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しもさんの「気になる一言」
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2006年12月14日(木)
オナラを落とした

読み終えたばかりなので、記憶が鮮明なうちに、もうひとつ。
「私の梅原龍三郎」(高峰秀子著・文藝春秋・288頁)から。
女優・高峰秀子さんが書いた、大画伯・梅原龍三郎さんとの思い出。
その中で、一緒の時間を過ごした人でなければ書けないこと、
特に、大先生が「オナラをした」話は、ニャッの部分であるが、
彼女は、何度か「オナラを落とした」と書いている。
初めての表現で面食らったが「オナラを落す」という表現に
私のアンテナが反応した。
なかなか標準語は見つからないけれど「オナラをする」、
「オナラをひる」「屁をする」「屁をこく」などなど・・(笑)。
一向に、上品な表現が見つからないけれど、
もしかしたら、オナラをすることの、尊敬語?丁寧語?
どういう場合に使うのだろう・・・う〜ん、気になる。
雑学好きの読者、言葉に詳しい読者、是非教えて・・。



2006年12月13日(水)
「個独」

先日紹介した「梅原龍三郎」作品展を観た時、
面白そうなタイトルだな、とショップで購入した本、
「私の梅原龍三郎」(高峰秀子著・文藝春秋・288頁)
の中で、面白い単語を見つけた。
正確には、解説の川本三郎さんの高峰秀子さん評。
「ひとりの自立精神を持った人間として『個独』が好きな人」
と記されていた。
変換ミスかと思ったが「公私の別をきちんとわきまえる人」
「自分の好きな世界を持っているから、
ベタベタとした人間関係のなかに入りこまない人」とも表現し、
確かに「孤独」ではなく「個独」なんだと納得した。
今、高齢者の独り世帯が増えている。
「孤独」感を味わい、寂しさで自殺する人すらいると聞く。
しかし、自分の好きな世界を持っている人は、
誰がなんと言おうが「個独」を楽しんでいるようだ。
やっぱり「独り」を楽しめる人間っていいな、そう思う。



2006年12月12日(火)
おいおい、今年の世相漢字は「北」か「王」だろ?

久しぶりに、私のぼやき。(笑)
なぜか毎年外れる、1年の世相を表す「今年の漢字」。
今年こそ・・と誓った予想は「北」か「王」。
しかし結果は「命」、毎年、わざわざ京都の清水寺まで
確認に行く知人の携帯メールで「落選」の報を受けた。
「生まれた命、絶たれた命、奪われた命、
そして、命の不安への膨らみ」が理由らしいけれど、
1年全体を代表する漢字なのかは、ちょっと疑問が残る。
「北」朝鮮ミサイル事件、「北」海道での竜巻き、
野球は、プロも高校も「北」海道勢が活躍。
新聞紙上は「北」の文字が溢れた気がしていたのだが・・。
または、天皇家に、親「王」誕生、WBC優勝「王」ジャパン、
高校野球はもちろん、ハンカチ「王」子。
新聞紙上を賑わせた「王」もまた多かったはずだ。
まぁ、何を書いても愚痴になるけれど・・(汗)
何年か経ってから、その1年を思い出せる一字にして欲しい。
どうせなら、明るい話題の一字を望みたい。
希望も含んだ漢字には、説得力が感じられないから。

PS.
私個人の「2006年漢字一字」は、25日を過ぎてから。



2006年12月11日(月)
風はばかにできねぇぞ、風はよ

さっそく借りてきた、映画「みんなのいえ」(監督・三谷幸喜)。
ストーリーは、全体を通してコメディなのだが、
その合間、合間に、私をくすぐる台詞が満載だった。
特に、家を建てるとなると、十人十色のアドバイスをしたがる。
「家(うち)は頑丈なのが一番なんだよ」
「内開きのドアなんて聞いたことがねぇや」
「風水ではね・・・」などなど・・
その中で、一番気になった台詞は、田中邦衛さん演ずる父親役
大工の棟梁・長一郎さんが、呟いたアドバイス。
家を建てる場所を見に行って、若い夫婦に助言したシーン。
どんな家がいい、和風だ、洋風だ・・そんなことより、
建てる場所に吹く風の強さは大事だぞ、といいたげだった。
基礎よりも大切なこと、それは自然とどう向き合っていくか、
そんなことを教えていただいた気がする。
この台詞は、監督・三谷幸喜さんが
この映画で伝えたかったこととは違うかもしれないけれど、
ゴルフに夢中の私には、聞き逃せないフレーズだった。
「スィング、飛距離、正確さ」より「自然とともに・・」が
一番大切なことかもしれないな、と苦笑いさせられた。



2006年12月10日(日)
色の強さということは、色の単純さからきます

三島市の「佐野美術館」で、日本の近代洋画を代表する
「梅原龍三郎」さんの展覧会が開催されているので、
ひとりでのんびり鑑賞することにした。
ルノアールとの出逢いが、彼の人生を大きく変えたが、
その色彩感覚は、独特のものが感じられた。
そのルノワールに彼は、こう言われたらしい。
「デッサンは勉強で補うことの出来るものだが、
色彩はタンベラン(気質)によるものだ」と。
多くの裸婦像や伊豆や富士などの景色に使われた洋画は、
その独特の色彩感覚を楽しませてくれた。
他の画家と違うところは・・と考えていたら、
冒頭の説明文を見つけた。(情報源は、色彩関連図書)
あまり多くの色を混ぜないことで、色そのものの力が
私を惹きつけているようだった。
私のお気に入りは、出口付近に飾られていた
彼が88・89歳に描いたと記されていた「自画像」、
しばらくその場から離れたくないほどの力があると感じた。
1年に1回、下手でも「自画像」描いてみようかな。(汗)



2006年12月09日(土)
性格っていうのは、既得権だからね。

小説「空中ブランコ」(奥田英朗著・文藝春秋刊・265頁)に
収録されている作品の1つ「親父のヅラ」のワンシーン。
「性格っていうのは、既得権だからね。
あいつなら、しょうがないかって思われれば勝ちなわけ」
というフレーズが私のアンテナに引っかかった。
変わっていることでも、人に後ろ指を指されるようなことでも、
「そういうのを一年間続ける」と「周囲もあきらめる」ようだ。
その人の性格として、周囲に認知されるということなのだろう。
よく考えると、性格って自分が決めるよりも、
他人が決めることなのかもしれないな、と思ったりする。
早いうちに、周りにそう思われることは、とても生きやすい。
同じ事をしても「あいつは、ああいう性格だから」と言われるか、
「あいつは、何を考えているのかわからない」と言われるか、
大きな差があるような気がするから。
でも、性格を変えたい時に困るんだろうなぁ。
まさか、あいつが・・・とか、そんなことする奴じゃないだろう、
とか、既得権が邪魔するんだよね、きっと。(汗)



2006年12月08日(金)
供養とは、亡くなった人に心配させないよう暮らすこと

職場でお世話になっている方の身内が亡くなった。
お通夜や告別式に出るたびに、思っていたことだから、
久しぶりに、メモ帳からご紹介。
情報源は、TV番組「江原啓之スペシャル・天国からの手紙」。
お盆やお彼岸によく耳にする「先祖の供養」であるが、
「供養」とは「仏や死者の霊に物を供え、
読経して冥福を祈ること」と辞書には定義があるだけで、
どうもわかりにくかった。
しかし今回の定義は、久しぶりに「なるほどなぁ」と
頷けるものであったので慌ててメモをした。
お墓参りや仏壇へお線香をあげるだけが供養ではない。
「亡くなった人たちに心配させないように暮らす」ことこそ、
魂が、この世に未練を残さず、
安心してあの世へ行ける(成仏出来る)方法だと言う。
実はこの「供養の定義」、人間だけの話ではない。
犬や猫をはじめ、もう「ペット」と呼びたくない
家族同様の生き物に対しても、同じことが言えそうだ。
「供養とは、亡くなった愛犬に心配させないように暮らすこと」
わかりやすい定義だと思う。