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しもさんの「気になる一言」
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2015年11月13日(金)
どちらかが、50年近く勘違いしていることになる

先日、高校生の頃からつき合っている親友から、連絡があった。
地元を離れている仲間が○日に帰省するので集合、
そんなメッセージがあると、彼らに会いたい一心で参加する。
メンバーは同級生、それも57年間、歳を重ねてきた仲間たち、
その場の会話の面白さは、ちょっと文字では表現しにくいが、
酔いにまかせて、記憶のぶつかり合いがあった。
いくら体調を崩しても、2020年のオリンピックまでは生きたい、
そんな湿った話かと思えば、前回の「東京オリンピック」の
重量挙げの三宅選手から、男子マラソンのアベベ選手まで、
自分の思い出せる記憶をフル動員して、盛り上がった。
この昭和39年(1964年)の東京オリンピック開催の時、
自分たちは何歳だったか?の問いには、同級生だというのに
不思議なことに、意見がまっぷたつに割れた。
昔の国道1号(新道)で、初めて見る聖火リレーに
日の丸の旗を振ったのは幼稚園、という私の記憶と、
いやいや、東京オリンピックは、間違いなく
小学校のテレビで見た、という記憶があり、楽しかった。
「どちらかが、50年近く勘違いしていることになる」から、
自分の認知症を疑いながらも、必死に記憶を遡ることとなった。
調べれば簡単にわかるけれど、実は結論なんてどちらでもいい。
こんな他愛ない話題で、5時間も飲めるのだから、
同級生の飲み会は楽しいはずだ、と改めて実感した。(笑)



2015年11月12日(木)
10月29日(木)365万歩達成(301日目)していた

実は、先月、書き忘れたことがある。
私が歩いた歩数を記録し始めて、4年が経過しようとしている。
その日の寝る前か、翌日の朝、歩数をチェックして、
愛用の手帳の年間計画一覧に、その数字を書き込む。
さらに、同じ数字をエクセルシートに入力し、集計しながら、
年間365万歩(平均1日10,000歩)を目標に歩いているのだが、
先月の「10月29日(木)365万歩達成(301日目)」していた。
初めて達成した「2012年」は、よほど嬉しかったらしく、
「11月18日(日)366万歩達成(323日目)」と書いてある。
翌年、2013年は達成できず、昨年リベンジに挑戦し、
「12月19日(金)(352日目)」になんとか達成できた。
今年は、ネットで知り合った方々と励ましあって歩いたからか、
予想以上の速さで、目標の365万歩に辿り着いた。
4年間毎日記録をつけていると、以前紹介した「体重」と同様、
大体の感覚であるが、歩いた歩数がわかるようになってきた。
今日はちょっと足りないから、8000歩〜9000歩、
今日は歩き過ぎたから、15000歩を超えたな、という感じ。
今年は4年前のように、自宅に入る前に「歩計」を確認し、
足りなければ、意識的に自宅周辺を10分ほど歩いて歩数を稼ぐ、
そんなことはしなくなった。
10000歩にちょっと足りなければ、翌日少し頑張って歩く。
極端に多かったら、翌日は逆に休憩のつもりで無理しない。
とにかく、1年を通じて健康でいることが目的であり、
そのための目標が「年間365万歩」であることを理解している。
これまた「継続は力なり」を実感出来る、簡単な試み。
意識して続ければ、誰でも達成できることなんだよなぁ、実は。



2015年11月11日(水)
わたしたちは、街の見守り隊。

小冊子で見つけた、読売新聞の紹介エッセイ。
「特別なことは、何もしていません。
届けるべき新聞を、届けるべき読者のもとに、届け続ける。
ただ、それだけのことです。
けれど、日々、同じ時刻に、同じ道を通る仕事だから、
ささいな街の変化にも、気づくことができます。
だからこそ、わたしたちにできること。
それは、配達を通じて、街の安心を見守ることだと思うのです。
もしものときに、少しでも力になれるように。
街のために、そこに住む人のために、
今日も、明日も、明後日も。わたしたちは、街の見守り隊。」
私が毎日、柿田川の今を伝える情報を発信している理由が、
この新聞のエッセイに表現されていたので書き写した。
「街」を「柿田川」に読み替えるだけでいい。
この使命感こそが、持続力につながっているのだと思う。
わが町の住民には、声高らかに、そして声を揃えて言って欲しい。
「わたしたちは、柿田川の見守り隊。」



2015年11月10日(火)
演劇と映画の「絶妙なコラボレーション」

映画「シネマ歌舞伎 野田版 鼠小僧」(野田秀樹演出)から。
わが町の映画館(シネコン)で上映されなければ、
たぶん一生観なかったであろう作品の1つ。
演劇は「劇場」、映画は「映画館」という私の固定観念から、
どうしても結びつかなかった関係であったが、
歌舞伎の舞台作品をHD高性能カメラで撮影し、
映画館にてデジタル上映するという映画と演劇のジャンルを超えた
新たな取り組み」という説明に、私の好奇心が動いた。
初めての体験だった「シネマ歌舞伎」であるが、
予想外(?)にも、平日の昼間だというのに多くの観客があり驚いた。
「映画ファン」なのか「歌舞伎ファン」なのかは知らないが、
涙あり笑いありの演劇の面白さが会場内を包み込み、
偶然横に座ったご婦人も、声を出して笑ったりしてたから、
どちらかと言えば「劇場」に近い雰囲気だったようだ。
これからも、いろいろな利用方法を模索しながら、
大スクリーンでしか伝わらない「臨場感」を味わいたいと思う。
これだけは「自宅でDVD」をお薦めしない。(笑)



2015年11月09日(月)
古いほど巨大 古いほど精巧 古いほど類似

映画「ピラミッド 5000年の嘘」(パトリス・プーヤール監督)から。
ピラミッドに隠された数々の疑問に答えを出していく展開に、
テレビの特集番組と変わらないな、と思いながらも、
なぜかメモしながら、夢中になってしまった。
「今日でも困難な作業でしょう」「原始的な記録はありません」
「学者たちの意見はバラバラです」「理由はさっぱりわかりません」
「とても人間業とは思えないですからね」「驚くばかりです」
「用途不明の遺物」「驚嘆に価します」「驚異的な事実です」
「人間の手では生み出せません」・・・これでもか、と続く台詞。
その根拠は「古いほど巨大 古いほど精巧 古いほど類似」という遺跡。
今の人類の技術では不可能な「巨大・精巧・類似」建造物に、
宇宙人の存在でも言い出すのかと思ったら、
「地球上で大いに繁栄した文明が、自らの運命を自覚しつつ、
未来の世代に警告を発していたのです」とまとめた。
へぇ〜、こういう展開もありだな、と感心するとともに、
もしかしたら・・こちらの説の方が正しいかも、と唸った。
こういった謎解き、けっこう好きかも、私の場合。



2015年11月08日(日)
柿田川は私たちにいろいろなことを教えてくれます

第12回柿田川シンポジウム(主催:柿田川生態系研究会)から。
今回のテーマは「柿田川、そのもたらすもの」
(〜実質的な恩恵、やすらぎ、くつろぎ〜)だった。
学術的な観点から、柿田川の生態系を研究している人たちの話は、
私の思いもつかなかった角度からの成果発表で楽しかったし、
柿田川を貴重な自然を、大切に思っている人は、
自然保護をしている人たちだけではなく、いろいろな分野で
研究してる人たちにとっても、魅力的な存在だった。
世界でも少ない、全てが湧水の河川は、一般的な河川と比べて、
「極めて水温と水量が安定している大規模湧水河川」と表現し、
日量100万トンの水量と、1年を通じて「15度」という水温の安定は、
実は、水中生物にとって、いや生態系の研究者にとって、
ものすごい環境だということを、再認識させられた。
「河川生態系の解析に最適な河川」という言葉をメモにした。
また「柿田川は私たちにいろいろなことを教えてくれます」と
大学の名誉教授が成果発表をしたかと思えば、
地元の小学生・中学生が、自分たちがこれからすることとして
「柿田川をもっと知って、もっと体験して、発信していくこと」
「僕たち、一人ひとりの意識を高めること」として、
多くの研究者を前に、堂々と発表したことは、
私にとって、とても嬉しいメッセージ(エール)だったと思う。
そのためにも、基本に戻って「まず多くの人に知ってもらう」、
こんな素晴らしい川のある町に住んでいることを、
より多くの人に伝えたいと感じた、シンポジウムであった。



2015年11月07日(土)
「権利」を主張するなら「義務」も果たそうよ

国勢調査の指導員として、朝から夕方まで会議室に閉じこもり、
調査票の審査をしていたが、なかなか思うように進まない。(汗)
今回から、インターネットでの回答も可能になり、
若い人が少しでも協力してくれるようにしたはずなのに、
調査に協力してくれない世代は、民間の賃貸アパートに住む、
ひとり住まいの若い人たちが多い気がする。
たった5分くらいで済む、簡単なアンケートにも近い国勢調査、
それも自宅でのPCやスマホの入力や調査票に記入するだけなのに、
そんな時間が取れないようでは、投票所まで足を運ぶ選挙には、
当然、棄権なんだろうな、と悲しくなってしまった。
仮に仕事が忙しく帰宅が遅く、調査員さんに会えないとしても、
ポストに入っている郵便物を確認し、その時に済ませることが
どうして出来ないんだろうと、不思議で仕方がない。
デレビやインターネットを楽しむ前の、ほんの数分なのに、
優先順位がつけられないのだろうか。
異論反論を覚悟で書くとするとすれば、この国勢調査の結果が、
日本の動向として捉えられ、次世代の政策へと反映されるのだから、
自分たちの生活実態を国に知ってもらうためにも、
国民の義務として、国勢調査にしっかり協力することが大切だと思う。
以前に比べ、調査項目もだいぶ簡易になったことすら知らず、
ただ単純に「面倒くさい」と言うのであれば、
「権利ばかりを主張するなよ」と、私は感じている。
日本国民の義務と権利は「一対」のものだから、
「権利」を主張するなら「義務」も果たそうよ、と思うだけなのだが、
これも言い過ぎだろか、もちろん、若い人たちだけではないけれど。



2015年11月06日(金)
私の真実を胸を張って言おう。人生を精一杯生きてきたと。

映画「最後のMY WAY」(フローラン=エミリオ・シリ監督)から。
フランク・シナトラの名曲「マイ・ウェイ」の作曲者として知られ、
世界デビュー直前の39歳で急逝したフランス人歌手、
クロード・フランソワの生涯を映画化、という説明に、
興味を惹かれ観始めたが、1時間10分が経過するまで
「マイ・ウェイ」に関する話は登場せず、
ただ波乱万丈の人生を、繰り返し観させられた気がする。
たしかに、そういった人生を振り返り語った歌だからこそ、
この歌詞に共感する人が多いのかもしれないが、
なにもハチャメチャなの人生を送らなくても、この歌は感動する。
それは、それぞれが自分の人生を、精一杯生きてきたからだろう。
歌詞の一部に、こんなフレーズがある。
「私の真実を胸を張って言おう。人生を精一杯生きてきたと」
どんな生き方であれ、一所懸命生きていれば、
いつの年代でも「胸を張って」言えるに違いない。
この映画で監督は、何を伝えたかったのだろうか。
世界的に有名な「マイ・ウェイ」は、英国の歌ではなく、
フランスの歌だと言いたかったのかもなぁ。
私としては「彼のレコード売上総数は6700万枚。
亡くなった日が、1978年3月(11日)」のほうがメモ対象だな。



2015年11月05日(木)
ますます謎が深まった「泉頭(いずみがしら)」という地

先日、徳川家康公顕彰四百年記念事業として、
「第1回清水町・泉頭 歴史文化フォーラム」が
地域交流センターで開催された。
全国の名所旧跡を数多く知っている「徳川家康」が、
自分の余生を過ごす場所として、柿田川のほとりを選び、
隠居所を建てようとした史実が明らかにされ、
そんな素晴らしい場所に住んでいる私たちは、
自然景観としての天然記念物「柿田川」に、
徳川家康が隠居をしようとした歴史が加わったことで、
さらに、付加価値がつき、ワクワク感が増した。
この地に住み、この地で働くことの「誇り」とともに、
自信を持って、外に向けて情報発信ができる気がした。
ただ、一度は決めた隠居所が急遽中止になった理由は、
「本光国師日記」等の史実に基づく説明で理解できたが、
どうしてこの地(泉頭)を選んだのか?という私の疑問は、
解決されぬままだった。
一言で言えば「ますます謎が深まった『泉頭』という地」。
わからないからこそ、いろいろな想像が膨らむ。
そしてその「謎」を追求することでまちづくりができる。
選んだ理由や、建てていたらどんな間取りだったのか、
想像するだけで楽しくなる。だから、歴史は面白い。



2015年11月04日(水)
観光は「アッセンブル(組立)」=地域の総合力が試される

講師「庁野朗」氏(日本観光振興協会常務理事・総合研究所長)
演題「歴史、伝統文化、生業を活かした観光地域づくり」から。
さすが、多くの事例を仕掛け、見てきた講師だけに、冒頭の
「観光客は、俯瞰で見て面白そうなところに降り立つ」という
説明から、メモは増え続けた。
昔からある「お伊勢参り」を「観光・集客の原点」として、 
観光の仕組みが全て揃っていた、との解説は、頷ける。
特に「観光」という言葉に「固定観念」を持ち続けていると、
メスが入りにくい、という指摘と、今の時代は、
「観光」という言葉を使わないで「人を集める」仕組みが
大切なことを教えていただいた。
そして、観光は「アッセンブル(組立)」とまとめた後、
「=地域の総合力が試される」と付け加えた。
今は、観光で生計を立てている人たちだけの問題ではなく、
まちの魅力アップの方策として「観光」が活用される。
「地元の人は、きれいな水が財産となりえるって気づかない」
と言い切った講師のアドバイスを参考に、まずは、
「そこに住む人たちに、この町の素晴らしさを伝える」、
そのことから始めてみたい。