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しもさんの「気になる一言」
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2015年09月24日(木)
言葉は猫なんです。

ある新聞に「山根基世の朗読読本」(評論社刊)を記念して
彼女のインタビュー記事が掲載されていた。
私にとっては、NHK番組「日曜美術館」の担当として、
「きれい」「落ち着いた」声の持ち主、そんな印象が強い。
日本古来の言葉をとても大切にしているかと思えば、
「言葉の乱れ」については容認派だという。
それを上手く例えたのが「言葉は猫なんです」。
「犬のようにはしつけができない」ということらしい。(笑)
言葉は、時代によって変化していくものだから、
それを「言葉の乱れ」と称して嘆くことには、
あまり関心がなさそうだった。
彼女はさらにこう続けている。「私には、言葉の乱れよりも
言葉が空疎になっていることの方がよっぽど怖い」と。
空疎とは「形だけで、内容が乏しいこと」。
その意味を説明するかのように、
「大きな声で叫ばれる『積極的な平和主義』の『平和』って?
政治も日常も、実感が伴わない言葉が飛びかっています」と
まとめていた。
そのとおりだなぁ、と思わずメモをしたのは言うまでもない。
それにしても「○○は猫なんです」は、インパクトあるなぁ。
今度、どこかで使わせてもらおうっと。(汗)

P.S.
先日紹介した「俺はピアノを弾く猫だ」の意味がわかった。
「犬」では、しつければピアノを弾きそうだものなぁ。(汗)



2015年09月23日(水)
シルバーウィークの最終日、イベント、やります!

ほんの数日前、長泉町に住む女性から、イベントの誘いがあり、
ちょっと興味がある「キッチンカー」の文字に惹かれて足を運んだ。
イベント名は「びすとろパルの1day 夕涼みカフェ」
(主催は、安心・安全な食材を提供している「バルシステム静岡」)
どうやら、そのキッチーカーのお披露目と、食材のPR、
スタッフの動きのシミュレーションも兼ねているらしい。
おかげで、食べ物は無料。飲み代のみ。(笑)
アルコールは、お隣にできたばかりのカフェバー「Rai&Ree」が、
本来は「夜のみ営業」なのに、イベントに協力し昼から開けてくれた。
今回驚いたことは、周知期間が非常に短く、個人的な応援企画であり、
自宅の敷地を開放しながら、少人数で運営できていること。
にもかかわらず、会場内は盛況で、楽しい時間を過ごすことができた。
これからは、同じ志向を持った人たちの「小さなイベントの時代」と
常々考えていたから、それを実現していたイベントとして参考になった。
だからこそ今回は、気になる一言として、彼女からの案内を残したい。
「シルバーウィークの最終日、イベント、やります!」
たとえ雨になろうが台風になろうが、リスクが少ないし、
プライベートパーティの延長上として、あちこちで開かれるといいな、
そんな感想を持ちながら、昼間っからほろ酔い気分になってしまった。

P.S.
イベント会場まで「長泉・清水循環バス」(100円)を利用した。
この話は、また次回に。(汗)



2015年09月22日(火)
宮西作品は、展示場所を選ばない

朝風呂で、昨日までのバスツアーの疲れとアルコールを抜き、
今日は朝から、東京の世田谷文学館(芦花公園下車)で開催されている
「宮西達也ワンダーランド展」へ足を運んだ。
宮西先輩のやや高めの声で相変わらずのハイテンションを武器に
メチャクチャ明るく、子供たちに読み聞かせをしている声が、
会場に響きわたり、よかった、元気そうだ・・と安心した。
10月3日から展示会場を「三島市佐野美術館」に移して、
同じ企画展が開催される前に、一度、顔が見ておきたかったから。
また絵本作家の「真珠まりこさん」からも、
シルバーウィークの期間は本人がいるって、と連絡をもらったし、
百貨店や美術館の展示はイメージが掴めるけれど、
文学館での企画展はどんな雰囲気なのか知りたかったから、が理由。
大勢の観客のいる中で、私を見つけてくれたのは嬉しいが、
「しもちゃ〜ん」と満面の笑顔で握手されると、ちょっぴり照れた。
今回の見学で気付いたことは「宮西作品は、展示場所を選ばない」。
飾ってあるのは同じ作品なのに、その会場の雰囲気になぜか馴染む、
そんな気がした。(飲み屋の壁でも、家のふすまでも・・)
世田谷文学館の展示は明日(23日)まで。お近くの方は、是非。
きっと、先輩のことだから、喉が枯れるまで読み聞かせをするよ。
展示壁へのイタズラ描き(汗)も、明日までだな。
次は「佐野美術館」(11月23日まで)だから、毎日でも行けるぞ。。



2015年09月21日(月)
こんなに人がいると思わなかった

「連休出発!たっぷり金沢フリータイムと高山散策(2日間)」、
バスツアー2日目は、飛騨の「高山散策」。
「飛騨高山」は、古い町並み(上三之町・下二之町など)を始め、
歴史を感じさせる、しっとりした景観が観光スポットであるが、
これまた「シルバーウィーク」ということもあり、
観光客で埋め尽くされていた。(もちろん私たちも観光客であるが(汗))
写真に収めたかった「伝統的建造物群保存地区」は、人混みに隠れ、
帰宅後、デジカメ、スマホの写真を確認して唖然とした。
そういえば、写真を撮っている私の横でも同じことを感じたのか、
初老のご婦人が「こんなに人がいると思わなかった」と溜息をついていた。
観光地には、訪れる人それぞれの目的があるのだが、
非日常的な景観や自然を求めて訪れた観光地が、いつもと変わらぬ人混みで、
観たい・撮りたいシーンが目に出来なかった時の無念さを、真横で耳にし、
有名美術館などで意識的に「入場制限」する意味が、理解できた。
その土地の光を観せることが「観光」の定義ならば、
まずは「どうやって、光を観てもらうか」を考えなければならない。
言い換えれば「観せ方」(見せ方)こそ、観光の一番大切な要素であることを、
この2日間の旅行で再認識をした。
「素敵な景色だったね、また違った季節に来てみたい」
こんな台詞が聴けたら最高なんだろうなぁ、きっと。



2015年09月20日(日)
(金沢)「人気のまち」から「大人気のまち」へ

秋の旅行シーズン、すっかりはまっている、夫婦バス旅行。
今回は「連休出発!たっぷり金沢フリータイムと高山散策(2日間)」
シルバーウィークど真ん中ということもあり、
朝7時に三島を出発して幾度か渋滞があったが、16時に到着した。
「石川県金沢市」は北陸新幹線開通で、今、一番ホットな場所、
バス添乗員さんの言葉を借りれば
「『人気のまち』から『大人気のまち』へ」変貌した。
金沢駅も当然リニューアルされていたが、なんだか京都駅に似ていたし、
金沢らしさがあまり感じられなかった。
「異論・反論」を覚悟で書けば「人気のまち・金沢」の方が好きだった。
「大人気」のなったことで、まち全体が舞い上がっている感じ。
タクシーの運転士さんの言葉を借りれば「ビジネスで訪れる人たちが
『宿は取れない、取れても高い』と悲鳴をあげている」らしい。
続けて「そんなことしちゃ、いけないんですけどね」と呟いたように、
ビジネスで金沢を訪れるサラリーマン(いわば「定連さん」)を、
困らせるようでは、私たちは心配ですよ、そんな言葉にも聞こえた。
「1年も立てば、このブームは去りますよ」と、シビアに、そして冷静に
この状況を分析していた運転手さんたちに驚かされた。
「人気のまち」と「大人気のまち」は、似ているようだけど、
実は「受け入れ体制」や「おもてなしの仕方」が大きく違うことを、
「京都・奈良」と「金沢」を比べて実感させられた。
「ここ1年が正念場」って感じをもって「北陸・金沢」をあとにしたが、
リピーターを確保できるかどうか、難しいところだなぁ。



2015年09月19日(土)
自分で光をあてることができるなんて、うらやましいです!

今朝から、多くの方から激励の言葉をいただき、
「観光」という初めての分野での不安が、少し解消された。
正直、プレッシャーがないわけではないが、
「いつもやってることを仕事でやればいいのでは?」という助言や、
「これから3年で清水町の観光の土台を作りましょう」という励まし、
「わぁ〜♡、キタキタキタ〜〜」というコメントまで、
私を喜ばせてくれるメッセージが相次いだ。
その中で「羨ましい」というメッセージが届いたことに驚いた。
私にとって「そうだよな、私は幸せだよなぁ」と感じたので一言。
「おめでとうございます!これまで、コツコツ積み上げてきたものを、
自分で光をあてることができるなんて、うらやましいです!」
課長になってからを振り返ると、生涯学習課長の時に、
富士山世界文化遺産の構成資産を目指して、
町の宝である「柿田川」を「国天然記念物」にする作業をし、
現在の都市計画課長として「柿田川の保護・保全」活動に参加し、
多くの一般質問に答弁させてもらいながらも、(汗)
何度となく「柿田川」に直接入ることで、その魅力に触れてきた。
また開園以来の「柿田川公園の大改修」に携わり、
多くの方の協力をいただき、町民憩いの場としての整備が進んでいる。
そして、10月から産業観光課長として「柿田川」を通して
「清水町」を全国に情報発信する仕事に就くこととなったわけだが、
この経過を振り返るだけでも「ホップ、ステップ、ジャンプ」と、
一歩ずつ「柿田川」の知識と楽しむ知恵が増えてきたことは、
ほぼ毎日、柿田川を眺めている私が一番知っている。
「ソフト事業」と「ハード事業」のあとは「ハート事業」。
多くの方のハートに届くような仕事として、総仕上げをしたいな。

P.S.
「産業観光課」は「観光振興」ばかりではなく、
「産業振興」「自治振興(まちづくり)」も担うことになる。
やはり「まち・ひと・しごと」の地方創生かな。



2015年09月18日(金)
俺はピアノを弾く猫だ。

映画「シェフ 三ツ星フードトラック始めました」
(ジョン・ファブロー監督)から。
「移動屋台」も「フードトラック」と言うと、
アメリカンっぽくなるな、と感心しながら、
日本では「キッチンカー」だな、と苦笑いした。
ストーリーとは、直接関係ないが作品の序盤に、
自分の料理を酷評する評論家のツイートを読み、
個人に返信したつもりの書き込みが、リツィートとして
全世界に広がり、大騒ぎになるシーンがある。
そのドタバタ劇を自分なりに振り返って、
「俺はピアノを弾く猫だ」と呟く。
「何それ?」と聞き返す相手に「おもしろネタだ」と
真面目に答える会話が、引っかかった。(笑)
こういう時、なぜ例えが「猫」なんだろうか、という疑問と、
インターネット上に「ピアノを弾く猫」の映像が、
多く投稿されて、大勢の人に見られていることの表現、
うまいな、と思った。
人間以外で、ピアノを弾くのは「犬」ではなく「猫」。
この違い、もう少し、調べてみようかなぁ。



2015年09月17日(木)
お通夜は、人生の卒業式

人生の大先輩とも言える方の奥様が亡くなったという訃報に接して、
業務終了後、予定していた会議を(止む無く)キャンセルして、
お通夜に参列した。
「村八分」の残りの「ニ分」は「火事とお葬式」だと知ってからは、
どんなに犬猿の仲になろうが、無視することが出来ない事柄と理解し、
出来る限り顔を出すことにしている。
今回は、故人の人柄をあらわすかのように落ち着いた雰囲気の中、
彼女の人生を振り返る機会があり、田植えが機械化する前の大変さなど、
農家に嫁いできた時の苦労も、しみじみ伝わってきた。
しかし、ナレーションを語る女性から「今日は、人生の卒業式」という
フレーズが飛び出し、なるほどなぁ・・と記憶に留めた。
「お通夜」というと、なんとなく「未練」や「湿っぽさ」が残るが、
「人生の卒業式」というと「本当にお疲れ様でした」という言葉が
素直に私の心から発せられた。
そんな中、夫が亡き妻に伝えたかったメッセージが紹介され、
「61年間一緒に生きてきてきてくれて、ありがとう」だった。
61年という、私の年齢よりも長い期間を一緒過ごしたお二人は、
ふたりだけの「夫婦の卒業式」に参列して、お互いを慈しみ、
夫が「蛍の光」を歌い、亡くなった妻が「仰げば尊し」を歌うのだろう。
卒業式の定番ソングは、今まで学校の卒業式しか思い浮かばなかったが、
片方が他界した夫婦でも、別れを惜しむ気持ちが伝わってきた。
「お通夜は、人生の卒業式」ってフレーズ、記録として残しておきたい。
「今こそ、別れめ、いざ、さらば・・」(合掌)



2015年09月16日(水)
少数意見をとりあげるべきか?

以前紹介した書籍「大放言」(百田尚樹著・新潮新書刊・239頁)から。
賛同したのは「少数意見をとりあげるべきか?」という内容。
「国会で『政党』として認められるのは、
所属議員の数が五人以上か、直近の国政選挙で
得票率が2パーセント以上ある政治団体という決まりがある。
つまり議員が四人以下で得票率が2パーセントに満たない場合は
政党として認められないのだ。
私はこれはまっとうな規則であると思う。」という部分。
「世の中には『少数意見を大切にしろ』という意見がある。
一見、非常にもっともな意見のように聞こえるが、
はたしてそうだろうか。
98パーセントが『納得できない』という意見は、
切り捨てていい意見だと思う」という彼の主張に頷いた。
「何度も言うが、これは少数意見の切り捨てではない。
五〇人に一人しか理解できない意見というものは、
本来は耳を傾ける意見ではない。
これはほとんどノイズと言えるものである」と書いている。
なんとまぁ、大胆に言い放ってくれるな、と拍手を送った。
一種のクレーマーに近い、声の大きな一市民の主張を、
「少数意見」と勘違いし、取り上げないためにも、
各種団体の会長や、選挙で選ばれた議員さんたちがいる。
私はそう考えているのだが、これも少数意見だろうか。(汗)



2015年09月15日(火)
女中はまともな職業だったし、嫁入り前の花嫁修業でもあった。

映画「小さいおうち」(山田洋次監督)から。
ストーリーとは、あまり関係ないかもしれないが、
昭和初めの頃の「女中」という職業に興味を持ってしまった。
年老いた主人公・布宮タキ(倍賞千恵子さん)が孫に語る、
「女中」という職業に対する定義に頷いてしまった。
「昭和の初めの頃はね、東京のサラリーマンの家庭では、
女中さんがいるのは当たり前だったのよ。
近頃は、お手伝いさんなんて言い方をするけど、私の若い頃は、
女中はまともな職業だったし、嫁入り前の花嫁修業でもあった。
奴隷みたいに思われたら、かなわないよ」
最近では「花嫁修業」という言葉も死語となりつつあるが、
男性の「徴兵制度」がなくなったように、
女性の「花嫁修業」も時代の流れとともに、なくなった。
どちらも、若い年代の大切な一時期でないかと感じている。
特に「花嫁修業」となっていたという「女中」という役割は、
ある意味、有料の社会奉仕(ボランティア)をしながら、
家事全般に必要な知識・基礎技術を、住込みで覚えるシステム、
そう考えることが出来なくもない。
長い期間でなくても、家族以外の人たちと一緒に住むことで、
いろいろなことを覚えさせてもらえる体験は悪くない。
しかし、これも中年男性の古い視点かもしれないなぁ。