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しもさんの「気になる一言」
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2011年11月21日(月)
矜持とは、自分の能力を信じていだく誇り。

書籍「日本人の矜持(九人との対話)」
(藤原正彦著・新潮文庫刊・266頁)から。
「国家の品格」の著者、藤原正彦さんは、
私の好きな数学者であり、なおかつ教育に関する意見は、
賛同することばかりである。
そんな彼と、これまた経験豊富な学識経験者が語り合う対談集、
面白くないわけがない。
さて、内容の紹介前に、タイトルの「矜持」(きょうじ)に惹かれた。
「矜持」とは「自分の能力を信じていだく誇り。」
英単語では「pride」(プライド)らしい。
私としては「プライド」とはちょっと違う気がしているが・・。
「自負」と書かれている辞書もあったが、これも僅かながら違う。
電子辞書で調べた、以下の類語と比べて欲しい。
「自賛」(自分で自分をほめる)
「自尊」(自分を偉いと思い込むこと)
「自得」(満足して得意になる)
「自任」(自分に能力があると思い込む)
「自負」(才能に自信を持ち、誇りに思う)
「自慢」(誇らしげに話したり、見せたりする)
やはり「矜持」という言葉の響きが、断然と輝いている。
「自分の能力を信じ」それを「誇り」として生きていく。
そんな「矜持」を、私は大切にしていきたいと思う。



2011年11月20日(日)
僕は食事に行く。是非、御一緒に

映画「ツーリスト」
(フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督)から。
映画の中に、こんな会話がある。
女性から「食事に誘って・・」という、簡単なテストのシーン。
どういう誘い方が、女性にとってベストなのか、
いや、女性扱いが慣れているか、がわかる問答。
「食事をどう?」とストレートに誘うと
「女は質問を嫌うのよ」とピシャリ。
「僕と食事を・・」と言えば「命令調ね」と返し、
「一緒に食事を?」と言い方を変えても
「また質問?」と手厳しい。
最後に「僕は食事に行く。是非、御一緒に」。
そう、その誘い方よ、と言いたげな様子。
ストーリーにはあまり関係ないが、
私たちの日常生活には、非常に役に立つノウハウ。
女性に合わせるつもりで「どこへ行きたい?」
「何を食べたい?」と訊くよりも、
「僕は○○する、是非、御一緒に」という誘い方が
スマートで、女性にも好かれるようだ。
それでも、嫌なら嫌って言うものね、今の女性は。(笑)



2011年11月19日(土)
「Vサイン」と「サインはV」の違い

カメラを向けると、子どもから大人まで、日本人のほとんどが、
「Vサイン」でポーズをとる。
私には、不思議ではならない日本の光景の1つとなっている。
だって「平和」を意味する「ピース」の綴りは「peace」で
単語のどこにも「V」は、存在しない。
本来は「イギリスのチャーチルがドイツに勝つぞ」という意味で
「victory」の「V」を国民に示したとされるのであるが、
いつから「ピース」となったのかわからない。
もちろん、誰が始めたことかわからない。
ネットで調べれば、きっとわかるのだろうが、
私が心配しているのは、本来の意味を知って使うのと、
何も疑問を持たず使うのでは、大きな差があると思うから。
バレーボールのTVドラマは「サインはV」、当然「Victory」の「V」。
しかし、この頃から日本各地に広がったとも言われている。
関連があるのだろうか、ちょっと気になる。



2011年11月18日(金)
人生を味わうにはセンスが要ります

映画「100歳の少年と12通の手紙」
(エリック=エマニュエル・シュミット)から。
12日間を一生にたとえて、1日10年として過ごす、
白血病末期の患者、オスカー少年。
提案したのは、ピンク色大好きなピザ屋さんの女性。
1日目は1歳から10歳、2日目は11歳から20歳・・
「今、何時?」「じゃあ、何歳頃ね・・」という
そんな具合で、彼の余命を一緒に過ごしていく。
「15歳、勇気を出して告白する年頃ね」
「18歳の男の子は、疲れない」
「思春期は苦難の世代ですね、こんな時期は一度で十分」
「30代は厳しい、心配の世代、責任の世代だ」
「40過ぎると、男は魔がさすの」
「結婚生活はステキです。50代に近づき、試練を越えた後は特に」
「60歳を過ぎました、昨晩のツケを払っています、身体がだるい」
「歳をとると旅行が嫌いになります」
「人生を味わうにはセンスが要ります」「老いは不快だ」
そして100歳(10日目)を迎えて
「僕を起こしていいのは、神様だけ」と呟く。
そして、彼に関わった人たちが気付いたこと。
「オスカーと出会ったおかげで、私の心は一生愛に満たされます」
これに尽きる。フランス映画らしい作品だったな。



2011年11月17日(木)
通称・親不孝横丁

先日、いろいろな飲む理由を考えて、飲みに出かけたが、
1次会の焼肉から、2次会へ向かう途中、
やけに狭い路地と、くねくねした道を歩かされた。
両脇には、いっぱい呑み屋のようなお店がズラリ。
「へぇ〜、三島にもこんなところがあるんですね」と言うと
歳の離れた先輩が、自慢げに、そしてちょっと淋しそうに
「ここは、昔、通称・親不孝横丁、と呼ばれていたんだ」と
説明してくれた。
この横丁に入り込んだら、楽しくて、なかなか家には帰らない、
親には、お金をせびる・・そんな意味も含めて、
「親不孝横丁」とみんなが呼んでいたらしい。
きっと、全国にそんな「親不孝横丁」があるんだろうな、と
ひとりで苦笑いしてしまった。
勿論、カラオケもなく、カウンターしかないような呑み屋って、
全国チェーンの居酒屋よりも、その土地の風土が感じられる。
土地にあった「親不孝横丁」、大切にしたい文化かもしれないな。



2011年11月16日(水)
2人とも身勝手すぎるわ

映画「恋するベーカリー」(ナンシー・マイヤーズ監督)から。
メリル・ストリープ主演の「恋愛コメディ」との解説だが、
私の感想は、ちょっと違う。
10年前に離婚した夫婦が、10年後に再会し、
お互い惹かれあい、ラストは結ばれる、という展開であるが、
あまりスッキリとした話には感じられなかった。
それを象徴する台詞は、成人した2人の子どもたちが口にした。
「2人とも身勝手すぎるわ」
一番多感な頃、父親と母親が離婚した事実は、
子どもたちにとって心の傷となって残る。
そんなことも忘れて、また寄りを戻すと言い出した両親に、
言い放った台詞こそ、この映画に対する私の感想に近い。
この台詞を言いたくなった人たちは、彼らの子どもだけでなく、
彼と結婚した若妻、彼女の魅力に引かれた建築士も同じだろう。
心のままに動くのはいいけれど、多くの人たちを巻き込んで、
自分たちだけ、やっぱり元に戻りました・・は、いただけない。
全体を通しての感想も「2人とも身勝手すぎるわ」である。



2011年11月15日(火)
学校へのお礼の気持ちが学費納入

書籍「夫婦口論」(二人で「老い」を生きる知恵)
三浦朱門&曽野綾子著・扶桑社新書(育鵬社刊・229頁)から。
最近、静岡県がクローズアップされている、教員の不祥事。
もう策がない、と悩むのもわからなくないが、
それって個人の病気だから・・で片付けるのも、あまり進歩がない。
解決になるかわからないが、本著のメモにヒントを見つけた。
正式には、もう少し長い。「学校に教育してもらうことに対する、
ささやかなお礼の気持ちが、学費納入」とある。
先生と生徒、さらに保護者との理想的な関係を、表現していると思う。
大切な自分たちの子どもを、一人前の人間として教育してもらうから、
学校に、いや先生方に、ささやかなお礼として、学費納入をする。
これが、本来の「学校」と「家庭」の姿なのかな、と思う。
お礼に価する「教育」は、簡単には出来ないけれど、
先生方の一所懸命な姿がなければ、
セクハラ等の不祥事を起こさないがやる気の見えない教師に、
お礼の気持ちは湧いてこない。
それは、公務員の私たちでも同じことが言える。
「まちづくりへのお礼の気持ちが税金」なのだから、
お礼がいただけるように、頑張らなくちゃな。



2011年11月14日(月)
「チャレンジ」と「ギャンブル」の違い

同じようなことを、同じような人がしても、
「チャレンジャーだね」と言われる人と
「ギャンブラーだなぁ」と言われる人がいる。
この違いは何だろうか、と真剣に考えていたら、
あるテレビ番組で、これかな?というヒントを頂いた。
(すみません、情報源の番組名を忘れました(汗))
言葉にすると難しい定義も、数字にしてみると
なるほどなぁ、と説得力がある定義になる例えであろう。
ある人からみて「51パーセント以上の確率」があれば
「チャレンジャー」と定義する。
逆に「49パーセント以下の確率」しかなければ
「ギャンブラー」と定義される、というのである。
今日、帰宅してから見つけたYahooトピックスの
「TPP決断を評価51% 読売調査」を見て、同じことを考えた。
確率と評価は、ちょっと違うかもしれないけれど、
野田総理は、TPPに関して、ギャンブラーではなく、
チャレンジャーという評価であったのかもしれない。
しかし、しかし「50パーセントの確率(評価)」と判断したら
何と呼べばいいんだろうか、という疑問にもぶつかった。
面白い呼び名があったら、是非、私に教えて欲しい。
「チャレンジ」と「ギャンブル」の間のこと・・。



2011年11月13日(日)
裁判に面白さを求めてはいけない

映画「ステキな金縛り」(三谷幸喜監督)から。
法廷でちょっとふざけすぎたかな・・が第一印象。
「バナナをバナナと言って何が悪い」から始まり、
いろいろなシーンでありえな〜い、と思うことが・・。
もちろん、喜劇とわかっているのだが、
法廷シーンでは笑いきれなかったのは、なぜだろう。
それ以外の笑いシーンは、期待どおり。
「ようこそ 落ち武者の里へ」という観光看板も、
タクシー運転手との会話も、クスッという面白さがあった。
だからこそ、気になる一言に選んだ台詞は、
中井貴一さん扮する豪腕検事が、奇想天外な展開に
呆れて呟いた「裁判に面白さを求めてはいけない」。
理論が必要な謎解きになってしまったからか、
それとも、後半で、センチメンタルになったからか。
たぶん・・・少しだけど、上映時間が長かったからかも。



2011年11月12日(土)
私たちの目標は、(みんなで)この舞台に立つこと

清水町芸術祭・発表の部を明日に控え、
私たち、同級生混声合唱団は、6回目の舞台に立つ。
今晩は、入場・退場も含め、総練習で集まったのだが、
指導しているのも、音楽の先生になった同級生。
52〜53歳を迎えた我ら中高年を「女子」「男子」と呼び、
けっこう厳しい中にも、和やかな練習を行っているが、
その彼女が、練習の終盤、私たちに向かっていった。
「私たちの目標は、(みんなで)この舞台に立つこと」。
月に1度の練習であるが、年に1度のこの舞台に立つことを目標に、
自分や家族の病気に休むことはあっても、励ましながら続けてきた。
そしてお互いの「絆」を深めてきた、その喜びが伝わってくる言葉である。
曲目は、今年の1月に選曲した「ふるさと」(震災で脚光を浴びたが・・)
札幌冬季オリンピックの「虹と雪のバラード」。
昨年に比べ、練習不足・メンバー不足と、不安材料はあるが、
それでも、一所懸命、練習をしてきた。(つもり(汗))
明日、2曲を歌い終えた後、みんなでこう言いたい。
「やっぱり、みんなの前で歌うのは気持ちよかったぁ」