
|
 |
| 2006年02月16日(木) ■ |
 |
| ゴジラでさえ皇居に足を踏み入れてない |
 |
先日の産經新聞のコラム、産経抄にこんなことが書いてあった。 ゴジラの声を作った作曲家が他界したのだが、 その破壊の代表であり、壊し続けたゴジラでさえ、 28作品の破壊経路を検証したら、 皇居にだけは足を踏み入れていないらしい。 だから「女帝」問題葉、慎重に・・と作者は言いたいのだろう。 私も同感である。 映画というフィクションの世界でさえ、配慮している。 それくらい「天皇」「皇室」は不可侵の別世界なのだと思う。 だからこそ、男系が続かなくなる可能性があるというだけで、 簡単に「皇室範典」の改正などをしないで欲しい、と私は思う。 この問題、真面目に討論するのも良いが、 ゴジラでさえ足を踏み入れていない皇居、そんな視点も面白い。 中断しただけでなく、もっと慎重に・・・これが私の願いである。
|
| 2006年02月15日(水) ■ |
 |
| 200グラム、100分の5秒、そして精神の強さを教えて |
 |
女子スピードスケートの岡崎選手が、4位となった。 3位との差は、100分の5秒。 先日、失格になったジャンプの原田選手は、 200グラム体重が足りなかった。 このギリギリの世界で戦っているオリンピックの緊張感を 子供たちに教えて欲しい。 そのわずかな重さを、そしてその時間の短さを実際に・・。 その中から、オリンピックは楽しいだけでないこと、 そして、選手たちは結果に対して言い訳をしていないことを。 メダルが取れないイライラなのか、 敗因を分析しているのは、選手ではなく解説者たち。 そんなことしてどうなるの?と私は思う。 もし敗因を知りたければ、彼ら、彼女らの口から聴きたい。 しかし、たぶん聴くことができないだろう。 彼等は、運も含めて自分の力が足りなかった・・と口にするから。 だから、私はオリンピックが好きである。 結果だけでなく、精神的なものにも注目してオリンピックを見たい。
|
| 2006年02月14日(火) ■ |
 |
| 「信用」に必要なのは「実績より時間」 |
 |
先日、帯広へ向かう飛行機の中で読んだ「ホリエモン」関連記事。 あまり内容は覚えていないが、 このフレーズだけは、なぜか頭に残っている。 今まで「実績」が信頼を勝ち取る方法だった。 「人柄がいい、一所懸命さ」などの要素は二の次。 やはり、全ての人が納得できる数字こそが、信頼を得る。 誰もがそう思い込んで生きてきた気がするのだが、 信頼を得る方法は、どれだけ続けてきたか、という時間の長さ、 そんな意味に私は理解した。 地道にコツコツと積み上げて欲しいのは、実績ではなく時間。 それこそ、どれくらい安定した時間を経過したか、 または、どれだけ同じ時間を過ごしたか、ということらしい。 夫婦も、親子も、地域も、仕事も・・共通の法則かもしれない。 「時間」、こればかりは、どんなお金持ちでも買えない。 だから、信用がおけることなのかもしれないな、と あらためて時間の大切さ、継続の大切さを感じた一言となった。
|
| 2006年02月13日(月) ■ |
 |
| 今年は「あい」の年ではないのかも・・ |
 |
昨年、大フィーバーをした女子スポーツ選手。 ゴルフも、卓球も、そしてスキーのモーグルも、 みんな「あい」ちゃんだった。 愛知万博のテーマも「愛」 一年の世相を漢字一字で表す文字も「愛」だった。 女性天皇で話題になった「愛子」さまもいる。 その「あい」一杯だった一年が終わった途端、 なぜか「あい」が低迷してしまっていると感じているのは 私だけだろうか。 偶然かもしれないが「ほんとだ〜」と頷く人もいると思う。 こんな些細な発見が、妙にうれしいのは私だけ? そう考えると、三菱自動車の新型「i」が心配になる。(汗) やっぱり「愛」はずっと持ち続けるもので、 一年だけのブームではありえないものだったのかも・・・ そんなことを私は考えていた。
|
| 2006年02月12日(日) ■ |
 |
| 他の選手にはやめた方がいいですよ |
 |
トリノ・オリンピック前の原田選手の台詞である。 今回「失格」という、想定外な結果になってしまったが、 完全に、集中力が切れていたな、と感じている。 トリノオリンピックの前から、彼の動きは注目を浴び、 特集番組や、取材などでも、満面の笑顔で対応していた。 時には、サインを求めるファンに試合中でも応じている。 これを彼の優しさと表現すべきなのか、私にはわからない。 しかし、試合中、神経を集中している選手に 何も考えず、おかまいなしにサインを求める人たちを なんとか止めさせようとして発した台詞が印象的であった。 だから「200グラム足りませんでした」よりこの一言を選んだ。 期待をし応援するのは、私たちの勝手だけれど、 試合中の選手たちの、足を引っ張るような行為だけは 是非、やめて欲しい。 試合までは、彼らが集中できる環境を整えてあげたい。 それが頑張っている彼らに対するマナーだと思うので。
|
| 2006年02月11日(土) ■ |
 |
| 人を呼べるのは、人のネットワークである |
 |
観光カリスマと呼ばれる、大分県長湯温泉の首藤さんと歩く 隣町の観光ツアーに参加した。 意外と知らなかった隣町の素敵な場所に 私は驚きと嬉しさを感じて、半日を過ごしたのだが・・。 せっかく「観光カリスマ」と呼ばれる方と歩けるのだから、と 隣町のものですが・・と前置きをして、 素敵な素材を知ってもらうためには、 どんな情報発信が一番効果的ですか?、と尋ねてみた。 いろいろな方法があるので、とても興味津々で答えを待った。 悩むかと思ったら、即答だった。 「人のネットワークですよ、やっぱり。 いくらキレイな映像を見せられても、行ってみたいとは思わない、 人が、人に出逢って、直接体験し感動した話が一番だよ、 人にまた行ってみたいと思わせるからね」と。 もう温泉施設だけでは観光客は呼べない、やっぱり「人づくり」。 「まちづくりの原点」をここでも生きていた。 私も「あの人と飲んでみたい」と思われるように頑張ろうっと。
|
| 2006年02月10日(金) ■ |
 |
| 81年間、お疲れ様でした |
 |
昨日・今日の二日間に渡り、 親戚のお通夜から告別式・納骨まで参列したが、 自分を見つめるいい機会として、時間を過ごしたと思う。 その中で、お上人さんが祭壇に向かって一番最初に発した台詞、 なぜか心に残っているので、気になる一言としたい。 最近「この世は魂の修行」ということが理解できてきたのか、 「悲しい」という感情よりも「お疲れ様」という慰労の念、 「多くの経験を経て、魂としてまた成長したのですね」 そんなことを感じながら、仏壇に飾られた遺影を眺めていた。 「魂」の修行のために、81年間、身体を貸していた彼女に対して 「お疲れ様でした」という気持ちなのか、 逆に、彼女の身体を借りて修行を終えた「魂」に対してなのか、 自分でもよくわからない。 けれど、今までとは確実に違った感情で、葬儀に参列した。 その気持ちの動きを、記録として残しておこうと思う。 私の身体を使って修行している「魂」さんへ、 どうぞ、いろいろな体験をしてください・・そんな気持ちである。
|
|