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しもさんの「気になる一言」
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2014年12月28日(日)
江國香織という作家は、男じゃないのか?

書籍「赤い長靴」(江國香織著・文春文庫刊・261頁)から。
いつも、う〜ん、わかるわかる、と読み終えてしまう江國作品。
登場する男が、いつもだらしないよね、と言われようが、
これを読むと、江國香織という作家は、男じゃないのか?と
疑いたくなるほど、男の心理描写が巧いと思う。
メモしたフレーズも、一つひとつを取り挙げたいくらい、
インパクトがあったり、なるほど・・と頷く部分が多い。
今回選んだのは、男に対する定義。(笑)
「男の人というものは、必要とあらば大変感じよく振舞えるが、
必要に迫られない限り、決して感じよくは、振舞えない生き物なのだ」
という表現が、可笑しかった。
「喫茶店で新聞をひらくのは、日和子の考えでは、
男の人のすることだからだ」、そんな行動分析も笑えた。
さらに「逍三は、大多数で騒ぐビアガーデンも苦手だが、
見知らぬ女にすり寄られ、次々、水割りを作られるこのような場所は
さらに苦手だった」では、拍手を送りたくなった。
彼女の「女性の定義」は、上手・下手がわからないけれど、
「女友達の際限ないお喋りと、強烈なまでの変わらなさ加減、
それが自分を不安にすること」なんて表現は、男から見ると
なんとなく分かる気がする。(笑)

P.S.
数多(あまた)ある一つずつ通り・・
偶(たま)とはいえ、あるのだから。
夥(おびただ)しい数の鉢植えを店先にならべ・・など、
漢字も勉強になるなぁ、小説は。



2014年12月27日(土)
年末の餅つきは「非常食であり、お年玉」

昨年末に、子ども(孫)たちと「餅つき」をした、そんな投稿を目にして、
我が家では「羨ましいね」「偉いなぁ」と談笑したが、
私が「子どもたちと一緒に餅つきをする、狙いなんだろう?」と
へそ曲がりの疑問を投げ掛けたので、いろいろな意見が出た。(笑)
「年末の歳時記として、体験させることがいいんじゃないの?」
「つきたてのお餅の美味しさを教えることも出来るよね」
「家族そろって・・ってのが、楽しそうだよ」
う〜ん、異論はないけれど、子どもたちに教えるのは、
日本の風習、文化として「年末に餅つきをする」ことだけでなく、
どうして「年末に、餅つきをするのか」を教えないと意味がない、
そんな発言をしたら「じゃあ、インターネットで調べたら?」となった。
しかし、昨年調べた記憶がないので、あえて一年後に調べてみると、
もちは「望」を意味しており、
「家族みんなが幸せで希望が叶えられるように」と、
もちをつき神仏にお供えし、おめでたい儀式に用いるのがしきたりで、
節句のちまきや柏餅などのようにハレの時だけお供えして食べる。
という非日常食だったようだ。
もちを食べることで、神の霊力を体内に迎え生命力の再生と補強を願い、
1年で最も重要な神祭のお正月を年玉(年魂)といい、
昔は、家族やゆかりの人達に餅を配る風習があった、との説明に、
「年末の餅つきは『非常食であり、お年玉』」を残そうと思う。
これで、思い出せるかなぁ、餅つきの意味。(汗)



2014年12月26日(金)
沼商吹奏楽部定期演奏会は「最前列がVIP席」

毎年、楽しみにしているクリスマス恒例のイベント。
地元、沼津商業高校吹奏楽部の定期演奏会(第54回)は、
昨日、沼津文化センター大ホールで公演された。
ただ開演が17時30分のため、私は業務終了後、
約4キロの道のり猛ダッシュで走り、会場に着いた時は、
汗ダクダクで、席に着いた時も、汗は引かなかった。
隣席の女子高生に不思議そうな(驚いたような)目でみられ、
いたたまれなくなり、休憩時間に、最前列に移動した。
楽器演奏会、特に吹奏楽やオーケストラの演奏では、
最前列は、聞きづらい、観にくいと敬遠しがちなのだが、
今回ばかりは、勝手が違った。
第2部「沼商オリジナルステージ・アナと雪の女王」と、
第3部のポップス曲、さらには、定番ソング「情熱大陸・
風になりたい、あの鐘を鳴らすのはあなた」へと続くステージ、
そして、今回で部活を引退する3年生の引退セレモニーは、
最前列ならではアングルで、彼ら彼女らの演技や、
思い出いっぱいで頬を流れる涙も、目の前でしっかり見えた。
高校の部活っていいな、って心から思ったし、
苦楽を共にしてきた仲間ではなくてはならないメッセージも、
私の心に響いたことを記しておきたい。
「沼商吹吹奏楽部定期演奏会は『最前列がVIP席』」をメモして、
来年の真新しい手帳のスケジュールを埋めたいと思う。
来年も、絶対「最前列」で鑑賞しようっと。



2014年12月25日(木)
時々、鬱陶しくなる「Facebook」(笑)

知人の勧めで始めた「Facebook」、
このSNSで知り合った友人も多く、基本的には感謝している。
だけど、時々「おせっかい」とか「大きなお世話」と感じる
情報サービスが鬱陶しくなる。
その代表が、年末の「1年の振り返り」とか「1年の新聞」、
さらに、友達の「誕生日のお知らせ」など。
どれも、個人が1年間を振り返り、重大ニュースを選ぶからこそ、
あの年は、こんな1年だったなぁと、本人の想い出に残り、
さらには、それが何年経っても思い出せる、と私は考えている。
Facebookが勝手に編集してくれる「1年の思い出」は、
申し訳ないが無味乾燥だったし、写真をあまりアップしない私は、
それはそれはつまらない1年だったことになる。
しかし現実は、今年ほど変化に富んだ1年はなかったし、
人生の転換期、と言ってもおかしくないほど充実していたから、
この企画に賛同しシェアするまで、何度も繰り返される画面を見ると、
本当に「鬱陶しい」と呟きたくなる。
勿論、友人・知人の誕生日を、Facebookで知り、タイムラインで
「お誕生日おめでとう」とメッセージを打つことにも抵抗がある。
それが悪いと言うことではなく、私には必要のないサービスだな、
と感じているだけ。
この1年を振り返るのは、大晦日まで一生懸命に生きて、
新しい年の元旦に、前年をゆっくり振り返りたい。
ちょっと辛口だけど「時々、鬱陶しくなる『Facebook』(笑)」を
年末の一言に残そうと思う。(脱退させられちゃうかな?(汗))



2014年12月24日(水)
家族版・ゴチになります、今年は撃沈。(悔し〜い)

毎年恒例となってきた「家族の忘年会」。
いつも、この時期、職場や親しい仲間たちとの忘年会が続き、
家族には、カレンダーに「夕食なし」と書くだけで、
申し訳ないと思ったのか、ここ数年、家族の忘年会を開催している。
今年はちょっと早いけれど、クリスマスイブに1年を振り返りながら、
美味しい料理と好きなアルコールを飲みながら楽しんだのだが、
お会計の時、家族のそれぞれが清算額の予想をする企画、
「家族版・ゴチになります」(勿論、支払いは私がするのだけど)
ここ数年、私が一番近かったけれど、今日は見事に惨敗。
このところ毎日続いている「飲み会」の感覚で予想したら、撃沈。
一番、近かったのは、なんと長女。(ニアビン賞)
続いて「母」、私とゴチを争った「妻」にもかわされて、
結局は、私の忘年会会計(清算)に大きな誤差が生じたようだ。
今、考えると、最後のアイスとシャーベットが余計だったな、
いや、あそこで「純米吟醸」のおかわりは失敗だったなぁ、とか
反省することは多々ある。(笑)
まぁ、こうして今年も「家族で忘年会」が出来るだけでも幸せだな、
そう思うことで、良しとしよう・・。
帰宅後、せっかく買ってきた「クリスマスケーキ」はお腹に入らず、
神戸で買ってきた「赤のスパークリングワイン」も正月に持ち越し。
この悔しさをフレーズにすると、やっぱりこうなる。
「家族版・ゴチになります、今年は撃沈」(悔し〜い)



2014年12月23日(火)
「豊かさを実感できる生活都市・清水町」を一番口にした人

先日、前町長の告別式に参列し、遺影を眺めていて気がついたこと。
この人は、あのフレーズを一番口にした人だったなぁ、と。
そのフレーズとは、第三次清水町総合計画の将来都市像、
「豊かさを実感できる生活都市・清水町」である。
既に、わが町の総合計画は「第四次〜」を推進中であり、
現在は、その役割を終えた「一世代前の将来都市像」であるが、
その計画策定に携わった私としては、
1996年(平成8年)〜2010年(平成22年)の15年間のまちづくりを支えた
フレーズとして、今でも懐かしく計画を眺めたりしている。
計画期間と、先日他界した前町長の任期がほとんど重なったためか、
どうしても、イコール又はセットで当時の様子が蘇ってきた。
就任当初の頃、企画係長として町長室で計画の概要説明をした時、
「どんな挨拶でも『豊かさを実感できる生活都市・清水町』というフレーズを
入れてください」と生意気にもお願いしたことがふっと思い出された。
その時「わかった」と頷いた首長は、その後3期12年間、機会あるごとに
将来都市像を口にしてくれた。(汗)
そのフレーズを耳にするたびに、私は嬉しかったですよ、と、
当の本人に伝えることが出来なかったことが、今となっては何とも淋しい。
あらためて、ご冥福をお祈りいたします。(合掌)

P.S.
計画の巻頭言「在平素」(平素に在り)を読み直し、涙腺が緩みました。
「何事も平素の積み重ねが大事」・・心に刻みます。



2014年12月22日(月)
復活の喜びは、まさに格別

一日平均10,000歩、年間365万歩を目標に掲げ、
歩数計を常に身につけてから、3年が過ぎようとしている。
1年目の2012年(平成24年)は、11月18日(323日目)で達成し、
年末までにさらに、478,357歩を加え、4,138,357歩を歩いた。
続く2年目の2013年(平成25年)は、
1年目の達成に油断があったのか、なんと372,728歩を残して、
3,277,272歩で大晦日を終え、ちょっぴり悔しい思いをした。
そして3年目の2014年(平成26年)は、前半苦しんだが、
人事異動で勤務先が変わった4月以降、一気に盛り返して、
12月20日(354日目)で、なんとか年間365万歩を超えた。
初めてチャレンジし、勢いだけで歩いた2年前の達成感とは違い、
一度挫折して、生活サイクルを徹底的に見直して、
心新たに再チャレンジした結果だからこそ、その達成感は、
言葉に表現しにくいが、まさに格別である。
年齢を重ね、体力が衰えてきたことを自覚していたからこそ、
よけいに嬉しかったのかもしれない。
この日を思い出すために「復活の喜びは、まさに格別」を残し、
あと数日も、コツコツと歩き続けていきたい。



2014年12月21日(日)
俺、職員が可愛くてしょうがないんだよ、だけど・・

前町長のお通夜のあと、訃報を聞き駆けつけてくれた、
北海道清水町の町長と、夕食を共にする機会に恵まれた。
平成の合併が進み、福井県清水町は福井市と合併、
和歌山県清水町も有田川町になり、全国に4つあった
「清水町」が2つもなくなり、全国清水町の姉妹縁組は、
解消されてしまったけれど、それでもなお「北海道清水町」は
路面が凍結して離陸もままならなかった帯広空港から、
なんとか飛び立ち、お通夜にも間に合い、事無きを得た。
本来なら、私たち職員が同席する立場にはないのかもしれないが、
無理を承知でお願いしたら、快く同席していただき、
今まで私たちの知らなかった、トップ同士の会話も教えていただいた。
当時、残った2つの清水町(北海道・静岡県)で、再び「姉妹縁組」を結ぼうと
持ちかけられた時、北海道の事情で受けられず断ったことを悔やみ、
今回はどうしても葬儀に参列しなければ・・と来町の理由を語ったあと、
亡くなった前町長が、北海道の清水町長に語ったという台詞を披露した。
「俺は、職員が可愛くてしょうがないんだよ、
だけど、叱らないと育たないから、心を鬼にして叱っているんだ」と。
へぇ〜、そんなことを考えて、叱ってくれていたんだ、と、
ただ単に「怒られていた」と感じていた私は、恥ずかしくなった。(汗)
「義理と人情」を最も優先してきたその行政手腕は、
お通夜に参列した多くの人たち、誰もが認めるところであろう。
祭壇に飾られた遺影を見るたびに、あの独特の口調が思い出され、
確かに、この人に育てられたなぁ、と感じたお通夜だった。
「お世話になりました」、そして「ありがとうございました」(合掌)



2014年12月20日(土)
「刺激しあう」関係っていいな

2014年11月の上旬、筑波大学の学生から依頼を受けた、
「ICTの活用による中年者を対象とした
身体活動促進プログラムの開発」に関する調査は
毎日「歩数計」を付けて歩き、
その歩数をFacebookに報告するというだけの調査かと思っていたら、
私の予想以上に、楽しい試みとなった。
たまたま同じグループに分けられた人たちで繰り広げられる
お互いの「いいね」や、励ましのコメントは、
健康のために少しでも多く歩こう、と思う私のモチベーションを、
ずっと下げないまま、楽しく調査終了を迎えることが出来た。
それまで、一度も面識のなかった人たちが、
同じ目的のためとはいえ、こうも刺激し合えるものか、と
驚くとともに、その効果は絶大だな、と再認識させられた。
さらに調査期間が終えてからも、誰彼とはなく、自主的に、
これからも続けたいという声が上がり、2カ月ほど前までは、
存在すら知らなかった、全国に散らばっている人たちが、
今では、一番コミュニケーションをとる仲間になった。
一方的に「指示・命令・アドバイス」をするのではなく、
双方向で「刺激しあう」ことは、ひとりではできないこと。
だからこそ「刺激しあう」関係は、楽しいのかもしれない。
来年も「刺激しあう」仲間たちと、歩きつづけたいと思う。



2014年12月19日(金)
ゴルフは「心の人間ドック」

質問攻めにあった11月議会も無事終わり(汗)、夕方からの職場忘年会を前に、
久しぶりの休暇をとって、後輩たちと近場のゴルフ場へ出かけた。
最近は、ゴルフ場でも健康のために、乗用カートに乗らず、
歩く癖をつけているが、私にとって「ゴルフ」は、実は健康のためではなく、
どれだけ自分をコントロールできるか、トラブルに冷静に対処できるかなど、
精神的な面の「人間ドック」と位置付けて、楽しんでいる。
ところが「体の人間ドック」は努力次第で改善できるが、
心の成長を測るバロメーターと位置付けたゴルフは、全然改善されていない。
いやむしろ、どんどん悪化の道を進んでいる気がしてならない。(汗)
本来、スポーツでもなんでも、お金と時間をかければ、
ある程度は上達して、自己満足に浸れるのであるが、ゴルフだけは、
たとえお金と時間を使っても、なかなか上達しないスポーツなので、
どれだけ心(精神)が成長したかを試す場として、活用している。
といいつつ、今回もまたまた私の心は大きく乱れ、同伴者のスコアや、
自分の球の行方が気になって、心は冷静になれず、安定しなかった。
う〜ん、ゴルフを始めた頃が、一番うまかった気がするなぁ。
巧くなりたい、という欲がなくなったんだろうな、たぶん。
改めて「ゴルフは『心の人間ドック』」を記しておこうっと。

P.S.
さて一休みして、本日のメインイベント、課の忘年会に繰り出すとするかな。
酒の肴には困らない、珍プレーならいっぱいあったから。(笑)