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しもさんの「気になる一言」
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2015年09月04日(金)
目立ちすぎると逆に目立たない

映画「シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム」
(ガイ・リッチー監督)から。
「シャドウ」イコール「陰」であるが、今回は「変装」が
キーワードになっていたかもしれない。
「変装はなし?」「食事の時にはね」という会話から始まり、
「ひどい変装だが、時間がなかったのだ」と女装の言い訳をし、
「(隠しても)人は緊張するとそれが動きに表れる」など、
「隠れる」ということにスポットが当たっていた。
しかし、それは驚きのラストシーンのように「椅子」そのものに
同化するのではなく、日常生活に溶け込む、という形で身を隠す。
だから、端から観ると派手にみえる「ひげ」や「変装」も、
彼の理論では「目立ちすぎると逆に目立たない」となる。(笑)
今回の不満は、もっと推理で事件解決をして欲しかった。
ドキドキするようなアクションシーンは、007やM.I.Pに任せて、
ゆっくり、じっくりとした時間を楽しみながら、
ワトソンと協力しながら、問題を解決していく。
それこそ「シャーロック・ホームズ」ならではの世界ではないか。
続編を匂わせる「THE END ?」のタイプライターの文字、
う〜ん、基本は1作品完結型、にして欲しいなぁ、が私の持論。



2015年09月03日(木)
要領よく過ごすには「透明」になることよ

映画「美しい人」(ロドリゴ・ガルシア監督)から。
原題「Nine Lives」のとおり、9人の女性達の9つの人生。
オムニバス形式に語られる女性の心の内部?なのかな、
そんな思いで観終えた。
正直、あまりよく分からなかった。(汗)
それが私が男だからなのか、感性が繊細じゃないのか、
それさえもわからない。
9人が、どこがでクロスするのかと期待したが、
それもあまり見られず、消化不良のままだった。
一人ひとりの場面でメモをしたから、記録に残したい。
□サンドラ「要領よく過ごすには「透明」になることよ」
□ダイアナ「傷ついても怒ってもいない、悲しいだけ」
□ホリー「あの時のパパの笑顔を今でも覚えてる」
□ソニア「君は愛しているけど、決めたことは守れ」
□サマンサ「人生をみつめることは、いつでも出来る」
□ローナ「近頃の女は、男の世話で手いっぱいね」
□ルース「蜃気楼ほど、真実味のあるものはない」
□カミール「眠りには、過去、現在のすべてが存在する」
□マギー「厄介な荷物を背負い生きてきた」
ワンシーン、ワンショットだから、映画らしくないのかな。
邦題も「美しい人」だから、
余計にわからなくなってしまったのかも・・とほほ



2015年09月02日(水)
体重誤差、±200グラム

「レコーディング・ダイエット」をしているわけではないが、
自分の身体に関心を示すために、データを取得している。
朝起きて「体温・血圧」、お風呂前に「体重・体脂肪率」、
そして寝る前に「体温・血圧」。
(「歩数」と「心拍数」は「Apple Watch」が自動計測。)
やはり私は「データ好き」だなぁ、と自覚しているが、
驚いたことに、測る前に自分で自分の身体と向き合い、
私なりの数値予測をすると、最近、非常に近い数字が出る。
特に、お風呂前に素っ裸で測る「体重」は、正解に近い。
今日はこれくらい運動をし、これを食べて飲んで、
そして一番大切な、お腹のへっこみ具合いから推察すると、
体重計に表示される数字の誤差は、ごく僅か。
だから「体重誤差、±200グラム」を記録として残したい。
逆に、なかなかわからないのが「体脂肪率」。
体温と関係している気もするし、水分量にも関連が?
未だ、体脂肪率だけは、毎回大きく外れているので悔しい。
う〜ん、この感覚は、どうやって見つけるんだろう。



2015年09月01日(火)
人間の体は体内に余っているものしか外に出しません

書籍「水分の摂りすぎは今すぐやめなさい」
(石原結實著・三笠書房刊・252頁)から。
いろいろな方の健康法や、ダイエット本などを読み漁り、
私が一番、なるほどなぁ・・と思った著者なので、
続けて、他の著作も読み始めた。
男性と女性の太り方も違うし、ダイエットの仕方も違う、
それを、一種類のハウツー本で対応することは難しい、
そんな主張も、なるほどなぁ・・と思ってメモをした。
ただ、男でも女でも、共通している現代人の傾向は、
「水分の摂りすぎ」であるということ。
水分を十分に摂らないと、血が固まりやすく、
脳梗塞などになりやすい、という説明を信じて、
一日に何リットルも水を飲むことに疑問をもたなかった。
でも、この説明にはっとさせられた。
「人間の体は体内に余っているものしか外に出しません」
汗をかきやすいってことは、体質だけでなく、
水分の摂り過ぎってことなんだろうなぁ。
人間の体って本当によくできている。
だから自分で病気を治す、自然治癒力にも期待したい。



2015年08月31日(月)
人間は、螺旋そのものかもしれない。

映画「リトル・フォレスト 冬・春」(森淳一監督)から。
「夏・秋・冬・春」と「小森の季節(四季)」を観続けてきたが、
作品、全体のメモを整理したら、やはり「春」が一番多かった。
ただ「5年前の雪の日に突然姿を消した母・福子から1通の手紙」は、
主人公だけでなく、私の心も揺さぶった。
「何かにつまずいて、それまでの自分を振り返ってみるたびに
私っていつも同じようなことでつまずいているなって。
一生懸命、歩いてきたつもりなのに、同じ場所をぐるぐる円を描いて
戻ってきた気がして落ち込んで。でも、私は経験を摘んだんだから、
それが失敗にしろ、成功にしろ、まったく同じ場所ってことはないよね。
じゃあ、円じゃなくて、螺旋(らせん)だって思った。
一方向からみたら、同じところをぐるぐる、に見えても、
きっと少しずつは、上がっているか、下がってるかしてるはず。
それなら少しはましかな。
う〜ん、それよりも人間は、螺旋そのものかもしれない。
同じところをぐるぐる回りながら、それでも何かあるたびに、
上にも下にも伸びていくし横にだって。私が描く円も次第に大きく膨らんで、
そうやって少しずつ、螺旋はきっと大きくなっている。
そう考えたらね、私、もう少し頑張れると思った」。
長文になってしまったが、この作品の根底に流れている考え方、
そんな気がして、何度も何度も巻き戻して、メモをした。
何かに行き詰ったら、ちょっと離れて違う方向から自分を眺めてみる。
そこに、生き方のヒントが隠されているに違いないのだから。



2015年08月30日(日)
エレベーターには「閉める」のボタンがない

「働く女性の会(ATG)」の8月例会だった。
講師は「小山寿美枝さん」
演題は「住んでみたらこんなトコ! ドイツ」。
2007年10月〜2011年1月の約3年間、
御主人の転勤に伴いドイツのデュッセルドルフで生活。
一専業主婦がどのような生活をしていたのか、
いろいろな角度から撮影された写真で紹介してくれた。
実は、私の予想をはるかに超え、国民性の違いを痛感した。
彼女が住む隣の自治体では、最低限のドイツ語が話せるだけでなく、
生活する上で大切な、ルールやマナーの試験があり、
それに合格しないと住むことができない、という話は、
本当?と疑いたくなるほど、私の目指すまちづくりと近かった。(笑)
全国の多くの市町が目指す、総合計画に掲げる将来都市像は、
いろいろな分野を盛り込み、曖昧になりやすいけれど、
「こういう意識を持った人たちが住む市(町)」という、
住む人たちに意識にスポットが当てた将来都市像だったら面白い。
それはまさしく「市民(町民)文化」であり、街の特色となるからだ。
文字にするのではなく、あらゆる場面で気付かせる仕組み、
単に「思いやりを大切にしましょう」よりも
「エレベーターには『閉める』のボタンがない」ほうが、
国民、住民には「おもいやり」の意識がわかりやすいに違いない。
声高に「バリアフリー」「障碍者対応」と叫ばなくても、
国民が「当然」「当たり前」と感ずる仕組みが羨ましかった。
時には、学者や専門知識の多い人よりも、そこに住む日本人の感覚を
大切にしていくことを学ばせていただいた.気がする。
これからも、いろいろな国の生活様式を聴いてみたいな。

P.S.
ドイツ国民は「冷蔵庫の霜」に手こずっているようであり、
「しも(霜)に悩まされていました」という講師の説明に、
「えっ、私?」と反応してしまった自分が可笑しかった。(汗)



2015年08月29日(土)
柿田川紹介は「名刺」より「スマホ」

「名水サミット」「名水シンポ」と呼ばれる、
「全国水環境保全市町村連絡協議会全国大会」であるが、
実は、最大のお楽しみは「交流会」にある。
自分たちの誇れる「名水」の写真を名刺に刷り込み、
ここぞとばかり「わが町の名水です」と紹介するのだが、
柿田川は、他の「名水」とは湧水量の規模が違うのか、
私たちが名刺によく使用する「富士山と柿田川の景」は、
私の期待を大きく裏切り、ほとんど驚かれなかった。(汗)
名水といっても「生活に密着した『名水』」が多い中、
「柿田川は日量110万トンの湧水量なんです」と説明しても、
イメージはわかないだろうし「25mのプール2000杯です」と
説明しても、キョトンとされてしまうのは目に見えていた。
そこで、思いついたのが、自分のスマホで動画を見せることだった。
私がほぼ毎日アップしている「柿田川evol」の中から、
「勢いよく湧いているシーン」や「水中のキレイな景色」などを
その場でピックアップして観てもらったら、驚きの声が広がり、
「一度行ってみたい」という、私を喜ばせてくれる台詞を得た。
だから「柿田川紹介は『名刺』より『スマホ』」を残したい。
(表現としては「写真」より「動画」なんだろうけれど・・(汗))
「名刺」に刷り込まれた「QRコード」をスマホで読ませると、
柿田川の湧いている様子(動画)が、その場で観られるシステム。
たしか実用化しているから「柿田川バージョン」を作るだけのはず、
映像はいくらでも提供しますから、誰か技術を貸してください。



2015年08月28日(金)
自然の近くにいたいよね

第29回全国水環境保全市町村連絡協議会全国大会
「名水サミットin安曇野」に参加するため、長野県に出向いた。
昭和60年に環境庁が選定した「名水100選」に選ばれた自治体と、
その後追加された「平成の名水100選」に選ばれた自治体も含め、
毎年開催している全国大会である。
1泊2日の中で、多くの気付きをいただいたので、少しずつ紹介したい。
まずは「基調講演」から。 
講師は「俳優」であり「気象予報士」の資格を持つ「石原良純」氏、
演題は「安曇野の水、日本の水 〜天気は水からできている〜」。
「太陽、地球、空気」の関係を説明しながら「水」の持つ特性を話し、
笑いの中にも、水の大切さ、自然の素晴らしさを充分に伝えてくれた。
だんだん社会が複雑化し、癒しの時代が求められ始めた頃、
仲間たちとこんな会話をしたんです、と教えてもらったフレーズが
「自然の近くにいたいよね」。
都会で生活している人たちには、何気ない会話なのかもしれないが、
私のアンテナには、とても心地よいフレーズとして残った。
地方に住む私たちは、身近にありすぎて気付かない「自然」に対して
感謝していない気がする。
特に「水」に関してはあまりに無頓着であり、感謝の気持ちが少ない。
「ありがとう」の反対語とされる「当たり前」になっていると思う。
柿田川の写真や動画に「自然の近くにいたいよね」を添えてみたいな。



2015年08月27日(木)
ランニング開始記念日

ちょうど1年前の今日(8月27日)、私は職場の若い仲間に誘われて、
まだ暑さが残る中、約5キロのランニングに挑戦した。
この距離を走るのは、私の57年の歴史を遡っても、
中学時代の部活『バスケット』以来、何十年も走ってなかったし、
日常生活の中では、通勤でウォーキングをしているだけだから、
すぐ歩きたくなるに違いない、と思っていた自分の心とは裏腹に、
本当にゆっくりだが、なんとか、歩くことなく走りきることが出来た。
この時の感覚は「あれ? まだ走れるじゃん」(笑)。
そして、この「達成感」がとても嬉しくて、この日を境に、
走れる体づくりを目指し、生活習慣を変えることからスタートした。
当時「72キロ」あった体重は、走るには重く負担に感じたので、
まずはダイエット(減量)し、体重を落とせるところまで落とし、
その後、徐々に筋肉をつけながら・・体重を戻していくことにした。
家族の協力も得て、食事コントロールをしながら、
片や、時間を見つけては「ランニング」と称して遠出したことも、
今となっては、とても楽しい日々だった気がする。
あれから1年「64キロ」前後の体重をなんとか維持しながら、
私のライフスタイル自体が激変し、やっと馴染んできた気がする。
人生の中で「ターニングポイント」となった日に違いないので、
「ランニング開始記念日」として、気になる一言に残したい。
なんでも1年間続けられれば、なんとかなるもんだなぁ。



2015年08月26日(水)
自分の責任で話せるのってそれぐらいだろう

映画「リトル・フォレスト 夏・秋」(森淳一監督)から。
原作の漫画を知らなかったので「「リトル・フォレスト」が、
作品の舞台となっている、東北の山間の小さな村「小森」を
英語にしたタイトルとわかり、ちょっぴり苦笑いをした。
ただ、ストーリーも映像も、私好みであり、
大きな事件があるわけでもなく、大きな自然に抱かれて、
淡々と時が過ぎ、その生活の中で自分を発見していく。
気になる一言は「夏編」の「6th dish)」
主人公・いち子の後輩、都会に出て戻ってきた、ユウ太の台詞。
「自分自身の体でさ、実際にやったことと、その中で感じたこと、
考えたこと、自分の責任で話せるのってそれぐらいだろう。
そういうことをたくさん持ってる人を尊敬するし、信用もする。
何にもしたことないくせに、なんでも知ってるつもりで
他人が作ったものを右から左に移してるだけの奴ほど威張ってる。
薄っぺらな人間の空っぽな言葉を聞かされるのにうんざりした。
俺はさ、他人に殺させておいて、殺し方に文句をつけるような、
そんな人生は送りたくないなって思ったよ」
なかなか深い意味が隠されているなぁ、とメモをした。
私も元来「現場第一主義」だし、頭で覚えた「知識」より、
体で覚えた「知恵」を大切にしようと常に思っている。
だからこそ、この台詞が響いたが、ふと現実を振り返ると、
「世の中、そんな甘いもんじゃない」という台詞も理解できる。
う〜ん・・迷うところだけれど、気持ちだけは
「自分の責任で話せること」の範囲を意識しよう、そう感じた。
そう言えば、主人公の彼女も、こう呟くシーンがある。
「言葉はあてにならないけれど、私の体が感じたことなら信じられる」
結局は、そう言うことなんだよなぁ。