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| 2008年06月26日(木) ■ |
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| 観た人が感情的になって欲しい |
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昨晩、映画「クライマーズ・ハイ」の試写会に先立ち、 舞台挨拶をした「原田眞人」監督の台詞である。 場所は、沼津市出身の監督ということもあり、 全面的なバックアップをしている「沼津シネマサンシャイン」。 本当に多くの方が集まっていた。 ストーリーにはあまり触れず、ロケのこぼれ話、 出演者について語っていたが、 今回のテーマのひとつ「親子」について、熱く語った後、 試写会に駆けつけた私たちに向けたメッセージを放った。 これからこの作品を観る人たちへのメッセージかもしれない。 「観た人が感情的になって欲しい」 テレビや漫画で人気になった作品の映画化ではなく、 映画にしか表現できない作品にした、という想いが伝わってきた。 第三者的視点で観るのではなく、自分もその場にいたつもりで、 いろいろ考えてみて欲しい、そんな意味だろう。 確かに、考えさせられました・・が感想である。 公開したら、またメモの中から一言を。(乞う、ご期待!!)
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| 2008年06月25日(水) ■ |
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| 今まで誰かがやってくれていたんだよねぇ |
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日曜早朝のテレビ番組「はやく起きた朝は・・・」から。 「森の磯松」のひとり、松居直美さんの台詞。 (他は、森尾由美さん・磯野貴里さん) 彼女が、子どもの学校の役員か何かを引き受けたらしい。 そして、お便りのコピーなどを、初めて経験したようだ。 苦労して、印刷した様子が窺える。 そんな時、大変なものを引き受けちゃった・・と思うところ、 彼女は違う感想を持った。 それが「今まで誰かがやってくれていたんだよねぇ」。 この視点が嬉しくて、さっそくメモをした。 自分がその役を引き受けてみて、はじめてわかることってある。 当然のように印刷されて、配られていたお便りでも、 それはそれは、大変な工程があった。 それだけでも、彼女にとっては大きな発見だったようだ。 そう思っていただけるだけで、私は嬉しかったし、 これからも、縁の下の力持ちをしようって思える言葉だった。
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| 2008年06月24日(火) ■ |
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| 手品師が客の前で一瞬だけ種をみせるかのように |
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書籍「「死神の精度」(伊坂幸太郎著・文藝春秋刊・345頁)から。 映画を観たからかもしれないが、原作が読みたくなった。 もちろん、大好きな「伊坂幸太郎」さんだったから。 「陽気なギャングが地球を救う」もそうだったが、 映画も原作も面白かった。 どうして、この人が直木賞を取れないのか、不思議である。 さて、気になる一言は、溢れるメモから選んだひとつ。 正確には「手品師が客の前で一瞬だけ種をみせるかのように、 ワイパーがざっと動いた」であるが・・。 ワイパーが動いた様子を、こんな例えが出来るなんて羨ましい。 そうそう、そんな感じ・・と思ってしまう。 「吹雪後の雪景色のような端正さもあった」もその類だ。 また「グッチのバッグ、ドッグのグッチ」 「無我夢中なのか、五里霧中なのかもわからなくなる。」 そんな言葉遊びも、抜群なのである。 さらに「俺の会う年寄り女の全員『昔は美人だった』と言うんだ」 「人間は何を見ても、人生と結びつけるのだ」など皮肉も忘れない。 彼の作品を読んだ後、困るのは、メモが溢れること。 東北大学法学部の彼は、いったいどんな経験をしてきたのだろう。 とっても、気になる。
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| 2008年06月23日(月) ■ |
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| これ以上、こんな姿を見せたくない、撤収 |
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映画「僕の彼女はサイボーグ」(クァク・ジェヨン監督)から。 ちょっと、ホロリとさせられてしまった作品だった。 観始めは、場面設定に無理があるなぁ、なんて感じたが、 「サイボーグのロボットダンス」に、笑わせられた。 しかし、主人公の彼を守るために、 サイボーグの彼女が、身を呈して守るシーンがある。 彼女の身体は破壊され、機械部品が丸出しになり、 人間でないことが露(あらわ)になる。 感情が芽生えてきたサイボーグの彼女が、 人間の彼に向かって呟く。 「これ以上、こんな姿を見せたくない、撤収」 最後の「撤収」が妙に、機械的であるが、 かえって、グッときてしまうフレーズとなった気がする。 恥じらい・・そんな言葉が、浮かんできたフレーズだった。
PS.おまけの感想 主演の綾瀬はるかさん、ボブカット、似合っていたなぁ。 日本人監督でなかったことも、私の驚き。
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| 2008年06月22日(日) ■ |
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| 皮が落ちないのが笹、落ちるのが竹 |
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隣町の長泉町に、全国で一つしかないと思われる「竹林植物園」があり、 見学ついでに、その関係者に今までの疑問を、こっそり尋ねてみた。 「すみません、笹と竹の見分け方を教えて下さい」と。 「それが、はっきりとした区別はないんですよ」と前置きして 「我々は、皮が落ちないのが笹、落ちるのが竹、と説明しています」 そんな答えが返ってきた。 そういえば・・七夕の短冊を吊り下げる時に使う植物は、 皮がついているきがしたな、歌も「笹の葉」だったし。 私はてっきり「パンダが食べるのは笹、食べないのは竹」とか 「かぐや姫がいるかもしれないのが竹、いないのは笹」など ギャグでかわしてくるかと思ったのに(笑)。 でもおかげで、ひとつ雑学が増えました・・ペコリ。 伊豆・富士・箱根って、美術館ばかりだと思っていたら、 意外と博物館なども豊富で、週末の一人遊びには事欠かない。 そろそろ、保育所や子育て総合支援センターのために、 笹を用意しなくちゃ、竹で我慢してもらおうかなぁ。 やばっ、昨日の保育士講演会で「しもさん」で検索して・・って 説明したばかりなんだよなぁ。
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| 2008年06月21日(土) ■ |
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| 「忠実」(まめ)やかに |
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地元の保育所、保育園の保育士さんらが集まる総会に、 来賓として、また研修会の講師として、お招きを受けた。 久しぶりに人前で1時間も話したので、ちょっと緊張したが、 なんとか伝えたいことは話せたかな?が感想である。 さて今回の一言は、総会の始めに、会員全員で歌った 「静岡県保母会の歌」の一節。 「忠実」に「まめやか」のルビがふられ、私はその場でメモをした。 もちろん、読めなかったからである。(笑) 帰宅後、辞書で調べたところ、 まじめなさま、心がこもっているさま、誠実なさま、 また、注意が行きとどいているさま、本格的なさま、 いいかげんでないさま、かりそめでないさま、などの意味があり、 「まめやかなもてなし」「まめやかに働く」のように使うようだ。 ただ、調べてみて、ますます気になったのは「送り仮名」。 歌詞は「忠実に」、辞書では「忠実やかに」。 どっちでいいことなんだろうけれど・・う〜ん、気になる。 全体に、ちょっと古めかしい歌詞で、若い保育士には意味不明だろう。 伝統も大切だけれど、意味がわからなくちゃ本末転倒。 「保母」から「保育士」に変わったことだし、変革の時期だな、この歌。 意味がわからず歌っていても「言葉の力」は伝わらないと思うから・・。 (ちょっと過激発言かな? もう50歳だから許して(汗))
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| 2008年06月20日(金) ■ |
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| 日本人がHUG(ハグ)しないのは、梅雨のせい? |
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国際化の時代なのに、日本人は会釈やお辞儀をする。 昔からの作法だから・・がその理由だと思っていた。 しかし、書籍「日本の歳時記」を読みこむと、 その原因は「梅雨」にある気がしてきた。 梅雨を終えた、蒸し暑い夏をどう過ごすか? さまざまな工夫こそが、日本の文化の一つである、 「間」を大事にする文化へと繋がっていった、と書いてある。 物を物、人と人がベタベタ、くっつかないようにする工夫、 それが、着物の仕立て、さらりとした料理の味付け、 風通しの良い家造り、絵画の余白、音楽や芝居の沈黙の部分など、 自然と「間」をとる文化が育った、というわけだ。 だから、どんなに親しくても、抱き合うようなHUG(ハグ)を 受け入れないのではないだろうか。 日本に梅雨がなく、サラッとした気候であったなら、 抵抗なく「HUG(ハグ)」が出来たんだろう。 梅雨がないといわれる北海道の人たちは、 HUG(ハグ)に、抵抗がないのではないだろうか。 それにしても、今日は蒸し暑かったなぁ、もうベトベト。
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