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しもさんの「気になる一言」
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2007年10月11日(木)
挨拶とは、相手を一人の人間として認めること

以前「挨拶は、どちらも手偏」と、話題にしたことがある。
しかし、また新しい定義を見つけたので御紹介。
(実は、情報源は不明です。ごめんなさい。)
全文では、
「挨拶とは相手を一人の人間として認めて、声をかけ、
相手と自分の間に通路を作るための、
コミュニケーションの機能である」という定義。
「挨拶とは、相手と自分の間に通路を作ること」という
フレーズも思い浮かんだが、やはり、今の世の中に必要なことは
まず「相手を一人の人間として認めて、声をかけること」。
だから、私なりに再定義してみたが・・。
逆に言うと「相手を一人の人間として認めず、
言葉を交わすだけでは『挨拶』とはいえない。
今の子供たちは挨拶が出来ない・・と嘆く前に
「挨拶」とは・・という定義を教える必要があるかもしれない。
いや、子供だけでなくその親たちにも。
今は、そんな時代になってしまったのは残念であるが・・。



2007年10月10日(水)
自分が愛情を持って育てられてきたということ

以前、女性が将来なりたいの職業のひとつに
保育士さん(以前の保母さん)と答える人が多いことに
驚いたことがある。
仕事として捉えた場合、とても大変なことであることは、
さすがに私でも理解できる。
それなのに、どうしてわざわざ保育士を選ぶのか、
正直なところ、全くといっていいほどわからなかった。
そんな疑問を解決してくれたのが、このフレーズ。
研修で、ある先生が言った考え方らしい。
「保育士になっているということは
『自分が愛情を持って育てられてきたということ』でないと、
人の子どもの面倒を見ようという気持ちは生まれない」
だから、あなたたちは本当に愛情を注がれ、
多くの人に守られてきた幸せものなのよ、と私は解釈した。
今度から、保育士さんをみる目が変わりそうである。(汗)



2007年10月09日(火)
不義理をする力も、大人の力量。

以前の部署でお世話になったある団体が、
今回の人事異動で離れることになった職員の慰労と、
新しく配属された職員の激励を兼ねて、
わざわざ歓送迎会を開いてくれた。
いつもなら、当然のように2次会へ・・となるのだが、
今週、毎日続く各種の歓送迎会(飲み会)を考えて、
1次会で失礼させていただいた。
今までの私にとっては、あり得ないことである。
体調ばかりではなく、大切な会議も目白押しで、
二日酔いで望むにはちょっと気が引けるからかもしれない。
そんな時、思い出したのが、この台詞。
中谷彰宏名言集(中谷彰宏著・ダイヤモンド社・267頁)から。
正確には「不義理をする力も、大人の力量。
1次会で帰れる力量がないうちは、一人前ではない。」
いくらつきあいがよくたって、明日の仕事で失敗すれば、
誰も評価してくれないことを、私は経験から知っている。
これで良かったんだ、と自分で納得させて寝ることにしよう。
まだまだ、こんな生活が週末まで続くのだから。



2007年10月08日(月)
ベルギーと言えば・・チョコレート派、ビール派

親戚の伯父さんの御見舞いに行った帰り、
車窓から目に付いたのは、MINISTOPの商品看板。
「ベルギーチョコソフト」、最近では秋の定番のようだ。
しかし思い出したのは、先月、
知人がドイツへ行くというので開催した送別会の1コマ。
行き先はドイツなのに、話題はなぜか「ベルギー」。
国旗も、縦と横を変えたような色使いで、
よく、テレビのクイズにも出題されるくらい似ている。
そこで「ベルギーと言えば?」と私の回りに訊ねたら、
「チョコレート」「ビール」の単語が跳ね返ってきた。
もちろん甘党の女性陣は「チョコレート」。
ベルギーのチョコレートは、本当に美味しい、と力強い。
それに比べ「ビール」と答えた女性陣は、
「ソーセージも美味しいんだよね」と付け足したが、
「それって、さっき『ドイツと言えば?』の質問で
答えなかった?」と聞き返せないほどの勢いがあった。(笑)
「・・・と言えば?」は、けっこう楽しい言葉遊びになる。



2007年10月07日(日)
大渋滞では、カーナビより人間の記憶

3連休の中日、職場の先輩・同僚・後輩らと、山梨県の
レイクウッド・ゴルフクラブ(サンパーク明野コース)へ出かけた。
天気にも恵まれ、久しぶりのゴルフを楽しんでの帰路、
予想もしていなかった大渋滞にはまってしまった。
自分達の楽しみだけで計画したゴルフであったが、
連休の中日、休日の快晴(翌日からは雨模様)、ぶどう狩りの季節、
紅葉シーズン、もちろん今年の「風林火山」人気も手伝って
山梨県甲府周辺が、観光客で賑わうのを考えていなかった。
ゴルフだけでなく、いろいろな条件を加味して、
行き先を考えなくちゃなぁ、と反省させられたのも事実。
そんな時、役に立ったのは「たぶん、こっちからも行けるはず」と
脇道の脇道を指示してくれた「人間ナビゲータ」。
カーナビ以上の威力を発揮したのは、やはり人間の記憶だった。
カーナビは、逆戻りするような遠回りのルートは指示しない。
しかし、人間には「遠回り」を「近道」として選択する能力がある。
時々、簡単な道も間違える「助手席ナビゲータ」であったが、
おかげで、道中、楽しい運転ができた。



2007年10月06日(土)
思い出プランナー

自分の生き方が、本当にこれでいいのか?
と、考えれば考えるほど不安になる時が増えた。
このまま過ごしていても、別に不満はないけれど、
なにか社会に貢献できることがしたい。
では、私に何ができるのか?と考えると、
恥ずかしい話、あまり自慢できることがないのも事実。
残された人生、自分のためにも社会のためにも・・と
欲張って考えたら、こんな肩書きが浮かんできた。
今まで、何度も何度も、肩書きを付けてきた。
農業だけでなく、いろいろな事が出来る人の事を
「百姓」と呼ぶ、と知れば「百姓」の肩書きを求めた。
勿論、書くことが好きだから
「エッセイスト」「コラムニスト」の肩書きも欲しかった。
しかし、すべて本職ではないので「自称」に過ぎない。
同じ「自称」なら、もっと私らしい肩書きを・・と
じっくり考えていたら、この単語にぶつかった。
思い出をしっかり記録して、最終的には形にして残す。
文字であれ、写真であれ、映像であれ、音楽であれ、
その人が、この世に生きた証を残すお手伝いがしたい。
「思い出プランナー」の肩書き、本気で欲しい。
その前に、自分が「思い出アーティスト」にならなきゃ。



2007年10月05日(金)
子供の「遊び」には「学習」の意味があるんです

ファミリーサポートセンターの講習会で、
手遊びを指導してくれた女性が、こう教えてくれた。
「子供の「遊び」には「学習」の意味があるんです」と。
だから「TVゲーム」ばかりやっていると、
「創造する」という学習が出来ない子どもが育つことになる。
講師の彼女は、講義の途中でこんなことも言った。
「私、100円ショップで子どもの遊び道具を探すのが大好き」
こんな発想は、とうてい私には出来なかった。
普段見慣れている100円ショップのグッズを、
なにか、子どもの遊びに使えないだろうか?と考える。
これって、楽しそうだな、と本気で思った。(笑)
何十年かぶりに「げつこつ山のたぬきさん」をしたが、
やはりちょっぴり照れくさかったので、小さな動きになったかも。
すかさず先生が私の方を見ながら(一応、受講者に説明しながら)
「やっている人が楽しくないと、子どもは楽しくないですよ」。
なるほど・・やはり「子育て」は奥が深い。