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しもさんの「気になる一言」
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2008年05月22日(木)
真っ黒なウェディングドレスを着たい

ある雑誌で見つけた、団塊の世代の夫婦アンケート。
質問は、退職したら何をしたい?というもの。
夫はありきたりの答えで「夫婦で海外旅行」。
それに比べて、妻はウィットに富んでいて面白かった。
夫の答えに対応すれば「女友達と海外旅行」。
もちろん、費用は夫持ち・・までは書いてなかったけれど。
その中の1つに、私のお気に入りの答えを見つけた。
「もう一度結婚式をしたい」。
どうして?の質問には「真っ黒なウェディングドレスを着たいから」。
意味がわかんない・・としばらく悩んでいたら、
「もうこれ以上、あなた色には染まりません」だって。(汗)
こうやって、離婚届を突き付けられたら、夫はもう笑うしかないね。
いやいや、私が伝えたかったのは、
女性のジョークの方がセンスがあるなってこと。
男性は、これに対抗できるようなフレーズが見つからないもの。
でも、恐る恐る、妻に訊ねてみようかな、
実は、今日、銀婚式(25年)だったから。(笑)



2008年05月21日(水)
君の運勢が変わる・・あなた、妖精?

映画「NEXT」(リー・タマホリ監督)から。
主人公のニコラス・ケイジは、2分先が見えるから、
追われても絶対捕まらないし、撃ち合いになっても弾が当たらない。
失敗したら、また2分前に戻って避ければいいのだから。
でも、なかなか面白い発想で、楽しめた映画となった。
さて今回の「気になる一言」は、
喫茶店内で気になっていた、ある女性に彼は話しかける。
「(俺と付き合えば)、君の運勢が変わる」と自信満々で。
しかし、彼女の返事が洒落ていた。
「あなた、妖精?」・・これには笑えた。
良く見たり、聞いたりするフレーズに
「これで君の運勢が変わる」「君の人生が変わる」がある。
本屋に行けば、こんなタイトルの自己啓発本は溢れているのだから。
そんな時、ちょっと離れて考えてみると、
「あなた、妖精?」と呟きたくなる。
あなただって、一度目の人生でしょ?と言葉を添えて。(笑)



2008年05月20日(火)
アルトは、お饅頭の餡子(あんこ) 

同級生で編成している混声合唱団、先日の練習風景から。
女声ソプラノと、男声は、意外と(笑)覚えやすいが、
アルトだけは、音程が難しい・・と感じていたら、
指導してくれている同級生が、面白いことを言った。
(女声コーラスでは、メゾ・ソプラノ)
「アルトが上手いと、その合唱団は上手い。
私は、アルトは、お饅頭の餡子(あんこ)だと思っている」と。 
(「ツナサンドのツナ」とも、言ったかもしれない)
とにかく「多過ぎず、少な過ぎず」、バランスが大切。
声で言えば「大き過ぎず、小さ過ぎず」である。
主張しすぎてもダメ、消極的でもダメ、ということだろう。
このバランスは、聴いている観客が一番わかるのかもしれない。
(私は「あんこ」がいっぱい詰まった饅頭が好きだけどね)
この表現っていろいろな場面で使える気がする。
会社では「中間管理職」、3兄弟では「次男」みたいに
目だだないけれど、真ん中の大切な役割について。
間違っても、あんこのパートの方々の体型ではないよ。(笑)



2008年05月19日(月)
していない後悔は、日に日に大きくなる

書籍「生き方名言新書」(小学館刊・林真理子著)から。
「婦人公論2002.7.22号」に掲載された彼女の主張の一部。
全文は、
「したことの後悔は、日に日に小さくすることは出来る。
していない後悔は、日に日に大きくなる」である。
とってもシンプルで、とってもわかりやすい生き方だと思う。
それなのに・・私たちは「したことの後悔」に引っ張られ、
クヨクヨしながら、時間が経つことが多い。
しかし、いつしか「したこと」を忘れてしまう。
逆に「していない後悔」は、「〜たら」「〜れば」を口にし、
「あ〜あ、しておけば良かったなぁ」と思う。
今のうまくいっていない自分の言い訳として
「あれをしてれば、こんなことにはならなかったんだ」と言い、
実行して成功した人を見るにつけ、
「俺だって(私だって)、してれば成功したのに・・」と言う。
それならば「しなかった後悔」を無くすために、
日に日に小さくなり最後には忘れてしまう「したことの後悔」を
した方がいい・・となる。さすが、直木賞作家。(笑)



2008年05月18日(日)
花よりも紅葉よりも素晴らしい

書籍「日本の歳時記」で見つけた「若葉」のことである。
実は私は「桜」や「紅葉」より、いまの季節が好きだったので、
とても嬉しくてメモをしてしまった。
正確な情報源は、兼好法師の「徒然草」(第139段)
「卯月ばかりの若楓、
すべて万の花・紅葉にもまさりてめでたきものなり。」
同じ若葉でも、若葉の輝き、若葉が踊る、など表現も違う。
この初夏、とりどりの若葉の緑があるのもまた嬉しい。
そういえば、映画「小さな恋のメロディ」のサントラ版(Bee Gees)で、
私が一番好きな曲も「First Of May」(若葉の頃)。
楓は「初夏の若葉」と「秋の紅葉」、二度の見どころがあるから、
大きな庭があれば、桜を植えるより、楓を植えた方がいいなぁ、と思う。
また、若葉なら、名所でなくても、どこでも鑑賞できる。
これがまた、私の好きな理由の一つである。
もうしばらく、この「若葉の輝き」を楽しもうっと。



2008年05月17日(土)
「弔電披露」「供花の名札」は不必要では?

2日間で、なんと3人の告別式に参列した。
宗派や葬儀会場、亡くなった方の年齢により、
多少の違いはあったが、ほぼ同じ流れで式は行われた。
今回の一言は、久しぶりに私の「葬式」に関する意見である。
(今回だけでなく、ずっと感じていたことを文字に残すことにした)
告別式で、故人に話しかける形で行われる「弔辞」、
これはどんなに長くても、故人の生前の人柄を知ることができ、
葬式では、私の一番好きなセレモニーである。
「弔辞」を読みたい人が多くて式が長くなっても私は気にならない。
しかし、それに続く「弔電披露」だけは、勘弁願いたい。
なぜか・・それは、わざわざ葬儀会場に来ている人の前で、
会場に来ていない人の名前を、延々と司会者が読み上げる。
名前から役職まで、ご丁寧に披露するが、その意味がわからない。
特に、政治家や市町の首長名がずら〜っと・・。
(気に障った方、ごめんなさい、一般論の話ですから・・)
売名行為とまでは言わないけれど、ちょっと度が過ぎると思う。
また業界にもよるが、北から南まで「○○支店」「○○営業所」は、
もう会社の宣伝としか感じられない。(誰もメモをしていないのに(笑))
さらに、祭壇の横に飾られる花に付けられる「名札」だっていらない。
主役は故人なのに、妙に「他人の名前や会社」が目立ってしまう。
送り主の名札がないスッキリした祭壇を、私は見てみたい。
お葬式こそ、形式化されず、いろいろな形があってもいいと思う。
生きてきた証だから・・その人らしいお葬式を。



2008年05月16日(金)
拡めることが私の修行だから

こうたて続けに、お通夜・告別式が続くと、
どうしても、人生や生き方について書きたくなるのだが・・。
今回は、映画「少林少女」(本広克行監督)から。
以前、日本の道場で「少林拳」を修業し、
その後さらに中国へ行き、厳しい修行を積んで帰国すると、
あれほど熱心に修行していた人たちが、主人公の彼女(柴咲コウ)に向かって
「少林拳なんてやって、なんになる?」みたいな言葉を浴びせる。
けっこう攻撃的なきつい言葉だなぁ・・と感じながら、
こういう言葉で、やる気のある人たちが意気消沈するんだなぁと思われた。
しかし彼女は、諦めずに、1人でコツコツと「少林拳」を拡めようとする。
その時の台詞が、かっこよかったからメモをした。
「拡めることが私の修行だから」
これって、ストーリーの中ではさらっと言いのけたけれど、奥が深い。
意外と、自分が信じたものを続ける理由になると思うから。
ひとりでも多くの人に、私のこの考え・この企画を拡げたい。
そう思ったら最初うまくいかなくても「修行」と思えばいい。
そうすれば、簡単に拡がらなくても、じっと我慢できるはずだから。
よし、このフレーズを支えにして、私も拡げよう。
ちょっと、拡げたいことがあるんだ、実は・・。(まだ内緒だけど)