■ |
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| 6歳の6月6日からです |
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全国のジュニア水泳大会に出場する小学生に 僅かながらであるが、スポーツ大会参加奨励金を授与し、 激励しようという式に参加した。 私は、何歳くらいから水泳を始めたのか、興味があった。 水泳だから、生まれた頃からです、なんてコメントも 期待していたのだが、彼女の母親が即答してくれた。 そのコメントが「6歳の6月6日からです」。 虚をつかれた回答に「えっ、どうしてですか?」と 聞き直したのは、言うまでもない。 「習い事は、この日(6歳の6月6日)から始めるといいよ、 と教えていただいたことがあるので・・」 これまた、即答であったが、そう言えば私も何処かで 聞いたことがあったなぁ、とメモをした。 (今日は、7月6日だけど・・) その理由をネットで調べる前に、私の推測。 スポーツに限らず、文化芸術など、あらゆる面で、 人間が自分の意思で、学ぼうとする年齢が6歳なのかも・・。 「6月6日」には、どんな理由なのか、楽しみである。 子育てのヒントになるかもしれないので・・。
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| 2010年07月05日(月) ■ |
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| なんか、こう・・ |
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映画「ジャージの二人」(中村義洋監督)から。 やっぱり、この映画の気になる一言と言えば、この台詞。 主役の親子(鮎川誠さん、堺雅人さん)の口癖「なんか、こう・・」 ものを例えるときに、必ずこのフレーズが接頭語のようにつく。 それが耳に残って、その人の性格まで表現しているように。 「なんか、こう・・」のあとに続く言葉が具体的・・と指摘もされる。 普通「なんか、こう・・」と口にしたら、その後に続く言葉は、 曖昧というか、あまり例えがしにくいはずなのに・・。 「なんか、こう・・甘いものが食べたいなぁ」ならわかるが、 「なんか、こう・・アーモンドチョコレートが食べたいな」では、 言葉として、使い方がちょっと・・と思ってメモしてたら、 物語の中でも、指摘された。(笑) 全体的には、大きな事件がある訳でもないのに、 とても楽しい作品だった気がする。 東京から群馬県の山奥に避暑に来て、テレビで東京の天気予報を見る。 非常に暑い一日になる予報に、ガッツポーズをとるシーン、 携帯の電波アンテナが3本立つ場所を貴重にする住民のシーン。 けっこう印象に残った映画であった。
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| 2010年07月04日(日) ■ |
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| それ以上もててどうするんですか? |
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この季節、公共施設に行くと必ず声をかけられる。 「すいませ〜ん、願い事、書いてくださ〜い」。 そう、七夕の短冊を渡されるのである。 ある時は「素敵な絵本と出会えますよ〜に」 またある時は「美味しいビールが飲めますよ〜に」 誰かに読まれることを意識して、書いてしまう。 そして、あるところで 「女性にもてますよ〜に、って書こうかな?」 なんて冗談を言ったら、返ってきた台詞が 「それ以上もててどうするんですか?」(笑) う〜ん、本人はもてている感覚がないから、 ちょっと照れながら「気になる一言」。 何歳になっても、異性にもてたいという願望は 人間だからあるだろうし、今日は特に蒸し暑いから、 アルコールを飲みながら、さらっと書いちゃおうかなって。 最近、恋愛ネタ少ないですね、ってメールがあったし、 まぁ、嬉しい一言でもあったし・・さて、ビール、ビール。
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| 2010年07月03日(土) ■ |
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| わたしは「ハパ」ってよんでるけれど |
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絵本「おとうさん・パパ・おとうちゃん」(すずき出版刊) (作・絵)宮西達也さん 単純だけど、ホッとしたストーリーになっていて、 ちょっぴり、仕事をしているお父さんを尊敬している展開に 短いながらも、じ〜んとさせられた。 「ぼくは(わたしは)『○○』ってよんでるけれど おしごとしているときには『××』ってよばれてる」 この繰り返しが、妙にリズムがあって、 ページをめくる楽しみがあるのも、絵本の魅力となっている。 まだ娘が小学校の低学年の頃、私の職場に社会科見学に来て 子どもたちに役場内を案内した時を思い出した。 当時は「わたしは『パパ』ってよんでるけれど おしごとしているときには『かかりちょう』ってよばれてる」 そんな感じなのかもしれないけど、 父親の職場を観る機会があってよかったなぁ、と思う。 この絵本、父親なら最後のページで声が大きくなるに違いない。 是非、探して読んで欲しい。 私なら、今度は、この本を読み聞かせしてみたいな。
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| 2010年07月02日(金) ■ |
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| 「目が げっぷしちゃう」ってかんじ |
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絵本「ピンクがすきってきめないで」(ナタリー・オンス(文)、 イリヤ・グリーン(絵)、ときありえ(訳)・講談社刊)から。 (女の子だから)ピンクが好き・・って決めないで。 タイトルから「女らしく、男らしく」の意味に疑問を投げかけ、 女の子が男の子の好きそうなものを欲しがっても、 男の子が女の子の好きそうなものを欲しがってもいいでしょ、と 読者の私たちに訴えかける。 そう「大人」の人たちが決めた、男の子らしい、女の子らしい、 から外れた子どもたちは「変わっている」と枠をはめる、 「どうしてダメなの?」と訊ねられて 「そうなっているから」と答える場面が印象的だった。 今、流行の「性同一性障害」ではなく、 単に、女の子なのに怪獣が好き、男の子なのに人形が好き。 それだけのことなのに、大人は理解しようとしてくれない。 どれだけ、ピンクがイヤなのか、うまい表現を見つけた。 「ピンクっぽいものばっかり みていると、 『目が げっぷしちゃう』って感じ。」 女の子のまわりには、おひめさまやきらきらしたもの、 ひらひらしたものが多いか、このフレーズでわかる。 この「げっぷしちゃう」という言い方、応用はいくらでも出来る。 「愚痴ばかり聞いていると、耳が、げっぷしちゃう」 なんて使い方でもいいのかもしれない。(汗)
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