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しもさんの「気になる一言」
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2006年10月05日(木)
「ほぐす」を漢字にすると「解す」

昨日の「気になる一言」をメモを見ながら書き上げていたら、
漢字の変換で、これ、いただき・・とまたメモが増えた。
マッサージ好きの私にとって、この発見はとても嬉しい。
私が国語の先生なら、漢字読みテストに出題するくらいに、
にやっとしたくなる読みであった。
問「ほぐす」を漢字で書きなさい、では私でも難しいけれど、
問「解す」の読みを書きなさい、ならなんとかなりそうだ。
「疲れ、ストレス、コリ」などを、指圧やマッサージなどをしながら、
分解していくイメージが伝わってくる。
「解毒」、そんなイメージでもピッタリする「解す」。
「解す」の意味は「とく、ほどく、やわらげる」。
あれっ?「解く」は「ほどく」、「解す」は「ほぐす」、
やばっ、頭が混乱してきてしまった。
でも、これだから、言葉って面白い。



2006年10月04日(水)
は〜い、お・ま・た・せ

伊豆長岡の定宿(常宿)(笑)に泊まり、テレビもつけず
深夜まで、黙々とパソコンを打ちながら執筆活動。
これは、出来る限り続けていきたい、私の趣味のひとつ。
(当日に「気になる一言」の掲載がない時は、
そんな理由で、あっ、今日は泊まりだな、と思って欲しい)
さて今回は食事前に『ひとっ風呂』浴びて、
電動マッサージチェアで、コリをほぐしていた時の実話。
平日のためか、お風呂もマッサージ機も貸切状態。
あまりの気持ち良さに、つい目を閉じてウトウトしていたら、
冒頭の声で目が覚めた。
旦那さんと間違えられたのか、おばさん仲間に間違えられたのか、
恐くて聞けなかったけれど、たしかに私に向けて発せられたようだ。
目を閉じていたので、てっきり相手がいて話していると思ったし、
あまりに長く話していたから、返事をしてあげればいいのに・・、
そんなことを考えながら目を開けたら、
「あっ、違った。ごめんなさいね」と驚かれた。
見回すと、周りには誰もいなかった。
この人、私を誰と勘違いして話し続けていたのか、
とっても、気になってしまったハプニング。
こんなネタが、活字になるんだよなぁ。



2006年10月03日(火)
足にスランプはない

アメリカ大リーグの野球選手、イチロー選手の台詞。
ピッチャーは投げてみなくちゃわからない。
バッターは打ってみなくちゃわからない。
だから野球選手には、好調・不調の波がある。
不調が長く続くことを、人は「スランプ」と呼ぶ。
今シーズンの始め、イチロー選手でさえ、
打撃が思うようにいかず悩んでいるように見えた。
低打率を指摘されても反論せず、
出塁した時には、打撃不調が嘘のように走りまくった。
たぶん、その時のインタビューである。
「足にスランプはない」、なるほどであった。
「打撃力」は好不調が判りづらいから、
先ずは、実力が判りやすい「守備力」で判断する。
これが、先発メンバーを決める監督の基本であるが、
「守備力」より、もっと判りやすい実力が「走力」。
そんなことを教えてもらった気がする。
打てなければ「走る」。守れなければ「走る」。
「足はすべてのスランプに関係なく発揮できる力」
今年も224本安打達成・・足のおかげだな、きっと。
私の仕事や生活で、イチロー選手の「足」に変わるもの、
探さなきゃなぁ〜。



2006年10月02日(月)
勝負に「格下」という相手はいない

世界一の競走馬を決める、フランスの凱旋門賞、
日本の「ディープインパクト」は、3着に終わった。
レース前からマスコミもそれぞれ特集を組み、国を挙げての応援、
対象が損得を考えない人間でない分、久しぶりに
微笑ましくも感じた盛り上がり方だと思っていた。
金持ちの日本人が話題先行でフランスまで行く、とは違い、
今まで彼に儲けさせてもらった「感謝」「お礼」の意味で
すぐそばで応援したいんです・・と飛行機に乗り込んでいった
競馬ファンが、とても素敵に見えた。
しかし、私が気になったのは「レース前の解説」である。
ライバルと称された「ハリケーンラン」「シロッコ」という
2頭にスポットを当て、他の馬は「格下です」と相手にしていなかった。
私が「おや?」と思ったのはその時である。
世界一のレースに出走する馬に対して、その表現はないだろうと。
多くの国民が注目しているからこそ、発言には気を使って欲しい。
どの馬も、勝つことを目標に努力しているのだから。

PS.
レース後、勝てずに肩を落としていた「武豊騎手」に
「立派な3着だと思うんですけど・・・」と声を掛けたシーン、
そっとしておいてあげて、と思ったのは私だけだろうか。



2006年10月01日(日)
祝いとは特別なことに対してするもの

書籍「ミュータント・メッセージ」からの一節。
(マルロ・モーガン著・小沢瑞穂訳・角川書店・213頁)
オーストラリア・アボリジニ族と何ヶ月も旅を続け、
今までの自分の知識・知恵が、
彼らの世界では何も役に立たないことを知った時の不安。
また彼らから教えられた、自然を大切にする生き方。
もちろん私のメモは増えたが、なるほどなぁと感じ、
今日から実践してみようと思った考え方がある。
彼らは言い切る。
「われわれにとって祝いとは特別なことに対してするもの。
歳をとることは特別なことではない。
なにも努力しなくても自然に歳をとっていくではないか」と。
「では、何を祝うの?」と尋ねると「よくなることに」と返事。
「去年より今年の方がさらに賢くていい人間になったら、
それを祝うんだ。それは自分だけしか知らないことだから、
自分でパーティの時期がきたとみんなに告げるんだ」。
この文節は、たぶん忘れられないものとなるだろう。
「誕生日おめでとう」・・が使えなくなってしまうのだから。
1995年初版だけれど、是非、読んで欲しい1冊である。



2006年09月30日(土)
親が「元気」なうちにするのが孝行

たしか、以前紹介した「本気で言いたいてことがある」
(さだまさし著・新潮新書・222頁)に書かれていたはず。
親が他界すると「もっと親孝行しておけばよかった」と嘆く。
「あの時、もっと優しくしてあげればよかった・・」などと
後悔するのが、子どもというものである。
「孝行は、生きてるうちにしなければ意味がない」
そんな言葉は、よく耳にする。
しかし、さだまさしさんは、こう言い切っていた。
「孝行は親が生きてるうちにしたんじゃ遅い」と。
それに続くフレーズが、私にとってなるほどなぁ、
だったから、気になる一言。
「親が『元気』なうちにするのが孝行」って、
簡単そうで実は大変難しい。
親が元気でなくなれば、こちらも優しくできるものも、
親が元気なうちは、いつまでたっても、子ども扱い。
だから、時々頭にきて衝突してしまう。
だけど、せっかくこの台詞に出逢ったのだから、
元気な今のうちに「孝行の真似」でもしようかなとも思う。
う〜ん、上手くできるかな?、やっぱり自信がない(笑)
妹が、実践してくれているから、良しとするか。(汗)



2006年09月29日(金)
忘れたものは取り戻せる

あれ?誰の台詞だったろう、メモは残っているのに
情報源不明、すみません。
正確には「失ったものは取り戻せないけれど、
忘れたものは取り戻せる」だったと思う。
小さい頃、描いた夢は、時の流れによって忘れただけ。
決して、失ったわけじゃない。
だから本人がその気なら、いつでも取り戻せる。
そう解釈して、私はメモをしたんだと思う。
ついつい、もう歳だから、を理由に諦めていたこと。
もう一度、思い出してみよう。
ワクワクする気持ちが残っていたら、それは忘れていただけ。
「忘れたものは取り戻せる」
そうだよなぁ、あんなこと考えていたっけ。
無くしたんじゃない、忘れただけなんだ、と気付いたら、
なんだか毎日が楽しくなってきた。