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しもさんの「気になる一言」
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2013年03月05日(火)
もう私の好きな「野球」じゃないな

第3回を迎えている「ワールド・ベースボール・クラシック」。
どうも、今回は自分の中で盛り上がらない。
たぶん「WBCの特別ルール」が、以前から気に入らないから。
特に「投手の球数制限」は、耳を疑いたくなるほどだ。
表向きは「投手に無理をさせないために設けられている」らしい。
1試合につき1次ラウンドは65球、2次ラウンドは80球、
準決勝と決勝は95球で、前回大会より、いずれも5球減。
また1試合で50球以上投げた場合は次の登板まで中4日、
30球以上もしくは2試合連続で投げた場合は、中1日の間隔が必要」
バッターは、完投を目指している相手投手をどうやって疲れさせるか、
投手は、キメ球の前に、わざとボール球を投げて感覚を狂わせて・・
という野球本来の楽しみの1つである「心理戦」がなくなりそうだから。
だから「もう私の好きな『野球』じゃないな」を呟きとして残しておく。
オリンピック種目復活のためには「7回戦」も検討している記事を
目にするたびに、私はガッカリし、国民の野球離れが心配になる。
投手の投げる一球、一球に意味があり、タイミングの外し方、
投げるコース・球種により、野手の守備位置さえ変える面白さは、
このルールでは味わえない。
「野球」じゃなくて「ベースボール」だから・・という人もいる。
いやいや私は「9回裏ツーアウトからの大逆転」が大好きだし、
「じっくり投げて、じっくり攻める」そんな「野球」がいいな。



2013年03月04日(月)
1日10分間の「自分と向き合う時間」

書籍「上昇思考」(長友佑都著・角川書店刊・202頁)から。
最近、サッカー選手の心の持ち方が気になって、読み漁っている。
今回は、長谷部選手とはタイプが違った感じの「長友佑都」さん。
「一流の人間でなければ、一流のプレーヤーになれない」を念頭にした
彼なりの心のトレーニングは「1日10分間の『自分と向き合う時間』」。
「その時間に、自分の夢を頭に描き、その夢や、途中に設定している
目標に対して、どれくらいの距離が残されているかを考える」。
これなら私でも出来そうな気がして、メモをした。
また、彼独自の「心のノート」と呼ばれるものがあり、
「今日は何を考えたか、どういう反省すべきことがあって、
そんな失敗を繰り返さないためには、どうすればいいか」を書き出すらしい。
これはこれで素晴らしいと思うが、私にはちょっと無理かなぁ、と考えて、
前者を実行に移してみたいと思う。
「いいプレイのためには早くチームに『馴染む』こと」
「自分の中の土台となる部分を崩すようなことではない限り、
気付きがあった次の瞬間に心のスイッチは切り替えられた方がいい」
「簡単に叶えられる夢ではなく、高い頂を目指しているからこそ、価値がある」
「やらされる練習よりも、自ら行なう練習は何倍も身になるのは間違いない」
そして「限界は、考えているより、ずっと先にある」
こんな短いフレーズが書き出されたが、1つでも参考にしてより成長したい。



2013年03月03日(日)
なによりうれしい ひな祭り

3月3日は「ひな祭り」、「上巳の節句」とも言う。
今年の3月最初の巳の日は4日だから「上巳の節句」は明日?。
そんな豆知識を、ネットで知ってメモしたけれど・・。
私が気になったのは、今日は何度も耳にした曲の一節。
「うれしいひな祭り」(サトウハチロー作詞・河村光陽作曲)
その中でも4番の歌詞。(3番までは口にすることが多いかも)
「着物をきかえて 帯しめて 今日はわたしも はれ姿
春のやよいの このよき日 なによりうれしい ひな祭り」
さて、私はどこが気になったか、わかるだろうか。(汗)
「なによりうれしい」という使い方である。
あれっ「何より(も)嬉しい」じゃないのかな?という疑問。
例えよう(も)なく ・ 比べよう(も)なく・・と同じく、
「も」が入らないと、なんだか違和感があったから。
リズムを大切にする歌詞だから、字余りにならぬようしたのか。
書籍「舟を編む」の主人公、まじめ君に訊いてみたいな。

P.S.(「うれしいひな祭り」の雑感)
「お内裏様と おひな様」(お姫様だと勘違いしてた(汗))
「すこし白酒 めされたか あかいお顔の 右大臣」
(「白・赤」って「桃」より「梅」って感じだな)



2013年03月02日(土)
友だちは選ばなあかんて、言うてきたやろ

映画「女の子ものがたり」(森岡利行監督)から。
人気漫画家・西原理恵子さんの人生って、
映画になりやすいのだろうか、もう何本も観た気がする。
主人公が作家(本作は漫画作家)であるということ、
さらに主人公が大人になり、書く(描く)という職業に就いた時、
ふと思い出すのは、幼い頃、友達と過ごした懐かしい思い出、
「なっちゃん 上手やなぁ」と誉めてくれた会話だったりする。
こんな設定に、名作「スタンド・バイ・ミー」とダブってしまった。
「日本版」というべきなのか、「少女版」というべきなのか、
評価の分かれるところであるが、男の子のように、
ちょっとした冒険ではないけれど、女の子らしい思い出とも言える。
さて、気になる一言は、主人公・なつみに言い聞かせる母親の台詞。
「友だちは選ばなあかんて、言うてきたやろ」
親があの子たちと仲良くしてはいけない、という友達こそ、
意外と本来の自分を理解してくれる相手だったりするから、
親の押し付けがましい「友達選び」に抵抗する子どもらしさが
このフレーズには含まれているが、大人になって振り返ると、
自分の友達選びは間違いなかった、と再認識できる台詞とも言える。
現在の自分があるのは、あの頃の友達のお陰、
そんな主人公の隠れたメッセージまで「スタンド・バイ・ミー」同様。
今一度、2つの作品を比べてみると面白い。



2013年03月01日(金)
車輛の1番前は電源付き

先日、久しぶりの出張で乗った新幹線。
混んでいたので、どこでもいいやと慌てて座ったのは、
車輛の一番前の席だった。
目の前には、電源コンセントが付いていて、ちょっと驚いたが、
電車の中でもパソコンなどを使う人用なのかな、と思っていたら、
隣に座ったサラリーマン風の若い男性が、携帯電話の充電を始めた。
電源さえあれば、公共施設だろうと、喫茶店だろうと、
どこでも構わず充電する人たちがいることを耳にはしていたが、
もうマナー違反の行為ではなく、普通に認められている行為なんだと、
認識されたようなものだが、本当に必要なサービスなのだろうか。
確かに、あれば便利な電源コンセントではあるが、
ないからといって、新幹線に乗らない、という人はいないだろう。
わざわざ電源コンセントのある、便利な席に座っていて、
何もしないのは申し訳ないと感じるくらい居心地が悪かった。
冷たい視線を避けるため、寝たフリをしたのは言うまでもない。
世の中、節電に向かっていると思っていたのに違うらしい。
(えっ、知らなかったんですか?って、何人にも言われてしまった(笑))



2013年02月28日(木)
「連帯保証人」はどうしたのかな?

「生活苦から学生時代に借りた奨学金の返済国難」
そんな見出しを新聞紙上やネットでみかけて、
今の時代は大変だなぁ、と想う反面、
実際に、自分の学生時代も、娘の学生時代も、
「奨学金」のお世話になり、既に返済した私にとっては、
わからないことが1つある。
それを文字にすると「『連帯保証人』はどうしたのかな?」
どんな形にせよ、お金を借りるわけだから、
借りるときには、厳しい審査があったことを記憶している。
もちろん、親以外の「保証人」を頼んだことも忘れていない。
娘の奨学金を借りる時、当時、親だけでは申請できず、
妹の家族に「迷惑かけないから」とお願いして、
「印鑑証明」まで添付してもらい申し込んだ。
だから「連帯保証人に迷惑をかけられない」の一心で、
何よりも優先して、返済に力を入れた気がする。
返済すれば、他の人が借りられると思って・・。
だからこそ、今回の奨学金返済問題には、疑問が残る。
厳しいようだけど、そのための「連帯保証人」だと思う。
今は、契約方法が違うだろうか? う〜ん、わからない。



2013年02月27日(水)
恋愛にこそ、本物の悲劇があるんだよ

おまたせ水曜日。(笑)
映画「ガス燈」(ジョージ・キューカー監督)から。
1944年製作なのに飽きることなく、観終えた。
もちろん、最近の映画に比べれば、
トリックとも呼べないような謎解きであるが、
主演のイングリット・バーグマンを眺めるだけでも
満足してしまうほどの安定感がある映画と言える。
映画冒頭、こんな会話が交わされる。
「私の声は歌手に向かないと思うんです」
「恋してるんじゃないかね?」「えぇ」
「恋でこんなに変わるとは思いませんでした。
今は幸せすぎて、悲劇など理解できません」
「恋愛にこそ、本物の悲劇があるんだよ」
何気ない音楽の先生と彼女の会話だが、
物語が進むに連れて、意味を持つようになっていく。
結婚詐欺に引っ掛かる女性には、耳が痛い台詞かもしれない。
男が彼女に近づいてきた理由は、ある目的のためだったから。
「この家を自由に使うためかもしれません。
堂々と探し物ができるようにね」の台詞で説明がつく。
騙された女性は悲しみに涙するが、
「朝になれば、夜だったのが嘘のような気がしますよ」と
慰められるシーンは、現代と変わらない。
出演者が少ない分、ゆっくり鑑賞できる作品とも言えそうだ。

P.S.
好奇心旺盛のおばさんが時折つぶやく「おやまぁ」の会話が、
物語にどう関係しているのか、気になっている。



2013年02月26日(火)
何も予定がない週末くらい、私と遊んでよ

先日の気になる一言「それにしても乗らな過ぎですね」を書いた後、
自分が「車」だったら、どう感じるだろうか?と
湯船に浸かりながら、考えてみた時のこと。
私は、こんなことをしながら「問題解決」をすることがよくある。
「立場を変えてみる」ことは、とても大切な視点であり、
相手の気持ちを知るには、この方法がベストと経験から知っている。
さて話を戻す。自分が「私の愛車」だったら・・と考えたら、
浮かんできた台詞は「何も予定がない週末くらい、私と遊んでよ」。
大切にしてもらっているのは嬉しいようだが、
自分の役割は、快適に運転してもらって評価されたい、
そんな呟きが聴こえてきた。
自動車として存在している限り、運転して欲しい、
そして遠くまで快適に運んであげたい、と思うのだろうか。
そう言えば、最近、遠距離のドライブしてないものなぁ、と
反省しきりである。
私の「平日の徒歩通勤」を責めているのではなく、
「何も予定がない週末くらい、私と遊んでよ」というボヤキ。
そうか、このところ週末も、本を読んだり映画を観たりしてからなぁ。
たまには、自分の息抜きのためにも、彼女と遊ぼうっと。

P.S.
すみません、勝手に愛車の性別が「女性」と決めつけてました。
これって奥さんの台詞かもよ、という突っ込みも受け付けません。(汗)



2013年02月25日(月)
人が殺人を犯すのは、ほかに選択肢がないからだ。

書籍「ガリレオ8 禁断の魔術」
(東野圭吾著・文藝春秋刊・327頁)から。
「透視す(みとおす)・曲球(まがる)・念波う(おくる)・
猛射つ(うつ)」の章に分かれた作品の中、
「透視す」から、このフレーズを選んだ。
最近、新聞紙上で「殺人」という単語を目にするたびに、
私には、人を殺す度胸なんてないな、と思っていたら、
「人が殺人を犯すのは、ほかに選択肢がないからだ。
度胸のあるなしは関係がない」の表現に出会った。
どうして殺人なんてするんだろう?という視点で考えたら、
「ほかに選択肢がないからだ」と気付いた。
他人からみたら、他にも選択肢があったろうに・・というのも、
本人にとっては、もうこれしかない、と追い詰められていた。
そう解釈すると、今まで理解できなかった事件が、
ちょっとだけ、そういうことか・・と思えた。
もちろん、そんな事件はあってはならないのだが・・。



2013年02月24日(日)
天下泰平とは、新しい息吹きを消すことだ

映画「天地明察」(滝田洋二郎監督)から。
久しぶりにスケールの大きい、そしてワクワクする映画だった。
20年以上の歳月をかけて、日本独自の太陰暦を作り上げていく様子、
そして、江戸時代前期の町民たち様子が活き活きと伝わってきた。
乱世の時代が終わり、まさしく「天下泰平」を楽しんでいるが、
その「天下泰平」にこそ、危機感を感じている表現が気に入った。
作品からメモした原文は、もう少し長い。
「天下泰平とは、戦う気概を忘れさせ、
ぬくぬくとした暮らしに埋もれ、羽ばたく意欲を奪うものでもある。
すなわち、新しい息吹きを消すことだ」
そして「このままでは、この大和は滅んでしまうのう」
平和は決して悪いことではないが、世の中の何かを変えようとか、
新しいことに対する挑戦などは、保守的な人たちによって消されてしまう。
これはいつの世でも同じことであろう。
「現状に満足した時点で成長は止まる」そんな言葉が頭に浮かんだ。
いろいろな場面で、その視点を持ち続け、若い人たちの新しい息吹きを
我々の世代が消さぬようにしなければ・・・。

P.S.
江戸が、こんなに算術・天文学が盛んだったなんて驚きだなぁ。
しかし、ここでも「会津藩」が大活躍。人材豊富な地だったに違いない。