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| 2011年08月13日(土) ■ |
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| 朝読(あさどく)から家読(うちどく)へ |
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知人のブログで見つけた、聞き慣れない単語「家読」。 なんと「うちどく」と読むらしい。(笑) その視点に共感したので、気になる一言でご紹介。 それが「朝読(あさどく)から家読(うちどく)へ」である。 今、全国各地で、読書の大切さを訴え、読み聞かせ活動が広がり、 さらには、学校では授業が始まる前の時間を利用して、 全員が好きな本を読む「朝の読書」も定着してきたようだ。 (読書量の多い少ないはあるけれど・・) では、次はどんな動きになるのかな、と注目していたら、 「家読(うちどく)」という単語と出会った。 「家読」とは、読書の楽しさを知っている子どもたちをお手本にして、 今度は家で家族みんなで本を読む新しい読書スタイル。 これはいいな、とさっそくメモをした。 読書離れ・活字離れは、子どもだけではないはずなのに、 なぜか、こどもを対象にした「読書推進計画」等がクローズアップされ、 活字大好き人間の私としては、違和感を感じていたので、 今回の「家読」は、すんなり取り組めそうだ。 提唱者は、読書を通したコミュニケーションを図ることで、 家族の絆がさらに深まることを願っているようだし、 全国に先駆けて「家読(うちどく)」を推進しちゃおうかなぁ。
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| 2011年08月12日(金) ■ |
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| 夏休みの宿題の参考にさせていただいてます |
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「気になる一言」の数少ない読者から、メールが届いた。 発信者の名前に覚えがないから、面識がないけれど そんな役に立っているのか・・と嬉しくなった。(笑) 「夏休みの宿題の参考にさせていただいてます」 子どもに、夏休みの日記をつけなさい、と叱るのだが、 何度言っても、朝起きてから寝るまで、 ただ、だらだらと書くことが続いていたらしい。 そこで、私の「気になる一言」を読ませて、 一日のうち、一番印象に残ったことを書けばいいんだよ、と 教えたところ、翌日から変わってきた、という話。 日にちは違うけれど、熱海の花火も見に行ったようで、 私の拙い日記が、役に立ったようだ。 一番印象に残ったことを書いておくと、それを読み直すだけで、 いろいろなことが思い出されるんですよ、と返信した。 その効果は、たぶん何年かして気づくはずである。 どんな日記になったのだろか、ちょっと気になります。
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| 2011年08月11日(木) ■ |
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| 助けてもらう人から助ける人になろう |
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「夏休みの子どもたちに、防災体験をさせたい、 それも震災からちょうど5か月目の8.11に」 そんなスタッフの発想から生まれた防災体験教室は、 起震車による地震体験から、家族との連絡カード作成や、 新聞紙で作ったサバイバル食器で、非常食を試食するなど、 工夫が凝らされたイベントとなった。 実際には、町の消防署や役場の防災担当の協力を得て、 担当課だけでは出来ない、面白い教室になったと思う。 その中で私のアンテナに引っ掛かったのは、 今回のイベントのキャッチコピー。 「助けてもらう人から助ける人になろう」 小学生と言うと「助けてもらう側」(災害弱者)をイメージするが、 今回は、自分たちが家族や大人たちを「助ける側」として 防災の勉強をし、体験させたい、というスタッフの意図が感じられた。 子どもを子ども扱いせず、立派なボランティアスタッフとして扱い、 今回覚えた防災知識を、防災意識の希薄な大人たちに伝えて欲しい。 今晩の食卓で「ねぇ、うちの家具、転倒防止になってる?」って 家族の会話があればいいな。
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| 2011年08月10日(水) ■ |
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| ここ、笑うところなんだけど |
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映画「ハナミズキ」(土井裕泰監督)から。 ちょっと、ありきたりなストーリーに驚いた。 あまり、気になった台詞も少なかったが、 全体として、対になっている台詞のひとつが 「僕の心が純粋で少年のようだから」と前置きをして、 相手の反応を見ながら「ここ、笑うところなんだけど」と呟く。 台詞の主は、新垣結衣さん演じる主人公・紗枝の大学の先輩。 (役者は向井理さん、登場場面は少ないのに、存在感があったね) さて、作品の後半、今度は逆にあるシーンで 「ここ、笑うところじゃないんだけど」とスネてみせる。 その使い分けが絶妙だった気がする。前の台詞が効いていたな。 実は、私もこの台詞をよく使う、ただし、相づちとして。 「いま、笑うところ?」とか「いま、笑うところじゃないよね?」 って具合に、会話の突っ込みで使う。 覚えておくと、けっこう便利なフレーズである。試して欲しい。
PS. 映画「フレフレ少女」のガッキーの方が可愛かったなぁ。
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| 2011年08月09日(火) ■ |
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| カレーライス・・ご注文を繰り返します |
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書籍「出会いを生かせば、ブワッと道は開ける!」 (中村文昭著・PHP研究所・254頁)から。 いくらマニュアルだって、これはないだろう・・と 紹介していたのを、気になる一言にしてみた。 大勢でお店に入って、いろいろな種類のオーダーをしたなら 間違えないように・・もわからなくない。 一人で入って「カレーライス」を注文して、 「ご注文を繰り返します」はないだろうよ・・という話。 何気ないことだけれど、思わず笑ってしまった。 今の日本では、ありがちな光景だと思ったから。 確かに、マニュアルどおりに接客しないと、 お客とのトラブルになりかねない、というのもわかるが、 それもやはり「ケース・バイ・ケース」(臨機応変)。 そういう接客こそ、KY(空気読めない)と言うべきだろう。 「履歴書は当てにしない。その人にとっての過去を 都合よく書いてあるだけのもの」だから、という視点、 「社員はすべて面接で決める」というのも理解できる。 「学力ではなく人間力で判断する」ということ。 「人間力」まではわからなくても「社会性」はわかるはず。 参考にしたい、人の見分け方であった。
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| 2011年08月08日(月) ■ |
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| ローソンの看板も消えてますよ |
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暑い立秋の日、仕事を終えてから、我が課のスタッフ有志で、 熱海の花火を見に出かけた。 鑑賞場所は、先輩の知人宅屋上で、プライベート桟敷席。(笑) 目の前で繰り広げられる、花火の打ち上げに大喝采したが、 気になる一言は、打ち上げ開始、数秒前、 海岸周辺の電灯が、一斉に消えた、いや、消された瞬間、 私に教えてくれたスタッフの台詞。 「ローソンの看板も消えてますよ」 観光客に配慮してか、消えるはずはないと確信していた、 コンビニ・ローソンの青い看板まで、確かに消灯された。 これには、私も驚いた。 とかく、全国展開をしているコンビニは、稼ぎ時とばかり 目立つように、点けていると想像していたからだが・・。 カウントダウンに合わせるように、暗闇になった。 (某ファミレスの赤い看板だけが、空気を読めないまま点灯し続け、 地域に密着していないことをさらしていた気がする) なにはともあれ、久しぶりに熱海の花火を堪能し、帰路についた。 熱海のまちづくりに、興味が湧いた・・と言っても過言ではない。
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| 2011年08月07日(日) ■ |
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| とらやに行こうか? |
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昨日の疲れか、ちょっぴりゆっくり起床した私に、 妻が「お昼食べたら、どこかいこうよ」と話しかけてきた。 「どこに行きたいの?」と返せば、 いつものように「どこでもいいよ」と言うのかと思ったら 今日は「とらやに行こうか?」と目的地があったようだ。 彼女の言う「とらや」とは、御殿場市にある「とらや工房」のこと。 以前、訪れたことがある、2人のお気に入りの場所である。 そこで「羊羹」など甘いものが食べたいらしい。 最近、我が夫婦のドライブ先は、なぜか御殿場方面が多い。 車で30分も走れば、ちょっとした高原気分が味わえる場所である。 「とらや工房」入り口の竹林には、ブタの蚊取り線香が置いてあり、 その、おもてなしの心に笑みがこぼれた。 結局は「葛まんじゅう」「赤飯大福」「小倉のドラヤキ」を口にし、 わずか1時間ほどで、帰路についたが、それで大満足の日曜日となった。 こどもの夏休み日記みたいだが、今日を思い出すにはこれで充分。 次は「アウトレットに行こうか?」かな。(笑)
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| 2011年08月06日(土) ■ |
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| 買い占めするなら今ですよ |
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地元のお祭りだった。 私の任されている課に関係する団体がいくつも参加しているので、 「お疲れ様です」の声を掛けるために、朝から会場へ。 (参加者・担当者としては、それだけで嬉しいらしい(笑)) それ以外でも、今までの長い公務員生活でお世話になった人たちが 会場のあちこちで頑張っているので、その度に、小銭を出して、 買い物をするから、私のお腹は、はち切れんばかりに膨らんだ。 そんな時、またまた知り合いにあったので、 「どう、売れてる?」と何気なく訊ねたら、返ってきた言葉が 「買い占めするなら今ですよ」 「いや、まだ売れ残っているよ」っていうのと同じ意味なのに、 そういう表現もあるのか・・と、妙に記憶に残ってメモをした。 「じゃあ、買い占めちゃおうかなぁ・・」と返せば良かったが、 さすがに、満腹でお笑いのセンスもなく、失礼しちゃったなぁ。 今度、イベントで商品が残ったら、このフレーズ使おうっと。 「買い占めするなら今ですよ」
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| 2011年08月05日(金) ■ |
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| 江戸時代に学ぶべきは「人の力」 |
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書籍「江戸の智恵」(「三方良し」で日本は復活する) (養老孟司・徳川恒孝著・PHP研究所刊・194頁) 養老氏・徳川氏が、思う存分、江戸時代を語っている。 注目は、やはり「人」に注目しているところだろうか。 「江戸」と言うと、当時の大都市が、循環型社会を形成し、 環境先進都市だった・・という話に落ちつくのかと思いきや、 「世間」に配慮して欲を抑える個人の忍耐や、 目上や同僚が仲間を叱咤する習慣の積み重ねが、 260年ものあいだ平和と国力を築いた原動力、とまとめている。 武士も町人も美学をもち、己を律することを知っていたからこそ、 行政の実務は町人や農村の顔役に任せたし、 お触れ(法律)の実施についても、杓子定規ではなく、 「目に余る」ときに罰した、と言う。 言い換えれば「法より世間の目が社会秩序を守ることを知っていた」 もう一度「人の力」について、江戸に学ぶ必要がありそうだ。 法律ばかり増えて、逆に、社会はどんどん悪化しているようだ。 だからこそ「人が人を教育していた時代に学ぼう」と言っている。 けっして「電気のない暮らしに戻れ」と言っているのではない。 やはり、事業仕分けに「教育」分野を入れたのは、失敗だな。
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| 2011年08月04日(木) ■ |
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| セミの大合唱だけなら、気にならない |
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久しぶりに、私の雑感である。 通勤途中、柿田川に足をつける「足水」を楽しんでいるが、 午前中は意外と涼しく、その回数も減ってきた。(汗) (本当にやってるんだぁ、と確かめにきた人がいましたが・・) その代わりとなるのが、セミの大合唱を聴きながらの「読書」。 ミンミンからジージーまで、耳を塞ぎたくなる鳴き声なのに、 なぜかベンチに座り「読書」を始めると、気にならない。 こればかりは、体験しなければ信じてもらえないだろうが、 人の声や音楽、車の騒音は、やたらと気になる音なのに対し、 セミの鳴き声だけしか聴こえないのは、集中できる音である。 緑に囲まれ、ヒンヤリとした水辺で、朝の読書とは、 またまた贅沢な通勤であると、自分でも苦笑いしてしまうが、 今年は、節電のために、多くの発見が出来て嬉しい。 自然って、本当にすごいよなぁ。
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