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しもさんの「気になる一言」
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2011年02月04日(金)
「見守る」とは「見て番をする」こと

最近では、子供たちを不審者から守るために、
高齢者や地域のボランティアの方々が、
朝夕の登下校時に、角々に立ち、子供たちを見守る動きが
全国各地でみられる。
地域の「子育て力」にとって、大変素晴らしい活動である、
と評価していることを前置きして、気になることを1つ。
「見守る」は、辞書によると
1 見て番をする。事が起こらないように注意して見る。
「この成長を見守る」
2 じっと見つめる。熟視する。
「衆人の見守る中での離れ業」「成行きを見守る」等
意味としては、世話をやくことではないと思う。
道路で、交通整理をし、安全確保をしてしまうことは、
子供たちのために本当にいいのか、考える必要がある。
自分のことは自分で守る、という最低限の
危機管理を忘れた(覚えない)子供たちが、
大きくなったとき、どんな社会になっているのか、
私は心配で仕方がない。
文科省が目指した「生きる力」はどうしたのだろう。



2011年02月03日(木)
ただし、大食いですけど

たしか、映画のワンシーンだったと思うが、
映画のタイトルが浮かんでこない。(珍しくメモが見つからない)
「プレゼントは何がいい?」みたいな会話だったかな。
「私は、花より団子ですから安上がりですよ」とさらっと答え、
そのあとに、にゃっと笑って「ただし、大食いですけど」。
この絶妙の会話に、私は思わずメモをした。
「大食い」って言ったって、そんなに食べないだろう、という
安心感はあるが、油断は出来ない。(汗)
食べるといったって、フランス料理のフルコースや
ふぐ料理、カウンターで食べる寿司などに連れて行けば、
そちらの方が断然、お金がかかることだってある。
だけど、だけど、自分も美味しい料理が食べられるわけだし、
この台詞を、タイミング良く使える女性は魅力的だと思う。
「私は、花より団子ですから安上がりですよ、
ただし、大食いですけど」。
試す機会がある女性陣、是非、ご報告を。



2011年02月02日(水)
「一」(ピンタ)から「十」(キリスト)まで

 先日、落語家「桂米助」さんに、呑みながら教わった雑学。(笑)
「ピンからキリまでって知ってる?」と訊かれたので、
「花札の1月・松から12月・桐までってことですよね」と
今までの知識を披露したら、跡形もなく沈没。
答えは「ピンタからキリストまで」。
帰宅後、気になって辞書で調べたら
ピンは、ポルトガル語の「pinta」の略。「点」という意味。
もちろん「はじめ、第1。最上のもの」の意味がある。
キリは、ポルトガル語の「cruz」(クルス)の訛。
十字架の意から転じて、十の意味がある。
確かに「一」(ピンタ)から「十」(キリスト)まで。
こんなネタ、落語に登場するのかなぁ・・と思いながらも、
場を飽きさせない引き出しの多さに驚かされた。
このネタ、私もどっかで使わせてもらおうっと。(汗)



2011年02月01日(火)
今回は、特別バージョンでお届けしましたぁ・・

先日紹介した、寄席の色物のひとつ、大神楽曲芸師は、
紅一点の「鏡味初音(かがみはつね)」さん。
(色物とは、プログラムに赤い字で書かれていたかららしい)
傘の上で、いろいろなものを回す曲芸は、気分転換にもなり、
寄席には欠かせない、華やかなものであった。
若い女性だったから、演じる方も観客も、ハラハラどきどき。
曲芸のひとつ「金の輪(リング)」を手に取り、
「これが回れば、みなさんの金回りが良くなります」と
可愛い声で口上したかと思えば、回し始めてバランスを崩し、
リングが舞台の下に落ちてしまった。
「あぁ、落ちちゃいましたぁ」と焦り気味の声で呟いたので、
私は、この場面、どう乗り切るのかな?と眺めていたら、
「今回は、特別バージョンでお届けしましたぁ・・」と一言。
うまい・・と拍手を送ってしまった。(笑)
私たちの仕事だって、いつもうまくいくとは限らない。
失敗した時のフォローは、経験なんだろうな・・とメモをした。



2011年01月31日(月)
その比喩、歳がばれるわよ

映画「40女と90日間で結婚する方法」(監督)から。
あれ?監督が不明。
40女役は、私のけっこう好きな女優、飯島直子さん。
今の若い人たちとの違いが、台詞にもいかされていて、
意外とメモが増えてしまった。
「平成生まれは妙な名前ばっかりなんだ」
「悪かったわね、未来予想図が十八番で」
「ドッキリカメラか?」・・平成生まれにはわからない。
そんな作品中「私は、キャメロンディアスでも
松嶋奈々子でもないってこと」とふて腐る場面、
女友達がさらっと指摘する。
「その比喩、歳がばれるわよ」
今の若い子ならば、「アン・ハサウェイでも、
長澤まさみでもないってこと」と例えるらしい。
めちゃくちゃ忙しいことの比喩は、女友達に誉められる。
「確定申告と引越しが重なっちゃったって感じ」。
サラリーマンの私には、その忙しさが伝わらなかった。(笑)
映画作品も、よく例えに使うから、注意しなくちゃなぁ。



2011年01月30日(日)
柔よく豪を制す

昨晩は、久しぶりに、深夜まで起きていた。
サッカーアジア杯、延長戦でオーストラリア(豪州)を1-0で破り、
試合終了後のコメントまでじっくり聴いていたので、
一日中、生活のリズムが狂いっぱなし。
今日は今日で、朝からず〜っと、この話題ばかり。(汗)
多くの解説者、関係者のコメントで、私が一番面白かったのが
「柔よく豪を制す」。
本来は「柔(じゅう)能(よ)く剛を制す」
辞書で調べてみると、意味は、
「しなやかなものは、かたくて強いものの鋭い矛先を巧みにそらして、
結局は勝利を得る。転じて、柔弱なものが、かえって剛強なものに勝つ」
「しなやかなものがその柔軟性によって、かえって強く固いものを制する。
転じて、弱いものがかえって強いものに勝つことのたとえ」
しかし、日本が弱くて、豪州が強い、と言う前提がなくては、
この例えは使えないなぁ・・と反省した。
そんなことを考えたていたら、家内が横で呟いた。
「ねぇ、オーストラリアって、どうしてアジアなの?」の疑問。
オセアニア杯だと、対戦相手が少ないしねぇ。(笑)
ワールドカップの枠組みにも関係あるんだけど・・わかるかな?



2011年01月29日(土)
「222」と「1111」

これだけでピンときた人は、買ってるね、ナンバーズ。
私は、ロト派だから、買っていないけれど、
今朝の新聞をみて、目が点になるほど驚いた。
第3038回「ナンバーズ3」の抽せん日は2011年1月28日。
抽せん数字「222」、購入は555口、当選金は72,900円。
第3038回「ナンバーズ4」の抽せん日も2011年1月28日。
抽せん数字「1111」、購入は436口、当選金は307,100円。
どちらのナンバーズでも、同じ数字が並んだけで、
へぇ〜と思うのに、昨日は「2つ同時」だったということ。
可能性がないとは言わないが、記録に残したい。
当選金は、そんなものなの?と感じたが、購入口数には驚かされた、
こんな数字を買う人が、大勢いたことに対して・・。
あれ・・ナンバーズ3の購入口も「555」。
これって、偶然だけど、話のネタには最高だなぁ。
ロトも、ナンバーズも、やめた途端に、当たりそうで、
なかなかやめられないんだよね、ふう〜。



2011年01月28日(金)
水を飲まなくても、がっかりしないこと

飲みながら、自分の役割について話した。
(飲まなければ、話せないわけじゃないけど・・)
先輩が「自分は、牛を川へ連れて行くだけだよ」と呟いた。
これって、たしか・・空手・大山倍達さんの語録。
インターネットで調べたら「牛を川まで連れて行くには人の役目。
水を飲む飲まないは牛自身の問題だ」であった。
「馬を水辺に連れて行くことはできるが水を飲ませることはできない」
気の進まないものを、他人が無理に動かそうとしてもむだである、
ということ。英語で言うと、
You may take a horse to the water, but you can't make him drink.
言い換えれば、アドバイスするのは、管理職や先輩の仕事。
それを実行するかどうかは、本人の仕事・・というわけだ。
これからも、私の出来る限り、川へは連れて行こうと思う。
あとは・・自分で考え、飲むかどうかだから。
ここでのポイントは「水を飲まなくても、がっかりしないこと」
「せっかく、連れてきてやったのに・・」と思わないことだな。



2011年01月27日(木)
もっと「手紙を書く刻(とき)」を大切にしたい

書籍「夢の続き」(吉永小百合著・世界文化社刊・178頁)から。
「家庭画報」好評連載のフォトエッセイ集らしいが、
やっぱり、私は「吉永小百合」さんが好きだなぁ、と
再認識した書籍であった。
顔立ちが好き、というのではなく、(もちろん美人ですが)
生き方や考え方が、自分の中にすっと入ってくる感じがする。
平和を愛し、詩、手紙、着物、映画、スポーツが大好き。
これだけでも、私との共通点は溢れている。
その中で、特に私が共感し、選んだのは
「手紙を想いを込めて書きたいと思っています」の前に綴られた
「もっと『手紙を書く刻(とき)』を大切にしたい」というフレーズ。
手紙を書く、投函する。そして返信が届く。待っている間の想い・・
そんなものが、直筆の手紙には、詰まっているからだろう。
「刻」とは、きざむこと、ほりつけること。
わざわざ「時」の字を使わず「刻」を用いた「とき」は、
手紙を書く時間だけでなく、その環境も含めていると感じたからだ。
手紙の相手のことを頭に浮かべ、2人だけの距離感で書き綴る。
こんな時間をもっともっと持てる人に、なりたいと思う。



2011年01月26日(水)
クーラーは「文明」、打ち水・風鈴は「文化」

落語家・桂米助さんと酒を交え、話をする機会に恵まれた。
宴が和み、「文化と文明の違いについて」が話題になったが、
誰一人、短いフレーズで同席の人を納得させるまでには、
なかなかいかない。そんな時、彼が、いとも簡単に呟いた。
暑くジメジメしている時、
クーラーで解決しようとするのは「文明」、
打ち水や風鈴などで解決しようとするのは「文化」。
そんなような事を、さらっと言った。
(アルコールが入っていたので、正確ではありませんが・・)
落語には、そういうシーンが沢山出てくる。
だから、落語の世界を目指すこんな若い人たちでも、
それくらいのことは知っている・・と笑ってみせた。
あらためて「落語」の奥深さを教えてもらった気がする。
長屋の八っあんでも、知ってらぁ・・ってことかな。(汗)