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| 2009年05月14日(木) ■ |
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| 男は女に惚れるもんじゃねぇ |
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映画「次郎長三国志」(マキノ雅彦監督)から。 仁侠の世界に生きる「清水の次郎長」だけど、 今回は、男と女にスポットが当てられた痛快時代劇である。 気になる一言は、女にもてる設定の「小政」が、 女に縁がなさそうな兄弟子たちにさらっと言いのけるシーン。 「兄さんたち、男は女に惚れるもんじゃねぇ、 惚れさせるもんだよ」と。 思わずメモをしたが、それが一番難しい、と心の中で思った。 しかし、物語後半に、次郎長と妻・お蝶の馴れ初めの話がある。 詳しくは語らないが、どうやって口説いたかが話題になるシーン。 みんな興味深々で、中井喜一さん演じる、照れる次郎長に問いただす。 しかし、答えたのは、鈴木京香さん演じる、妻・お蝶。 「口説かれたりはしませんよ、惚れたのは私」 おっ、またこんなところで、この台詞が・・とまたまたメモをした。 こんなことを書くと、 そうそう、最近は惚れさせてくれるような男がいない、と 呟く女性陣の顔が目に浮かぶ。(汗)
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| 2009年05月13日(水) ■ |
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| イエスと韻を踏んでいる言葉「YES」 |
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映画「イエスマン “YES”は人生のパスワード」(ペイトン・リード監督)から。 サブタイトルの「もしも、すべてに“YES”と答えたら。」と予告編で、 ほとんどストーリーはわかってしまうけれど、 それでもけっこう笑えたし、人生を考えさせられた作品だった。 意味のある人生を送るための唯一のルールは、全てのことに、 それがどんな何であっても「YES」と言うだけ・・ もちろん「OK」「Sure」「Of course」 など、 前向きな単語が口から出ると、それを実現しようと積極的になり、 その考え方がその人全体を包み、運気が上昇する。わかる気がする。 だからかもしれないが、英語を母国語とする外国人にとって、 セミナーの講師(?)が口にした「イエスと韻を踏んでいる言葉」が 妙に心に残った。 「神のご加護がついている」とでも解釈すればいいのだろうか。(笑) ただ、それは日本人の私には通じない。 では、日本語には、それに相当する言葉があるだろうか。 「はい」「いいよ」「もちろん」・・いろいろ考えてみたら、 「はい」が「拝む(感謝する)」と韻を踏んでいる。(汗) 誘っていただいたことに感謝する言葉「はい(拝)」。 あっ、やっぱり、前向きな言葉は、人生を変える気がしてきた。
PS. 作品中「来ないなら 私が行こう ホトトギス」というフレーズあり。 日本人向けの、そして前向きな翻訳として、私の中では一番ウケた。
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| 2009年05月12日(火) ■ |
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| Google=251,000,000件中2位 |
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久しぶりにいろいろな「検索」を使って「しもさん」を調べてみた。 (時々、本名でも検索してみるけれど・・) 「しもさんの気になる一言」は、なんと驚いたことに Google=251,000,000件中2位 yahoo=約204,000件中1位、2位 gooウェブ=約6,840,000件中3位 nifty@search=213,000件中2位・・ (2009年5月12日20時15分現在) どこかの化粧品、コスメ部門、第○位、に似ている結果が得られた。 単なる日記が、これほどの評価をいただいて感謝している。 今流行のブログではなく、まして話題になるような画像もなく、 文字だけのWEB日記なので、この結果に大満足である。 そしてまた、定期的に訪れる「そろそろやめちゃおうかなぁ病」の時の 治療薬でもある。 しかし・・・実はあまり日記自体が話題になることは望まない。 大ブレイクしないからこそ、こうして14年以上も続けてこれたと思うし、 そのスタンスは、たぶん、今後も変わらない。 「ベストセラーより、ロングセラーが好き」、この言葉を思い出した。
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| 2009年05月11日(月) ■ |
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| なぜ、こんなにひかれるのか 阿修羅 |
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書籍「ミセス」で見つけた、阿修羅に関する記事から。 6月7日まで、東京国立博物館(東京都上野)で 興福寺創建1300年記念・国宝阿修羅展が開催されている。 その関連記事のキャッチコピーが 「なぜ、こんなにひかれるのか 阿修羅」であった。 たぶん、多くの人が上野を訪れ、 この国宝・阿修羅を拝観するのだろうなぁ、と思うが、 ただ話題になっているから観にきたではなく、 文を書いていた、加瀬直美さん、中野涼子さんのように、 もう少し「阿修羅」のことを調べてから観に行くと もっともっと、楽しい「仏像鑑賞」になるに違いない。 彼女たちの文を読みながら、私なりの「阿修羅鑑賞法」を考えた。 それは、向田邦子さん著「阿修羅のごとく」を読み切り、 「女は阿修羅だよ、男は勝ち目がない」の意味を考え、 釈迦の完璧なアーチ型の眉との違いを理解し、 阿修羅が、帝釈天に何度も何度も戦いを挑みも常に負けたという 全戦全敗の悲運・滅びの美学を感じながら、 是非、時間を作って「奈良」の地で鑑賞したい。 ネットではなんと「イケメン仏像」と称された阿修羅、 やっぱり「阿修羅」は、上野ではなく、奈良が似合うと思う。
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| 2009年05月10日(日) ■ |
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| 子育て応援券 |
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子どもの頃、父の日、母の日に作った「お手伝い券」を思い出した。 買い物から、肩たたき、お風呂の掃除まで、何でも使えた。(はず) そこで今風に考えたのが「子育て応援券」。 巷では、少子化対策も含め、子育て支援が溢れてきた。 先日、子育てを効率よく手配するだけで、 子育てをしていると勘違いしてはいけない、ということを この「気になる一言」でも、取り上げた。 ただ、行政側にも気をつけなければならないことがある。 それは、ただサービスを提供しているだけでなく、 サービスを利用しやすいような取り組みをしないといけない。 例えば、お金が必要な人にはお金の支援を、 サポートを必要な人にはサポートを。 保護者が自分で考え、今、一番必要と思われるサービスを タイミング良く受けれるような体制が必要ではないだろうか。 もちろん、全てお金で解決できることかもしれないが、 それでは、お腹が空いている人に、食べ物を与えるのと変わらない。 魚の釣り方、野菜の作り方を教えるサービスだって必要だろう。 自分が受けたい子育てサービスを「子育て応援券」で利用する。 親が子育てに関して、一度真剣に考える時間を与えるのも、 サービスを提供する側の務めかもしれない。
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| 2009年05月09日(土) ■ |
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| 過ぎたるものが二つあり |
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「過ぎたるもの」とは「分不相応なもの」の意味。 有名なところでは 関が原の戦いで負けてしまった戦国武将、 石田三成(治部少)に過ぎたるものは「島の左近と佐和山の城」。 その戦いに勝った徳川家康は「唐の頭(中国伝来の兜)と本多平八」。 また、地名でもこのフレーズは使われる。 「亀山に過ぎたるものが二つあり、伊勢屋蘇鉄に京口御門」 「岩槻に過ぎたるものが二つあり、児玉南柯と時の鐘」など。 そして私の住む「駿河」にも・・ 「駿河には過ぎたるものが二つあり、富士のお山と原の白隠」 原の白隠とは、原(現在の沼津市)の松蔭寺にいた白隠禅師。 細かい説明をすると長くなるから省くが、 私は「○○には過ぎたるものが二つあり」というフレーズが好きだ。 冒頭の意味で紹介した「分不相応なもの」という視点ではなく、 どうして「分不相応なもの」が手に入ったか・・が気になる。 さて、ついでに自分のことを考えてみよう、思いつき、 「しもさんには、過ぎたるものが・・」と書いたところで、 いっぱいありすぎて書ききれないことに気付いた。(汗) 考え直したら、このフレーズって、 自分ではなく、他人が使う表現なんだよなぁ。
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| 2009年05月08日(金) ■ |
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| 大切なのは、職業ではなく、取り組み方 |
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映画「アクロス・ザ・ユニバース」(ジュリー・テイモア監督)から。 大学生の主人公とその友達が、久しぶりに帰省して、 家族と食卓を囲むシーン。 毎回、父親から「将来どうするんだ」と問われ、 「職業が個性を決めるんだ」と説得される。 それに対して、友達は「いや、個性が職業を決めるんだ」と 反発し、言い争いになるのだが、そこで主人公が一言。 「大切なのは、職業ではなく、取り組み方だと思う」と呟く。 そこで場面が変わるのだが、なるほど・・とメモをした。 どんな職業に就くか、が問題ではなく、 就いた職業で、それをどう取り組むか、それが大切であると・・。 これは職業に限らず、生き方としてのヒントになった気がする。 結果が全て・・という考えもある。 しかし、私はやっぱり、過程を大切にしたい。 その取り組み方が自分で納得いくものかどうか、 全力を挙げて取り組んだかどうか、 その姿勢こそ、その人の個性となると信じたい。
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