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| 2009年05月23日(土) ■ |
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| (でく)「のぼう様」 |
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書籍「のぼうの城」(和田竜著・小学館刊・333頁)から。 読み終えた後のすっきり感、爽快感は、久しぶりである。 秀吉の軍勢が、唯一落とせなかった城として有名になった、武州・忍城。 その総大将、成田長親は、領民から「のぼう様」と呼ばれ親しまれていた。 「のぼう」とは「でくのぼう」の略であり、 それに申し訳程度に「様」をつけたにすぎない「のぼう様」。 文中、そんな説明がされていたが、本当にそうだろうか。 彼は、石田三成2万の軍勢に、たった2千で立ち向かうと言い出した。 誰が考えても、理解が得られないような戦いなのに、領民は立ち上がる。 「俺たちがついてなきゃ、あののぼう様はなにもできやしねぇ」 そう口々に呟きながら・・。 この行動こそ、申し訳程度に「様」をつけたにすぎないとは思えない。 「でくのぼう」は「木偶の坊」と書き、 国語辞典では、「人形。あやつり人形。でく。 役に立たない人。気のきかない人。人のいいなりになっている人。 また、そのような人をののしっていう語。」類語辞典では「馬鹿」 そもそも「でく」(木偶)とは、木彫りの人形のこと。 この物語の主人公「成田長親」は、決して「木偶の坊」ではないことを 農民は知っていたからこそ、尊敬の意味で「様」をつけたのでないか。 「でくのぼう」に「様」をつけるなんて、発想が面白い。 今回の気になる一言は、やっぱり「のぼう様」だな。 映画化が楽しみな書籍であった。
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| 2009年05月22日(金) ■ |
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| 食器は、料理の着物 |
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陶芸家・北大路魯山人の言葉として、有名である。 言葉としては短いが、器の重要性を端的に表現している。 同じ惣菜やサラダでも、パックのまま食卓に並ぶのと、 皿に移し変えて出されるのでは、なぜか味が違う。 特に、高級な皿に盛られた食材は、見栄えがするから不思議だ。 小さい頃から「買ってきたままのパック」で食べ物が出されるのと、 とりあえず(たとえ面倒でも)「食器に移す」のでは、 大人になった時、大きな差となってあらわれるに違いない。 そんなところから教えることが、私たちに出来る「食育」だろう。 栄養のバランスや、食材なども大切だが、 「食べ物は、見た目が大切」という考え方を根底に、 「食器だけでも変えてみる努力」を勧めたい。 それが、魯山人のいうところの 「食器は、料理の着物」に通じると思うから。 それにしても、この北大路魯山人、いろいろな顔を持つ。 篆刻家、画家、陶芸家、書道家、漆芸家、料理家、美食家など。 書家を志して上京したらしいが、 どれが、彼の一番、やりたかったことなんだろうか、 今は、その方が、私の関心ごとだ。う〜ん、気になる。
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| 2009年05月21日(木) ■ |
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| もうつがってないぞ、もとつがい |
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映画「アルビン/歌うシマリス3兄弟」(ティム・ヒル監督)から。 子供向けの映画だと思っていたら、どうしてどうして・・。 なかなか感激するシーンがあって、満足だった。 今回、選んだ一言は、主人公デイブの「元妻」を見て、 動物らしい単語だったからメモをしてみた。 しゃべるシマリスは、主人公に訊ねる。 「デイブのつがいの相手?」・・聞きなれない言葉に戸惑ったが 「もうつがってないぞ、もとつがい」とシマリスに説明する。 「モトカレ」「モトカノ」「モト夫」「モト妻」とは違って、 なんだか、ホッとする単語だった。 「つがい」を辞書で調べてみると、「番い」と書き、 「二つのものが組み合って一組のものになったもの。 特に、動物の雄と雌の一対。」とある。 人間も動物だから「つがい」でもいいんだよなぁ。 「つがい」という意識で、付き合っているかどうかは不明だけど。
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| 2009年05月20日(水) ■ |
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| 旦那さん、素敵な方ですね |
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映画「60歳のラブレター」(深川栄洋監督)から。 映画館は、いつになく「夫婦」らしき2人で溢れている。 ペアと呼ぶべきか、カップルと呼ぶべきか、 それとも、アベックと呼ぶべきか、と迷うくらいの2人が、 所狭しと集まったらしい、先週の週末。 私たち夫婦は、それを想定して火曜日の仕事帰りに。(笑) (もちろん、夫婦50歳割引、5組くらいの男女しかいない) 内容は、どこにでもいそうな3組の夫婦愛、 一言で言えば、テレビの「2時間ドラマ」の延長って感じ。 映画と呼ぶには、ちょっとインパクトがなかったかな。 しかし、メモは溢れた。 中でも、綾戸智恵さん扮する妻・光江さんの手術前、 心配そうに妻に寄り添うイッセー尾形さん扮する夫・正彦さんをみて、 病院の看護師さんが、不安いっぱいの彼女に語りかけた台詞。 「松山さん、旦那さん、素敵な方ですね」が心に残った。 この台詞「奥さん、素敵な方を旦那さんに選びましたね」 と言い換えることができる。 2人を知らない他人から、こんな台詞を言われた時、 私の異性を見る目は間違ってなかった、と実感するに違いない。 こんな台詞を、一度は横に座っている妻に聞かせたいな、 そんなことを思いながら、メモ作業を続けた夫である。(笑)
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| 2009年05月19日(火) ■ |
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| 子育ては1に体力2に体力3・4がなくて5に笑顔 |
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書籍「ミセス」6月号、表紙の人・渡辺満里奈さんのメッセージ。 今、子育てを楽しんでいる彼女が 「子育ては1に体力2に体力3・4がなくて5に笑顔」だと言う。 えっ、どうして笑顔が一番じゃないの?と私が感じたことを、 次の行で明快に説明してくれた。 「笑顔は大切だから、一番にしようかと考えてたんですが、 まず体力がないと笑顔にもなれないんですよ。 疲れて辛かったら、笑えない。 まず、私が安定できる状態を作ってから」と。 正直、この発想ができる彼女に、悔しいけれどちょっと驚いた。 辛くても子どものためには「笑顔」を作るのが母親でしょ、 そんな感覚が昔の私にはあったから。 朝早くから、夜遅くまで、子育てをするのには体力がいる。 仕事を持っている女性は、さらに体力が・・。 このことをもっと男性が理解してあげられればいいんだけれど、 気付くのは、私のように50歳を過ぎたような年齢かな。 でも、今の男性は優しいから、気付いているかもしれないな。 そうそう、子育てに限らず、介護も同じかも・・。 「介護は1に体力2に体力3・4がなくて5に笑顔」 いやいや、介護は、5も体力だ。(笑)
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| 2009年05月18日(月) ■ |
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| 時間があるのに、急いだらもったいないわ |
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映画「地球でいちばん幸せな場所」 (ステファン・ゴーガー監督)から。 懐かしいベトナムの風景を眺めながら、 10年以上前に訪れたホーチミンを思い出していた。 「所持金は4万ドン」「携帯電話はたったの590万ドン」 そんな台詞に、ドンという貨幣単位も思い出した。 さて今回は、主人公10歳の少女トゥイが、 街で知り合った、フライトアテンダントのランの宿泊先で、 彼女の化粧道具を使って化粧していたところ、 起きたばかりのランに見つかり、叱られる。 「大人の顔をみたかったの」と言い訳するが、 「黙って人のものを使ってはダメでしょ」と怒鳴られる。 その後、ぼそっと呟いた台詞が気になる一言。 「時間があるのに、急いだらもったいないわ」 背伸びをして、大人の真似をしたくなるのはわかる。 しかし誰だって、自然と(知らないうちに)大人になるの、 子どもの時間は、大人になってからは取り戻せないのよ、 だから、もっと今を大切にしてね、と諭しているようだった。 今の世の中、何でもかんでも、年齢が下がってきている。 子供しか味わえない子どもの時間、楽しんで欲しい。 大人から子供へのメッセージとしてメモをした。
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| 2009年05月17日(日) ■ |
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| 傀儡とは言いたくないが |
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読者の皆さん「傀儡」が読めるだろうか?、またその意味は? 産經新聞、一面で見つけた、私にとっての難解漢字である。 読みは「かいらい」。意味は辞書によると「あやつり人形。くぐつ。でく。 自分の意志や主義を表さず、他人の言いなりに動いて利用されている者。 でくの坊。」 政治部長、乾正人さんが書いた「鳩山代表に思う」という記事のタイトルは、 恥ずかしい話だけど、内容よりも「なんて読むんだろう?」と首をひねり、 「かいらい」とひらがなでメモをした。 その意味を知り、民主党代表選挙を振り返ると、なるほどと納得したのだが、 ちょっと、私たち、小市民には難しすぎる単語のような気がする。 単に「『あやつり人形』とは言いたくないが」では、ダメだろうか。 読めても書けない漢字なら、まだ救いがあるけれど、 音として読めないのでは、探す手だてが少なくなくなってしまうから。 今回は、文中に使用され、ルビがふってあったから読むことはできたけれど、 ほとんどの人は、そのまま読み飛ばして、その意味を調べる人は少ないはず。 大切なことは、記事を読んでもらうことであるのなら、 もう少しだけ、読者の視点で「単語」を使い分けて欲しい、と感じた。 「民主党には、傀儡政権にならないことを望みたい」 いつの日か、こんな記事を、目にすることになるのだろうか。(汗)
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