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| 2008年10月16日(木) ■ |
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| 待ちわびる・・それは少し痛みを伴う、甘美な行為 |
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書籍「カフーを待ちわびて」 (原田マハ著・宝島社文庫刊・346頁)から。 さすが「第一回日本ラブストーリー大賞作品」と感じながら、 ちょっぴり興奮しながら本を閉じた。 メモをするのも忘れ、一気に読んでしまったこともあるが、 やっぱり私は、ラブストーリーが好きだな、と実感した。(笑) さて、今回は少ないメモの中から、 「待ちわびる・・それは少し痛みを伴う甘美な行為」。 作品全体からも感じた「待ちわびる」という感覚が、 妙に、私のアンテナをくすぐった。 しかし辞書には「待ちくたびれて待つ気力を失う」 「気をもみながら待つ」「待ちあぐむ」などの意があり、 ちょっと実際のニュアンスと違うようだ。 実は、このフレーズの後、 「こんな思いに胸を焦がしたのは、いつ以来だろう」と続く。 やはり、この感覚だよなぁ・・私の「待ちわびて」は・・。
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| 2008年10月15日(水) ■ |
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| 女湯はいくつまで入れる? |
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飲んだ時の話題だから、聞き流して欲しい。 「いくつになったら、女湯に入ったら犯罪なんだろう?」 そんな話題だったと思う。 昔の銭湯、今の日帰り温泉やspa. お父さんに連れられて、小さい女の子が男湯へ。 逆に、お母さんに連れられて、小さな男の子が女湯へ。 自宅では、父娘・母息子の組み合わせで入っているお風呂、 公共の場ではどうなんだろう?という疑問。 風営法じゃなかった(笑)、公衆浴場に関する法律に、 年齢が記載されているのだろうか。 子ども本人が恥ずかしくなかったらいいのかな。 それとも、周りの異性が不快に思ったらダメなのか。 う〜ん、男の飲み会なんて、こんな話で盛り上がるんだぁ。
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| 2008年10月14日(火) ■ |
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| ペットレンタル |
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最近のホームセンターには、 動物病院から、ペットホテル・トリマーまで設置されている。 映画「私と犬の十の約束」では、仔犬売り場が賑わい、 映画「グーグーだって猫である」では、子猫売り場が賑わう。 映画「崖の上のポニョ」では、金魚売場に、あの唄が繰り返された。 それだけ、映画と動物売り場が密接な関係にあるとは、驚いた。 さて今回は、その仔犬売り場に貼られていた単語。 「ペットレンタル」(たぶん「ペットレンタル出来ます」の略だろう) 仕組みも値段も訊ねなかったけれど、ちょっと気になる。 何万円もする仔犬は買えないけれど、CDやDVD同様に、 飼った気分に浸れるのかもしれないが、本当にそれでいいのだろうか? 高い買い物だから、ちょっと吟味してから・・ 面白そうだから、ちょっと試してから・・そんな声が聞こえてきそう。 命あるものをレンタルすることに、私は反対である。 嫌になっても、簡単に捨てたり、リセットするわけにはいかないし、 お互いの喜怒哀楽を一緒に共有しながら、愛情が生まれてくるのだから。 この単語に対しては、なかなか理解できない私がいる。 レンタルでは、愛情がわかないと思っているが、違うだろうか。
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| 2008年10月13日(月) ■ |
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| 人間は時計から解放されると、規則正しい生活になる |
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映画「容疑者Xの献身」(西谷弘監督)から。 さすがに、東野圭吾さん原作だけあり、私のメモも溢れた。 そんな中から選んだのは、ちょっとストーリーと関係ないが、 「人間は時計から解放されると、規則正しい生活になる」。 たしか、ホームレスが生活している場所を眺めていて、 口に出た台詞だったと思う。 毎日、その場所を通勤で通るからこそ、気付いた視点だろう。 この視点、実はいろいろなところで必要かも知れない。 人間の生活に必要だ、と思っていたものが、 実は、いらなかったりすることがよくある。 今、私たちが使っているものの大半は、 この100年くらいに発明されたものばかり。 ということは、便利な道具ではあるが、 どうしても必要なものでもない、ということもできる。 町中に、これでもか、と時計が溢れているが、 実は、表示されている時刻が微妙にずれていても、お構いなし。 人間の生活には、正確な時計は要らないのかもしれない。
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| 2008年10月12日(日) ■ |
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| 「預言者」と「予言者」の違い |
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3連休のど真ん中、沼津で開かれたイスラム関連の講演会、 へぇ〜と想いながらメモした定義の違い。 「預言」は、ユダヤ教・キリスト教で、 神によって超人的力を授けられた人が、神のことばを預かり、 それを人々に語ること。 「予言」は、未来の出来事を見通していうこと。 そんなはっきりとした違いがあるようだ。 だから「予言者」には、いろいろな人がいてもおかしくない。 「預言者」は、(イスラム教では) 西暦600年前後に活躍した「ムハンマド」Muhammad(c.570〜632)を 「アブラハム」「モーセ 」「イエス」に続く、 最後の預言者と位置づけているから、 約1400年、神のことばが変わることなく続いてきた。 彼は、アラブ人で「マホメット」と呼ばれることが多い、イスラム教の開祖。 「最後」と位置づけてしまったことで、また「預言者」が現れ、 神のことばとして世の中を変えていくことができないらしい。 それ以上、詳しいことはわからないが、本屋で見かける「予言」関連の本は、 特定の予言者の見通しであり「神のことば」ではないことを知った。 そうだよなぁ〜、当たる予言、当たらない予言があるもの。(笑)
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| 2008年10月11日(土) ■ |
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| 戸惑った自分が新鮮でした |
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北野武監督作品「アキレスと亀」で、夫婦役を演じた 樋口可南子さんのコメントだった。(ある本で見つけた) 映画の内容は、ここでは触れないが、(もちろん観たけれど・・) 今まで彼女が感じたことのない役柄だったことは間違いない。 こんな役をいただき「戸惑いました」なら、理解できる。 しかし、その戸惑う自分が、新鮮だったと言う。 仕事では、ベテランになると、仕事にも慣れ、戸惑うことは減る。 それは、仕事を確実にこなすという意味では悪いことではない。 もちろん夫婦も同じ。 ちょっとしたことでは、戸惑うこともなくなる関係になる。 それも、悪いことではない。 けれど・・時には、まだ「戸惑う」感覚を味わうことにより、 新しい関係、新しい自分の発見に繋がることも大切である。 まぁ、わざわざ、戸惑う環境を作らなくてもいいと思うけれど・・。
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| 2008年10月10日(金) ■ |
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| “を”が無ければ 祈れない |
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詩集「くんぺい魔法ばなし・山のホテル」 (東君平著・サンリオ刊・95頁)から。 実は最近、またひとつ楽しみが増えた。 子どもが成長し、ここしばらく絵本や詩集などから遠ざかっていたが、 児童図書満載の「こども交流館」が、私の職場のひとつとなった。 せっかくのチャンスだから・・と、絵本や詩集も読み始めたが、 面白くて、時間が経つのを忘れてしまう。 今回の気になる一言は、私のお気に入りの作家、東君平さんが、 1974〜1987年に作った作品、38作の中から。 「を」というタイトル 「誰のだったのだろう 道に“を”の字が 落ちていた 一瞬 自分のものではと思った ほこりまみれの“を”の字 愛を 希望を 夢を 恵を “を”が無ければ 祈れない 捨てたのだろうか うっかり 落としたのか (後略)」 この作品で「を」という文字の大切さを知った。 最近「○○を祈る」ことも忘れていたことに気付いた。 そして、詩は、私の楽しみのひとつとなった。
PS. 行間を詰めたり、改行を省略することは、私の本意ではないけれど、 作品を紹介することが目的ではないので、ご理解ください。
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