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しもさんの「気になる一言」
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2013年08月25日(日)
やっぱりワインは分かち合う飲み物だよ

映画「サイドウェイズ」(チェリン・グラック監督)から。
作品中、ワインの話題が飛び交い、面白かった。
カリフォルニアのナパヴァレーが舞台となり、
「ワインは飲むんじゃない、口に含む」とか
「『ナパ』とは、先住民の言葉で『豊かな場所』を意味します」など
一般常識的な知識もあったが、
「ワインにも人生にも、正解はないよ。
それぞれの選択にそれぞれの味わいがある」
「やっぱりワインは分かち合う飲み物だよ」
「何を飲むかなんて重要じゃない。誰と飲むかが大切なんだ」など、
私のアンテナに引っ掛かったフレーズも多かった気がする。
食べ物、飲み物は、いろいろなウンチクがあるけれど、
やはり、一番大切な人と時間をかけて、分かち合うことが、
基本中の基本だって、最近、多くの映画や書籍から学んでいる。
「花がきれいなのは、自分を騙せないから、おばあちゃんが言ってた」
「最短距離がベストな道のりとは限らない」なんて言葉もいいけど、
ワザとらしく日本語を間違える台詞のメモが増えた。
「開けなきゃよかった、ゴンドラの箱ってやつだ」
「ベストカッブル・・割れ鍋に綴じ蓋」
「ひねもす(終日)、ぐったりだよ。(のったりだよ)」
「チャラチャラおかしいよ」「チャンチャラおかしいじゃないの?」・・
鑑賞後、ワインを誰かと分かち合いたくなる映画だった。

P.S.(おまけ・・記録に残しておきたい台詞)
ロミオがジュリエットを失ったのは、大事な手紙を自分で届けなかったからよ



2013年08月24日(土)
マナーを守らないから遊び場が減っていくんだ

子どもたちの遊び場が減ってきた、という話題で、
「公園禁止事項あふれ」の見出しともに、
特集を組んでいる記事を読んだ。
「公園とは、子どもが危険を察知する力を学び、
出来ないことに挑戦して達成する喜びを学ぶ場所だ」と力説し、
その必要性を広く訴える人もいるけれど、
現実は「遊具か消え、手にゲーム機を持った子どもたちばかり」
フェンスには「大声禁止・自転車乗り入れ禁止・ボール遊び禁止」
そんな「禁止」のオンパレードである。
さらに、公園内で事故ある時は
「公園管理の自治体に損害賠償を求める訴訟」が続くとなれば、
危機管理の中で「公園」が減っていくのは当然だろう。
その理由を探っていたら、公園を管理している人の声が響いた。
「マナーを守らないから遊び場が減っていくんだ」
食べ物のゴミを平気で捨てていく、駐車禁止に平気で駐車する、
そんな簡単なマナーを守らないから、遊び場が閉鎖されたり、
〜してはいけないという看板が増える。
そんな現状を知らずに、ただ「遊び場が消えた」と大騒ぎし、
声高に主張するのは、ナンセンスだと言える。
「(利用者が)マナーを守っているのに、減っていく」なら、
その仕組みに問題があると思うが・・。
ルールとマナーを守らない人たちが増えている富士登山者、
そんな少数の人のために、富士登山が禁止にならないことを
同じ問題として、記録に残しておきたい。
どちらのケースも、同じ利用者が利用出来なくなる危機感を持って、
彼らに直接、説得することが一番大切ではないだろうか。



2013年08月23日(金)
あからさまに階級制度を持ち込んでいる飛行機の座席

書籍「野心のすすめ」(林真理子著・講談社現代新書刊・191頁)から。
「野心」という単語に、嫌悪感を示す人がいるが、
彼女のこの本を読めば、その考え方は変わるのではないだろうか。
「人は自覚的に『上』を目指していないと『たまたま』とか『のんびり』では、
より充足感のある人生を生きていくことは、できないのです」と言い切り、
「屈辱感こそ、野心の入り口なのです。
その時点での自分の敗北を認めることができるかどうか」
「何をしたいのかさえわからない。自分の至らなさを、まず自覚することです」
冒頭に、そうアドバイスをいただいた気がした。
私がなるほど・・と思ったのは、「上」の世界を知る方法を知らないから、
「野心」がなかなかわいてこない、という視点だった。
それを端的に表現したのが、
「あからさまに階級制度を持ち込んでいる飛行機の座席」の例え。
「エコノミーは、ファーストクラスは目に出来ないが、
ビジネスはファーストクラスを通り抜けてから、
ビジネスの席に行くことになります」の一文が頭から離れない。
エコノミーの席に座る人は、ビジネスクラス・ファーストクラスの席を
知る機会がないから、ファーストクラスに座りたい、という野心が起きない、
しかし、ビジネスクラスに座る人は、必ず一度、
ファーストクラスを通過して席に着くので、いつか、この席に座りたい、
という野心がわき上がってくる。そんな話としてメモをした。
私たち「エコノミー」は、まず「ビジネス」「ファースト」の世界を知ること。
ここから始めてみたい。



2013年08月22日(木)
ドナ・サマーの夏は、どんなサマー?

ラジオから、酷暑の話、夏休みの話が話題に上り、
「みなさんは、どんなサマーを過ごしてますか?」みたいな
視聴者への問いかけが耳に残った。
そしたらなぜか、急に頭の中でダジャレが浮かんだ。
「ドナ・サマーの夏は、どんなサマー?」。
自分の中では、久しぶりのヒット。(笑)
まぁ、ドナ・サマーを知らなければ、何にも面白くないし、
今考えれば、たいしたダシャレでもないけれど、
その時は、可笑しくて、車を止めてメモをした。
実は最近、時々、こういうことがある。
しばらくして思い出そうと思っても忘れているので、
その場で、携帯のメモ機能をフル活用してメモをすることに。
しかし、スマホになったら、どうやってメモするんだろう、
そんなことを考えながら、もうしばらく長持ちしてくれ、と
携帯のボディを磨いた。
話は戻るが、私は「ダシャレ好き」を、再認識した。
えっ、みんなはとっくに知ってた?

P.S.
ドナ・サマー(Donna Summer)アメリカ合衆国のディスコ歌手、
ディスコ・クイーン。昨年(2012年)に他界した。



2013年08月21日(水)
「オマージュ」と「盗作・パクリ」は紙一重

映画「東京家族」(山田洋次監督)と「東京物語」(小津安二郎監督)。
両作品を続けて鑑賞した。(「東京家族」・「東京物語」の順)
鑑賞後、メモした台詞を比較して驚いたというのが本音。
「東京家族」の説明に「名匠・小津安二郎の『東京物語』(1953)に
オマージュをささげた家族ドラマ」とあったからだ。
オマージュ(仏:hommage)とは、芸術や文学においては、
尊敬する作家や作品に影響を受けて、似たような作品を創作する事。
しばしば「リスペクト」(尊敬、敬意)と同義に用いられるようだ。
しかし、今回は「盗作・パクリ」と紙一重だな、という感想を持った。
家族構成が少し変わっていたり、「熱海の旅館」が「横浜のホテル」に変わり、
宿泊施設の騒音が「麻雀の音」から「中国人のクレーム」に変わった。
もちろん、親・目上の人に対する言葉遣いなども微妙に変化していたが、
そんな生活環境が、60年近くの時の流れで変化しただけで、
物語の大筋とか、ちょっとした台詞まで、ほぼ同じでは、
厳しいようだが「オマージュ」と言えるのかどうか、甚だ疑問が残る。
こんなシーン、こんな台詞に、その想いを取り入れてみた、という
解説があったら、是非、読んでみたいと思う。
そう思うのは「東京物語(1953)」が、今、鑑賞しても見劣りしない、
考えさせられる作品だったからかもしれない。
異論・反論、大歓迎です。



2013年08月20日(火)
やっぱり、子どもの方がええのう

映画「東京物語」(小津安二郎監督)から。
東京で働いている子どもたちに会いに、20年ぶりに上京した老夫婦。
そこで待っていたのは、自分たちの生活が優先で、
久しぶりに会った両親をゆっくり歓迎する余裕のない子どもたち。
これが1953年、60年近く前に製作された映画と知り驚いた。
現在の私たちに警鐘を鳴らしている、と言っても過言ではない。
日本を代表すると言われている映画監督、小津安二郎さんは、
もしかしたら、予言者ではないだろうか、と思わせるほどだった。
それくらいに「家族、親子、兄弟姉妹、嫁姑」について、
「理想と現実」を組み合わせながら、高度成長期の激動を映し出している。
また、これから日本の問題になるであろう「高齢者の孤独感」も、
ラストシーンの「時計の音」と「一人になると、急に日が長くなりますよ」
の台詞だけで、私には充分に伝わってきた。
そんな多くのメモから、私が選んだのは、
やっぱり親だなぁ・・と感じた老夫婦の会話。
東京での10日間を振り返り「孫もおおきゅうなって」と妻、
「ウム・・よう昔から子どもより孫の方が可愛いと言うけぇど、
お前、どうじゃった?」と夫。
それに続けて「お父さんは?」「やっぱり、子どもの方がええのう」
「そうですなぁ」・・ただ、それだけの会話であった。
自分たちの突然の上京に、子どもたちに迷惑がられていたのも感じ、
なおかつ「大きくなって変わってしまった子どもたち」を実感しながら、
それでも「孫より子ども」と言い切った老夫婦に、拍手を送りたい。
映画「東京家族」(山田洋次監督)に続けて観ることをお薦めする。
小津安二郎監督の偉大さが、よりわかるはずだから。



2013年08月19日(月)
こうして空でも眺めてるしかなかろうが・・

映画「東京家族」(山田洋次監督)から。
親はいくつになっても親だから、子どものことが気になる。
だから、3人の子どもに会おうと夫婦で上京したにも関わらず、
子どもたちは自分の生活で精一杯、久しぶりに会った両親を、
素直にいたわれない現実が、待っていた。
みんな一所懸命生きている、それは親に伝わるが、
やはり夫婦の感じた淋しさは、隠し切れなかった。
親子の絆って、人間関係の一番基本的なところにあるのに、
なかなかうまくコミュニケーションがとれないもどかしさがある。
どこにでもいる家族、どこにでもある日常生活、
そして突然の母の死という出来事をを通して、
その理想と現実とのギャツプが、映し出されていた。
楽しみにしていた子どもたちとの再会と、のんびりした時間は、
影も形もなく、東京の空の下、老夫婦だけとなりふたりは戸惑う。
妻が「どないする?」と問いかければ、
夫が「こうして空でも眺めてるしかなかろうが・・」と答える。
「ええ天気じゃねぇ」と言いながら、なぜか淋しさが込み上げる。
私が一番、印象に残ったシーンである。
横浜の高級ホテルに泊まれることで喜ぶと勘違いしている子ども、
それを口に出さず、黙って受け入れる親。
忙しいのはわかっている、でも、もう少しゆっくり話したい、
それが3人の子どもを育て上げた親の気持ちだろう。
家族愛、親子愛、夫婦愛・・
山田監督は、どれを一番伝えたかったのだろうか。



2013年08月18日(日)
アンコール曲が一番良かったって言わないでください

第288回泉のまち音楽会、
今回は「梅原圭ピアノ・コンサート」(伊東市出身)
自他ともに認める、おしゃべりが大好きなピアニスト、
東京のコンサートでは、ほとんど話さないらしい。
今回も「しゃべりすぎないように・・」と言われたようだ。
でも私は、彼のトーク好きだなぁ。
東京藝術大学大学院修士課程ピアノ専攻科、首席で修了し、
イタリア国立トリノ音楽院も首席で修了。
そんな天才肌のおしゃべりは、なにも苦にならないし、
普段、生声を聴くことが少ないピアニストらしい、
ユーモアたっぷりの話題は、観客を喜ばした。
最初に演奏した、ベートーヴェン作曲のエリーゼのために」
声楽の先生から「普通に弾いてもダメ。観客は喜ばないわよ。
この曲は、しっとり・ねちっこく」とアドバイスされた話は、
しばらく忘れることがないだろう。(笑)
「派手じゃなく、地味な曲こそ難しい」と汗を拭きながら演奏、
かと思えば「いつまでも、チャレンジ精神をもって」と、
7曲とか5曲連続で弾いてみたり・・。
そんな彼が、最後にアンコールでおなじみの曲を弾いた後、
私たちに向けて、こう頭を下げた。
「アンコール曲が一番良かったって言わないでください。
思ってても、私に言わないでください。
今までの努力が・・」と笑いを誘ったが、演奏者の本音だろう。
この日のために、何か月もかけて、選曲からプログラム構成まで、
じっくり考えてくれたのだから。
でも、うっかりすると、ついアンコールでサラッと弾いた
「よく耳にする有名な曲」を褒めてしまう人が多いのも事実。
こういうことは、みんなに伝えなくちゃなぁ。



2013年08月17日(土)
歳の数だけ体脂肪なんです

昨日の飲み会で、久しぶりに会った女性に、
「変わらないね、どう調子は?」と声を掛けたら、
「それが・・」とややしんみりした顔つきで、
小さな声で話してきたから、まずいこと訊いちゃったかな?と
気になっていたら、彼女、にこやかに
「歳の数だけ体脂肪なんです」と真面目な顔して呟いた。
はじめは意味が分からず、キョトンとしていたら、
「39歳になったら、体脂肪も39パーセントで」。
これには参った、なんと会話を続けたらいいのか。
それなのに、彼女の先輩たちは、とどめを刺す。(汗)
「えっ? 約4割が脂肪ってこと?」。
まぁ、そんなこと言い合える仲間だからこそ、楽しいのだが・・。
こればかりは誰かに伝えないと、当分忘れそうにないから、
一日遅れで、気になる一言に取り上げることにした。
言われた本人もニコニコしていたから、良しとしようか。
よかった、二人目出来たの?なんて訊かないで。(笑)



2013年08月16日(金)
市町村が自らの領域観を変える時代

講師「関山祐介」氏(一般財団法人 公共経営研究機構)
演題「環境変化と持続可能な地域づくり」
(これからの行政運営のあり方)から。
冒頭「自治体を取り巻く大きな波」の1つに、
「極端に狭くなってしまった世界」を取り上げていた。
「世の中はもの凄い勢いで狭くなっている」と力説し、
「毎年、2,000万人が海外旅行の時代」の事例に、
私は、ただ頷くばかりだった。
どうしても長い経験から、近隣市町と比較して、
自分たちの町は、どの程度かと判断していたけれど、
「比較する視野はもっと拡げるべき」と一喝された。
「いがみ合ってる場合じゃないですよ」とも・・。(汗)
「時間、場所の有利不利は、刻々と変化する」と言いきり、
「犬も歩かなきゃ、棒を発見できない」というユーモアで、
「環境が変わったら、動いてみなければ・・」とアドバイス。
その上で「事務処理だけで無難にやっていれば、
なんとかなる時代ではない。自治政策こそ大事」と纏めた。
(自治体とはいえ)「世界競走なんだ」ということだろう。
私たち行政職員が、自分が奉職している自治体だけでなく、
(「大きなお世話」と言われようが)
近隣自治体の賑わいまで視野に入れた政策が必要だと考える、
そんな職員の意識改革に、メスを入れていただいた。
一言で言うと「市町村が自らの領域観を変える時代」。
「費用対効果」も、小さな事業の判断基準ではなく、
大きな規模で考えるためのものだったんだなぁ、目から鱗。

P.S.
今日は、10年前に広報担当だった近隣市町メンバーと飲み会。
飲み会だけは、市町村の領域を超えているんだけどなあ。(笑)